目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO

文字の大きさ
14 / 103

9① ー魔法陣ー

しおりを挟む
 どこからか声が聞こえた。
 啜り泣くような、女性の声だ。

 暗闇の中で女性が泣いている。金のような茶色のような髪の色をした女性が、こちらに背を向けて座り込んでいた。

「……セレスティーヌさん?」

 フィオナの呼び声に、女性は肩をびくりと上げた。
 ゆっくりと振り向くと、やはり鏡で見たことのある顔がこちらを向いた。
 こんなに暗い闇の中、一人でどうして泣いているのか。

『……えして』

 セレスティーヌは泣きながらなにかを言った。

『……わたしを、返して!!』
「はっ!?」

 ばっ、と光に包まれると、フィオナは目を覚ました。
 未だ見慣れない部屋。広いベッドに豪華な装飾。隣ですやすや寝息をたてて眠っている子供がいる。

「おかあ…らま……。すぴー」

 昨夜、アロイスが眠れないと言ってセレスティーヌの部屋にやってきた。昼間の猫で母親を思い出し寂しくなったのか、ぐずりがひどくて一緒に寝ることにしたのだ。

 起こさなかったことに安堵して、フィオナは首を拭う。少しだけ汗ばんでいるのは、変な夢を見たからだ。

 返してと言われても、返す方法が分からない。
 セレスティーヌは彼女の体を乗っ取ったフィオナを恨んでいるのだろうか。

 セレスティーヌがどこで薬を手に入れたのか、まだ分かっていない。フィオナに恨み節ならば、彼女は好んで倒れたわけではないのかもしれない。
 そう考えても答えは出ない。フィオナは布団を蹴ってこちらに足を出して寝るアロイスを真っ直ぐに寝かせてやると、風邪を引かないように布団をかけ直してやった。




「はい、アロイス、あーんして」
「あーん!」

 アロイスは歯も生え揃っていない大きな口を開いて、フィオナの作ったマドレーヌを頬張った。
 満面の笑顔でマドレーヌを手にして、もしゃもしゃと口を動かす。

「まだ全部生え揃ってないのよね。三歳になる前には生え揃うと思うのだけれど」
「お詳しいですね。ご友人にお子様が?」
「いえ、書庫で、そんな本を読みまして」

 おほほ。とフィオナは乳母の問いを誤魔化す。子供の成長具合をセレスティーヌが知っているはずないのだろう。
 それはそうか。と一人で納得する。偽装結婚レベルの夫婦仲だ。子供についてなにを知ることがあるのかという話である。

 セレスティーヌは自ら学びを求める人ではなかった。なににでも知った話をするのはまずいのかもしれない。

(自分の知っていることが、こちらと同じとは限らないし)

 調べていて気付いたのは、この公爵領の方がフィオナの住んでいた場所よりとても豊かだということだ。
 フィオナの住んでいた領の領主の城に入ったことはあるが、公爵家の部屋に比べてかなり質素だ。ブルイエ家に比べれば領主の城は豪華絢爛だったが、公爵家は比べ物にもならない。

 高価なものが多いのは、この国の生活水準が高いからだ。
 それでも、この公爵家は借金で苦しんでいたというのだから、不思議な話である。

 公爵領は山に囲まれた土地で農作物が育ちにくく、洪水や山火事などの災害が多発しやすい場所だった。規模によっては病が流行ることもあるため、お金の浪費が半端ないらしい。
 実際借金にまみれてセレスティーヌを娶る羽目になったのだから、その通りなのだろう。

 場所としては都の隣に位置する。住みにくい土地ではあるが、山を越えればすぐに辿り着ける近さのようだ。
 それでも行き来は楽ではないらしく、そんなところも悩みの種なのかもしれない。
 そんな貧乏体質な領土を持ちながら、クラウディオのその姿や優秀さ、身分もあって、よく催しに誘われるとか。


 届いた招待状にフィオナはため息を吐きたくなる。

「狩猟大会ねえ……」
「旦那様がいらっしゃると華やかになりますから、多くの招待をいただくんです」

 リディが乳母たちに聞こえないように教えてくれる。

(華やかねえ……)

 確かにクラウディオは顔がいい。整いすぎていて現実味がないと言いたくなるレベルだ。セレスティーヌも相当な美女である。遠目からでも二人一緒に歩いていれば、無駄に目立つのだろうなあ。そんなことを考えると、気持ちがずんと重くなるのを感じた。

 そう、その狩猟大会にセレスティーヌも参加せねばならないのだ。
 ここはアロイスを口実にし、不参加といきたいところだが、それは理由にならないらしい。
 残念ながらアロイスはお留守番である。シェフのポールに他のお菓子の作り方を教えて、アロイスのご機嫌を取る計画を立てているが、乳母やメイドたちは覚悟を決めているようだった。

 そして、狩猟大会は社交の場だ。男性たちが狩猟中に女性たちは帰りを待つ間お茶をしたりする。
 ここで親しい人など出てきたら対応できない。リディはセレスティーヌに親友はいないと断言してきたが、知り合いはいるだろう。それらに話しかけられた時どうすれば良いのか。
 今からでも頭が痛い。

「アロイス坊ちゃん、ダメですよ、そんなところに潜っては」
「やーの! やっ」

 アロイスがハイハイをしながら絨毯の下に入り込もうとしている。乳母が抱っこをすると、ばちばちと顔を叩いた。
 幼児の力といえども、顔を叩かれたら痛い。乳母が我慢しているのを可哀想にと眺めて、絨毯の盛り上がりをふと見遣った。

「……アロイス、そろそろお昼寝しましょうか。あなたたちはいいわ。少し休んで」

 フィオナはアロイスの乳母たちを部屋から追い出す。子守に疲れている彼女たちは、少しでも休めるならと安堵しながら部屋を出ていった。

「フィオナ様、なにか?」

 さすがにリディは怪訝に思ったか、なにかあったのかと問うてくる。フィオナはアロイスを抱っこしたまま、絨毯のめくれに手を入れた。
 ばっと絨毯を上げた時、床に描かれている模様が見えてリディは、あっ、と声を上げた。
しおりを挟む
感想 78

あなたにおすすめの小説

嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。

しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い! 声が出せないくらいの激痛。 この痛み、覚えがある…! 「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」 やっぱり! 忘れてたけど、お産の痛みだ! だけどどうして…? 私はもう子供が産めないからだだったのに…。 そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと! 指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。 どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。 なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。 本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど! ※視点がちょくちょく変わります。 ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。 エールを送って下さりありがとうございました!

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。 人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。 それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。 嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。 二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。 するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー

【書籍化決定】愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

処理中です...