あの日、北京の街角で

ゆまは なお

文字の大きさ
82 / 112

第24章-3

しおりを挟む
 お茶を飲んで、買ってきてくれたバナナと弁当を食べながら今後のことを話し合う。
「高橋は4日後に抜糸と検査があるから、それまではホテルにいるか? そのくらいの怪我なら入院する必要はないだろ」
 おせじにもきれいとも落ち着くともいえない病室だ。

 同室の中国人の視線は遠慮がないし、話し声はやたら大きいし、人もたくさん出入りしている。
  青木は周囲を見ながら、声を落とした。日本語だから誰にわかるわけでもないのだが、ついそうしてしまうようだ。

「ていうか、中国の病院って落ち着かないな。なんか廊下にも患者があふれてるし。部屋が足りないのかな」
 部屋代を払えない入院患者が、廊下にベッドを並べて治療を受けていたりするのだ。そのせいで、野戦病院のような光景も時折目にする。

「高橋は毎日、診察と消毒には来なきゃいけないらしいけど、通うほうがいいだろ?」
「上野くんの様子見がてら来ますよ。場合によっては、上野くんには付添人を雇ったほうがいいかもしれませんね」
 箸を置いて、ペットボトルのお茶を飲む。ちゃんと無糖だった。

「さっきも言ってたけど、付添人ってなんだ?」
 青木がふしぎそうに訊く。
「着替えや食事を買ってきたり、洗濯したり食事介助をしたり、洗面させたり体をふいたり、とにかく入院生活の補助をする人が必要なんです」

「看護師がいるだろ?」
「看護師は医療補助行為、投薬とか注射とかしかしないから、日本とは全然役割が違います。たいてい泊まりこみの付添人がいることがほとんどで、だから入院病棟にはやたら人が多いんですよ」
 青木は驚いた顔で、それで病室にこの人数がいるのかと納得した。

そういえば、こういう中国の入院事情を教えてくれたのも孝弘だった。
  孝弘が付添人をしてあげてたのは、誰だったっけ? もう忘れてしまった。たしか香港人だったかな。

 とりあえず大至急、医師に紅包(ホンバオ)(心付け)と看護師に高級な菓子でも差入れしよう。
  祐樹は段取りを考える。孝弘がしたようにたばこと酒も用意したほうがいいだろう。
 それで孝弘に対する対応が変わるはずだ。

 早速、紅包((ホンバオ)と差し入れの手配を青木に頼み、それを持って医師に会いに行き、孝弘を個室に移すようかけあった。
 医師は中国の習慣に物慣れた様子の若い外国人に驚いた顔をしたが、祐樹の押しの強い北京語の要求をあっさり呑んでくれた。
 祐樹は交渉結果に満足して、割り当てられた三人部屋に戻ってきた。隣で様子を見守っていた青木がさすがだな、と目を丸くしている。

「ほんと、こういう交渉の場で高橋って強気だよな」
 ええ、人格チャンネルが変わってるんですとは言わずに、祐樹はにっこり隙のない笑顔を見せた。
  あれ、まだ北京語人格が残っているらしい。
「そうですか? 部屋が空いてないなんて嘘に決まってますから。最初はみんなそう言いますけど、どこかしらにはあるんです。ないというなら、紅包が足りないって意味ですよ」
 ないはずの切符も部屋も商品も、なんでもどこかにはあるのだ。
 金とコネさえ用意できれば。

「いや、中国人の習慣すげーな。それを丸め込む高橋もすごいけど」
「丸め込むだなんて。正当な権利を主張しただけですよ。静かな環境で療養させたいってね。あんな騒がしい四人部屋では療養になりませんから」
 青木は書類の記入に来てくれと事務所に呼ばれたので、祐樹はぐったりしてベッドに横になった。
 さっきから体が熱かった。
 熱があがってきたなとぼんやり思う。

 医師から昼に会ったとき、夜になったら炎症から発熱するだろうと言われていたが、けっこうしんどい。
 まだやることあるのに。
 頭の中でこれから言うべきことを組み立てる。それなりに日常会話は話せても、病院での会話なんて経験がない。
 言いたい内容が伝わるように、自分が言える単語で文章を考える。
 もっとまじめに北京語を勉強しておけばよかった。

 ほどなく検温と投薬にやってきた中年の看護師に、勤務上がりの時間を訊いた。
 隣のベッドの若い兄ちゃんが、ナンパかいとからかいの声をかけてくる。
 祐樹が動じないでそうだよと答えると、もういい歳だろう看護師が顔を真っ赤にした。
 熱のせいで頬がすこし上気した祐樹は、目の毒になりそうなくらいきれいでなんだか色気もある。
 もちろん祐樹にそんなつもりはないが、目のやり場に困ってしまう感じだ。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

騎士が花嫁

Kyrie
BL
めでたい結婚式。 花婿は俺。 花嫁は敵国の騎士様。 どうなる、俺? * 他サイトにも掲載。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

処理中です...