出来損ないと呼ばれた公爵令嬢の結婚

奏千歌

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ハーバート(2)

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 クスリ

 薬が欲しい

 渇きが癒されない



 メイソン家への怒りと憎しみで、自身の存在が塗り替えられそうだった。



 何日も、何日も、麻薬を与え続けられた結果、逃げ出せたのだとしても、もう、自我を保つのがこれ以上は難しかった。

 この世界で俺が生きる意味はないのだと、引き返して、あいつらを道連れにして死を考えていた時だった。

 ガサガサと茂みが揺れて、その隙間からひょっこりと顔を出した少女がいた。

 黒い髪に赤い瞳の、綺麗な人形のような少女だった。

「大丈夫?」

 そう声をかけられて、その子が全く警戒していなくて、不思議なくらいだった。

「俺に、近付くな……君に、何をするか、分からない」

 無関係なこの少女を傷つける事だけはしたくなかった。

 俺の言葉を聞いたのか、聞いてないのか、少女は何かを考え込んで、

「ちょっと待ってて」

 そう言って、消えていった。

 姿が見えなくなって、安堵する。


「アーロンおじ様、こっちです」


 それなのに、またあの少女の声が聞こえて、俺の方が恐怖した。


 何で、戻ってきたんだ。


 茂みから顔を覗かせたのは、今度は少女だけではなかった。

 眉目秀麗な大人の男が一緒だった。

 人間離れした容姿に、こんな時なのに男の俺でも目を奪われた。

「ほぅ、薬漬けの少年か。なかなか、いい趣味をしているな」

「どんな趣味ですか、おじ様。どうしたらいいですか?」

「血でも飲ませてやれ。毒を以って毒を制す。魔力が強ければ、生き残るだろ」

「えっ、弱ければ、死んじゃうってことですか?」

「俺の見立てでは、死なん」

 意識が朦朧としている中での会話だった。

 ただ音として聞いているだけで、その意味を全く理解できていなかった。

 今意識を手放せば、正気を失って暴れ出して、周りのものを傷つける。

 何とか繋ぎ止めている状態だった。

「俺が運んでやるから、安心しろ。うっかり豚小屋に運んでしまうかもしれないがな」

「冗談はやめてくださいね、おじ様。そういうわけみたいなので、今から貴方の体内のクスリを抜きます。貴方の体が傷付かないようにするので、心配しないで。意識は手放してもいいけど、光だけは見失わないでくださいね」


 光……


 ナイフを取り出した少女が、指先に刃を当てる。

 プクリと、赤い血が溢れ、それを横たわっている俺の口に垂らしていた。

 その瞬間、呼応するようにドクンと心臓が大きく脈打ち、それから先はもう何も覚えていない。

 体の中で何かが暴れ回り、それに押さえつけようとする何かがまた抗っている。

 自分の体なのに、自分の意思では何一つ自由にすることは叶わなかった。





 光………

 少女が言っていた、光………

 最後は、それを探して、彷徨っていた。

 暗闇の中、薄っすら見えるものを追うように、自分の目が開けられた。





「お、起きたか?」

 体が動かない中、反射的に視線だけを男の声の方へ向けると、俺と同じ歳くらいの者がベッドサイドに立って覗き込んでいた。

 黒い髪に金色の瞳の、男だ。

「俺の名前はベレト。アタナシアの兄だ。アタナシアの事は覚えているか?お前に血を飲ませた女の子だ」

 あの子が、アタナシアという名前なのか。

「まだしばらく歩き回ったりはできないが、体内の薬は抜けたから安心してくれ」

 声が出なくて、返事ができなかった。

 視線を別の方向に向けると、これまで見たことがないような品のある天井やカーテンや壁が見える。

 いったい、どこに寝かされているのか。

 場違いなほど良い部屋にいるようだ。

「とりあえず、水を飲むか?」

 細長い飲み口の水が入った容器を口元に差し出され、それから少しだけ口に含んだ。

 カラカラだった口内が潤される。

 視線だけで礼を伝えると、通じたようだった。

「気にせず、今はゆっくりしてくれ。見知らぬ場所で、見知らぬ人間に囲まれれば警戒もするだろうが、ここにはお前を傷付ける奴はいない。それにしても、血を飲ませた相手が俺よりかは、アタナシアで良かったな。こんな男よりも、まだ可愛らしい幼女の方がいいだろ。俺達は、ちょっと特殊な体質の一族なんだ。だから、あんまり理由は詮索しないでくれよな」

 気さくに話しかけてくれる彼のことを、不思議に思っていた。

「その、特殊な、体質のことを、俺のような、素性も分からない、ような、奴に教えて、大丈夫、なのか?」

 掠れた声だったけど、なんとか話すことはできた。

「正直に話すが、俺たちも魔法使いで、ハーバートが寝ている間に記憶を読み取って、何があったか探らせてもらった」

 それは、仕方がないことだ。

 そんな魔法があるのかと、驚くが。

「ハーバートが使える魔法は、“学習”、ラーニングなんだな。初めて聞く魔法だ。自分が見たもの体験したものを瞬時に読み取って学習して、自分のものにする。記憶を勝手に見たお詫びに、療養ついでにうちの屋敷の本を全部吸い取っていけばいい」

「お詫びも、何も、勝手に、転がり込んで、世話になって、いるのは、俺の方で……」

「ハーバートのこれまでの境遇を知れば、むしろ、よくうちに来てくれたと思っているくらいだ。たまには、俺にも人助けをさせてくれ」

 人に、こんなに優しいことを言われたのは初めてのことだった。

「だいぶ、体の感覚も戻ってきたんじゃないか?あと、これは、お粥といって、かなり柔らかめに作ってあるから、ゆっくり食べてくれ」

 ベッドテーブルに器に盛られた白い食べ物が置かれている。

 “お粥”というものが何かはわからなかったが、体を起こすのを手伝ってもらいながら、それを口に運ぶと、優しい味で食べやすいものだった。

 ここは、ウィーナー伯爵家の領地の屋敷だと教えてもらった。

 幼いアタナシアも、ベレトも、貴族だというのに気さくで、心優しい兄妹だった。

 数日で起き上がれるようになった俺は、ベレトの勧めもあり、伯爵家の図書室を利用させてもらうことにした。

「元気になって、良かったです」

 アタナシアは、ニコニコしながら本に触れる俺を見ている。

「ふふっ。やっぱり、綺麗な魔力を持っている方ですね。そばにいて、心地が良いです」

「魔力が、心地よい?」

 幼い女の子に、教えを乞うように尋ねていた。

「性質を表しているのですよ。とっても良い人なのでしょうね、ハーバートさんは」

 俺が良い人なのかは分からなかったが、少なくとも俺に親切にしてくれる兄妹を、落胆させるような事はしたくはなかった。

 本の知識以外に、ベレトが、いくつかの魔法を見せてくれて、それを俺が“学習”して身を守る術を覚え、俺の記憶を読み込んだ魔法も、勝手に覚えていたようだった。

 最後に、ベレトはとても料理が得意で、彼から色々と家事の手ほどきを受けて、目的を持って、お世話になったウィーナー伯爵家を出ることを決めた。




















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