男が英雄でなければならない世界 〜男女比1:20の世界に来たけど簡単にはちやほやしてくれません〜

タナん

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一章

1話 異世界へ

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 俺は気付くと、森の中を歩いていた。
 本当に気付いた時には森の中にいたとしか言いようがない。

 俺が覚えているのは、ゲームで夜更しをするため、そのお供のお菓子を買うためにコンビニへの道を歩いていた所までだ。
 俺が住んでいたのは、見渡す限りのアスファルトとコンクリートで形作られた寂れた街である。
 少なくともこの街には、こんな柔らかい地面は道路の脇受けてある木の周りくらいしかないはずだし、見上げるような大木が太陽の光を遮るほど立ち並ぶ森は存在していない。

「いや……まさか……」

 コンクリートジャングルのど真ん中から、見渡す限り木しかない森に急に迷いこんだという事自体があり得ない事だ。
 それに加えて、森自体にもなにか違和感を感じる。
 何というか見慣れない景色なのだ。

 知らない場所なので当然といえば当然なのだが、そうではなく木や草など植物にピンとこない。
 この幻覚でも見てるかのような状況に、普段からラノベを読むオタクな俺は直ぐに一つの可能性を思い浮かべる。

「いや! まだ判断は早い! 落ち着け……先ずは証拠を集めるんだ」

 まさかという期待に叫びたくなる気持ちを抑え、周りを見渡して状況を確認を始める事にする。
 先ずは近くに生えている木に手を触れ、感触を確かめる。
 背が高く、落ちている細い葉の形状からして杉のような針葉樹のようにみえる。だが木同士の間隔が全く揃っておらず、雑多に生えていることから植林された木ではない。

 拾った細い葉をよく観察して見ると、緑色の葉は細かい網目状になっていてザラザラとした手触りで、全く見覚えのない形だ。少なくとも自分の浅い知識の中には存在しない木である。
 よく見れば地面に生えている草も肉眼ギリギリ確認できる程度の網目状になっている。

 どうやら最初に覚えた違和感は、周りに生えている草木が、自分に馴染みがある植生ではなかったからのようだ。
 日本の何の変哲もない森も、外国人から見たら見慣れない木々ばかりで異国感が凄いと感じるらしいので、俺の違和感も同じだろう。

「少なくとも日本っぽくないな。これはひょっとしてひょっとするかも?」

 いよいよ異世界転移の可能性が高くなってきた。
 眠っていたならともかく、歩いていた状態でいきなり景色が変わったことから、気絶させられたり、薬で眠らされて拉致されたという線は薄そうだ。

 俺の名前は原田 湊 15歳 近所の高校に通う普通の男子高校生で、嫌いな科目は体育のオタクに属する人間だ。

 一人っ子として育てられ、帰宅部ながらもオタク仲間とそこそこ楽しい毎日を送っている。
 今の服装は上下のジャージと使い古したスニーカーで財布も携帯も家を出た時の記憶のままだ。
 記憶喪失の可能性を疑って自分の経歴や行動を思い返すが自覚できるような記憶の欠落はなさそうだ。

「ステータスオープン!」

 ラノベお決まりのセリフを叫んでみた。

「…………」

 声が深い森の中に吸い込まれただけだ。

「システムコマンド! ファイア! フリーズ!」

 その後魔法を使えないか知っている限りのゲームの魔法の名前を叫んだり、子どもの頃本気で出そうとした両手を突き出して気を放出する技を試してみたりしたが、ただ空しくなるだけだった。

「おかしいな……やっぱり異世界じゃないのか?」

 一向に成果の出ない魔法の練習に飽きてきた。
 それに、これ以上この場に留まっていても得るものはなさそうなので移動することにした。
 どの方向にいけばいいのか分からないので、とりあえず木々の間から洩れる日の光の方向に歩き始めた。

 森の中を延々と歩くことは、学校へ行く以外にはゲームやアニメばっかり見ていたもやしっことしてはかなりきつい。
 当然の様に圏外なスマホを見ると、もう一時間は歩いている。
 がっくりと肩を落としたことで下がった視線に写るのは、よれよれな上に土汚れがついて、いつもより一層みすぼらしく見えるスニーカーである。気が滅入ってくる。

 最初はなんとかなるだろうと楽観的に考えていたがどうやら甘かったようだ。
 1時間も彷徨って何も見つからない事を考えると、最悪、野宿を覚悟しなければならない。が、水も食料もない現状でそれは避けたい。

「せめてコンビニで買い物してからだったらな……」

 たらればの意味のない考えだが不安からぐるぐると思考が後ろ向きになっていく。
 スニーカーの汚れが妙に気になるのも、顔が俯いて足元ばかり見ているからなのかもしれない。

「しょうがない……休憩すっか……」

 疲労困憊の体を引きずって近くにあった倒木に近寄って腰をかけることにした。
 山道とはいえ一時間歩いただけとは思えない疲労が体に溜まっている。
 どうも空気が肌に纏わりつく気持ち悪い感覚があって、行動の一つ一つを邪魔されているような気がするのだ。

 この肌で感じる妙な感覚は、最初は湿度が高いとか空気が薄いのかとか考えたが、普通に呼吸はできるようなので取り敢えずは気にしないようにして行動していた。

 動きを邪魔する謎の空気は元気な内はそれほど気にもならなかったが、少しづつ、だが確実に体力を削ってくる。疲れるにつれ、そのわずかな抵抗がどんどん重く感じてきて、ついには座り込むほどまで体力を奪われていた。

「くそっ……どうなってんだ……」

 丸太に座った姿勢で肘を膝につき、手に顔をうずめる。
 少しでも体力を回復して行動に移さないと夜が来てしまう。それだけはまずい。
 体感では現在の温度は25℃前後で比較的過ごしやすいが、もし夜になれば気温がどれだけ下がるかわかったものではない。

 もし気温が低くなるような場所であればジャージだけの今の姿ではなんとも心もとない。
 焦りばかりが募るが、疲労した体を動かすことを脳が拒否している。
 元々体育会系ではないオタクなため、こういう時の意志の弱さは折り紙つきだ。

 そうしていると微かに地面に落ちた枝を踏みしめて折るような音が微かに聞こえてきた。
 俺は素早く立ち上がり、周りを見渡す。
 ……いた。木々の間から僅かに見えたその生物は確実にこちらに向かっている。

「デカイ……」

 全身の毛穴から汗が噴き出してくる。
 その生物を遠目で見ただけで絶対に勝てないことが本能でわかったのだ。
 その生物は四足歩行で全身を毛でおおわれており、周りの木との対比から2mほどの体高はありそうだ。

 一見熊のようにも見えるが、四肢は太く、顔は毛で覆われていて目は見えない。
 遠くで見える情報としてはこのくらいだろうか。すくなくとも生身で勝てるような相手ではないのは確かだ。

「やばい! やばい! やばい!」

 疲弊した体を無理やり動かし、俺は一目散に逃げ出した。

(頼む! 追いかけてくるな! 気付かれていないでくれ!)

 走りながら、獣がたまたま自分の方向に歩いてきているだけという可能性に願ったが、どうやらその願いは叶わなかったようだ。
 後ろから地面を踏みしめる音が近づいてくるのがわかる。

 走りながら後ろを振り返ると獣が、四足で走ってくるのが見えた。やはり獲物として認識されてしまったらしい。
 必死に走り続けるが死を告げる足音がどんどん迫ってくる。

 心臓が、肺が痛い!

 足がもつれる!

 しかも足音がすぐ後ろで聞こえ、さらには獣の息すら聞こえてくる!
 喉をからしながら必死に逃げていると、背筋に悪寒が走った。

 直感が告げている。

 死ぬぞと。

 俺は直感に従い、無理やり体を捻って左方向へと投げ出す。
 飛び込みながら視線を獣の方にむけると、自分の頭があった位置を、発達した太い前足が通り過ぎて行った。
 振りぬいた獣の腕はそのままそばにあった木にぶつかるが、勢いをとめることなく木をへし折る。
 その木は細っこい小枝のような木ではなく、直径40㎝はある立派な木だ。

 それをへし折る程の膂力、避けなければ確実に死んでいた。その事実に背筋が凍る。
 なんとか獣の攻撃をよけることに成功したが、地面へへたり込んだ俺は、恐怖と疲労で足が震えて立ち上がることができない。

(あっ死んだ)

 獣は後ろ脚で立ちあがり、鉤爪の生えた前足を振り上げる。
 やはり熊に似た生き物らしい。
 熊とは違い、顔は鼻が突き出しておらず、人や猿のように平らでビッグフッドとかそういう印象だ。

 呑気にそんな事を考え、今にも自分に振り下ろされようとされている前足を茫然とみつめる。

(あーせめて彼女つくりたかった……)

 下らない心残りを最後に、死を覚悟した瞬間、その獣の腕に何かが突き刺さった。

「え?」

 獣は声を上げることもなく自分の前足を傷つけた飛来物が飛んできた方向に目を向ける。
 自分もつられてそちらに目を向けると、そこには10人ほどの毛皮と鉄で補強された鎧に身を包んだ人が弓を構えていた。

「放て!」

 鋭くも美しい声が響くと一斉に獣に矢が突き刺さる。どうやら声と体の線からして全員女性らしい。
 女性の一人が笛を大きく鳴らす。
 獣はその笛に反応したのか、標的を俺から女達に切り替えて走り出した。

「分かれろ!」

 号令とともに女性たちは左右に分かれて走り出す。
 獣は左右に分かれた女達の内、向かって左方向にいる鎧の女達の方向へと舵を切った。
 やはり足の速さは獣の方が上なようで、あっという間に鎧の女性達に追いついたが、右に分かれた鎧の女性が立ち止まると獣の後ろから矢を放つ。

 獣の背中に矢が刺さるが、どうやら効果は薄いようで、獣は完全に目の前の標的を潰すことに注力して、矢の事は意にも返さない。
 すると追いかけられていた女性達は、反転し、弓を捨て、背中に刺した槍をもって構えた。

 女達の数は5人、横並びになって槍を構えているうちの、真ん中の女性に向かって獣は飛び掛かりながら腕を振り下ろした。
 女性は大きくバックステップをして獣の腕をよけるが、獣は一歩さらに踏み込み、追撃を加えようとする。

 すかさず左右にいた女性たちが槍を突き出して動きを止封じ込める。槍を突き立てられた獣は、流石に動きが僅かに鈍り、真ん中の女性は追撃を回避することに成功した。

 だが獣は腕を振り回して刺さった槍を弾き飛ばすと、再び突進を仕掛けてくる。その動きは鈍っているようには見えず、やはり効果は薄いようだった。
 女たちは、獣に狙われた人間は回避に専念し、手の空いた者が攻撃を加える見事な連携で獣の攻撃をしのぎ続ける。

 追いかけられていない方の女性たちも武器を槍に持ち替え、連携に加わって獣を囲うように布陣する。
 その様子を呆けた顔で観ていた俺の元に、リーダーと思わしき号令をかけていた女性の一人が駆け寄ってきた。

「お前……線が細いが男か! 助かった! 見ての通り決定打に欠けている。手を貸してくれ!」

 そう言うや否や女は腰に差していた剣を俺の方に突き出してくる。

「いや…俺剣なんか使った事がないんだ……」
「武器の選り好みしている場合か! いいから手伝え! 私たちの男は今こっちに向かっているはずだが、いつ到着するかわからん!」

 剣を押しつけるように俺の方に渡すと女性は獣の方にむかって走り出した。

「重っ!」

 軽々と渡された剣はかなり肉厚であり、両手で持つのが精いっぱいだ。
 俺がよろよろとしながらも鞘から何とか剣を引きぬくと、獣を囲う一人の女性が槍を捨て、腰の帯びていた剣を引き抜いて獣に向かって走り出す。

 女の迎撃のために振り下ろされた獣の腕が、金属でできた肩当ての表面を削るが、女性は腰を折って身を極限まで低くして攻撃を避けきると、そのまま獣の足もとのそばを駆け抜ける。

 女は駆け抜けざまに剣を獣の足に向かって振り下ろし、獣の指の一本を半ばまで叩き斬った。
 今まで大きな隙を見せなかった獣はバランスを崩し、そこにダメ押しの槍を獣を囲う9人の女性が突き立てる。

「今だ! こいつの頭を!」
「はぇ? あ! くそ!」

 どうやら俺の出番らしい。
 俺は恐怖で震える脚に力を込め、なんとか剣を持ちあげて獣のもとに駆け寄る。
 俺は身動きを封じられた獣に向かって剣を頭上に振り上げると、渾身の力で獣の頭に振り下ろす。

「おおおお!」

 振り下ろした俺の渾身の一撃は、狙い通り獣の頭をとらえ、ごん!っと鈍い音と共に、手に衝撃が伝わってきた。

「え?」

 だが剣の刃は厚く覆われた体毛により通らず、衝撃は獣の分厚い頭蓋骨に弾かれた。
 剣が弾かれ、俺は無様に万歳した無防備な姿をさらす。

 その一撃に怒ったのか獣は槍がより深く刺さるのも構わず、腕を振り回して槍の拘束を振りほどいた。
 獣は万歳した間抜け面をさらしているであろう俺に向かって爪を振り下ろしてくるが、避けようにも全身全霊の渾身の一撃が弾かれたばかりの俺には成すすべがなかった。

 獣の爪がゆっくりとこちらに近寄ってくる。
 俺の脳が死を感じ取ったのか視界がスローモーションになる。

(動けよ俺の体! なんかないか! 目覚めろよ俺の隠された力! 今しかないだろ!)

 二回目の生命の危機に、俺はよく読むラノベのような不思議な力に目覚めることを祈る事しかできない。
 だが、無情にも俺が力に目覚めるのは今ではなかったらしい。

 ゆっくりと迫る獣の爪。
 それと俺の間に割り込む人影が見えた。
 いつからそこにいたのか、その人は手に持った巨大な鉄の塊を既に振りあげていた。
 後ろからなのでよく見えないが、背中ごしに伝わる獣以上の鬼気迫る圧力に、俺はコンマ数秒前まで自分の命の危険にさらされていたことなど忘れ、魅入っていた。

 男が振り下ろした鉄塊は獣の腕にめり込み、体毛に弾かれることなくそのまま沈んでいく。
 鉄塊はそのまま地面まで動きを止めることなく、地面を砕いて舞い上がった土に混じって、獣の太い腕が宙を舞っていた。
 ゆっくりと流れていた世界は元の速さを取り戻すと、獣の腕から血のシャワーが噴き出し、男と俺の体を汚した。

「~~!!!」

 獣はどうやら叫んでいるようだが、俺の耳には何も聞き取ることはできない。
 開かれた口からは牙ではなく人間のような平べったい歯が見えた。
 男はその隙を逃すことなく鉄塊を再度もちあげ、一気に振り下ろす。

 その時初めて獣は顔をゆがませ、恐怖を感じた表情を見せたように俺には見えた。
 獣の頭に振り下ろされた鉄塊は分厚い頭蓋骨を両断し、背骨を左右に割り、胸を分け、腹のあたりでようやく失速した。

 獣はその一撃により絶命。
 男が鉄塊を引き抜くと、獣の体は地面へと倒れ伏した。

「遅くなって済まんな」
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