エレンディア王国記

火燈スズ

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第1章

65.矢が尽きても

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 地響きのような足音が、檻の並ぶ倉庫内に鳴り響く。

 アレスは深く息を吐き、腰の矢筒に手を伸ばした。

 番人――それはまるで怪物のような巨躯だった。身の丈はアレスの二倍近く。鉄板のような肉体に包帯を巻いた片目、そして太い鎖を片腕に巻き付け、無造作に引きずっている。

「イタイこと、きらい……だから、オマエ、こわす」

 唸るような声とともに、番人が鎖を振り上げた。アレスは咄嗟に跳んで避ける。

 ――ガシャアアアアアン!!

 鉄格子が一瞬で粉砕され、壁が崩れた。

「化け物かよ……!」

 アレスは即座に反対方向へ跳躍。腰から矢を一本抜き、弓に番え、番人の肩口へと射放つ。

 ――ドシュッ!

 矢は確かに命中した。が、男はわずかに首を傾けただけだった。

「……ああ、いたい、いたい!」

 叫びながら、番人が突進してくる。アレスは横跳びで避け、続けざまに矢を三本――

「喰らえッ!!」

 左脚、腹、右肩へ。

 だが、番人は止まらない。血が滲んでも、痛みを気にする様子すらない。

「なんだこいつ、痛覚が――」

 言い終える前に、番人の鉄拳が目前に迫った。

 ――ドガッ!!

「がっ……ぁああ……ッ!」

 アレスの身体が空中を飛び、鉄の棚に叩きつけられる。鉄骨がきしみ、埃が舞った。

 胸が苦しい。肋骨が折れたかもしれない。

 立ち上がれ。動け。

 だが、足が震える。

「……まだだ……俺には……」

 そのとき、耳に入ったのは、閉じ込められた奴隷たちの、かすかなすすり泣きだった。

 震える子ども。怯える少女。檻の奥で目を伏せる青年。

 彼らが、ただ助けを待っている。

(……ここで、倒れてたまるかよ……!)

 アレスは歯を食いしばり、よろめきながら立ち上がる。矢筒には、残り3本の矢。逃げ道はない。

「やってやるよ、怪物……!」

 今度は自分から仕掛けた。走り出し、円を描くように番人の周囲を駆ける。目の動きと呼吸を見極め、隙をうかがう。

「イタイ、から……オマエ、ダメ……!」

 怒りに満ちた叫びとともに、鎖が再び唸りを上げて振るわれる。

 アレスは滑るように床を転がり、矢を番えて――

「そこだッ!」

 一射。相手の左膝。たわむ。

 二射。腹部。よろめく。

 ――そして、最後の一本を握る。

(どうする……急所は、どこだ? こいつには効かない……いや――)

 思考が加速する。

 アレスの目が、番人の首元を捉えた。

 ――包帯。右目のあたり。

(あの包帯……もしかして、唯一の弱点――)

「喰らえっ!!」

 アレスは走りながら最後の矢を番え、跳躍とともに引き絞った。

 狙いは――

 「――右目だッ!」

 ――ビシュン!!

 矢が、空を裂く音を立てて飛んだ。

 次の瞬間、番人が凄まじい悲鳴を上げてのけぞった。

「グアアアアアアアアッ!!」

 包帯が血に染まり、巨体が激しく揺れる。

 アレスはその隙を見逃さない。転がっていた鉄の杭を拾い上げ――

「これで終わりだァッ!!」

 吠えるように突き出した一撃が、番人の胸板に突き刺さる。

 ――ドガッ!!

 巨体がゆっくりと倒れ、倉庫が再び静寂を取り戻した。

 アレスは膝をつき、荒く息を吐く。

「……ったく、やってられねぇ……でも、まだ……まだ終わってねぇ」

 その背後で、檻の中の子どもたちが、静かに顔を上げた。

 その目には、確かな光が宿っていた。

 ――英雄を見た子どもたちの目だった。
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