お前に『幸福』は似合わない

アタラクシア

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前章 大雨。後に豪雨

第7話 死の大海嘯

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――陸と萩花しゅうかの死体が発見されたのは次の日のことだった。

陸の同僚がたまたま家に来たことにより死体が見つかった。死因はどちらもショック死。萩花は腹部を何度も刺されて、陸は顔面を何かで貫かれて死亡していた。

部屋には誰かが入った痕跡こんせきはなし。凶器も見つからない。更には目撃情報も一切なし。

かと言って自殺か、と問われれば首を横に振る。どちらも死体の損壊そんかいがあまりにも激しかったからだ。

最期に会ったであろう八重と時雨はもちろん事情聴取をされた。しかし2人ともアリバイあり。動機もなし。すぐに解放されることとなった。

しばらく調査は続けられたが成果はなし。ニュースも違う話題へと移り、人々の記憶から薄れてゆくのであった。


葬式そうしきは簡素に行われた。家族は時雨しぐれを除いて全員が死んでいる。陸の同僚や萩花の友人も来てくれはしたが葬式そうしきはとても暗い雰囲気だった。

「……」
「……大丈夫か?」
「……うん」

時雨は首を縦に振る。――そんなわけがなかった。


葬式そうしきを境にして時雨は精神を病んでしまったのだ。時雨は自殺未遂みすいを繰り返すようになり、日に日にやつれていく。

そんな時雨を八重やえ献身的けんしんてき介護かいごし続けていた――。



「ただいま」

買い出しから帰った八重。――返事がない。嫌な予感がした八重はリビングへと走った。


――時雨は自分ののどに包丁を向けていた。

「…………」
「――時雨!?」

すぐにけ寄って包丁を取り上げる。咄嗟とっさのことだったので自分のてのひらを少しだけ切ってしまった。

「や、八重……わた、私、私……」
「大丈夫だ。大丈夫だ。俺がいるから安心しろ」
「うぅぅぅあああぁぁ…………!!」

へたりこんで泣きじゃくる時雨をそっと抱きしめる。胸元むなもとは涙で濡れていく。冷たくなる胸元とは対照的に時雨の体は暖かかった。

「大丈夫だよ。俺がいるから。俺は死なないから」

泣いて。泣いて。泣きじゃくって。子供のように泣く時雨をひたすら抱きしめ続ける。

――その後ろに黒い影のような物が見えた……気がした。

「……」

気の所為せい。とりあえずそう思うことにする。





――その日の夜。八重は不思議な夢を見た。

赤い部屋。壁のいたる箇所かしょに赤い液体が塗り付けられてあった。まるでペンキをぶちまけたかのように。

部屋の中心には幼い少女が。年齢は13歳ほどか。髪の綺麗な……見覚えのある顔をしていた。八重は直感的にその子が『小さい頃の時雨』だと分かった。

「違う――違う」
「……」

八重は幼い時雨に近づく。

「違う。こうじゃない。違う。これじゃない」
「……時雨。何やってるんだ?」
「ん――?」

――死体だ。死体だった。2人分の死体。片方は腹部を切り裂かれ、片方は顔面が確認できないほどつぶされている。

時雨の手には血がべっとりと付いた包丁。よく見ると時雨の全身に血がへばりついていた。

思わずぎょっとする八重。固まっている八重に幼い時雨は言った。

「違うんだよ。これじゃないの。こうじゃないの」
「ち、ちが、違うって……どういうこと……!?」
「私たち家族でしょ?家族なら中身も一緒のはず……なのに。違う。違うの」

時雨は悲しそうだった。――それで誤魔化ごまかされるほど狂気は弱くない。

「――八重。貴方も私と家族になるんでしょ?なら一緒……だよね?」

時雨は立ち上がる。まだ幼い体を動かして八重の元へ。

「時雨……」
「ねぇ。一緒。だよね。だよね。だよね?」

ゆっくりと。ゆっくりと。包丁を――。


『――貴女あなたのせいで』

――後ろ。

貴女あなたのせいで……みんな死んだ』

――ゾワリと鳥肌が立つ。

貴女あなたのせいで……私は……』

――女が出てきた。年齢は20歳ハタチ前後。髪はセミロングで短め。薄汚れたワンピースが風もないのに、はためいている。

貴女あなたは……貴女あなただけは……地獄へと……』


時雨は――女を見て笑った。

出てきたの?しつこいよ。死んだくせに」
『……』
「あぁ死んだんじゃなかったね。――殺されたんだったね。に」





「――――――っっははっっ!!??」

起き上がった。時間は深夜3時。隣では時雨が眠っている。八重の声では起きなかったようだ。

「はぁはぁ…………」

雨にでも打たれたかのような汗の量。錯乱さくらん寸前の体。目をこすって少し落ち着く。

「なんなんだよ今の……」

そうして――思い出した。今さっきまで見ていた夢を。あの異常としか言えない夢を。

時雨が殺した?誰を?なんで?そもそもあの女は誰だ?……疑問が尽きない。絶え間なくやってくる疑念に八重は頭を抱えた。

「疲れて……るのか?」

疲れている。それなら納得――にしても不謹慎ふきんしんすぎる。あまりにも悪意のある夢だ。気分が悪くなるほどに。

だが夢というのは自分の心を映し出しているとも言う。ということはつまり――。

――八重はすかさず自分をぶん殴った。思っていたより強かったようで、鼻血を出したことに自分でも驚いていた。

「ぶっ……くそっ。なんてこと考えてるんだよ俺」

自分へのいましめ。自分への罰。それ以外に……疑問を忘れるため。その全ては一時的ながら解決した。

八重は鼻血を拭いて布団をかぶった。隣で寝ている時雨のほほでながら眠りにつく――。
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