あの日、北京の街角で

ゆまは なお

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第22章-3

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「いいよ。しよう」
 祐樹の返事に、孝弘の体がぴくりと震えた。
 予想外だったのだろう、困惑した顔で祐樹の顔を覗きこむ。言い出したのは孝弘のほうなのに、と祐樹はすこしおかしくなって微笑んだ。

「あのさ、俺、本気だよ」
「知ってる」
 祐樹は自分から唇を押しつけた。一瞬で離れて、孝弘を見つめた。
 孝弘はなぜか苦しそうな顔をしている。
「俺、高橋さんに無理難題を押しつけてる?」
「どうかな……、いや、そうでもないよ」
 無理難題と言えばそうかもしれないが、実際のところ、祐樹にとってはラッキー以外の何物でもない。

「ほんとに?」
「嫌だったら、そう言うよ。知ってるでしょ」
 そう告げると納得したのか、吹っ切ったようにうなずいた。
「どうしたらいいか、教えてくれる?」
 男を抱くのは初めてだという孝弘にローションとゴムを渡すと、複雑そうな顔をした。孝弘が本気で自分を抱けるとは、この時点でもまだ祐樹は信じていなかった。

「用意がいいんだな」
 孝弘の呟きに祐樹はふっと口元に笑みを浮かべた。
 体を寄せて、耳元でささやく。
「たしなみ、だよ」
 同性との経験がない孝弘に、無理をさせるつもりはなかった。
 それを見て怯むならやめさせようと思っていたのだ。

 祐樹が好きだという孝弘の気持ちを疑っているんじゃない。でも好きだと思っていても、現実に男の体を抱けるかはまた別問題だ。
 けれども孝弘はシャツを脱ぎ捨て、キスをしてきた。 
 ためらうことなく祐樹の体に触れて、存在を確かめるように手を這わせた。濃厚なキスを交わして、あちこちに口づけられて、祐樹も冷静ではいられなくなる。

 孝弘が尻込みしたら適当に触り合うか、あるいは祐樹がしてあげて終わればいいと思っていたが、孝弘はびっくりするくらい大胆に祐樹を求めてきた。
 孝弘の手のひらから熱が沁みこむように祐樹の体も熱くなった。
「好きだ」
 触れ合っているあいだ孝弘は何度もそう言ってくれた。
「大好き」
 繰り返しささやかれる睦言に祐樹は微笑みをうかべて、うんとうなずくことしかできなかった。
 あしたには北京を離れる自分が孝弘にあげられる言葉は何もなかった。

 言葉の代わりに孝弘の頭を引き寄せ、蕩けそうなキスを何度も繰り返した。
 気持ちがこもった情熱的なセックスだった。
 祐樹にとっては予想外に濃厚で、苦くてあまい一夜になった。
 五年経った今でも、忘れられないくらいに。


 ついさっき抱き合った孝弘は、空白の時間なんてなかったみたいに祐樹を抱いた。やっぱり情熱的で熱い手で祐樹の体に触れてきた。
 抱かれてみて、やっぱり好きだと思う。
 深いため息がこぼれ落ちた。
 好きな人に好きだと告白されたのに、でもその手を取ることができない。

 寝るべきじゃないとわかっていたのに、手を伸ばしてしまう自分の弱さを叱咤する。どんな成り行きであれ、孝弘と触れ合えてうれしかった。
 一度限りと思ったから手を伸ばしたのだ。
 どうせ出張が終わるまでの関係だ。だから割り切って寝た、そういうことにしておかなければ。

「でも今回は俺、諦めないよ。覚悟しといて」
 さっきの孝弘の声がよみがえる。
 強い意志を感じさせる
 とはいうものの、孝弘が諦めないと言ったところで、現実は残りの出張日程が終わればお別れなのだ。いつかまた、通訳としてどこかで会うことがあるかもしれないが、それはいつとも知れない未来の話だ。

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