お前に『幸福』は似合わない

アタラクシア

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後章 終わらぬ雨なら止めてやる

第58話 クズのさえずり

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――見上げた先に幼い時雨は居ない。目の先にはけわしい表情の店長がいた。

「俺は……クズです。それは死ぬまで変わらないと思います」

開き直り。そうとも言える――そうとしか言えない言葉だった。

「人に迷惑をかけ続けます。八重にも迷惑をかけ続けます。他のみんなにも……俺はずっと迷惑ばかりをかけます」
「それで?」
「それでも……それでも――好きなんですよ。幸せになってほしいんですよ。八重のことが大好きだから。だから……八重が好きな人も幸せになってほしいんです」

迷惑ばかりかけてるから。だから。もう返せないくらいに溜まった『貸し』を少しでも返せるように。

「そのためなら俺は――なんだってします」
「……ふぅん」


その目には覚悟があった。その言葉には決意があった。内容は分からない。なんのために必要なのか分からない。

だが――今の弦之介にはそれが絶対に必要だ。それだけは店長にも分かった。

「……私のツテは広いよ」
「はい」
「もし壊さなかったり、返さなかったりしたら」
「俺の全部を持ってってください。家も。物も。俺の体も。何もかもを」
「……八重君に肩代わりさせるのはナシだからね」
「――約束します」


――店長はため息をついた。

「分かった。信じるわ。正直、何に使うのかも分かんないけど」
「言っても信じてはくれないと思いますけどね」
「ふぅん……ま、返してくれるならいいわ。でもどうやって持ってくの?」
「外にいるんです。協力してくれる人が――」



ライブハウスの前にでかいトラックが居座っていた。その中には――石蕗だ。

「大丈夫かな……」

外は暗く。雨はどしゃ降り。不穏だ。だけど心はサッパリしている。

「時間は――あと2時間か」

時計の針はカチカチと進む。止まりなんてしない。カーナビの時計も同じだ。デジタル数字が0時13分を示している。

やはり緊張しているのか。ソワソワと脚を動かしたり肩を動かしたりしている。

こんな時にこそタバコを吸いたい。――が、医者から注意されてるので現在は禁煙中だ。口元が寂しいのは我慢できないので、唇をチュウチュウと吸っている。

「――ふぅ」





「バカだね」

――時雨が現れた。小学六年生の時の時雨だ。石蕗の前にちょこんと座っている。

「笑っちゃうくらいにバカ。たった1年しか会ってない子のために命なんて賭けるの?」
「……」
「このまま逃げればさ。少なくとも天寿てんじゅまっとううできるよ。苦しみなんてない。緩やかに寿命を迎えて死ぬことができる」
「……そうですね」
「でも立ち向かうと……地獄だよ。考えられうる全ての痛みに向き合わなきゃいけなくなる。そうなっちゃったらこう思うはず。『こんなことしなければよかった』って」

時雨は真面目な顔をしていた。本心からそう言ってるかのように。

「そんなことする意味ある?死ぬかもしれないのに立ち向かう意味はある?見返りなんてないんだよ?どれだけ助けようとも。どれだけ救おうとも」
「……ないですね。彼女を助けたところで、私が得るものなどありません」
「逃げた方が楽だよ。逃げたら何もかもから解放される。命の危機も。彼女へのあわれみも。少し時間が経てばそれも忘れられる」
「そうですよね。人なんて冷たい生き物ですから。時間が経てばこのことも忘れてしまうんでしょう」
「たった1年。しかも相手は会うまで名前を忘れていたくらいだよ。そんな奴に優しくする必要なんてある?わざわざ命を捨てる必要はある?」
「……はぁ」

意見は同意だ。このまま進んでも何も得れない。全部を失うことだってあるかも。成功したとしても得られる物は何ひとつだってない。



だがそんなんじゃないのだ。理屈じゃないのだ。動いている理由はそんなものじゃないのだ。

「そうですよ。1年です。数年前に担任をしただけ。接点なんてそれだけです。あの子の記憶からも私は消えかかっていたでしょう」
「そう思うなら逃げようよ。逃げちゃおうよ――」
「ふぅ――――少しは期待していた俺が馬鹿だったか」

――石蕗は見つめる。覚悟を決めた目つきで。
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