皇帝に追放された騎士団長の試される忠義

大田ネクロマンサー

文字の大きさ
31 / 47

第30話 アデルの秘密

しおりを挟む
 ミオがその幼い眼差しで、俺の腕を取り返しに行こうと言う。その真っ直ぐな瞳を見つめ返すことができなかった。きっと俺の名誉を取り返しに行こうと言っているのだろう。しかしアデルに向けられた憎悪の眼差しを、その事実を見つめる勇気がなかった。

「腕は俺とユキが回復魔法をかけておいた。血は抜けても腐敗は進まない。だから取り戻したら元に戻すことができる」

 ミオは熱心に説得するが、俺は素直に頷くことができなかった。アデルは俺がこの大陸で惨めに生きることを望んでいる。このまま会わないことこそが彼への贖罪になるのではないか。

「片手でも……稼げるように考える……」

「そんなことを言ってるんじゃない! アデルはなにを望んでここにきたと思う?  連絡船が無くなるって聞いて飛んできた。レジーに会えるのが最後かもしれない、そう思って船に飛び乗ってきたんだ!」

 俺を辱めなければ気が済まなかった、それくらいしか思えなかった。

「レジーを信じてたんだよ! 心のどこかで皇紀の言葉を信じられずに……連絡船に乗ったんだよ……」

 ミオが俺の手になにかを置いた。それを顔の前に近づけてみる。昨日アデルに投げつけられた家の紋章だった。アデルの小さな手に託した、甲冑の留め具。

「レジーは白か黒かで物事を分けて、少しでも濁りがあれば黒だと、アデルが信じたかった事実を言わなかった」

 ミオの言葉で、アデルの視線に入り混じっていた別の感情が徐々に鮮明になる。

「ねぇ、レジー。あの日港に集まった人達を見たならば、レジーがどれだけ国に尽くしていたのかなんて、誰にでもわかるよ。でもアデルはそれを見ることもなく、頼れる人もいなくて、ずっとずっと、ひとりぼっちだったんだ」

 それは俺やミオが抱えていた秘密と同じだった。俺は皇帝に、ミオは俺に、抱いていた本当の欲望を隠し、しかしそれを隠すことによって大胆にもなれた。俺は双腕となることで皇帝の側で、ミオは少年の体で俺の側で、大胆にも自分の願望を叶えることができたのだ。

「レジーに……助けて欲しかったんだよ……」

 アデルは秘密を帝国に隠したまま大胆にも海を渡り、真実を確かめにきた。たった1人で。

 俺は留め具を握りしめ、ミオを見た。ミオはそれでわかってくれた。横たわっていた俺を起き上がらせ、胸に顔を抱く。

「レジー、俺のレジー。レジーの兄弟は俺の兄弟、そうだろ?」

「ああ、ミオ。ミオも一緒に海を渡ってくれ。そして、俺とアデルを……」

「うん、うん……」


 2人で新しい服に袖を通した時、玄関から物音がした。ミオが駆け出しドアから顔だけを出す。

「メア、ユキ!」

「ミオ! レジーを慰めてやれたか?」

 メアの声にミオは後ろ姿からでもわかるくらい動揺していた。

「ははっ、その顔は成功した顔だな」

「姉様、レジーもいるんですよ!」

 ユキの戸惑いの声が聞こえたところで、ミオを押しのけメアが部屋に入ってきた。着替えたとはいえ、荒れたベッドが情事の後だと証明していて、恥ずかしさから俯いてしまう。

「竜神に会いたいなんて夢見る乙女のような奴は、押しに弱い。納屋でミオに結婚報告したときに、そうアドバイスしてやったんだ」

「ね、姉様!」

「そんな乙女が体を使って、権力を手に入れたがるわけがない。そうだろ?」

 俺が顔をあげると、メアは困ったように笑った。その表情で、俺とミオの行く末をどれだけ案じていたのかを知る。きっと野営地のテントの前で雨に打たれた日からずっと、メアもユキも心配してくれていたのだ。それにアデルからの話を俺以上に冷静に受け止めてくれていた。

「女オークの勘は鋭い……」

「こう見えて私も乙女だからな。乙女が押しに弱いのは先日の報告通りだ。私だけでは癪だったからな」

 メアは優しく笑う。だから俺も顔が綻んだ。そして、見舞いに来たというには物々しいメアとユキの装備に疑問を抱く。

「メアもユキも、これからクエストにでも行くのか?」

「ハネムーンで帝国へ。レジーが反対しても、私とユキは腕を取り返しに行くぞ」

 俺は開いた口がふさがらず、ミオを見てしまう。

「すごい! この大陸のトップランカーが帝国で大暴れだ!」

 ミオは目を輝かせて無邪気に笑う。

「レジーも行くか?」

 メアの有無を言わさぬ力強い視線が俺を射抜く。

「嬉しくて泣き出しそうだ」

「ははっ、じゃあミオ。また慰めてやれ。しかしその前に帝国の船を確認しに行くぞ。レジーの弟の話では定期便が不安定になっているらしいからな」

 俺はミオとメアに支えられながら、立ち上がる。そこでようやくユキの正面に立った。その優しい眼差しに、昨日の報告を思い出した。

「ミオと共に生きていく。ユキ、未熟な俺たちを助けてくれ」

「レジー、そういうのは腕を取り返してから報告して。なんか、僕。今泣き出しそうだよ」

 昨日ユキにもらった感動を、まさかこんなにはやく返すことができるとは思わなかった。

「じゃあメアに慰めてもらわなければな」

「私に慰めてもらおうなんて百年早いんだよ!」

 いつものメアの怒鳴り声に、全員が笑い、ひとまず街へ出て船の手配に向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった

angel
BL
つまらないことで死んでしまったボクを不憫に思った神様が1つのゲームを持ちかけてきた。 『転生先で王様になれたら元の体に戻してあげる』と。 生まれ変わったボクは美貌の第一王子で兄弟もなく、将来王様になることが約束されていた。 「イージーゲームすぎね?」とは思ったが、この好条件をありがたく受け止め 現世に戻れるまでノラリクラリと王子様生活を楽しむはずだった…。 完結しました。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

いきなり有能になった俺の主人は、人生を何度も繰り返しているらしい

一花みえる
BL
ベルリアンの次期当主、ノア・セシル・キャンベルの従者ジョシュアは頭を抱えていた。自堕落でわがままだったノアがいきなり有能になってしまった。なんでも「この世界を繰り返している」らしい。ついに気が狂ったかと思ったけど、なぜか事態はノアの言葉通りに進んでいって……?

【BLーR18】箱入り王子(プリンス)は俺サマ情報屋(実は上級貴族)に心奪われる

奏音 美都
BL
<あらすじ>  エレンザードの正統な王位継承者である王子、ジュリアンは、城の情報屋であるリアムと秘密の恋人関係にあった。城内でしか逢瀬できないジュリアンは、最近顔を見せないリアムを寂しく思っていた。  そんなある日、幼馴染であり、執事のエリックからリアムが治安の悪いザード地区の居酒屋で働いているらしいと聞き、いても立ってもいられず、夜中城を抜け出してリアムに会いに行くが……  俺様意地悪ちょいS情報屋攻め×可愛い健気流され王子受け

お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
 本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。  僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!  「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」  知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!  だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?  ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる

ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。 ・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。 ・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。 ・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。

婚約破棄された俺の農業異世界生活

深山恐竜
BL
「もう一度婚約してくれ」 冤罪で婚約破棄された俺の中身は、異世界転生した農学専攻の大学生! 庶民になって好きなだけ農業に勤しんでいたら、いつの間にか「畑の賢者」と呼ばれていた。 そこに皇子からの迎えが来て復縁を求められる。 皇子の魔の手から逃げ回ってると、幼馴染みの神官が‥。 (ムーンライトノベルズ様、fujossy様にも掲載中) (第四回fujossy小説大賞エントリー中)

処理中です...