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第八章:鉄の芳香と、剥き出しの心臓
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作業小屋の空気は、湿った土の匂いと、煮えたぎる鉄のような血の香りが幾重にも層を成していた。毎晩の晩餐は飽きることなく続けられていた。
木製の食卓に横たえられ、剥き出しの肌を冷たい木の目に押し付けられたリュシアンは、もはや逃げる気力すら奪われていた。その瞳に映るのは、燭台の炎に揺れるルタムの、恐ろしいほどに穏やかな微笑みだけだ。
「さあ、内側から清めましょう。あの方が触れた記憶を、私の愛で上書きするのです」
ルタムは銀のスプーンを、リュシアンの震える唇に押し当てた。
注ぎ込まれたのは、粗く挽かれた内臓が沈む、粘り気のある真紅のスープ。鉄分を凝縮したような重苦しい味が舌を焼き、リュシアンの胃を満たしていく。
続いて運ばれた脳髄のソテーは、口の中でどろりと溶け、リュシアンの理性を泥の底へと引き摺り下ろした。
「よく食べてくれましたね、リュシアン。これで、あなたの血も肉も、半分は私の一部になりました」
ルタムは満足げに目を細めると、傍らで赤々と熱せられていた鉄の棒を手に取った。その先端には、彼自身の家紋を歪めたような、禍々しい「所有の紋章」が刻まれている。
「仕上げをしましょう。あなたが二度と、他の誰かに見惚れることのないように」
ルタムは、リュシアンの右肩――先ほどまで彼が牙を立て、肉を食らった場所――に、その灼熱の鉄を躊躇なく押し当てた。
ジッ、という肉の焼ける音。
「ぎぃ、ぁ、ああ゛ああああああ!!!」
絶叫し、リュシアンの身体が弓なりに跳ねる。白い煙が立ち上がり、甘美で残酷な死の香りが鼻を突く。
ルタムはその苦悶の表情を、まるで至高の芸術を鑑賞するように見つめていた。
「ああ、可愛いですよリュリュ。この傷跡は、一生消えることはありません。あなたが鏡を見るたび、誰かに抱かれるたび、この刻印が疼いて僕を思い出させるでしょう。あなたはもう、僕の晩餐でしかないのだと」
ルタムは、赤く腫れ上がった紋章の周りを、泥のついた指で愛おしげに撫でる。
激痛に意識を飛ばしかけるリュシアンの耳元で、彼は最期の審判を下すように、甘く、低く囁いた。
「もう、どこへも行かせませんよ。この小屋で、僕の指先で、永遠に僕に喰らわれ続けるのです」
彼はリュシアンの涙を指ですくい、自身の舌で転がした。その味は、彼にとって何よりも芳醇な、勝利の美酒だった。
数日が経ち、小屋の空気はもはや腐臭ではなく、リュシアンにとっての安らぎへと変貌していました。
右肩に刻まれた所有の印は、熱を帯びたままリュシアンの肌に馴染み、脈打つたびにルタムの存在を強く意識させます。疼きが走るたび、リュシアンはそこに指を這わせ、自ら痛みをなぞるようになっていました。
「ああ、リュリュ。顔色が良くなりましたね。さあ、今夜の特別なお食事です」
ルタムは、恭しく銀の盆を運びました。
蓋が開けられると、そこには以前よりもさらに生々しい、瑞々しくさえ見える「肉」の断片が並んでいます。かつてのリュシアンなら、それを見ただけで胃を抉られるような嫌悪感に襲われたはずでした。
しかし、今の彼の鼻腔をくすぐるのは、芳醇な野生の香りと、抗いがたい鉄の甘み。
「あ……、ああ゛ああ……!」
リュシアンの喉が、自覚なしに鳴りました。
ルタムは満足げに目を細め、細いナイフでその肉を小さく切り分けます。そして、リュシアンの唇に、血の滴る一切れをそっと差し出しました。
「いかがですか? これは、あなたの清らかな血を汚したあの方たちの一部……。あなたが自ら食らうことで、屈辱は完全に昇華されるのです。さあ、噛み締めて。僕の愛を、復讐を、あなたの血肉に変えるのです」
リュシアンは躊躇うことなく、その肉を口に含みました。
溢れ出す濃密な血の味。噛み締めるほどに広がる、他者の生命を奪う背徳的な恍惚感。
リュシアンの瞳は、もはや怯える小鹿のものではありませんでした。ルタムの瞳と同じ、底知れない飢餓に満ちた、捕食者の輝きを宿し始めていたのです。
「美味しいよ、ルタム。もっと、もっと、もっとぉ! 私の中にぃ……!!」
リュシアンは自らルタムの泥に汚れた指に縋り付き、その指先に残る血を貪欲に舐めとりました。
ルタムは歓喜に震える手で、リュシアンの髪を優しく撫でます。
「素晴らしいです。そう、それでこそ僕のリュシアンだ。僕たちは今、この一口ごとに一つに溶け合っている。他者の肉を介して、私たちは永遠に離れられない運命を分かち合っているのですよ」
ルタムは、リュシアンの口角に付着した真紅の滴を親指で拭い、そのまま自分の口へと運びました。
食卓を囲む二人の影は、壁に映し出され、一つの大きな、悍ましい化物の形へと重なり合っていきます。
密室はもはや牢獄ではなく、二人だけの、血塗られた楽園へと昇華されたのでした。
木製の食卓に横たえられ、剥き出しの肌を冷たい木の目に押し付けられたリュシアンは、もはや逃げる気力すら奪われていた。その瞳に映るのは、燭台の炎に揺れるルタムの、恐ろしいほどに穏やかな微笑みだけだ。
「さあ、内側から清めましょう。あの方が触れた記憶を、私の愛で上書きするのです」
ルタムは銀のスプーンを、リュシアンの震える唇に押し当てた。
注ぎ込まれたのは、粗く挽かれた内臓が沈む、粘り気のある真紅のスープ。鉄分を凝縮したような重苦しい味が舌を焼き、リュシアンの胃を満たしていく。
続いて運ばれた脳髄のソテーは、口の中でどろりと溶け、リュシアンの理性を泥の底へと引き摺り下ろした。
「よく食べてくれましたね、リュシアン。これで、あなたの血も肉も、半分は私の一部になりました」
ルタムは満足げに目を細めると、傍らで赤々と熱せられていた鉄の棒を手に取った。その先端には、彼自身の家紋を歪めたような、禍々しい「所有の紋章」が刻まれている。
「仕上げをしましょう。あなたが二度と、他の誰かに見惚れることのないように」
ルタムは、リュシアンの右肩――先ほどまで彼が牙を立て、肉を食らった場所――に、その灼熱の鉄を躊躇なく押し当てた。
ジッ、という肉の焼ける音。
「ぎぃ、ぁ、ああ゛ああああああ!!!」
絶叫し、リュシアンの身体が弓なりに跳ねる。白い煙が立ち上がり、甘美で残酷な死の香りが鼻を突く。
ルタムはその苦悶の表情を、まるで至高の芸術を鑑賞するように見つめていた。
「ああ、可愛いですよリュリュ。この傷跡は、一生消えることはありません。あなたが鏡を見るたび、誰かに抱かれるたび、この刻印が疼いて僕を思い出させるでしょう。あなたはもう、僕の晩餐でしかないのだと」
ルタムは、赤く腫れ上がった紋章の周りを、泥のついた指で愛おしげに撫でる。
激痛に意識を飛ばしかけるリュシアンの耳元で、彼は最期の審判を下すように、甘く、低く囁いた。
「もう、どこへも行かせませんよ。この小屋で、僕の指先で、永遠に僕に喰らわれ続けるのです」
彼はリュシアンの涙を指ですくい、自身の舌で転がした。その味は、彼にとって何よりも芳醇な、勝利の美酒だった。
数日が経ち、小屋の空気はもはや腐臭ではなく、リュシアンにとっての安らぎへと変貌していました。
右肩に刻まれた所有の印は、熱を帯びたままリュシアンの肌に馴染み、脈打つたびにルタムの存在を強く意識させます。疼きが走るたび、リュシアンはそこに指を這わせ、自ら痛みをなぞるようになっていました。
「ああ、リュリュ。顔色が良くなりましたね。さあ、今夜の特別なお食事です」
ルタムは、恭しく銀の盆を運びました。
蓋が開けられると、そこには以前よりもさらに生々しい、瑞々しくさえ見える「肉」の断片が並んでいます。かつてのリュシアンなら、それを見ただけで胃を抉られるような嫌悪感に襲われたはずでした。
しかし、今の彼の鼻腔をくすぐるのは、芳醇な野生の香りと、抗いがたい鉄の甘み。
「あ……、ああ゛ああ……!」
リュシアンの喉が、自覚なしに鳴りました。
ルタムは満足げに目を細め、細いナイフでその肉を小さく切り分けます。そして、リュシアンの唇に、血の滴る一切れをそっと差し出しました。
「いかがですか? これは、あなたの清らかな血を汚したあの方たちの一部……。あなたが自ら食らうことで、屈辱は完全に昇華されるのです。さあ、噛み締めて。僕の愛を、復讐を、あなたの血肉に変えるのです」
リュシアンは躊躇うことなく、その肉を口に含みました。
溢れ出す濃密な血の味。噛み締めるほどに広がる、他者の生命を奪う背徳的な恍惚感。
リュシアンの瞳は、もはや怯える小鹿のものではありませんでした。ルタムの瞳と同じ、底知れない飢餓に満ちた、捕食者の輝きを宿し始めていたのです。
「美味しいよ、ルタム。もっと、もっと、もっとぉ! 私の中にぃ……!!」
リュシアンは自らルタムの泥に汚れた指に縋り付き、その指先に残る血を貪欲に舐めとりました。
ルタムは歓喜に震える手で、リュシアンの髪を優しく撫でます。
「素晴らしいです。そう、それでこそ僕のリュシアンだ。僕たちは今、この一口ごとに一つに溶け合っている。他者の肉を介して、私たちは永遠に離れられない運命を分かち合っているのですよ」
ルタムは、リュシアンの口角に付着した真紅の滴を親指で拭い、そのまま自分の口へと運びました。
食卓を囲む二人の影は、壁に映し出され、一つの大きな、悍ましい化物の形へと重なり合っていきます。
密室はもはや牢獄ではなく、二人だけの、血塗られた楽園へと昇華されたのでした。
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