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ハーバート(3)
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伯爵家を出ると、まず大陸中を巡って、得られる知識を吸収していった。
その期間は、一年もかからずに終えることができた。
一度、ウィーナー伯爵家に報告に戻り、その後は、兄妹の要請もあり、ウィーナー領最北端のシルバーノームという町の外れに土地を購入し、家を建てた。
以前は鉱山で潤っていたが、現在は日々の生活を細々と営む家庭が多い、そんな寂れつつある町で根を下ろすつもりだったが、小さな町に得体の知れない魔法使いが住み始めたとの噂はすぐに広がった。
初めは、店で物を買うのも一苦労だった。
理不尽な扱いはされなかったが、どうも怯えさせているようで、声をかけても店主が出てきてくれなくて、品物の代金をカウンターに置いて帰ることがしばしばあった。
町の人も、俺とは視線を合わせてはくれないし、挨拶をしてもそそくさと去って行かれてしまう。
来たばかりの俺をいきなり受け入れてもらうのは無理があるのだろうが、どうすればいいのか見当がつかない。
肩を落としながら家に向かっていると、前方で、荷車が横倒しになっているのが見えた。
何かが入った大きな袋が、地面に落ちてしまっている。
それを元に戻そうと、俺と同じ歳くらいの少年が、荷車を起こし、重そうな袋を一つ一つ抱えてあげていた。
すぐに駆け寄って、声をかけた。
「俺が、手伝ってもいいだろうか?」
その子は、俺を一瞥しただけで、無言で作業を続けていく。
買ったばかりの荷物は道の端に置き、その子の真似をして袋を一つ一つ荷車に乗せていった。
「袋を持ち上げられないとばかり思っていたから、無視して悪かったな。お前はすごいな。ありがとう」
作業の途中で、体を動かしながらも初めてその子が、言葉をかけてくれた。
「俺はハーバート。一年前までは農場で働いていたから、これくらいは平気だ」
「意外だな。もっと気位が高い奴なのかと思っていた。俺は、デレク。しかし、困ったな……」
「どうした?」
積み上げ終えた袋を見つめて、デレクは途方に暮れているようだ。
「袋が混ざってしまって、中身が分からない」
「袋に書いてあるが……?」
「俺は、字が読めないんだ。この辺に住んでいる奴は皆そうだ」
「気を悪くさせないのであれば、俺が今は代わりに読むが……」
「それは、助かる。ハーバートは、学があるんだな」
「運良く、だ」
デレクの家まで荷車を運び、そこで荷下ろしを手伝いながら袋の仕分けを行った。
その作業を始めたのが遅めの時間帯だったから、終わる頃にはすっかり日も傾いていた。
「今日は、助かった。良かったら、飯でも食って行かないか?」
「いや、突然のことだから、デレクの家族に迷惑をかけたくない。また、日を改めてで」
家の窓から、身重の女性が、不安そうにこちらを見ているのが見えた。
デレクの母親なのではないだろうか。
「そうか……なぁ、良ければ俺に読み書きを教えてくれないか?」
それは、思ってもみない申し出だった。
「俺で良ければ、それは構わないが」
「なら頼む。また、明日な」
その日はそこで別れたが、翌日から早速、広場の片隅で、地面に直に座ってデレクに読み書きを教え始めた。
俺が教師の真似事をする日が訪れるとは思わなかったが、デレクはこの先のことを考えていたのか、真剣に読み書きを覚えようとしていた。
すると、そんな俺達に興味を持たれたのか、自然と周りに小さな子達が集まりだす。
ただ眺めているだけなら暇だろうと、最初は片手間で、子供達に絵本の読みきかせを行った。
絵本はまだ高価なもので、俺も一冊しか家にはなかったが、それを子供達は何度も何度も読みたがった。
最初は、大人達から警戒するような視線を向けられていたが、子供達の楽しそうな顔を見て、それも次第に無くなっていった。
子供達に読み書きを教えることが日常になっていくと、色々と貰い物をすることが増えていった。
畑で採れた野菜を持ち寄ってくれるのは有り難いことなのだけど、土地があまり肥えていないのか、元気のないものばかりなのが気になった。
家の裏に、自分でも小さな畑を作ってみた。
ずっと農奴として働かされていたから、手順は分かっていたが、やはり土地の影響なのかあまり良い作物はできなかった。
肥料を変えてみればいいのかと、あれこれ試行錯誤して、そこで上手くいったものは、デレクを通じて町の人達にも広めていった。
デレクと真っ先に友人関係になれた事は、俺にとっては幸運なことだった。
町の経済状況がすぐ様変わる事はなかったが、徐々に収穫される作物の質や量が変わり、より良き物になっていった。
俺の頭の中に詰め込まれている知識の数々の使い道が、やっと分かった気がした。
俺は、簡単に知識を得ることができる。
俺を救ってくれたあの兄妹の恩に報いるためには、まずは誰かの為になることをするべきだ。
そう思えば、少しでも俺の知っていることを誰かに伝えていくべきなのだと、ますます子供達への教育にも力を入れようと思っていた。
そこで住み始めて数年が経ち、人伝に聞いたのか、領主直々に助けを求められるまま、とある町を疫病と飢饉から救うことができたのも、魔法で楽に得た知識のおかげだ。
どれだけ感謝されたのだとしても、驕らず、俺はまた、誰かの力になれるように生きていくまでだ。
その期間は、一年もかからずに終えることができた。
一度、ウィーナー伯爵家に報告に戻り、その後は、兄妹の要請もあり、ウィーナー領最北端のシルバーノームという町の外れに土地を購入し、家を建てた。
以前は鉱山で潤っていたが、現在は日々の生活を細々と営む家庭が多い、そんな寂れつつある町で根を下ろすつもりだったが、小さな町に得体の知れない魔法使いが住み始めたとの噂はすぐに広がった。
初めは、店で物を買うのも一苦労だった。
理不尽な扱いはされなかったが、どうも怯えさせているようで、声をかけても店主が出てきてくれなくて、品物の代金をカウンターに置いて帰ることがしばしばあった。
町の人も、俺とは視線を合わせてはくれないし、挨拶をしてもそそくさと去って行かれてしまう。
来たばかりの俺をいきなり受け入れてもらうのは無理があるのだろうが、どうすればいいのか見当がつかない。
肩を落としながら家に向かっていると、前方で、荷車が横倒しになっているのが見えた。
何かが入った大きな袋が、地面に落ちてしまっている。
それを元に戻そうと、俺と同じ歳くらいの少年が、荷車を起こし、重そうな袋を一つ一つ抱えてあげていた。
すぐに駆け寄って、声をかけた。
「俺が、手伝ってもいいだろうか?」
その子は、俺を一瞥しただけで、無言で作業を続けていく。
買ったばかりの荷物は道の端に置き、その子の真似をして袋を一つ一つ荷車に乗せていった。
「袋を持ち上げられないとばかり思っていたから、無視して悪かったな。お前はすごいな。ありがとう」
作業の途中で、体を動かしながらも初めてその子が、言葉をかけてくれた。
「俺はハーバート。一年前までは農場で働いていたから、これくらいは平気だ」
「意外だな。もっと気位が高い奴なのかと思っていた。俺は、デレク。しかし、困ったな……」
「どうした?」
積み上げ終えた袋を見つめて、デレクは途方に暮れているようだ。
「袋が混ざってしまって、中身が分からない」
「袋に書いてあるが……?」
「俺は、字が読めないんだ。この辺に住んでいる奴は皆そうだ」
「気を悪くさせないのであれば、俺が今は代わりに読むが……」
「それは、助かる。ハーバートは、学があるんだな」
「運良く、だ」
デレクの家まで荷車を運び、そこで荷下ろしを手伝いながら袋の仕分けを行った。
その作業を始めたのが遅めの時間帯だったから、終わる頃にはすっかり日も傾いていた。
「今日は、助かった。良かったら、飯でも食って行かないか?」
「いや、突然のことだから、デレクの家族に迷惑をかけたくない。また、日を改めてで」
家の窓から、身重の女性が、不安そうにこちらを見ているのが見えた。
デレクの母親なのではないだろうか。
「そうか……なぁ、良ければ俺に読み書きを教えてくれないか?」
それは、思ってもみない申し出だった。
「俺で良ければ、それは構わないが」
「なら頼む。また、明日な」
その日はそこで別れたが、翌日から早速、広場の片隅で、地面に直に座ってデレクに読み書きを教え始めた。
俺が教師の真似事をする日が訪れるとは思わなかったが、デレクはこの先のことを考えていたのか、真剣に読み書きを覚えようとしていた。
すると、そんな俺達に興味を持たれたのか、自然と周りに小さな子達が集まりだす。
ただ眺めているだけなら暇だろうと、最初は片手間で、子供達に絵本の読みきかせを行った。
絵本はまだ高価なもので、俺も一冊しか家にはなかったが、それを子供達は何度も何度も読みたがった。
最初は、大人達から警戒するような視線を向けられていたが、子供達の楽しそうな顔を見て、それも次第に無くなっていった。
子供達に読み書きを教えることが日常になっていくと、色々と貰い物をすることが増えていった。
畑で採れた野菜を持ち寄ってくれるのは有り難いことなのだけど、土地があまり肥えていないのか、元気のないものばかりなのが気になった。
家の裏に、自分でも小さな畑を作ってみた。
ずっと農奴として働かされていたから、手順は分かっていたが、やはり土地の影響なのかあまり良い作物はできなかった。
肥料を変えてみればいいのかと、あれこれ試行錯誤して、そこで上手くいったものは、デレクを通じて町の人達にも広めていった。
デレクと真っ先に友人関係になれた事は、俺にとっては幸運なことだった。
町の経済状況がすぐ様変わる事はなかったが、徐々に収穫される作物の質や量が変わり、より良き物になっていった。
俺の頭の中に詰め込まれている知識の数々の使い道が、やっと分かった気がした。
俺は、簡単に知識を得ることができる。
俺を救ってくれたあの兄妹の恩に報いるためには、まずは誰かの為になることをするべきだ。
そう思えば、少しでも俺の知っていることを誰かに伝えていくべきなのだと、ますます子供達への教育にも力を入れようと思っていた。
そこで住み始めて数年が経ち、人伝に聞いたのか、領主直々に助けを求められるまま、とある町を疫病と飢饉から救うことができたのも、魔法で楽に得た知識のおかげだ。
どれだけ感謝されたのだとしても、驕らず、俺はまた、誰かの力になれるように生きていくまでだ。
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