終焉の晩餐会:追放される悪役令息は、狂欲の執事と飢えた庭師を飼い慣らす

河野彰

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第五章:最初の夜の絶望

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 豪奢なシャンデリアが放つ光は、リュシアンにとって、処刑台を照らす篝火に等しかった。
 館の最奥、重厚な扉に閉ざされた密室。そこには、金と権力を持ち合わせた観客たちが、上質なワインを嗜みながら、一人の青年が商品として供される瞬間を待っていた。

 リュシアンは、薄衣一枚さえまとわぬ姿で、台座の上に立たされていた。
 かつて彼を包んでいた高潔な血筋や、学識、騎士としての矜持は、この場では何の意味も持たない。剥き出しの肌を這う、老人たちの湿った視線。品定めをするように細められた目。
「ああ、素晴らしいな。これほどまでに澄んだ瞳が、恐怖に濁っていく様を想像するだけで、金貨を積む価値がある」
 誰かがそう囁いた。笑い声が静かに波紋のように広がり、リュシアンの頬を屈辱の熱が焼く。

 誰かが味見を、と言い出した。
 味が分からねば食う気が起きぬと。
 余興として、一人の金持ちが手を挙げて、リュシアンの味見役を買って出た、死ぬよりもひどい屈辱。リュシアンは貴族や金持ちが見守る中、男に抱かれた。
 声を上げないと殺すといわれて、泣きながら喘いだ。
 フェラムにより躾けられた身体はそんな中でも快感を拾った。最初は演技だった喘ぎ声に本気の艶が混じる。悔し涙はいつからか快楽を享受する涙になった。
 男が果てた瞬間、次の候補者が我も我もと手を挙げた。
 その競り合いに、終止符を打ったのはフェラムだった。
 彼はローゼンベルグ家の巨万の富を背景に、圧倒的な暴力とも言える金額を提示し、会場を沈黙させた。
「この男は、今日この瞬間から私の所有物だ。毛筋一本、吐息の一つまでな」
 フェラムの声は低く、リュシアンの背筋を凍らせた。彼はリュシアンの顎を強引に掴み上げ、逃げ場のない視線を絡ませる。その瞳に宿っているのは、愛などではなく、手に入れた玩具をいかにして自分専用に歪めるかという、執拗な独占欲だった。

 夜は、終わりなき悪夢の連鎖となった。
 フェラムの命により、リュシアンは夜ごとに着飾らされ、彼の客たちの慰み者として供された。
 最初は、声が枯れるまで拒絶を叫んでいたリュシアンだった。しかし、フェラムはその度に冷徹な微笑を浮かべ、リュシアンの最も大切にしていた思い出の品を一つずつ壊し、彼の逃げ道を塞いでいった。

「リュシアン、泣いても無駄ですよ? あなたが泣けば泣くほど、客たちは喜び、私は潤う。あなたは私のために、最高の価値を提供しなければならない」

 一ヶ月が過ぎる頃、リュシアンの瞳からは生気という光が失われていた。
 鏡の前に立つ自分を見ても、そこにいるのが誰なのか、もう判別がつかなくなっていた。
 肌には消えない指の跡が残り、心には自分を切り売りしているという深い自責の傷が刻まれる。
 他者の手が触れるたび、かつては吐き気を催していた感覚も、いつしか遠い他人の出来事のようにしか感じられなくなる。
 それは心が、肉体を守るために、自ら壊れることを選んだ証だった。

 ある夜、鏡の中にいた人形が笑った。
 かつての心優しき青年の姿は今はもうない。ただ与えられた役割を演じ、空虚な快楽と絶望の海に漂うだけの、名前を持たない何か。
 リュシアンは、自らの意思で思考を止めた。考えれば死にたくなる。しかし、死ぬ自由すらフェラムに買い取られているのだ。

 冬が訪れる頃、リュシアンの精神は完全に磨り減り、形を失っていた。
 もはや接待がなくても、彼はフェラムの側を離れることができなくなっていた。外界の光はあまりに眩しく、泥沼のようなこの閉ざされた館の空気こそが、彼にとって唯一の生存環境となってしまったのだ。

 雪が窓を叩く夜、リュシアンはフェラムの書斎の絨毯の上に跪いていた。リュシアンはその男の冷たい指が髪を撫でるのを、子犬のように求めていた。

「プティー・ワゾー。あなたは本当に、扱いやすい人形になりましたね」
 フェラムは、足元にうずくまるリュシアンの喉元を、革靴の先で軽く押し上げた。
「はい、フェラム様。私は、あなたの所有物です。あなたのための、貴方だけの人形です」

 その言葉に、偽りはなかった。
 リュシアンの心は、極限の屈辱と支配を受け続けた結果、加害者であるフェラムにしか自分の価値を見出せないほどに歪みきっていた。
 フェラムが自分を痛めつけること、自分を他人に差し出すこと。そのすべてが、彼にとっては自分が必要とされているという唯一の証明になってしまったのだ。

「いいでしょう。ならば、今夜は私だけのために鳴きなさい」

 リュシアンは、自らフェラムの服の裾を掴み、その支配を全身で受け入れるように瞳を閉じた。
 頬を伝う涙は、もはや悲しみによるものではない。
 自分という人間が完全に死に絶え、永遠の隷属という名の安息に辿り着いた、破滅の喜びによるものだった。

密室の奥で、かつてのリュシアンの名残は、雪のように静かに、汚泥の中へと溶けて消えていった。
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