パーティーを追放されるどころか殺されかけたので、俺はあらゆる物をスキルに変える能力でやり返す

名無し

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49.渇きと潤い

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「……オオォォ……」

 解放された狂気が立ち上がり、静かな雄叫びを発していた。

 狼たちが獲物に飛び掛かるのではない。逆に獲物が狂気に吸い寄せられ、喰われているのだ。最早それは戦いではなく、一方的な捕食といってよかった。

 己の中で得体の知れない闇がうごめくたびに、にわかには信じがたい膂力が躍動する。向かってくる大量の獲物を長剣で的確に切り、抉り、貫き、引き裂く。寸前まで息をしていた生物をただの肉塊へと変えていく。俺の手の平の上で獲物は踊っているにすぎない。

 そんな単調すぎる作業をひたすら繰り返しても、俺はまったく飽きが来ないどころか、血を浴びるたびに嬉しくてたまらなくなっていった。

 あれだけ痛めていた体も、手の平草のおかげかずっとよく動く。口に咥えている短剣も実に効果的で、やつらの真似をして四つん這いで飛び込んだ際には、すれ違いざま何匹も仕留めることができた。

 見たか虫けらどもよ、これが本物の爪と牙というものだ。

 ……しかし、殺しても殺しても畜生どもは一向に減らない。それだけ多くの渇きが集まってきていたんだろうが、俺の心身を潤わせていくだけにすぎない。さあ、俺にもっと沢山献上するがいい。惨めな獲物どもの血を、肉を、骨を、死を……。

「――う……?」

 やつらが、自分たちこそが獲物なのだと気付いたであろうときには、俺の体はぴくりとも動かなくなっていた。

 ああ……ついにこのときがやってきた。やってきてしまった。狂気という棘だらけの花を咲かせ続けるための水が途絶えたのだ。

 ……やはり、無謀だったか。

 俺は近いうちに死ぬのだろう。一筋の夕陽が左目付近を掠める。これが最後の光だと言わんばかりに。それでも悔いはない。今は、狼たちに食われて屍になる際の痛みと、その向こう側にあるであろう永久の闇――無――に対する一抹の不安のみ。

 狼たちの畏怖がやがて戸惑いへと変化し、麻痺していた自己の飢えに気が付いたとき、俺の体はただの抜け殻となって土へと還り、心は天へと召されるのだろう。

『――ギャンッ!』

「……あ……」

 狼が発した鳴き声はとても弱々しく、まるで子犬のようだった。

 ……どういうことだ? 俺の周りでムクムクと芽吹き始めていた殺気が一斉にしおれてしまっている。俺にはもうそんなことをさせる力どころか、気力すら残ってはいないというのに……。

「無茶しやがって……」

 呆れたような声がすると思ったときには、ベリテスがすぐ側に立っているのがわかった。

「やっと気が付いたようだな、セクト」

「……り、リーダー……なんでこんなところに……?」

「気配を隠してついてきてたのさ。お前さんの察知能力もまだまだ甘いってことよ」

「……」

 まったく気付かなかった。さすがは元英雄のベリテスだ。

 俺の気配察知能力が今まさに急成長中なのは自分でもわかるわけで、おそらく今回の死闘の最中でBランクまでは達してると思われる状況で、それですらまったく気配を感じることができなかったわけだから末恐ろしいほどの熟練度なんだろう。

「というかだな……お前さんを一人でこんなところに行かせるわけねえだろ? そんなのバニルたちが承諾しねえよ」

「……なるほど」

 裏で話がついてたってことなんだな。

「あとなあ、逃げろって言ったのにやたらと頑張りまくるからヒヤヒヤしたぜ、まったく……」

「……え……。逃げろって、まさかそういうシンプルな意味……?」

「んなのあったりめえだろ。お前さん、一体どういう捉え方してたのよ」

「……あは、は……」

 どうやら俺が深読みのしすぎだったらしい。

「さ、帰るぞ。俺が特別におんぶしてやる」

「ちょ、ちょっと、それは……」

「ん? そんなボロボロの体で遠慮するな」

「そんなの父親にもされたことないし恥ずかしくて……」

「そうか……うーし、じゃあ尚更やってやるぜ!」

「ちょっ……」

 無理矢理担がれたが、ベリテスの背中はとても大きくてたくましかった。

「――どうだ、セクト。楽だろ?」

「……うん……」

 しばらくしたら照れ臭さも少し収まってきて、無意識のうちに童心に帰ったような感じになった。彼は本当に強いし温かい。気配察知能力や狂戦士症に頼るしかない俺の実力なんてまだまだだろうし、背伸びしている子供みたいなものなんだと改めて思い知らされる。

 ふと、脳裏に大嫌いなはずの父親のことが頭に浮かんだのは、消えたはずの童心が大人になり切れずにくすぶっていたからなんだろうか。俺は一度でいいから、あの人にこういうことをしてほしかったのかもしれない。

「俺の嫁さんが生きてたら、今頃俺にもお前さんくらいの息子がいたかもしれねえなあ……」

 どうやら、しんみりとしていたのは俺だけじゃなかったらしい。
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