夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO

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記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。

茶番です。

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「では、オドラン男爵が薬物を手に入れていたのか?」

 ラファエウはかぶりを振る。

「オドラン男爵はカルメル子爵のワイン好きを利用し、ワインの試飲に誘いましたが、薬物を手に入れていた犯人ではありません。彼の仕事は、人々をギャンブル会場に集めること。本人も薬物の入ったワインを振る舞っているとは知らなかったでしょう。事実、オドラン男爵も中毒になりました」
「確かに、自らが中毒になっては、何の意味をもって人々を招待したのか分からぬな」
「オドラン男爵や招待客は、ギャンブルの会場で薬物入りのワインを飲まされ、気付かぬうちに薬物中毒になっていったのです。そして、通うたびに土産として茶が配られました」

 それが合図かのように、扉から一人の女性が歩いてきた。
 現れたのはジルベルトだ。彼女は王の前で緊張した面持ちをしながら挨拶をすると、許しを得て顔を上げた。

「アンチュセール伯爵夫人。あなたの夫アンチュセール伯爵が土産としてもらってきた茶について教えてくれ」
「承知しました」

 ジルベルトは持っていた袋を開いて見せると、ラファエウに渡した。ラファエウが王にそれを見せる。

「夫は知り合いに誘われてワインの試飲に行きました。味はたいしたものではなかったのに、やけにまた飲みたくなるワインだったそうです。その後そのワインが飲めるからとギャンブル会場に誘われました。初めはワインを飲みながら軽い賭けをする程度でしたが、その内ワインに金を出して飲むようになり、賭け金も高額になっていきました。そして、肌がきれいになり痩せる効果のあるお茶を土産としてもらうようになりました」
「そのお茶には薬物の粉末が混ぜてあり、それを飲んでいたアンチュセール侯爵夫人にも薬物反応が出たのです」

 ラファエウが付け加えると、周囲がいっそうざわついた。

「高級茶葉のように見える包装でしたが、販売店は分かりません。そのため包装をどこで作っているのか調べたところ、意外な人物が浮かび上がりました。————ロスウェル卿、見覚えがあるだろう?」

 ラファエウにふられて、ロスウェル卿は目に見えて驚きを表す。その姿に王の眼光は一層鋭くなり、肘掛けに当てる指の音を大きくした。

「そうなのか。ロスウェル卿」
「わ、私には、何のことだか!」

 ロスウェル卿は三十代半ばで、鋭い目に似合う細めの眼鏡をし、逆三角形のような顔の形をしていた。その風貌から冷徹な雰囲気を感じさせていたが、王の前ではその冷ややかさも消えて、くたびれた細い茄子みたいに丸まった。

「安物の茶葉に薬物を混ぜてあたかも高級品のように見せる。茶葉だけでなく、ワインも同じ手でラベルを制作しておりました。ブランドから足が出ぬように仮の商品を作ったのです。ですが、その茶やワインがロスウェル卿の関わる商店から搬出されていたのは調査済みです。オドラン男爵を使い王妃派を集めたことも、ある程度中毒になった者に王妃派を誘わせていたことも分かっております」

 ラファエウの断言にロスウェル卿は息苦しそうに唾を飲み込んだ。

「ロスウェル卿、それは事実か?」
「これは、陰謀です! 私は何もしておりません! なぜ、謂れのないことを追求されなければならないのでしょう!!」
「そうか。それならば良い。なにもやましいことがないのならば問題はない。一度口にすれば何度も飲みたくなるワインと聞いてそれらを手に入れ、皆に振る舞ったのだが、安心した」

 王の言葉に皆がざわついた。自分たちにもそのワインが注がれたと分かり、周囲は騒然とする。
 ロスウェル卿はぶるぶると震え出した。尋常でない量の汗を流し始め、頬から顎へ汗を垂らし床へと滴らせる。

「話は逸れてしまったが、このワインは祝いの酒だ。どうした、————————お前たちも飲む気はないのか?」

 王が見遣った先、第二夫人と王弟バラデュール公爵が体を強張らせた。
 バラデュール公爵がためらっている中、隣にいた第二夫人はグラスをぎゅっと手にすると、一気に煽るようにワインを飲み干した。それを見てバラデュール公爵も意を決したように一気飲みする。
 王はそれを眇めた目で見遣っていた。そうしてゆっくり拍手をする。

 病を押していても、王の迫力は健在だ。聴衆たちは促されるように拍手をした。
 ぎこちない祝い。ワインが本当に無害なのか、疑いたくなる雰囲気だ。
 ロスウェル卿は何かを発言しようとしたが、王の蔑んだ鋭い視線と合うと、土気色の顔をして口を閉じる。ゴドルフィン侯爵とバラデュール公爵は蒼白な顔をし、第二夫人はどこに力を入れているか、体を強張らせて顔を赤くさせていた。

「では、こちらはいかがでしょうか」

 ラファエウはまだ追求するネタはあると、王に何かの紙を見せた。それを眺めた王が眉をぴくりと傾げる。

「興味深い資料だな。この資料によると————————、ロスウェル卿、武器の売買もうまくいっているようだな。私の知る者もそなたが支援している店で良い剣を購入していた。高価な装飾が気に入っているそうな。宝石などの入手にも力を入れているようだ」

 ロスウェル卿は高位の貴族などを相手に、装飾にこだわった剣などの武器を提供するなど商売気が多く、地方都市では鉱石などの採掘にも力を入れている。
 それ自体は罪に問われることではない。

「だが、それ以外に、大量の武器も製造しているようだ。戦争の準備でもしているのか? それとも、反乱の手伝いでもする気だったのか?」
「そ、そんなことは……。新しい鉄も入り供給を増やしているだけです。ご購入される方々が多いので」
「そうか。では、王妃派を陥れるため、果ては私を殺すためにそのような真似をしていたわけではないと言うことだな」
「と、当然でございます」
「では、それらは全て、そなたの知らぬことであり、まったく関わりがないということで良いか」
「も、もちろんでございます!!」
「その割には、私兵も集めているようだが? 王が病であることを良いことに、王太子殿下を亡き者にでもするつもりだったのでは?」
「な、なんということを言うのだ! 王、これは、ハーマヒュール侯爵の、王妃派の陰謀でございます!! 私を犯人とし、陥れるために仕組まれた罠です!」

 ラファエウが口を挟むと、ロスウェル卿はすぐに否定し、顔を歪めながらラファエウを睨み付けた。
 しかし、その瞬間、別の者が声を上げた。

「ロスウェル卿、バスチアンを狙ったのはあなただと言うの!?」

 ロスウェル卿は、声の主を驚きの顔で見遣り、愕然とした顔を向けた。

「マルレーヌ、落ち着きなさい」
「ですが、カルメル子爵を薬物依存にし、バスチアンを狙わせたのならば、許すことのできぬ所業ですわ!!」

 第二夫人はふるふると震えて、涙ぐみながら言い放つ。ぎっとロスウェル卿を睨み付け、バスチアン王子の母親らしく憤りを見せた。

 王妃派の話ばかりだったが、バスチアン王子はカルメル子爵に狙われている。薬物の話が本当ならば、王妃派も第二王子も狙われたと、何も知らぬ者たちは思うかもしれないが————————。

 第二夫人の言葉に、ラファエウの体が揺らめいたように見えた。
 第二夫人がそれを見て、射竦められた小動物のようにぎくりと体を萎縮させる。
 今にも切り捨ててしまいそうな迫力。ラファエウの怒りの形相に、第二夫人ですら息を呑んだ。

「————王、まだ続きがございます」
「許す。続けよ」

 押し殺すような声音でラファエウが次の証人を呼んだ。
 連れてこられたのはメイド服を着た女性だ。見覚えのある女性で、侯爵邸で働いている人である。

(話したことはないけれど……)

 メイドは怯えるように第二夫人を見上げた。第二夫人はメイドと視線を合わせることなく逸らし、ラファエウを鋭く睨み付ける。
 そして、ラファエウはもう一人を呼んだ。先に顔を歪めたのはシャルロット王女だ。
 連れてこられたのは、私を襲った者たちの一人である、捕えた騎士だった。

「見たことのある顔だな。シャルロットの護衛騎士ではないか」
「数日前、シャルロット王女から茶会に誘われた妻が、馬車で訪れる途中悪漢たち襲われました。その際に捕まえた男と、捕らえた後、我が侯爵邸で火事を起こし、その男を亡き者にしようとしたメイドです」

(やっぱり、侯爵邸にスパイがいたのね。私を襲った者を牢屋に捕らえて。罠を張っていたんだわ)

 ラファエウが私に黙っていたのは、危険があったからだろう。ユーグに私を守らせて、ラファエウが自らメイドを捕らえたのだ。あの日、ラファエウがわざわざ風呂に入ってから私の部屋に訪れたことを考えれば、おそらく他にも仲間がいたはずだ。

 シャルロット王女はがたがたと目に見えて震えていた。そして、先ほどは動じていなかった第二夫人が大きく口を開けてシャルロット王女へ視線を向ける。

(あの驚き方。第二夫人は、知らなかったようね……。一人は知っていたようだけれど)

「……愚かな真似をしたな、シャルロット」

 王の肺の底からのため息に、シャルロット王女は呆然としながらも肩を震わせていた。
 もう何も言うことができないロスウェル卿は頭を下げたまま、第二夫人の方を見ようともしない。第二夫人は口を開けたままぱちぱちと瞼を上下させた。

「わ、私じゃないわ! お母様!そうでしょ!?  騎士を貸してほしいと言われたの!ロスウェル卿が行ったのよ!  私は知らないわ!!お父様! 私は何も知りません!!」
「王、これは大きな間違いですわ……。ロスウェル卿が国家転覆を目論んだのです。我が息子を狙い、シャルロットまでも巻き込んで、私たちを排除しようとしているのです。お調べになってくだされば、全てが分かるでしょう」

 全てをロスウェル卿の仕業に仕立てるつもりなのか、第二夫人は涙を流して懇願しはじめた。驚きを見せてしまったことを隠すように、さめざめとハンカチで涙を拭う。
 何も知らなければ信じてしまいそうなほど悲壮な面持ちで、何人かはそれを信じただろう。
 しかし、王の冷めた視線とラファエウの怒りの焔が見えそうなほどの憤りに、どこまでの人が信じるだろうか。

「マルレーヌよ。そなたの言いたいことは分かった。シャルロットは何も知らなかった。自分の護衛騎士がハーマヒュール侯爵夫人を狙ったわけではないのだな」
「当然ですわ。なぜシャルロットがそのような愚かな真似をするのでしょう。シャルロットがハーマヒュール侯爵をお慕いしていたのは事実ですが、それで夫人を襲おうなどと、そこまで短慮な真似をするなど、あり得ませんわ」

 嗚咽を漏らして泣き続ける第二夫人に、私が口を開けっぱなしにしそうになる。シャルロット王女は第二夫人の演技に落ち着きを取り戻したのか、私を一度睨みつけると、王の側へ走り寄りすがるように跪いた。

「お父様、私はそのような真似をしません。どうしてそんな真似をするのでしょう。これは陰謀です。私たちを陥れるために、このような茶番を始めたに違いありません! 襲われたと言うのも、嘘なのではないでしょうか!」

 きっぱりと言い切って見せたが、その場合、告発したラファエウが罰せられるのだが、分かっているのだろうか。
 シャルロット王女にとってラファエウはその程度で、自らの愚行を認めることはせず、ラファエウに陥れられたと言うつもりなのだろうか。

 私の堪忍袋の緒は前々から切れそうだったが、すでに切れていたのかもしれない。

「王、わたくしからもよろしいでしょうか」

 私が手を上げた時、王やシャルロット王女だけでなく、ラファエウまでもが驚いたように私を鋭く見つめた。
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