恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧

文字の大きさ
37 / 167
2章:ロッカーナ演習事件

6話:お風呂タイム

しおりを挟む
 上官用の風呂を拝借するのは今回で二度目。一度目はほぼ意識が浮いていた。
 棚の空いている場所に服を入れて中に入ると、大人が四人は余裕で入れる大きさの浴槽と、広い洗い場がある。
 まずは体と髪を洗って一日の汚れを洗い流しながら、ランバートは隣で同じように体を洗うファウストを見た。
 均整の取れた体は、程よくついた筋肉が正しい動きを見せている。引き締まった体は誰が見ても美しいと感じるだろう。

「どうした?」
「いえ、なんでもありません」

 思わず見とれた、とは言いたくなかった。ランバートはそっぽを向いて、髪についた泡を洗い流す。

「背中でも流しましょうか?」
「そんな気を使う必要はないぞ」
「洗いづらそうに見えたので。そんなに手間じゃありませんよ」

 言って背後にまわり、泡立てたタオルで背中を洗う。広い背中に流れる黒髪が、艶っぽく感じた。

「お前、警戒しているだろ」
「前の事を思い出しただけです」
「あぁ、あれか」

 赤くなって憎らしく言ったランバートに、ファウストは楽しそうに笑う。こういう顔は俗っぽくて、年齢相応の若さと鋭さがある。

「あんなことはもうしない」
「本当ですか?」
「あぁ。俺は隊員には手を出さない事にしているからな」

 ファウストの言葉にランバートは反応する。驚いたのと、どこかつまらないのと。

「男遊び、していましたよね?」
「一般隊員だった時にな。今は立場が違う」
「やっぱり、遊んだんだ」

 あの指使いは経験のない人間にはできないだろう。実に手慣れた感じがあった。

「まぁ、若かったしな。こういう場所だ、ある事だった。場数もそれなりか」
「恋人はいなかったんですか?」

 思わず聞いて、ほんの少し後悔する。そして、何に対して後悔したのか分からずに戸惑った。この人に恋人がいたところで、ランバートには関わりないはずなのに。

「いない。男にも女にも、恋人は一度もいた事がない」
「何故?」
「何故と聞かれてもな。明確な答えはないが……。多分、自分の命をかけても守りたいと思える相手がいなかったんだろうな」

 ファウストは穏やかに笑う。少し大人っぽく、寂しげな顔で。

「今は、いないのですか?」

 口をついて出た質問に、やっぱりランバートは後悔する。それでも思わず出た。聞かなければいいのにと思いながら。

「いない。というよりも、作らない。これは俺が、騎兵府を預かる時に決めた事だ」
「決めた?」
「あぁ」

 ファウストは頷いて、その後でバツの悪い顔をする。
 背中の泡を洗い流して、二人は浴槽に浸かった。ファウストは少し考える顔をして、ゆっくりと口を開いた。

「俺は、自信がないんだ」
「何がですか?」
「大切な……特別な誰かを作ってしまって、もしもその相手を失ったら、自分が正気でいられるかどうか。多分、無理だろう」

 ファウストの言葉は重かった。伏せた視線が悲しげな色を見せる。その横顔を見ながら、ランバートもまた頷いた。
 ファウストは情がありすぎる。他人の死に心を痛める事が多く、責任も感じている。全ては仕事で、みな分かっていてこの仕事についているのだから、そこで命を落としたとしても仕方のない事だ。
 だがその死に、ファウストはとても心を痛める。

「ランバート」
「はい」
「お前は、俺よりも先に死ぬなよ」
「え?」

 正面から互いに顔を見つめながらの言葉に、ランバートは驚いた顔をする。この話の流れからこの言葉だ。ドキッとしてしまう。まるで、大切だと言われているような気がした。

「俺はお前をわりと気に入っている。シウスも、オスカルもそうだが。親しい奴の死なんて、受け入れられるか分からない。どうにもならない悲しみに心が壊れるくらいなら、死んだほうがましだ」
「馬鹿な事言わないで下さいよ」

 ランバートが真っ直ぐにピシャリと言う。それにファウストは目を丸くして、自嘲気味に笑った。

「そうだな。少し、気が迷ったんだろう。精神的に疲れるとどうにも湿っぽくなる。忘れてくれ」
「そうします」

 こんな事、他の誰にも言えはしない。
 強いファウストを見てきた。でも、強いばかりではないのも知っていた。乱暴されるランバートを見る目が、ひどく苦しげだった。他の隊員が傷つくことを、誰よりも嫌った。
 優しくて、少し脆い。ファウストの本質は、きっと騎士になどむいていない。それでも立っているのは、大事な仲間を守りたいと願うからだ。

「ファウスト様は、少し優しすぎますよ」

 思わず呟いた言葉に、ファウストは驚いたように目を丸くして、その後静かに笑った。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!

めがねあざらし
BL
婚約者に見向きもされないまま誘拐され、殺されたΩ・イライアス。 目覚めた彼は、侯爵家と婚約する“あの”直前に戻っていた。 二度と同じ運命はたどりたくない。 家族のために婚約は受け入れるが、なんとか相手に嫌われて破談を狙うことに決める。 だが目の前に現れた侯爵・アルバートは、前世とはまるで別人のように優しく、異様に距離が近くて――。

処理中です...