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11【騎士の煩悩】
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気絶したルカーシュを池から担ぎ上げ、なりふり構わずに邸宅に戻ったとき、もはやシモンの心は誤魔化しようがなかった。
儚く消えてしまうのが恐ろしくて、咄嗟に呼び捨てしたことも。触らないでと言われて、胸が張り裂けそうに痛かったことも、気のせいではない。
かつては、人の頭の中に居座るルカーシュの顔を、呪いだと忌々しく思っていた。現実でも見ないように顔をそらして、不機嫌を保っていた。
だが、今は違う。
一緒にいるなら楽しむほうが断然いいし、機嫌よく話すと、ルカーシュも笑ってくれる場面が増えてきた。
なぜこんなにもと、疑問に思っていたことが、これを機会に腑に落ちた。
――俺はルカーシュ様を慕っているらしい。
ルカーシュの身体に張り付いた衣服を肌に触れずに脱がせるのは、たいへん困難をきわめた。
上着を脱がせるのは、まだ楽だった。中のシャツは薄手で肌に張り付いて、皮膚が透けて見える。
この肌に触れると怪我をすることは、身を持って知っている。念のため、手袋をし、手早く服を脱がした。
急に喉に詰まらせたような声を出したのは、裸を見てしまったためだ。
ルカーシュの危機的状況だというのに、眩しい肌に視線を持っていかれる。屋内で過ごしていたルカーシュの肌は白く、傷一つない。騎士の自分にしてみれば、未熟な身体だ。
シモンの好む、柔らかそうな膨らみもない。腰も骨ばっていて、筋肉も薄い。そそるものなど何もないはずなのに、むき出しの鎖骨や薄い乳首の色を見て、喉が乾く。
邪な気持ちを振り切るように、シモンは素早く替えの服を着せた。
ルカーシュの看病は三日三晩続いた。いつ、いかなる時も側にいた。空腹と睡眠不足で限界まで来ていたが、世話をし続けた。
使用人に何度も「寝てください」と言われたが、「眠くない」と頑なに断った。
もし突然、目が覚めてシモンがいなかったら、可哀想だろう。約束を反故にはしたくない。その一心だった。
献身的な世話のおかげか、ルカーシュの身体の熱は冷めた。落ち着いた頃に、大事な話をされた。おそらく騎士団長のラデクも知らないだろう、ルカーシュの出生から、これまでの話だった。
ようやく心の奥深くに触れたようで嬉しかった。手に届かないように見えた存在が、悩み苦しんでいることに親近感を覚えた。
同時に、頬や唇に触れたいと思った。簡単には触れられない今の状態を思うと、胸の内側から苦しかった。
三日も寝ていないのに、自室に戻ったシモンは寝台の上で仰向けになっていた。腕を枕代わりにして、ルカーシュの顔を浮かべる。
――貴族、ましてや元王族なんか、好きになる資格すら、ないのにな。
元々は平民育ちのせいか、貴族に対しての印象は悪い。
あいつらはいつだって身分で差別し、貧しいものには施しを与えなければと言う。すべてにおいて、上から目線だ。
ただ、事実として、その寄付金や力添えによって、シモンのような孤児は生かされてきた。
偽善も役に立っているのなら、いいことだ。シモンはそう考えて、なるべく貴族や身分のことは深く考えないようにしてきた。
上司で騎士団長のバルトルトもそういう人だったから、シモンも自由に生きてきた。
初めは、ルカーシュも同じで、生け好かないやつだと思っていた。
しかし、ルカーシュは自由を奪われ、愛情すら知らなかった。母親が亡くなってからは、ただ一人で牢獄の中にいた。
感情を押し殺し、生きてきたのだろう。
今のシモンはルカーシュを笑顔にしたい。そのためなら、何だってする。
何日も前から釣り道具を用意して、釣りに詳しい村人から学んだ。
柄にもなく、ルカーシュに贈りたい花を調べるために図鑑まで買った。面白いと薦められた本をちょこちょこ読んで、いずれは感想を伝えたいと思っている。
シモンは自分の変わりように呆れて息を吐く。どんな女(親しい友人)にだって、ここまでの下調べや趣味を合わせたりなんかしなかった。
しかもそんな自分が嫌ではない。呆れて、ため息が出るくらいだ。
思考だけでなく、行動も変わってきている。
今日だけで何度、おのれの手を握っただろう。
時折、白い肌に触れたくなって、隠れて拳を握った。そのことはきっと、シモン以外は知らないだろう。
儚く消えてしまうのが恐ろしくて、咄嗟に呼び捨てしたことも。触らないでと言われて、胸が張り裂けそうに痛かったことも、気のせいではない。
かつては、人の頭の中に居座るルカーシュの顔を、呪いだと忌々しく思っていた。現実でも見ないように顔をそらして、不機嫌を保っていた。
だが、今は違う。
一緒にいるなら楽しむほうが断然いいし、機嫌よく話すと、ルカーシュも笑ってくれる場面が増えてきた。
なぜこんなにもと、疑問に思っていたことが、これを機会に腑に落ちた。
――俺はルカーシュ様を慕っているらしい。
ルカーシュの身体に張り付いた衣服を肌に触れずに脱がせるのは、たいへん困難をきわめた。
上着を脱がせるのは、まだ楽だった。中のシャツは薄手で肌に張り付いて、皮膚が透けて見える。
この肌に触れると怪我をすることは、身を持って知っている。念のため、手袋をし、手早く服を脱がした。
急に喉に詰まらせたような声を出したのは、裸を見てしまったためだ。
ルカーシュの危機的状況だというのに、眩しい肌に視線を持っていかれる。屋内で過ごしていたルカーシュの肌は白く、傷一つない。騎士の自分にしてみれば、未熟な身体だ。
シモンの好む、柔らかそうな膨らみもない。腰も骨ばっていて、筋肉も薄い。そそるものなど何もないはずなのに、むき出しの鎖骨や薄い乳首の色を見て、喉が乾く。
邪な気持ちを振り切るように、シモンは素早く替えの服を着せた。
ルカーシュの看病は三日三晩続いた。いつ、いかなる時も側にいた。空腹と睡眠不足で限界まで来ていたが、世話をし続けた。
使用人に何度も「寝てください」と言われたが、「眠くない」と頑なに断った。
もし突然、目が覚めてシモンがいなかったら、可哀想だろう。約束を反故にはしたくない。その一心だった。
献身的な世話のおかげか、ルカーシュの身体の熱は冷めた。落ち着いた頃に、大事な話をされた。おそらく騎士団長のラデクも知らないだろう、ルカーシュの出生から、これまでの話だった。
ようやく心の奥深くに触れたようで嬉しかった。手に届かないように見えた存在が、悩み苦しんでいることに親近感を覚えた。
同時に、頬や唇に触れたいと思った。簡単には触れられない今の状態を思うと、胸の内側から苦しかった。
三日も寝ていないのに、自室に戻ったシモンは寝台の上で仰向けになっていた。腕を枕代わりにして、ルカーシュの顔を浮かべる。
――貴族、ましてや元王族なんか、好きになる資格すら、ないのにな。
元々は平民育ちのせいか、貴族に対しての印象は悪い。
あいつらはいつだって身分で差別し、貧しいものには施しを与えなければと言う。すべてにおいて、上から目線だ。
ただ、事実として、その寄付金や力添えによって、シモンのような孤児は生かされてきた。
偽善も役に立っているのなら、いいことだ。シモンはそう考えて、なるべく貴族や身分のことは深く考えないようにしてきた。
上司で騎士団長のバルトルトもそういう人だったから、シモンも自由に生きてきた。
初めは、ルカーシュも同じで、生け好かないやつだと思っていた。
しかし、ルカーシュは自由を奪われ、愛情すら知らなかった。母親が亡くなってからは、ただ一人で牢獄の中にいた。
感情を押し殺し、生きてきたのだろう。
今のシモンはルカーシュを笑顔にしたい。そのためなら、何だってする。
何日も前から釣り道具を用意して、釣りに詳しい村人から学んだ。
柄にもなく、ルカーシュに贈りたい花を調べるために図鑑まで買った。面白いと薦められた本をちょこちょこ読んで、いずれは感想を伝えたいと思っている。
シモンは自分の変わりように呆れて息を吐く。どんな女(親しい友人)にだって、ここまでの下調べや趣味を合わせたりなんかしなかった。
しかもそんな自分が嫌ではない。呆れて、ため息が出るくらいだ。
思考だけでなく、行動も変わってきている。
今日だけで何度、おのれの手を握っただろう。
時折、白い肌に触れたくなって、隠れて拳を握った。そのことはきっと、シモン以外は知らないだろう。
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