出来損ないと呼ばれた公爵令嬢の結婚

奏千歌

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20 聖夜祭

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「エリ」

「はい、ハーバートさん」

 ハーバートさんに家の前で呼び止められたのは、少し寒くなった日の、お昼過ぎのことでした。

「もうすぐ、聖夜祭だが」

 聖夜祭とは、年に一日だけ定められた聖なる夜、この日だけは、この世界の全ての生命に感謝を捧げる日です。

 または、亡くなった人を偲ぶ日でもあります。

 蝋燭に自分で絵やメッセージを描いて、それを家族や大切な人と交換しあって、灯りが全て消えた街中を移動して、指定された広場に灯しにいくのです。

 私が最後に聖夜祭を家族と過ごしたのはいつのことだったか、もう、思い出すことができません……

「すまない。何か、辛いことを思い出させてしまったか?」

 私がどんな顔をしてしまっていたのか、ハーバートさんに申し訳なさそうな顔を向けられると、こちらの方こそ余計な心配をおかけしてしまい申し訳なくなります。

「あ、いえ、大丈夫です。あの、ハーバートさんは何を言いかけたのでしょうか?」

「ああ。もうすぐ聖夜祭だが、何かエリに必要な物はあるだろうか?俺は、誰かと聖夜祭を迎えたことがないから、エリに不都合があるのは困る、と思ったのだが……」

 ハーバートさんの心遣いは嬉しいものです。

 聖夜祭と言えば……

「この町でも、蝋燭の交換はするのでしょうか?」

「ああ。この時期になると、店に行けば売っているものだから、すぐに手に入るはずだ」

「あの、それなら、私は、ハーバートさんに交換をお願いしてもいいですか?」

 少し、厚かましかったでしょうか。

「それなら俺も、用意しておこう。エリからの蝋燭交換を楽しみにしているよ。他に何か必要なものはないか?」

「お店を見て、足りない物はハーバートさんにご相談します」

「そうしてくれ」

 いつもの優しさ溢れる微笑みを浮かべてそれを告げると、ハーバートさんは畑の方へ行かれました。

 聖夜祭まで、あと数日。

 それまでの準備を想像するだけでも楽しいものなので、まずは用事をすませて、必要な物を買いに行くことにしました。

 魔除けや、幸福を願う意味を込めて、柊で作ったリースを戸口に飾ったりもします。

 蝋燭はどんなデザインにしようか、ノートに下書きをしてみるべきか、色々なパターンを想像してみます。

 “幸せを願って”と、それくらいのメッセージなら書けそうです。

 聖夜祭に向けた日々はすぐに過ぎて、その日を迎えました。

 結局、蝋燭のデザインはよくある花の絵にしたのですが、ちょっと張り切り過ぎて、たくさんの花がぎっしりと描かれたブーケのような蝋燭になってしまいました。

 下側に、ちゃんとメッセージも書けました。

 文字だけは、何度も何度も練習して、震える手を自分の手で押さえながら書いたのも、出来上がってしまえば良い思い出です。

 それをハーバートさんに手渡すと、じっくりと眺められた後に、

「良い出来だから、火を付けるのがもったいないな」

 と、言ってもらえました。

 ハーバートさんから手渡された蝋燭はというと、見た事がない文字らしきものがギッシリと書かれていました。

「古代語で、幸福を願うまじないの言葉を書いている」

 そんな説明をしてもらいました。

 古代語とは、さすがハーバートさんです。

 祭壇が設置されている広場に向かうために家を出ると、満天の夜空が視界に飛び込んできました。

 こんな時間に外に出ることがないので、気持ちが高揚していました。

 それは、星空だけが原因ではありませんが。

 毎日歩き慣れた道でも、ハーバートさんと並んで歩くと違った景色に見える気がします。

 夜道を歩いて行くと、広場にはたくさんの人が集まっていました。

 そして広場に灯された蝋燭の数々は、厳かであり、幻想的な光景です。

 小さな子達ですら、騒がずに、静かに祭壇に蝋燭を置いていました。

 私も、お母様のことを思い出しながら、蝋燭を祭壇に置きました。

 少し寂しくもなりますが、隣にハーバートさんがいる事を思い出せば、悲しむものではなくなります。

 お母様と過ごした思い出の数々が甦り、上手く描けた蝋燭の絵のことを、それから、ここに来れて、たくさんの幸せを手に入れた事を心の中で報告しました。

 ハーバートさんは誰を、何を思って蝋燭を置いたのでしょうか。

 家族がいたことはなかったと、以前に言っていました。

 今、ハーバートさんが孤独を感じていなければいいのにと、願うばかりです。

 私は、ハーバートさんの心の支えになることができているでしょうか。

 広場を後にして、ランプの灯りを頼りに家に帰りました。

 星が落ちてきそうなほどの澄んだ夜空は、星の光をよく届けてくれたので、ランプがなくても困らなかったと思います。

 外は寒かったので、家の中に入ると暖かく感じました。

「それではハーバートさん、おやすみなさい。今日は一緒に聖夜祭に参加できて嬉しかったです。ありがとうございました」

 挨拶を済ませて、2階に上がろうとした時でした。

「エリ。君に渡したい物があるんだ」

 足を止めて、ハーバートさんに向き直ります。

「これを、受け取ってもらえるだろうか。ただ、女性の好みが分からなくて、本当なら、エリが欲しい物を買うべきだったのだろうが……もし、どうしても気に入らなければ、また別の物を用意するつもりだ」

 ハーバートさんにしては珍しく、言い訳のような、取り繕っているような、落ち着かない様子でした。

 でも、それよりも、ハーバートさんの手の平に置かれた茶色の箱に視線が向けられていました。

 それを、不安げな様子のハーバートさんが開けて見せてくれます。

 花の形のネックレスでした。

 青い宝石で小さな花が作られています。

「え、あの、どうして、これを?」

「聖夜祭の日に、大切な相手に贈り物をすると、それが厄災から守ってくれると言われている」

 ハーバートさんの加護があるから、これ以上の守りは必要ないのだとしても、それでもこれを私に贈ってくれようとしている気持ちが、この上なく嬉しいことでした。

「こんな高価な物を、それに、とてもかわいらしい物を、ありがとうございます。大切にします」

 それを伝えると、ハーバートさんが箱の中からネックレスを取り出し、私の首につけてくれました。

 近くにあった鏡で改めて見ると、私には勿体無いくらい素敵な物です。

「よく似合っている、と、俺は思っているが」

「はい、とても嬉しいです。私は、ハーバートさんに何も用意してなかったので、申し訳ないです」

「いや、いつも貰っているから、エリは気にしなくていい」

 私がハーバートさんに差し上げているものとは、はて?と首を傾げますが、あまり話し込んでこれ以上時間が遅くなるのも、早起きのハーバートさんに差し障ると思い、それ以上聞くことはやめました。

「明日の朝も、これをつけてもいいでしょうか?」

「ああ、毎日身につけてもらえると、俺も嬉しいよ」

「はい、本当に、ありがとうございます。では、おやすみなさい、ハーバートさん」

「ああ。おやすみ、エリ」

 また、ハーバートさんから幸せを分けてもらえましたと、心の中でお母様に報告して、その日は眠りにつきました。





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