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第28章-3
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孝弘が何か言おうとしたとき、ノックの音と同時に扉が開いた。
ふたりとも不自然なくらいびくっと体がはねて飛び離れたが、入ってきた看護師はふたりを見て安心したような笑みを浮かべた。
「あら、目が覚めたのね。本当によかったわ」
検温と投薬、点滴などをてきぱき済ませて医師を呼びに行く。
その間に、祐樹は安藤に連絡を入れた。
早朝にたたき起こされたが安藤は文句を言わず、さすがにほっとした声を隠せなかったようで、何度もよかったと祐樹に言って、すぐに行くと電話を切った。
やってきた医師は、祐樹が紅包(ホンバオ)をはずんだせいか、丁寧に孝弘を診察して問題はなにもない、まったくの健康体だと太鼓判をおした。
念のため一日様子を見て、何もなければ明日には退院していいと言葉をもらって心の底からほっとした。
とりあえず2日間断食状態だったため、祐樹は病院の食堂に飛び込んで、厨房職員にかけあってうすいお粥を作ってもらい、それを病室まで運んでもらった。
「太麻煩(タイマーファン)(面倒だわ~)」
とごねる食堂のおばさんに、祐樹は極上の笑顔とともに、繊細な刺繍の入ったハンカチを渡してお願いしたのだ。
こういう時は、ちょっとつたない感じの頼りなさそうな北京語を意識して話すのがいい。
「片手で運ぶのが心配だな、ひっくり返したら火傷しちゃうしなあ」
包帯に包まれた左腕を見せて、不安げにつぶやいてみせる。
そういうあざといこともできるくらいには大人だった。
食堂のおばさんにほかほか湯気のたつ小鍋とどんぶりを運んでこさせた祐樹に、安藤は感心した顔をしてみせた。
「上野もそうだけど、高橋もこういう交渉が、ほんとうまいよな。この部屋と言い、上野の着替えを頼んだことと言い、その食事にしてもさ。やっぱ顔がいい男は得をするのかね」
「何を言ってるんですか。北京でも上海でも年間営業成績トップを落としたことがない安藤さんが」
「いやー、俺のはプロジェクト勝ちっていうか、年食ってる分大きな案件もらえるからな」
渡されたどんぶりを受け取って、孝弘はれんげにすくってそっと口に運んだ。
ほんのすこし塩味とショウガの風味がついただけのうすい白粥だったが、胃にしみこむのが実感できた。
温かな食べ物がからっぽの胃に落ちて、体内をほこほこと温める。
「まあとにかく、なるべく早く帰国して二人とも東京で医者に診てもらえ。緒方部長もかなり心配してるからな」
安藤の言葉に、心配をかけたと自覚している二人は素直に頷いた。
孝弘の食事が終わると、ちょうど看護師が迎えに来て検査に連れ出された。
それを見送って祐樹は外科の外来診察に向かい、傷の消毒と包帯の交換をしてもらって病院を出た。散歩がてら歩いてホテルに向かう帰り道、祐樹は昨日の安藤との会話を思い返した。
孝弘が眠るそばで夕食を食べながら、安藤が言ったのだ。
「学生のころの上野がな、早く年取りたいってよく言ってたな。でなきゃ、もっと早く生まれたかったって。あいつ、なんか背伸びして伸びていくタイプだよな。無理めのことに挑戦してクリアしていくのに喜びを感じるタイプっていうのかな」
「そうかもしれないですね。前からそうだったけど、びっくりするくらい行動力がありますよ。仕事するようになってますます強気になったっていうか。この出張中も中国人の押しに負けないでうまく相手の気持ちに入っていくから驚きました。愛想がいいわけでもないけどちゃんと信頼を得てるっていう感じがあります」
安藤はうんうんと聞いている。
「高橋の信頼もあるのか?」
「信頼してないように見えます? 5年前もでしたけど、今回もお世話になりっぱなしでしたよ、ほんとに何から何まで」
「それならいいが。あいつも焦らなくてもいいのにな。そんなに早く年とらなくてもさ、すごく伸びしろのある奴だと思うし、中国は今からどんどん経済成長する国だからチャンスはいっぱいあるし、きっとやりがいある仕事に恵まれるだろうし」
眠り続ける孝弘の顔を、安藤は親愛のこもった表情で見ていた。
その話を聞いたときはそうだろうと頷いただけだったが、ゆうべ孝弘の寝顔を眺めながら彼との過去のあれこれを考えているうちに、ふと思い出したことがひとつあった。
「年下は好みじゃないんだ」
孝弘の告白を断ったときに、祐樹が言ったセリフ。
あの時はまさか孝弘がそんな告白をしてくるとは予想しておらず、祐樹も動揺していて何を言えばいいのか混乱していた。
だから、あれはとっさに口走ったといったほうがいいくらいの断り文句だった。
過去に年下とつき合ったことは確かにないが、べつに好みじゃないなんて言い切るほどはっきりした嫌悪があるわけじゃない。
ひょっとして、孝弘はあの一言を気にしていた?
だから早く年を取りたいとかもっと早く生まれたかったなんて思っていたんだろうか。
もしそうだとしたら、悪いことをしたと思う。
相手の年をどうこう考えるほど、恋愛経験があるわけではなかった。
あの時はただ、とにかく穏便に断らなければという思いに突き動かされて、思わず口にしただけのことだったのだ。
東京に戻ったら、と祐樹は大きく息を吸った。
二人でゆっくり話をしよう。
今までのことも、そして、これからのことも。
ふたりとも不自然なくらいびくっと体がはねて飛び離れたが、入ってきた看護師はふたりを見て安心したような笑みを浮かべた。
「あら、目が覚めたのね。本当によかったわ」
検温と投薬、点滴などをてきぱき済ませて医師を呼びに行く。
その間に、祐樹は安藤に連絡を入れた。
早朝にたたき起こされたが安藤は文句を言わず、さすがにほっとした声を隠せなかったようで、何度もよかったと祐樹に言って、すぐに行くと電話を切った。
やってきた医師は、祐樹が紅包(ホンバオ)をはずんだせいか、丁寧に孝弘を診察して問題はなにもない、まったくの健康体だと太鼓判をおした。
念のため一日様子を見て、何もなければ明日には退院していいと言葉をもらって心の底からほっとした。
とりあえず2日間断食状態だったため、祐樹は病院の食堂に飛び込んで、厨房職員にかけあってうすいお粥を作ってもらい、それを病室まで運んでもらった。
「太麻煩(タイマーファン)(面倒だわ~)」
とごねる食堂のおばさんに、祐樹は極上の笑顔とともに、繊細な刺繍の入ったハンカチを渡してお願いしたのだ。
こういう時は、ちょっとつたない感じの頼りなさそうな北京語を意識して話すのがいい。
「片手で運ぶのが心配だな、ひっくり返したら火傷しちゃうしなあ」
包帯に包まれた左腕を見せて、不安げにつぶやいてみせる。
そういうあざといこともできるくらいには大人だった。
食堂のおばさんにほかほか湯気のたつ小鍋とどんぶりを運んでこさせた祐樹に、安藤は感心した顔をしてみせた。
「上野もそうだけど、高橋もこういう交渉が、ほんとうまいよな。この部屋と言い、上野の着替えを頼んだことと言い、その食事にしてもさ。やっぱ顔がいい男は得をするのかね」
「何を言ってるんですか。北京でも上海でも年間営業成績トップを落としたことがない安藤さんが」
「いやー、俺のはプロジェクト勝ちっていうか、年食ってる分大きな案件もらえるからな」
渡されたどんぶりを受け取って、孝弘はれんげにすくってそっと口に運んだ。
ほんのすこし塩味とショウガの風味がついただけのうすい白粥だったが、胃にしみこむのが実感できた。
温かな食べ物がからっぽの胃に落ちて、体内をほこほこと温める。
「まあとにかく、なるべく早く帰国して二人とも東京で医者に診てもらえ。緒方部長もかなり心配してるからな」
安藤の言葉に、心配をかけたと自覚している二人は素直に頷いた。
孝弘の食事が終わると、ちょうど看護師が迎えに来て検査に連れ出された。
それを見送って祐樹は外科の外来診察に向かい、傷の消毒と包帯の交換をしてもらって病院を出た。散歩がてら歩いてホテルに向かう帰り道、祐樹は昨日の安藤との会話を思い返した。
孝弘が眠るそばで夕食を食べながら、安藤が言ったのだ。
「学生のころの上野がな、早く年取りたいってよく言ってたな。でなきゃ、もっと早く生まれたかったって。あいつ、なんか背伸びして伸びていくタイプだよな。無理めのことに挑戦してクリアしていくのに喜びを感じるタイプっていうのかな」
「そうかもしれないですね。前からそうだったけど、びっくりするくらい行動力がありますよ。仕事するようになってますます強気になったっていうか。この出張中も中国人の押しに負けないでうまく相手の気持ちに入っていくから驚きました。愛想がいいわけでもないけどちゃんと信頼を得てるっていう感じがあります」
安藤はうんうんと聞いている。
「高橋の信頼もあるのか?」
「信頼してないように見えます? 5年前もでしたけど、今回もお世話になりっぱなしでしたよ、ほんとに何から何まで」
「それならいいが。あいつも焦らなくてもいいのにな。そんなに早く年とらなくてもさ、すごく伸びしろのある奴だと思うし、中国は今からどんどん経済成長する国だからチャンスはいっぱいあるし、きっとやりがいある仕事に恵まれるだろうし」
眠り続ける孝弘の顔を、安藤は親愛のこもった表情で見ていた。
その話を聞いたときはそうだろうと頷いただけだったが、ゆうべ孝弘の寝顔を眺めながら彼との過去のあれこれを考えているうちに、ふと思い出したことがひとつあった。
「年下は好みじゃないんだ」
孝弘の告白を断ったときに、祐樹が言ったセリフ。
あの時はまさか孝弘がそんな告白をしてくるとは予想しておらず、祐樹も動揺していて何を言えばいいのか混乱していた。
だから、あれはとっさに口走ったといったほうがいいくらいの断り文句だった。
過去に年下とつき合ったことは確かにないが、べつに好みじゃないなんて言い切るほどはっきりした嫌悪があるわけじゃない。
ひょっとして、孝弘はあの一言を気にしていた?
だから早く年を取りたいとかもっと早く生まれたかったなんて思っていたんだろうか。
もしそうだとしたら、悪いことをしたと思う。
相手の年をどうこう考えるほど、恋愛経験があるわけではなかった。
あの時はただ、とにかく穏便に断らなければという思いに突き動かされて、思わず口にしただけのことだったのだ。
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二人でゆっくり話をしよう。
今までのことも、そして、これからのことも。
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