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第16章 -勇者 VS 魔王-
†第16章† -08話-[禍津屍-マガツカバネ-]
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宗八から指示を受けたマリエルと風精ニルチッイは、店を出た瞬間、爆風を残して高高度へと一気に上昇した。
そのまま音速を超えて飛行し、ソニックブームを伴いながら目的地へと向かう。
突き進む進路には、空を真っ二つに割ったような軌跡が刻まれていた。
広大な魔族領の空を貫き、わずか数分で目的地に到着したマリエルは、飛行を一度停止して地図を取り出す。
「集落と、周辺の環境から見て……うん、この辺だね」
一体化している風精ニルチッイに語りかけながら、マリエルは地表に目を凝らす。
『(何か……黒いのが動いてますわねー。というより、こちらに気付いて集まって来ていませんことー?)』
高高度から観察していると、マリエルたちの真下に、人型で近接武器を持った黒い影が群がり始めていた。
その異様な広範囲索敵能力と好戦的な反応に、マリエルとニルチッイは思い当たる節があった。さらに遠方から全力疾走してきた数体が、ある地点で立ち止まり、弓を引くような動作に入る。
「もしかしてだけど……あれ、弓?」
高を括った風精ニルチッイとは対照的に、マリエルは生物的な危機感を感じていた。
もっとも、二人とも標準装備で矢避けの風をまとっているため、例え届いたとしても脅威にはならない——そう思っていた。
——ズォォンッ!
次の瞬間、彼女たちの視界に飛び込んできたのは、まるで弩砲から撃ち出されたかのような速度で飛ぶ矢。
その矢は、何の障害もなくマリエルたちの高度に到達し、風の防護層を貫通して顔のすぐ横を通り過ぎていった。
「わおっ! すごい威力だぁ!」
通常なら渦巻く風の層に阻まれ、矢は逸れていくはずだった。
だが今回、矢は風に流されながらも、半ば強引に突破してきた。その事実に、マリエルとニルチッイは素直に驚いた。続けて何本も放たれる矢は、やはり高高度にまで届く。先の経験から、防御層をより厚くしたことで、ようやく風が矢を十分に弾くようになった。
『……魔法は使ってきませんわねー?』
「眼が赤いし、そこまでの思考能力は残ってないんじゃない? とにかく、隊長に報告しよ」
相変わらず矢は撃ち続けられ、地上では近接武器を持った個体たちが山のように集まり続けている。
その様子を眺めながら、風精ニルチッイは宗八に連絡を取った。
『(お父様ー! 目的地に着きましたわよー! 瘴気モンスターみたいな魔族が、わんさか居ますわー!)』
簡潔に状況だけを念話で報告すると、すぐに宗八から返答が返ってくる。
「(危険がないなら、パメラと一緒にゲートを開きたいんだけど……どうだ?)」
危険……うん、矢は確かに飛んできてるけど、お父様も矢避け使えるし、展開すれば問題ないはず!
『(何の危険もありませんわー! 層を厚くした矢避けだけ使ってから来てくださいませー!)』
「(おっけー)」
軽い返事とともに、マリエルにあらかじめ描かれていた転移ゲートが反応し始め、数秒も経たずに大きく開かれた。
「なになになにぃっ!? これ、どういう魔法っ!?」
「パメラさん、どったのぉ~ぉぉぉおおおおおっ!? なになになにぃ!? 面白そうなことになってるじゃんっ!」
ゲートが開かれたのは、安全を考慮した高高度。
強風が吹きすさぶ空に現れたゲートから、宗八が姿を現す。その膝元で直下を覗き込むパメラ。
そして、カウンター裏の扉から現れた女性陣の賑やかな声が、風に乗って届いてくる。
新たに加わった声に振り返った宗八は、三人分の矢避けをまとめて付与し、そのまま空中を歩いてマリエルの隣へと移動した。
その間も矢はビュンビュンと飛んできていたが、風の防御に阻まれてまったく届かない。
「なるほどな……黒い身体に赤い瞳、あの狂暴性……。間違いねぇ、魔神族が絡んで何かやらかしてやがる……」
宗八の言葉に、パメラの背後から同じように顔を覗かせた三人娘は、さっきまでの騒がしさが嘘のように沈黙した。
そのまま、言葉もなく黒い魔族たちの群れをじっと見つめ続けていた。
「パメラ。彼らは魔族に見えるけど……どういう立場の連中か、分かるか?」
声をかけられたことで、呆然としていたパメラが我に返る。
一度深呼吸してから、目を細めて地上を観察した。
「……見た感じ、いくつかの部族が混ざってるみたいね。悪魔族、竜魔族、天魔族、軟体魔族、遊魔族、眼魔族……この顔ぶれが揃うとすれば、可能性はひとつ」
顔を上げ、宗八に視線を合わせる。
「——人族排斥派の急先鋒、魔王オーティスの軍勢。今じゃ“大魔王”って名乗ってるらしいわね」
複数いる魔王の中で、勇者が討つべきはその大魔王オーティスか……。
ここに来て、名指しで関与が浮かび上がったことで、状況の深刻さが一段階跳ね上がった。
「それと……魔王軍以外の周辺部族も混じってる。たぶんだけど、何かしらの条件を満たせば、あの状態は“感染”するわ」
宗八は無言で頷きつつ、ゾンビのような存在を思い浮かべる。
基本的には粘膜感染。だが、フィクションで描かれるゾンビは、ひっかき傷や噛みつきによって血液や唾液が体内に混入することで感染するものが多い。傷を負っても即死しなければ、体内はじわじわと侵食され、やがて死後、ゾンビとして蘇生する。
その後の行動パターンは作品次第——だから一概には言えない。
ただ、あの存在は“単なる死体”ではない。
黒い皮膜が肉体の大部分を覆い、胸からはうっすらと光が漏れていた。そして、生前と変わらぬ武器の扱いすらも可能なように見える。
「……魔神族の手駒を参考に考えるなら、胸の光は“心臓”を《禍津核(まがつかく)》の代わりに利用している可能性が高いな。攻撃力は素材となる肉体に依存するだろうけど、防御力は黒い皮膜の影響で未知数。思考優先度は瘴気モンスターと同じく、“生存者”を優先的に探知して襲いかかるタイプだろう。感染については、そもそも抵抗できるか、治療可能かすら不明だ。……攻撃を受けないに越したことはないな」
「じゃあ、威力偵察してきますね」
突然のマリエルの言葉に、パメラは驚いて振り返った。
その驚きは、同じく話を聞いて危機感を強めていた三人娘も同様だった。
「あぁ、頼む」
宗八は、まるで何の問題もないかのように即答した。
「ちょ、ちょっと待ちなっ! 危険だってアンタ、今言ったばっかじゃないの!?
あの化け物の中に、あの子を一人で突っ込ませるつもりかいっ!?」
パメラの取り乱した叫びに、宗八は一度だけ彼女に視線を向けた。
だが、すぐにまた眼下の魔族群へと目を戻す。
「……マリエルたちの実力を知らないなら、黙って見てろ。——行ってこい」
「《——翠雷纏身》」
激烈な雷が隣に現れた。
「《暴嵐分身》」
「今度はなになになにぃっ!?」
マリエルの連続魔法に、パメラと三人娘は驚きの声を上げ、騒然となる。
……まぁ、無理もない。マリエルと宗八の周囲には、風と雷で形作られた分身たちが次々と現れ、命令待ちのように待機していた。
初見では誰でも混乱する——特に、マリエルそっくりの分身が何体も現れるこの光景を前にすれば。
「《風神脚/杭覇嵐!》」
雷をバチバチと放ちながらその場から姿を消したマリエルは、一瞬後、ゾンビの群れの中央——そのピラミッド型に積み重なる頂点に出現した。
そしてそのまま、最上段にいた個体へ、真上から鋭く蹴りを叩き込む!
——轟音。
その衝撃でゾンビたちは吹き飛び、地面に叩きつけられた個体を皮切りに、宙を舞った無数の屍が風と雷の分身たちに次々と同様に地面に蹴り飛ばされていく。
砂塵が舞い上がる中、無数の赤い瞳がマリエルを捉えた。そしてそのすべてが、一斉に地上へ降り立った“生存者”ただ一人へと向けられる。
分身は、攻撃を終えるとその役割を終え、風と雷へと還元された。
残ったのは本体のみ。敵にとっての“標的”は、もう明白だった。
「ゴ……ゴ……ゴロ”ス”ッ! ゴロ”シ”……ガアアアアアッ!!」
咆哮と共に、一斉に駆け出す。
その動きは、人間どころか通常の魔族すら置き去りにする、異常な加速だった。
「あぁっ!」
パトラは見ていられず、言葉にならない悲鳴を上げて目をぎゅっと閉じ、顔を両手で覆った。
だが——マリエルは、そんな“か弱い”存在ではなかった。
「《——神経之支配!》」
パトラが脳内で浮かべていた最悪の光景——囲まれ、殴られ、押し潰されるマリエル——は、幻想のように吹き飛んだ。
現実に起きたのは、むしろ真逆だった。ゾンビたちが次々と殴り飛ばされ、蹴り飛ばされ、首が折れ、腕や脚が異常な方向にねじ曲がっていく。一瞬のうちに戦況が覆り、死者の群れが瓦解していく様は、もはや神技。
現在のマリエルは、“雷そのもの”。
《翠雷纏身》中は物理攻撃は通過し、彼女の肉体に傷一つ負わせることはできない。しかし、魔力負担・精密な魔力制御ともに高難度な、大魔法のひとつだ。
その負担を軽くするために発動した《神経之支配》は、[《死霊王之御手(アンサンググロウ)》]と同様、準・必殺級と認定されている。
生体電流を操作することで、マリエルの体感時間は飛躍的に延び、神経伝達速度も膂力も限界まで強化。敵の動きはスローモーションのように見え、自身の動作は限界ギリギリまで加速される。
そのすべての生体電流を制御するだけの魔法で、マリエルは囲まれてなお優位に立ち、敵を“殺さず動けない”状態に叩き落としていく。——いや、時には首を刎ね、四肢を切断し、あるいは心臓部を打ち砕き、完膚なきまでに粉砕する。
「面倒だな……。再生能力まで持ってやがるのか」
眼下を見下ろすゾンビの中には、心臓部を破壊された個体だけが完全に動きを止めていた。
だが、首や四肢を破壊された程度では時間の経過とともに、千切れた部位同士が勝手に寄り集まり、修復してしまうらしい。
加えて、黒い皮膜の防御力も驚異的だ。マリエルの蹴りですら、必ずしも四肢を折れるとは限らない。
「アレが、広範囲に広がってるってことか?」
「占いだから“正体”までは分からないよ。でも、これだけの集団がいて、周辺部族まで混ざってるなら……ほぼ間違いないね。こいつらが広がりながら、周辺の魔族を殺しては仲間に引き込んでいる“正体”だろうさ」
となれば、当初の予感通り——宗八たちだけでは手が回らない。
ただ、情報収集のために情報屋を訪ねただけのつもりだったのに……まさかこの規模の事態に遭遇するとは。
だが、これは間違いなく宗八が“介入すべき面倒事”だ。
勇者が倒すべき魔王の正体、それが「大魔王オーティス」であるという最大の情報も、皮肉にも今回の騒動の中で得られてしまった。
「これは……やられたな。下手すれば、“世界樹顕現”のカウントダウンが始まってるかもしれない……」
世界樹が出現する条件。それは——“人類の総数が三分の一以下になること”。
人族領はある程度守れているとはいえ、魔族領の被害は未知数。それに、もし海の向こうにまだ未接触の大陸が存在していたとしても、そちらの生存状況にはまったく手が届いていない。
今ようやく魔族領の対処に着手したばかり。
果たして、どれだけ手遅れになってしまっているのか。
「こっちだって、ちゃんと成長はしてきたんだけどなぁ……。
どうするか……」
そう口にした宗八だが、実際に選べる手段はそう多くはない。
ただひとつ確かなのは、魔族領での行動はこれまでのように自由にはいかないということ。だからこそ、早急に準備を整え、動き出す段取りを固める必要がある。
「マリエル! 撤収だ!」
「了解っ!」
ゾンビたちを次々と打ち倒していたマリエルが、ひとっ飛びで宗八たちのもとへと戻ってきた。
全員がゲートの内側に入ったのを確認し、転移ゲートが閉じられる。
——さてさてさて、ここからが本番だ。
そのまま音速を超えて飛行し、ソニックブームを伴いながら目的地へと向かう。
突き進む進路には、空を真っ二つに割ったような軌跡が刻まれていた。
広大な魔族領の空を貫き、わずか数分で目的地に到着したマリエルは、飛行を一度停止して地図を取り出す。
「集落と、周辺の環境から見て……うん、この辺だね」
一体化している風精ニルチッイに語りかけながら、マリエルは地表に目を凝らす。
『(何か……黒いのが動いてますわねー。というより、こちらに気付いて集まって来ていませんことー?)』
高高度から観察していると、マリエルたちの真下に、人型で近接武器を持った黒い影が群がり始めていた。
その異様な広範囲索敵能力と好戦的な反応に、マリエルとニルチッイは思い当たる節があった。さらに遠方から全力疾走してきた数体が、ある地点で立ち止まり、弓を引くような動作に入る。
「もしかしてだけど……あれ、弓?」
高を括った風精ニルチッイとは対照的に、マリエルは生物的な危機感を感じていた。
もっとも、二人とも標準装備で矢避けの風をまとっているため、例え届いたとしても脅威にはならない——そう思っていた。
——ズォォンッ!
次の瞬間、彼女たちの視界に飛び込んできたのは、まるで弩砲から撃ち出されたかのような速度で飛ぶ矢。
その矢は、何の障害もなくマリエルたちの高度に到達し、風の防護層を貫通して顔のすぐ横を通り過ぎていった。
「わおっ! すごい威力だぁ!」
通常なら渦巻く風の層に阻まれ、矢は逸れていくはずだった。
だが今回、矢は風に流されながらも、半ば強引に突破してきた。その事実に、マリエルとニルチッイは素直に驚いた。続けて何本も放たれる矢は、やはり高高度にまで届く。先の経験から、防御層をより厚くしたことで、ようやく風が矢を十分に弾くようになった。
『……魔法は使ってきませんわねー?』
「眼が赤いし、そこまでの思考能力は残ってないんじゃない? とにかく、隊長に報告しよ」
相変わらず矢は撃ち続けられ、地上では近接武器を持った個体たちが山のように集まり続けている。
その様子を眺めながら、風精ニルチッイは宗八に連絡を取った。
『(お父様ー! 目的地に着きましたわよー! 瘴気モンスターみたいな魔族が、わんさか居ますわー!)』
簡潔に状況だけを念話で報告すると、すぐに宗八から返答が返ってくる。
「(危険がないなら、パメラと一緒にゲートを開きたいんだけど……どうだ?)」
危険……うん、矢は確かに飛んできてるけど、お父様も矢避け使えるし、展開すれば問題ないはず!
『(何の危険もありませんわー! 層を厚くした矢避けだけ使ってから来てくださいませー!)』
「(おっけー)」
軽い返事とともに、マリエルにあらかじめ描かれていた転移ゲートが反応し始め、数秒も経たずに大きく開かれた。
「なになになにぃっ!? これ、どういう魔法っ!?」
「パメラさん、どったのぉ~ぉぉぉおおおおおっ!? なになになにぃ!? 面白そうなことになってるじゃんっ!」
ゲートが開かれたのは、安全を考慮した高高度。
強風が吹きすさぶ空に現れたゲートから、宗八が姿を現す。その膝元で直下を覗き込むパメラ。
そして、カウンター裏の扉から現れた女性陣の賑やかな声が、風に乗って届いてくる。
新たに加わった声に振り返った宗八は、三人分の矢避けをまとめて付与し、そのまま空中を歩いてマリエルの隣へと移動した。
その間も矢はビュンビュンと飛んできていたが、風の防御に阻まれてまったく届かない。
「なるほどな……黒い身体に赤い瞳、あの狂暴性……。間違いねぇ、魔神族が絡んで何かやらかしてやがる……」
宗八の言葉に、パメラの背後から同じように顔を覗かせた三人娘は、さっきまでの騒がしさが嘘のように沈黙した。
そのまま、言葉もなく黒い魔族たちの群れをじっと見つめ続けていた。
「パメラ。彼らは魔族に見えるけど……どういう立場の連中か、分かるか?」
声をかけられたことで、呆然としていたパメラが我に返る。
一度深呼吸してから、目を細めて地上を観察した。
「……見た感じ、いくつかの部族が混ざってるみたいね。悪魔族、竜魔族、天魔族、軟体魔族、遊魔族、眼魔族……この顔ぶれが揃うとすれば、可能性はひとつ」
顔を上げ、宗八に視線を合わせる。
「——人族排斥派の急先鋒、魔王オーティスの軍勢。今じゃ“大魔王”って名乗ってるらしいわね」
複数いる魔王の中で、勇者が討つべきはその大魔王オーティスか……。
ここに来て、名指しで関与が浮かび上がったことで、状況の深刻さが一段階跳ね上がった。
「それと……魔王軍以外の周辺部族も混じってる。たぶんだけど、何かしらの条件を満たせば、あの状態は“感染”するわ」
宗八は無言で頷きつつ、ゾンビのような存在を思い浮かべる。
基本的には粘膜感染。だが、フィクションで描かれるゾンビは、ひっかき傷や噛みつきによって血液や唾液が体内に混入することで感染するものが多い。傷を負っても即死しなければ、体内はじわじわと侵食され、やがて死後、ゾンビとして蘇生する。
その後の行動パターンは作品次第——だから一概には言えない。
ただ、あの存在は“単なる死体”ではない。
黒い皮膜が肉体の大部分を覆い、胸からはうっすらと光が漏れていた。そして、生前と変わらぬ武器の扱いすらも可能なように見える。
「……魔神族の手駒を参考に考えるなら、胸の光は“心臓”を《禍津核(まがつかく)》の代わりに利用している可能性が高いな。攻撃力は素材となる肉体に依存するだろうけど、防御力は黒い皮膜の影響で未知数。思考優先度は瘴気モンスターと同じく、“生存者”を優先的に探知して襲いかかるタイプだろう。感染については、そもそも抵抗できるか、治療可能かすら不明だ。……攻撃を受けないに越したことはないな」
「じゃあ、威力偵察してきますね」
突然のマリエルの言葉に、パメラは驚いて振り返った。
その驚きは、同じく話を聞いて危機感を強めていた三人娘も同様だった。
「あぁ、頼む」
宗八は、まるで何の問題もないかのように即答した。
「ちょ、ちょっと待ちなっ! 危険だってアンタ、今言ったばっかじゃないの!?
あの化け物の中に、あの子を一人で突っ込ませるつもりかいっ!?」
パメラの取り乱した叫びに、宗八は一度だけ彼女に視線を向けた。
だが、すぐにまた眼下の魔族群へと目を戻す。
「……マリエルたちの実力を知らないなら、黙って見てろ。——行ってこい」
「《——翠雷纏身》」
激烈な雷が隣に現れた。
「《暴嵐分身》」
「今度はなになになにぃっ!?」
マリエルの連続魔法に、パメラと三人娘は驚きの声を上げ、騒然となる。
……まぁ、無理もない。マリエルと宗八の周囲には、風と雷で形作られた分身たちが次々と現れ、命令待ちのように待機していた。
初見では誰でも混乱する——特に、マリエルそっくりの分身が何体も現れるこの光景を前にすれば。
「《風神脚/杭覇嵐!》」
雷をバチバチと放ちながらその場から姿を消したマリエルは、一瞬後、ゾンビの群れの中央——そのピラミッド型に積み重なる頂点に出現した。
そしてそのまま、最上段にいた個体へ、真上から鋭く蹴りを叩き込む!
——轟音。
その衝撃でゾンビたちは吹き飛び、地面に叩きつけられた個体を皮切りに、宙を舞った無数の屍が風と雷の分身たちに次々と同様に地面に蹴り飛ばされていく。
砂塵が舞い上がる中、無数の赤い瞳がマリエルを捉えた。そしてそのすべてが、一斉に地上へ降り立った“生存者”ただ一人へと向けられる。
分身は、攻撃を終えるとその役割を終え、風と雷へと還元された。
残ったのは本体のみ。敵にとっての“標的”は、もう明白だった。
「ゴ……ゴ……ゴロ”ス”ッ! ゴロ”シ”……ガアアアアアッ!!」
咆哮と共に、一斉に駆け出す。
その動きは、人間どころか通常の魔族すら置き去りにする、異常な加速だった。
「あぁっ!」
パトラは見ていられず、言葉にならない悲鳴を上げて目をぎゅっと閉じ、顔を両手で覆った。
だが——マリエルは、そんな“か弱い”存在ではなかった。
「《——神経之支配!》」
パトラが脳内で浮かべていた最悪の光景——囲まれ、殴られ、押し潰されるマリエル——は、幻想のように吹き飛んだ。
現実に起きたのは、むしろ真逆だった。ゾンビたちが次々と殴り飛ばされ、蹴り飛ばされ、首が折れ、腕や脚が異常な方向にねじ曲がっていく。一瞬のうちに戦況が覆り、死者の群れが瓦解していく様は、もはや神技。
現在のマリエルは、“雷そのもの”。
《翠雷纏身》中は物理攻撃は通過し、彼女の肉体に傷一つ負わせることはできない。しかし、魔力負担・精密な魔力制御ともに高難度な、大魔法のひとつだ。
その負担を軽くするために発動した《神経之支配》は、[《死霊王之御手(アンサンググロウ)》]と同様、準・必殺級と認定されている。
生体電流を操作することで、マリエルの体感時間は飛躍的に延び、神経伝達速度も膂力も限界まで強化。敵の動きはスローモーションのように見え、自身の動作は限界ギリギリまで加速される。
そのすべての生体電流を制御するだけの魔法で、マリエルは囲まれてなお優位に立ち、敵を“殺さず動けない”状態に叩き落としていく。——いや、時には首を刎ね、四肢を切断し、あるいは心臓部を打ち砕き、完膚なきまでに粉砕する。
「面倒だな……。再生能力まで持ってやがるのか」
眼下を見下ろすゾンビの中には、心臓部を破壊された個体だけが完全に動きを止めていた。
だが、首や四肢を破壊された程度では時間の経過とともに、千切れた部位同士が勝手に寄り集まり、修復してしまうらしい。
加えて、黒い皮膜の防御力も驚異的だ。マリエルの蹴りですら、必ずしも四肢を折れるとは限らない。
「アレが、広範囲に広がってるってことか?」
「占いだから“正体”までは分からないよ。でも、これだけの集団がいて、周辺部族まで混ざってるなら……ほぼ間違いないね。こいつらが広がりながら、周辺の魔族を殺しては仲間に引き込んでいる“正体”だろうさ」
となれば、当初の予感通り——宗八たちだけでは手が回らない。
ただ、情報収集のために情報屋を訪ねただけのつもりだったのに……まさかこの規模の事態に遭遇するとは。
だが、これは間違いなく宗八が“介入すべき面倒事”だ。
勇者が倒すべき魔王の正体、それが「大魔王オーティス」であるという最大の情報も、皮肉にも今回の騒動の中で得られてしまった。
「これは……やられたな。下手すれば、“世界樹顕現”のカウントダウンが始まってるかもしれない……」
世界樹が出現する条件。それは——“人類の総数が三分の一以下になること”。
人族領はある程度守れているとはいえ、魔族領の被害は未知数。それに、もし海の向こうにまだ未接触の大陸が存在していたとしても、そちらの生存状況にはまったく手が届いていない。
今ようやく魔族領の対処に着手したばかり。
果たして、どれだけ手遅れになってしまっているのか。
「こっちだって、ちゃんと成長はしてきたんだけどなぁ……。
どうするか……」
そう口にした宗八だが、実際に選べる手段はそう多くはない。
ただひとつ確かなのは、魔族領での行動はこれまでのように自由にはいかないということ。だからこそ、早急に準備を整え、動き出す段取りを固める必要がある。
「マリエル! 撤収だ!」
「了解っ!」
ゾンビたちを次々と打ち倒していたマリエルが、ひとっ飛びで宗八たちのもとへと戻ってきた。
全員がゲートの内側に入ったのを確認し、転移ゲートが閉じられる。
——さてさてさて、ここからが本番だ。
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