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第14話 肝に命じる
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メアの顔はさっきよりも真っ赤に染まる。淑女が腹を鳴らすことを恥じるのは人族だけではないのだという新鮮な驚きを得た。
「メア、食料を持ち合わせておらず……」
俺の言葉を遮って、ミオが喚きだした。
「ナガザノチの肝があるぜ! 昨日レジーが1人で倒したんだ!」
「1人で!? いや……しかし、そんな高級食材をいただくわけには……集会所に辿り着いても稼げるかどうかわからないんだ」
メアは苦々しそうな顔で答える。ミオはその顔を見ながらニヤニヤとなにか企んでいる顔をしていた。
「レジーと一緒にだったら2匹くらい倒せるだろ? そうしたら食べた分を返してくれたらいいよ」
ミオはまた皮算用をはじめる。俺を使う分には構わない。しかし女性にそれを求めるような態度は、とミオを嗜めようと思った時、思わぬ者から歓喜があがった。
「ミオ、本当!? 僕が足手纏いになるからって姉様を止めてたんだ。僕、回復魔法も詠唱がうまくできなくて……」
「おう、任せろ! 俺はちょっとは回復魔法が使えるし、レジーも強いしな!」
「姉様も強いよ!」
少年2人は意気投合して抱き合っている。その向こうで困ったような顔をしていたメアと目があう。
「メア、私は先日この大陸に降り立ったばかりで、ナガザノチに勝利できたのも運が良かっただけかもしれない。よろしければ集会所まで同行させていただけませんか?」
「ああ、とても心強いよ。正直な話、ユキの回復魔法じゃ心許なかったんだ。かたじけない」
2人目を細めて笑ったら、ユキが背負っていたカバンから、調理器具を出し始めた。
「すごいな。ここの大陸の者はみな、そのような野営の道具を持ち歩いているのか?」
「いいや、オークは別に火を通さなくたっていいんだが、ユキは料理にこだわりがあってな。なかなかの腕前だぞ?」
メアが目配せして笑う。ほりが深く、切長でいて大きな灰色の瞳に吸い込まれる。
「メアはオークという種族なんですか?」
「レジー、港にもいっぱいいただろ」
料理を手伝ってるミオに横槍を入れられるが、まったく思い出せなかった。
「オークという純血種は存在しない。交配により肌と目の色が濁り、体が大きい特徴が出やすい。ただそれだけなんだ」
その言葉で、港の群衆の中に巨大な体に灰色の者がいたことを思い出した。
「なるほど、港で見たオークは灰色の肌でした。男女で肌の色が違うのですか?」
メアは困ったように笑い、首を横に振った。
「オークの肌は様々だが、男女で色が違うわけではない。それにオークの男は性欲が強く、他種族の女を好んで孕ませる。だから多種族に嫌われているし……女のオークは少ないのさ」
男のオークが多種族の女を好むのと、女のオークが少ない理由が繋がらず、俺は首を傾げてしまう。
「女は生まれたらほとんど間引きされてしまう。こんな体にこんな肌……その醜さから同族にも相手にされない。親も可哀想だと思うのだろう……」
「人族は濃淡の違いがあれど、色味の違いはあまりありません。そう考えると人族の方が面白みのないように感じます。メアの目や肌はとても美しい」
「レジー! やめろよ、ユキの嫁さんなんだぞ! でも俺もメアみたいな綺麗な体、すごく好きだぜ。ユキが羨ましいな」
焚火をおこしたミオが、ユキの肩を抱きながら抗議と賞賛を投げつける。
「ああ、本当に。ユキとはいつから一緒に旅をしているのですか?」
「ユキが8歳の時からだから……もう5年になるか? 人族の子というのはよく街で行き倒れているが、ユキは痩せ細ってて、売るにしても船旅に耐えられないだろうと、路上に捨てられてたんだ」
8歳のこどもを売ろうとしていた現実に、この大陸で生きることの厳しさを痛感する。誰もが見捨てるなか、彼を拾い育てようとしたのは、彼女自身オーク族の異端だからなのだろう。
「メアは優しいですね」
「せっかく産まれたんだ。それに私も暇を持て余していたしな」
彼女が恥ずかしそうに顔を背けたら、ユキが口を開いた。
「一目見た時から、僕は姉様の虜だったのに。姉様は僕をこども扱いして全然取り合ってくれないんです」
「そういうことはな、ひとり立ちしてから言え。風が吹けば飛んでいきそうな体でなに言ってるんだ!」
メアの喝でユキは肩を尖らせたあと、シュンとした。ユキはまだ俺がメアを狙っていると勘違いしているようで、いたたまれない。
「ユキ、メアはお前を愛している。今は辛辣に聞こえるかもしれないが、時が経てばそれがどれほどの愛かわかるだろう」
メアはユキから搾取するでもなく、愛情深く成長を見守ってくれている。それがどんなに尊いことかわかってもらいたかった。しかしメアはそれに照れたのか急に話題を変えた。
「レジーはナガザノチを1人で退治したと言っていたな。その鎧に剣、身分の高そうな格好なのに、この大陸になにをしに来たのだ?」
一瞬、答えに窮したが隠すこともできまいと、観念する。
「反逆罪で帝国を追放されました」
「ははっ、軍人としては優秀そうだが、策略にはまりやすそうだものな。人がよすぎるんだ」
「いえ……そんな……」
「私を見た大抵の者は目も合わすことすらしない。それに腹をすかせているからと、高級食材を大盤振る舞いするなんて。悪意があればすぐに騙されそうだ」
有り余る言葉に、本当の理由が言えない歯痒さが疼きだす。その時、食事ができたと、ミオとユキから声が上がった。
「メア、食料を持ち合わせておらず……」
俺の言葉を遮って、ミオが喚きだした。
「ナガザノチの肝があるぜ! 昨日レジーが1人で倒したんだ!」
「1人で!? いや……しかし、そんな高級食材をいただくわけには……集会所に辿り着いても稼げるかどうかわからないんだ」
メアは苦々しそうな顔で答える。ミオはその顔を見ながらニヤニヤとなにか企んでいる顔をしていた。
「レジーと一緒にだったら2匹くらい倒せるだろ? そうしたら食べた分を返してくれたらいいよ」
ミオはまた皮算用をはじめる。俺を使う分には構わない。しかし女性にそれを求めるような態度は、とミオを嗜めようと思った時、思わぬ者から歓喜があがった。
「ミオ、本当!? 僕が足手纏いになるからって姉様を止めてたんだ。僕、回復魔法も詠唱がうまくできなくて……」
「おう、任せろ! 俺はちょっとは回復魔法が使えるし、レジーも強いしな!」
「姉様も強いよ!」
少年2人は意気投合して抱き合っている。その向こうで困ったような顔をしていたメアと目があう。
「メア、私は先日この大陸に降り立ったばかりで、ナガザノチに勝利できたのも運が良かっただけかもしれない。よろしければ集会所まで同行させていただけませんか?」
「ああ、とても心強いよ。正直な話、ユキの回復魔法じゃ心許なかったんだ。かたじけない」
2人目を細めて笑ったら、ユキが背負っていたカバンから、調理器具を出し始めた。
「すごいな。ここの大陸の者はみな、そのような野営の道具を持ち歩いているのか?」
「いいや、オークは別に火を通さなくたっていいんだが、ユキは料理にこだわりがあってな。なかなかの腕前だぞ?」
メアが目配せして笑う。ほりが深く、切長でいて大きな灰色の瞳に吸い込まれる。
「メアはオークという種族なんですか?」
「レジー、港にもいっぱいいただろ」
料理を手伝ってるミオに横槍を入れられるが、まったく思い出せなかった。
「オークという純血種は存在しない。交配により肌と目の色が濁り、体が大きい特徴が出やすい。ただそれだけなんだ」
その言葉で、港の群衆の中に巨大な体に灰色の者がいたことを思い出した。
「なるほど、港で見たオークは灰色の肌でした。男女で肌の色が違うのですか?」
メアは困ったように笑い、首を横に振った。
「オークの肌は様々だが、男女で色が違うわけではない。それにオークの男は性欲が強く、他種族の女を好んで孕ませる。だから多種族に嫌われているし……女のオークは少ないのさ」
男のオークが多種族の女を好むのと、女のオークが少ない理由が繋がらず、俺は首を傾げてしまう。
「女は生まれたらほとんど間引きされてしまう。こんな体にこんな肌……その醜さから同族にも相手にされない。親も可哀想だと思うのだろう……」
「人族は濃淡の違いがあれど、色味の違いはあまりありません。そう考えると人族の方が面白みのないように感じます。メアの目や肌はとても美しい」
「レジー! やめろよ、ユキの嫁さんなんだぞ! でも俺もメアみたいな綺麗な体、すごく好きだぜ。ユキが羨ましいな」
焚火をおこしたミオが、ユキの肩を抱きながら抗議と賞賛を投げつける。
「ああ、本当に。ユキとはいつから一緒に旅をしているのですか?」
「ユキが8歳の時からだから……もう5年になるか? 人族の子というのはよく街で行き倒れているが、ユキは痩せ細ってて、売るにしても船旅に耐えられないだろうと、路上に捨てられてたんだ」
8歳のこどもを売ろうとしていた現実に、この大陸で生きることの厳しさを痛感する。誰もが見捨てるなか、彼を拾い育てようとしたのは、彼女自身オーク族の異端だからなのだろう。
「メアは優しいですね」
「せっかく産まれたんだ。それに私も暇を持て余していたしな」
彼女が恥ずかしそうに顔を背けたら、ユキが口を開いた。
「一目見た時から、僕は姉様の虜だったのに。姉様は僕をこども扱いして全然取り合ってくれないんです」
「そういうことはな、ひとり立ちしてから言え。風が吹けば飛んでいきそうな体でなに言ってるんだ!」
メアの喝でユキは肩を尖らせたあと、シュンとした。ユキはまだ俺がメアを狙っていると勘違いしているようで、いたたまれない。
「ユキ、メアはお前を愛している。今は辛辣に聞こえるかもしれないが、時が経てばそれがどれほどの愛かわかるだろう」
メアはユキから搾取するでもなく、愛情深く成長を見守ってくれている。それがどんなに尊いことかわかってもらいたかった。しかしメアはそれに照れたのか急に話題を変えた。
「レジーはナガザノチを1人で退治したと言っていたな。その鎧に剣、身分の高そうな格好なのに、この大陸になにをしに来たのだ?」
一瞬、答えに窮したが隠すこともできまいと、観念する。
「反逆罪で帝国を追放されました」
「ははっ、軍人としては優秀そうだが、策略にはまりやすそうだものな。人がよすぎるんだ」
「いえ……そんな……」
「私を見た大抵の者は目も合わすことすらしない。それに腹をすかせているからと、高級食材を大盤振る舞いするなんて。悪意があればすぐに騙されそうだ」
有り余る言葉に、本当の理由が言えない歯痒さが疼きだす。その時、食事ができたと、ミオとユキから声が上がった。
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