あの日、北京の街角で

ゆまは なお

文字の大きさ
96 / 112

第28章-3

しおりを挟む
 孝弘が何か言おうとしたとき、ノックの音と同時に扉が開いた。
 ふたりとも不自然なくらいびくっと体がはねて飛び離れたが、入ってきた看護師はふたりを見て安心したような笑みを浮かべた。
「あら、目が覚めたのね。本当によかったわ」
 検温と投薬、点滴などをてきぱき済ませて医師を呼びに行く。
 その間に、祐樹は安藤に連絡を入れた。

 早朝にたたき起こされたが安藤は文句を言わず、さすがにほっとした声を隠せなかったようで、何度もよかったと祐樹に言って、すぐに行くと電話を切った。
 やってきた医師は、祐樹が紅包(ホンバオ)をはずんだせいか、丁寧に孝弘を診察して問題はなにもない、まったくの健康体だと太鼓判をおした。
 念のため一日様子を見て、何もなければ明日には退院していいと言葉をもらって心の底からほっとした。

 とりあえず2日間断食状態だったため、祐樹は病院の食堂に飛び込んで、厨房職員にかけあってうすいお粥を作ってもらい、それを病室まで運んでもらった。
「太麻煩(タイマーファン)(面倒だわ~)」
とごねる食堂のおばさんに、祐樹は極上の笑顔とともに、繊細な刺繍の入ったハンカチを渡してお願いしたのだ。
 こういう時は、ちょっとつたない感じの頼りなさそうな北京語を意識して話すのがいい。
「片手で運ぶのが心配だな、ひっくり返したら火傷しちゃうしなあ」
 包帯に包まれた左腕を見せて、不安げにつぶやいてみせる。
 そういうあざといこともできるくらいには大人だった。
 
 食堂のおばさんにほかほか湯気のたつ小鍋とどんぶりを運んでこさせた祐樹に、安藤は感心した顔をしてみせた。
「上野もそうだけど、高橋もこういう交渉が、ほんとうまいよな。この部屋と言い、上野の着替えを頼んだことと言い、その食事にしてもさ。やっぱ顔がいい男は得をするのかね」
「何を言ってるんですか。北京でも上海でも年間営業成績トップを落としたことがない安藤さんが」
「いやー、俺のはプロジェクト勝ちっていうか、年食ってる分大きな案件もらえるからな」

 渡されたどんぶりを受け取って、孝弘はれんげにすくってそっと口に運んだ。
 ほんのすこし塩味とショウガの風味がついただけのうすい白粥だったが、胃にしみこむのが実感できた。
 温かな食べ物がからっぽの胃に落ちて、体内をほこほこと温める。
「まあとにかく、なるべく早く帰国して二人とも東京で医者に診てもらえ。緒方部長もかなり心配してるからな」
 安藤の言葉に、心配をかけたと自覚している二人は素直に頷いた。

 孝弘の食事が終わると、ちょうど看護師が迎えに来て検査に連れ出された。
 それを見送って祐樹は外科の外来診察に向かい、傷の消毒と包帯の交換をしてもらって病院を出た。散歩がてら歩いてホテルに向かう帰り道、祐樹は昨日の安藤との会話を思い返した。
 孝弘が眠るそばで夕食を食べながら、安藤が言ったのだ。

「学生のころの上野がな、早く年取りたいってよく言ってたな。でなきゃ、もっと早く生まれたかったって。あいつ、なんか背伸びして伸びていくタイプだよな。無理めのことに挑戦してクリアしていくのに喜びを感じるタイプっていうのかな」
「そうかもしれないですね。前からそうだったけど、びっくりするくらい行動力がありますよ。仕事するようになってますます強気になったっていうか。この出張中も中国人の押しに負けないでうまく相手の気持ちに入っていくから驚きました。愛想がいいわけでもないけどちゃんと信頼を得てるっていう感じがあります」
 安藤はうんうんと聞いている。

「高橋の信頼もあるのか?」
「信頼してないように見えます? 5年前もでしたけど、今回もお世話になりっぱなしでしたよ、ほんとに何から何まで」
「それならいいが。あいつも焦らなくてもいいのにな。そんなに早く年とらなくてもさ、すごく伸びしろのある奴だと思うし、中国は今からどんどん経済成長する国だからチャンスはいっぱいあるし、きっとやりがいある仕事に恵まれるだろうし」
 眠り続ける孝弘の顔を、安藤は親愛のこもった表情で見ていた。

 その話を聞いたときはそうだろうと頷いただけだったが、ゆうべ孝弘の寝顔を眺めながら彼との過去のあれこれを考えているうちに、ふと思い出したことがひとつあった。

「年下は好みじゃないんだ」
 孝弘の告白を断ったときに、祐樹が言ったセリフ。

 あの時はまさか孝弘がそんな告白をしてくるとは予想しておらず、祐樹も動揺していて何を言えばいいのか混乱していた。
 だから、あれはとっさに口走ったといったほうがいいくらいの断り文句だった。
 過去に年下とつき合ったことは確かにないが、べつに好みじゃないなんて言い切るほどはっきりした嫌悪があるわけじゃない。

 ひょっとして、孝弘はあの一言を気にしていた?
 だから早く年を取りたいとかもっと早く生まれたかったなんて思っていたんだろうか。
 もしそうだとしたら、悪いことをしたと思う。

 相手の年をどうこう考えるほど、恋愛経験があるわけではなかった。
 あの時はただ、とにかく穏便に断らなければという思いに突き動かされて、思わず口にしただけのことだったのだ。

 東京に戻ったら、と祐樹は大きく息を吸った。
 二人でゆっくり話をしよう。
 今までのことも、そして、これからのことも。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

処理中です...