19 / 28
第18話 影の会議と姉妹の帰還
しおりを挟む
王都・軍本部、戦術局地下会議室──
そこは、帝国軍の歴史において“敗北”が語られることを許された、数少ない場所だった。
かつて戦況が最も悪化した時代にのみ使われた“非公開”の会議室。
今、その静寂の中に、軍の上層部数名が集い、重く沈黙していた。
「……完全に、舐められているな」
最初に言葉を発したのは、オルフェン将軍だった。
硬く握られた拳が、机に置かれた書類の上でわずかに震えている。
「ラル=クローディア……いや、違うな。あの四人。セリナ=エーデルバルト、ミア=ノルド、エリス=グレイア、リーナ。
あいつらは、もはや我々の手には負えん」
苛立ちと、悔しさが滲んだ声。
「あの女たちは、命令では動かん。
我々が用意した戦場を、ラル=クローディアという“鍵”で開けようとしたが──逆に、こちらの首が締まっただけだ」
一人の将官が、ため息混じりに言った。
「そもそも、ラル=クローディア本人をあのまま放置したのが失敗だった。
奴は既に一線を退いていた。ならば、“排除”すべきだったのではないか?」
その言葉に、会議室の空気が一気に重くなる。
「……待て。その選択肢は危険すぎる」
別の高官が即座に否定する。
「あの四人は、“ラル=クローディアに対する脅威”には過剰に反応を見せる。
軍が直接手を下すなどすれば……間違いなく、全員が敵になる。
個別では制御可能だとしても、“一体化”した今の状態では……最悪、“国家反逆レベル”の暴発を招くぞ」
「……」
しばし、沈黙。
だが、その空白を割るように、オルフェンが低く呟いた。
「……では、我々が“最終手段”として頼るべきは、ヴァルステッド姉妹か」
オルフェン将軍の言葉に、会議室の空気が張り詰める。
その名を出すだけで、場の緊張が増す。それほど、彼女たちは“強すぎる”。
「だが、クロエ=ヴァルステッドは軍規を盾に上層部にも牙を剥く。妹のルナに至っては、何を考えているかすら読めん……」
将官たちが慎重な目配せを交わす中、重厚な扉が静かに開かれた。
「それでも──私たちに頼るしかないという判断を下されたのでしょう?」
クロエ=ヴァルステッドが、漆黒の軍服を纏い、まっすぐな足取りで会議室へと入ってくる。
その背後から、ルナ=ヴァルステッドが柔らかく微笑みながら続く。
「ねえ、将軍さまたち。わたしたちって、そんなに信用されてないの? ちょっと、しょんぼりしちゃうなぁ」
会議室内の視線が、二人に集中する。
だが、クロエはそれに一切動じることなく、整った所作で一礼した。
「作戦概要は把握しております。ラル=クローディア、および随伴する元特務部隊構成員3名と従者1名の再帰属計画──
……妥当な作戦です」
その語調は、協力的で、理知的。
まさに“戦術指揮官”としてのクロエの顔だった。
「ただし、彼らを“脅し”や“利権”で縛るのは、逆効果でしょう。
それが通じる相手なら、とっくに軍に戻ってきています」
「ラルを中心に据えた懐柔策……つまり、“情”を使う作戦よね?」
ルナがにこりと微笑みながら口を挟む。
「だったら、わたしたちが動くのが一番。“ラルのこと”は、誰よりもよく知ってるし──ふふ、今でも彼のこと、ぜ~んぶ覚えてるよ」
「……では、君たちに任せる」
オルフェン将軍は静かに言った。
「軍が直接動けば、警戒を強めるだろう。君たちは民間の立場を装い、接触の機会を作ってくれ。
ラル=クローディアに対しても、だが──あくまで“彼を中心とした周囲”を、切り崩すのが最優先だ」
「了解しました」
クロエが即答する。
「彼の再帰属は、私にとっても……望むところですので」
「うん♪ がんばるよ。お姉ちゃんと二人で、“ラルを取り戻す作戦”──成功させるから、見ててね?」
二人の口調は、終始穏やかで協力的だった。
クロエ=ヴァルステッドとルナ=ヴァルステッド──
最強と名高い姉妹が、再び表舞台に姿を現した。
その微笑は穏やかで、所作は礼儀正しかったが……
その瞳の奥に宿る“何か”が、会議室の空気を凍らせる。
――だが、彼女たちの本当の目的を知る者は、まだいない。
そこは、帝国軍の歴史において“敗北”が語られることを許された、数少ない場所だった。
かつて戦況が最も悪化した時代にのみ使われた“非公開”の会議室。
今、その静寂の中に、軍の上層部数名が集い、重く沈黙していた。
「……完全に、舐められているな」
最初に言葉を発したのは、オルフェン将軍だった。
硬く握られた拳が、机に置かれた書類の上でわずかに震えている。
「ラル=クローディア……いや、違うな。あの四人。セリナ=エーデルバルト、ミア=ノルド、エリス=グレイア、リーナ。
あいつらは、もはや我々の手には負えん」
苛立ちと、悔しさが滲んだ声。
「あの女たちは、命令では動かん。
我々が用意した戦場を、ラル=クローディアという“鍵”で開けようとしたが──逆に、こちらの首が締まっただけだ」
一人の将官が、ため息混じりに言った。
「そもそも、ラル=クローディア本人をあのまま放置したのが失敗だった。
奴は既に一線を退いていた。ならば、“排除”すべきだったのではないか?」
その言葉に、会議室の空気が一気に重くなる。
「……待て。その選択肢は危険すぎる」
別の高官が即座に否定する。
「あの四人は、“ラル=クローディアに対する脅威”には過剰に反応を見せる。
軍が直接手を下すなどすれば……間違いなく、全員が敵になる。
個別では制御可能だとしても、“一体化”した今の状態では……最悪、“国家反逆レベル”の暴発を招くぞ」
「……」
しばし、沈黙。
だが、その空白を割るように、オルフェンが低く呟いた。
「……では、我々が“最終手段”として頼るべきは、ヴァルステッド姉妹か」
オルフェン将軍の言葉に、会議室の空気が張り詰める。
その名を出すだけで、場の緊張が増す。それほど、彼女たちは“強すぎる”。
「だが、クロエ=ヴァルステッドは軍規を盾に上層部にも牙を剥く。妹のルナに至っては、何を考えているかすら読めん……」
将官たちが慎重な目配せを交わす中、重厚な扉が静かに開かれた。
「それでも──私たちに頼るしかないという判断を下されたのでしょう?」
クロエ=ヴァルステッドが、漆黒の軍服を纏い、まっすぐな足取りで会議室へと入ってくる。
その背後から、ルナ=ヴァルステッドが柔らかく微笑みながら続く。
「ねえ、将軍さまたち。わたしたちって、そんなに信用されてないの? ちょっと、しょんぼりしちゃうなぁ」
会議室内の視線が、二人に集中する。
だが、クロエはそれに一切動じることなく、整った所作で一礼した。
「作戦概要は把握しております。ラル=クローディア、および随伴する元特務部隊構成員3名と従者1名の再帰属計画──
……妥当な作戦です」
その語調は、協力的で、理知的。
まさに“戦術指揮官”としてのクロエの顔だった。
「ただし、彼らを“脅し”や“利権”で縛るのは、逆効果でしょう。
それが通じる相手なら、とっくに軍に戻ってきています」
「ラルを中心に据えた懐柔策……つまり、“情”を使う作戦よね?」
ルナがにこりと微笑みながら口を挟む。
「だったら、わたしたちが動くのが一番。“ラルのこと”は、誰よりもよく知ってるし──ふふ、今でも彼のこと、ぜ~んぶ覚えてるよ」
「……では、君たちに任せる」
オルフェン将軍は静かに言った。
「軍が直接動けば、警戒を強めるだろう。君たちは民間の立場を装い、接触の機会を作ってくれ。
ラル=クローディアに対しても、だが──あくまで“彼を中心とした周囲”を、切り崩すのが最優先だ」
「了解しました」
クロエが即答する。
「彼の再帰属は、私にとっても……望むところですので」
「うん♪ がんばるよ。お姉ちゃんと二人で、“ラルを取り戻す作戦”──成功させるから、見ててね?」
二人の口調は、終始穏やかで協力的だった。
クロエ=ヴァルステッドとルナ=ヴァルステッド──
最強と名高い姉妹が、再び表舞台に姿を現した。
その微笑は穏やかで、所作は礼儀正しかったが……
その瞳の奥に宿る“何か”が、会議室の空気を凍らせる。
――だが、彼女たちの本当の目的を知る者は、まだいない。
68
あなたにおすすめの小説
ダンジョン冒険者にラブコメはいらない(多分)~正体を隠して普通の生活を送る男子高生、実は最近注目の高ランク冒険者だった~
エース皇命
ファンタジー
学校では正体を隠し、普通の男子高校生を演じている黒瀬才斗。実は仕事でダンジョンに潜っている、最近話題のAランク冒険者だった。
そんな黒瀬の通う高校に突如転校してきた白桃楓香。初対面なのにも関わらず、なぜかいきなり黒瀬に抱きつくという奇行に出る。
「才斗くん、これからよろしくお願いしますねっ」
なんと白桃は黒瀬の直属の部下として派遣された冒険者であり、以後、同じ家で生活を共にし、ダンジョンでの仕事も一緒にすることになるという。
これは、上級冒険者の黒瀬と、美少女転校生の純愛ラブコメディ――ではなく、ちゃんとしたダンジョン・ファンタジー(多分)。
※小説家になろう、カクヨムでも連載しています。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
【完結】メインヒロインとの恋愛フラグを全部ブチ壊した俺、サブヒロインと付き合うことにする
エース皇命
青春
《将来ヤンデレになるメインヒロインより、サブヒロインの方が良くね?》
16歳で自分が前世にハマっていた学園ドラマの主人公の人生を送っていることに気付いた風野白狼。しかしそこで、今ちょうどいい感じのメインヒロインが付き合ったらヤンデレであることを思い出す。
告白されて付き合うのは2か月後。
それまでに起こる体育祭イベント、文化祭イベントでの恋愛フラグを全てぶち壊し、3人の脈ありサブヒロインと付き合うために攻略を始めていく。
3人のサブヒロインもまた曲者揃い。
猫系ふわふわガールの火波 猫音子に、ツンデレ義姉の風野 犬織、アニオタボーイッシュガールの空賀 栗涼。
この3人の中から、最終的に誰を選び、付き合うことになるのか。てかそもそも彼女たちを落とせるのか!?
もちろん、メインヒロインも黙ってはいない!
5人の癖強キャラたちが爆走する、イレギュラーなラブコメ、ここに誕生!
※カクヨム、小説家になろうでも連載中!
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
【完結】悪役に転生したのにメインヒロインにガチ恋されている件
エース皇命
ファンタジー
前世で大好きだったファンタジー大作『ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の悪役、レッド・モルドロスに転生してしまった桐生英介。もっと努力して意義のある人生を送っておけばよかった、という後悔から、学院で他を圧倒する努力を積み重ねる。
しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。
悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。
ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる