恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧

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番外編:オリヴァーシリーズ

4話:オリヴァーの好物

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 目的の店はラセーニョ通りの少し奥にある。木材の風合いを引き出すような店内は厳かな雰囲気というものがある。そこにあるショーケースの中を覗き込み、オリヴァーは目を輝かせた。

「なんて美しい! この繊細なラインや色合いの妙が。甘味の中に風景を切り取るだなんて、なんて斬新なのでしょう!」

 全部食べたい、それが本心だ。
 その後ろで、アレックスはとても穏やかに笑い店員に声をかけている。

「オリヴァー殿、お茶とお菓子のセットにしよう。他にも食べたい物があれば追加で」
「あっ、すみません。では、私はこの桜餅というのを」

 淡いピンク色に緑の葉は桜の葉だと説明に書いてある。中は餡子というらしい。

「俺も同じ物を。他はないか?」
「この、三色団子というのも気になりませんか?」
「では、それも一皿もらおうか」

 椅子に座ると直ぐに黒い盆にお茶とお菓子が置かれ、別の白い角皿にピンク、白、緑の団子が串に刺さったものが出てくる。

「美味しそうですね」

 見た目にも鮮やかな和菓子を見ながら、オリヴァーは目を輝かせて「頂きます」を言う。お茶を一口。普段とは違う新緑を感じるような味わいにも驚いた。

「緑茶というそうだよ」

 楽しそうに笑いながら、アレックスもお茶を飲んでいる。

「お茶の青を感じるのですね」
「紅茶とは作り方が違うそうだ」
「詳しいのですね」

 東国の茶についても詳しいなんて凄いと思っていると、アレックスはクイクイと壁面を指す。そちらに視線を向けると、そこそこ大きな文字でお茶や和菓子の説明が書いてあった。

「浅知恵すぎるかな?」

 なんて、飾らない様子で言われて笑う。何も言わなければ格好がつくのに、この人はそうしない。本当に飾らないのだと、オリヴァーは笑って首を横に振った。
 和菓子というのは実に繊細な味わいだ。葉から感じる桜の香りと、つぶつぶとした餅の食感。その奥から少し舌に残る餡子という品のいい甘みが広がる。ケーキなどにはない繊細さがある。

「美味しい。餡子というのはチョコやクリームとは違う、ほのかで品のいい味わいがありますね」
「一つで世界が出来上がるのだな。香り、食感、甘み。どれが欠けても旨味が失われてしまう」
「えぇ、本当に。東国の物はどれもが繊細で技巧的だと思っていましたが、まさか甘味にまでそれが及ぶとは」

 東国とは貿易を通じて色々な物が入ってくる。多くが繊細で美しい工芸品なのだが、その美しさはえもいわれぬ。紙を一枚とっても繊細に模様を描き景色や風情を感じさせる。なんて美しい感性を持つ人々なのだと、感心したものだ。

「夏にはまた違う物がでるそうだ。水菓子という透明感と清涼感のある菓子が出回るそうだよ」
「そうなのですか! うわぁ、楽しみです」
「また、ご一緒しても?」
「勿論です」

 即答したことに、アレックスは嬉しそうな少年の笑みを見せた。

「この、三色団子というのも中は餡子なのでしょうか」
「食べてみれば分かるだろうが」

 桜を思わせるピンクの餅を一つ食べるが、中は何もない。もちもちとした餅はほんのりと甘い。

「餅自体が甘いのですね」
「あぁ、本当だ」

 そう言いながらアレックスは白い餅を食べ始めている。そして最後の緑の餅を食べて、ほんの少し眉を上げた。

「最後の餅だけ味が違う」
「本当ですか?」

 急いで白も食べ終え、緑の餅を口にする。すると、知っている味がした。

「ヨモギですね」
「ヨモギ?」
「食用の野草です。年中ありはしますが、春が柔らかく美味しいのですよ。行軍などして食料が足りない時にこれが見つかると、ちょっと嬉しい気持ちになります」

 オリヴァーにとってヨモギは戦場の味なのだ。

「オリヴァー殿は戦場に出られるのか」
「え? えぇ、昔は。一時期騒がしくなった時がありまして、その頃には。最近は穏やかなもので、戦争や遠征がなくてホッとしております」

 五年前のカール四世即位の後はしばらく酷かった。テロリストの横行や、新王ということで狙いを定めた周辺諸国からの侵攻を防ぐ為に遠征を行い、とにかく一所にいられなかった。時には食糧難にもなり、狩りをして獲物を捕ったり野草を探したり。その為、オリヴァーの弓の腕はかなりのものだ。
 アレックスは気遣わしい顔をする。伸びた手が口元を拭い、指の腹についた餡をペロリと舐めた。

「あまり想像が出来ずに心が痛む。辛い思いをしているのではないかと」

 言葉と気持ちが同じである。そう感じられる事に嬉しくなった。

「心配には及びません。私はこれでも師団長をしております。腕には自信があるのですよ?」
「師団長!」

 今日一番の驚いた顔に笑いながら、オリヴァーは頷いた。

「第四師団の師団長をしております。戦場での救護、支援が主な役割です。ですので、食べられる物については詳しいのです」
「これは……数々失礼があったのではないか」
「失礼? 何がですか? アレックス殿は私によくしてくれる。私は本当に、貴方といると嬉しくてたまらないのです。こんなにも心が穏やかに凪ぎ、かと思えば突如跳ね上がるような喜びを与えてくれる。刺激的な貴方がとても好きですよ」

 優しく穏やかな時をくれるのに、突然嬉しい言葉をくれる。手を引いてくれるのに、子供のような愛らしく可愛い顔をされる。それが本当に不意だから楽しくてたまらない。こんなにも楽しい時間は久しぶりだ。
 アレックスはほんのりと頬を染めながら、困ったような笑みを浮かべた。

「それほどの喜びを貴方に与えられているのなら、嬉しいかぎりだ。俺もとても幸せな時をもらっている。貴方の笑みは俺を嬉しい気持ちにしてくれる」
「では、お互い様ということですね」
「あぁ」

 笑い合い、それぞれお茶と和菓子を堪能して、二人は外へと出た。

「この後はどうしようか」

 空は薄らと赤みがかってきている。夕食を一緒にするにも、少し時間が空く。迷いながらも待ち合わせをした銅像の前に戻ってくると、一人の女性がこちらへと駆けてきた。

「お兄様」
「サフィール?」

 彼と同じ濃紺の長い髪を揺らした女性はアレックスの前に並び、隣にいるオリヴァーにも丁寧に会釈をする。凛とした竜胆のような女性だと思った。小さな顔に大きめの瞳も濃紺で、肌の色は白い。

「どうしたんだ?」
「至急屋敷に戻っていただきたいのです」
「今日は休みで仕事はないだろ?」

 眉をしかめたアレックスが、隣のオリヴァーを気にしている。それを感じて、オリヴァーは一歩場を引いた。

「仕事ではないのですが、ロレッタ様が見えていて」
「またか」

 困ったように頭の後ろを掻くアレックスはかなり迷っているようだった。多分、外すと後が面倒な用件なのだろう。そう思ったからこそ、オリヴァーは一歩下がった。

「アレックス殿、私の事は構いません」
「オリヴァー殿」
「今日はとても楽しい時間を過ごせました。有り難うございます」

 寂しさがないと言えば嘘になる。この後もう少しと考えていたのも確かだ。だが、男である自分が彼の私生活を乱してはいけない。彼はそのうち離れていくかもしれないのだから。
 不意に手が頬に触れた。俯いていた顔を持ち上げられ、とても柔らかく唇が触れた事を驚いてしまう。人の多い場所で、こんなに大胆な事をされたのは初めてだ。

「そのように泣きそうな顔はしないで欲しい。俺の勝手で、貴方を悲しませてしまって本当に申し訳ない」
「いえ」
「今度、今日の続きをお願いしたい」

 ふわりと温かな笑みを見上げ、オリヴァーは眉を緩める。不思議だ、寂しさが消える。

「夜ならば平日でも空いております。都合のつく日にお誘い下さい。騎士団宛てに手紙を送っていただければ届きますので」
「あぁ、分かった」

 アレックスは名残惜しそうにオリヴァーの手を取って甲に口づけ、女性に連れられて行ってしまった。
 背を見送るのが寂しいと思ったのは初めてだ。手を下ろすタイミングが掴めないなんて、初めてだ。心なしか、帰る道のりが遠いと思った。この心境の変化を真っ直ぐに見据えなければならない。オリヴァーは変わりゆく自身の心を見据えていた。
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