73 / 130
73.口に入れしもの
しおりを挟む巨大な棺のような長細い空間、青い壁にずらりと並ぶ抽象画、落下したシャンデリア、赤黒い染みだらけのテーブルクロス、黒光りする昆虫が這い回る割れた食器類、ジグザグに亀裂の入った窓から侵入する歪な月光……そんな荒れ果てた古城の食堂にパーティー『ウェイカーズ』は集結していた。
「ひひっ……初のダンジョンだぁ。お前らぁ、やるべきことはわかってるよなぁ……?」
かつて蛇男と呼ばれた新リーダーのグレスが、絡みつくような視線をメンバーに送り付ける。
「……セクトを捕まえるんですよね、グレス様」
ルベックが口元を引き攣らせて下手な笑顔を作る。
「相変わらず笑顔が下手だなぁ、ルベックぅ。こうやるんだぁ……」
グレスが見事な満面の笑みを作り出し、手本を示してやるとすぐ側にいたカチュアと接吻した。
「……ふうぅ。ゴミセクトを捕まえるのは前提としてぇ、女どもを生け捕りにするぅ。もちろんぜーんぶ俺のものぉ……」
「くっ……。おいオランド、やつに意見しろ。空気読めよクソゴミ」
ルベックがオランドの脇腹を肘で勢いよく突く。
「……ぶぎっ。はひっ。ぐ、グレスしゃま、一人くらいはこっちに回しても……?」
「……んんぅ?」
グレスが片方の眉をひそめながらオランドのほうにズカズカと歩み寄っていく。
「ひ、ひいぃ。おおおっ、お慈悲を――」
オランドはゾンビになり、頭を抱えながらうずくまって体中を震わせる。
「――誰かこっちに来るぞぉ……」
「うぇ……?」
オランドの目前で立ち止まったグレスの狭まった目は、食堂の入り口に向けられていた。
「――おい、モンスターいるか?」
「リーダー。ここもハズレです……」
「ダメか。クソッ……」
「はー……あたし、もうモンスター探すの疲れたぁ……」
「僕も……」
古城の食堂にほかのパーティーがやってきた瞬間であった。男二人、女二人の四人パーティーであり、『ウェイカーズ』の面々がテーブルの下に隠れていることに、彼らはまったく気付いていない様子であった。
「ここで休んでいくか?」
「ふぇえ……。こんなところでなんて、勘弁してくださいよリーダー……」
「あたしも嫌よ……」
「あはっ。戻ろ――」
「――待てぇ、お前らぁ。モンスターならここにいるぞぉぉ……」
「「「「なっ……」」」」
引き返そうとした彼らが青ざめるのも無理はなかった。その目前には、片方の目元や尻尾に黒い波形模様のある白い大蛇――【聖蛇化】した蛇男のグレス――がいたのだから。
「「うぎぃっ!」」
グレスのSランク派生スキル《神授眼》により、動けなくなった四人パーティーのうち、男二人は大蛇の太い胴体に巻き付かれ、目玉が勢いよく飛び出してテーブル上の皿に乗るほどあっという間に圧死した。
「……あ、ぁ……」
女二人のうち、一人は煌びやかな装飾が施された剣を落として呆然と立っていたところ、あっさりグレスに一口で飲み込まれた。
「……い、い……いやあああぁぁっ!」
もう一人の女は《神授眼》の効果時間が切れてすぐ、桃色のリボンで結われたポニーテールを揺らし、悲鳴とともに背中を向けて逃げ出したものの、あっけなくグレスに捕まって足のほうからじわじわと飲み込まれていった。
「……げぷっ。んまんまぁ……。んんっ……中でまだほんの少し生きてて蠢いてるぞおぉ。んん……けどぉ、俺の超強力な酸ですぐ溶かされたあぁ。ひひっ……お前らぁ、見たかぁ? 俺の圧倒的な力ぁ……」
「……あ、あ、あ、ぁ……」
しばらくしてグレスの体が元に戻っても、その足元で【腐屍化】していたオランドの両目は恐怖と腐乱のあまり半ば飛び出ていた。
「……んぅ? なんでゾンビになったぁ、オランドぉ……。話の続きだがぁ、女は絶対に誰にも譲らないぞぉぉ。全部俺だけのものだからだぁ。たっぷり恐怖で味付けしてぇ、それからじっくり喰うぅ。パーティーを見たら残さず殺せぇ。でもおにゃごはじぇーんぶ俺のもにょおぉぉ。ひひっ……」
まさに独壇場だった。グレスの晩餐のためだけに用意されたかのような食堂で、ルベックたちはしばらく恐怖のあまり一歩も動けずにいた。
「さすが、グレス様ぁ……」
グレスに歩み寄り、陶然とキスをしたカチュア以外は。
「可愛いよぉ、カチュアぁ。今すぐ喰いたいくらいぃ……」
「あぁん、こんな時間からダメですよお……。私、一日に一回しか死ねないですから、そのことを忘れたグレス様にまた食べられて、もう二度と復活できなくなっちゃいますっ」
黒いオアシスというあだ名を持つカチュアの固有能力は【闇水】であり、基本スキルはAランクの《授肉》。それを使用した水を飲めば、一日一回限りではあるが死んでもすぐに生き返ることができるのだ。
当然カチュアは既にそれを口にしているため、死ぬことは大して怖くなかったのである。
25
あなたにおすすめの小説
目つきが悪いと仲間に捨てられてから、魔眼で全てを射貫くまで。
桐山じゃろ
ファンタジー
高校二年生の横伏藤太はある日突然、あまり接点のないクラスメイトと一緒に元いた世界からファンタジーな世界へ召喚された。初めのうちは同じ災難にあった者同士仲良くしていたが、横伏だけが強くならない。召喚した連中から「勇者の再来」と言われている不東に「目つきが怖い上に弱すぎる」という理由で、森で魔物にやられた後、そのまま捨てられた。……こんなところで死んでたまるか! 奮起と同時に意味不明理解不能だったスキル[魔眼]が覚醒し無双モードへ突入。その後は別の国で召喚されていた同じ学校の女の子たちに囲まれて一緒に暮らすことに。一方、捨てた連中はなんだか勝手に酷い目に遭っているようです。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを掲載しています。
復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」
孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。
だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。
1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。
スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。
それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。
それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。
増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。
一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。
これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。
転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位
転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜
ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。
アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった
騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。
今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。
しかし、この賭けは罠であった。
アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。
賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。
アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。
小説家になろうにも投稿しています。
なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。
パワハラ騎士団長に追放されたけど、君らが最強だったのは僕が全ステータスを10倍にしてたからだよ。外れスキル《バフ・マスター》で世界最強
こはるんるん
ファンタジー
「アベル、貴様のような軟弱者は、我が栄光の騎士団には不要。追放処分とする!」
騎士団長バランに呼び出された僕――アベルはクビを宣言された。
この世界では8歳になると、女神から特別な能力であるスキルを与えられる。
ボクのスキルは【バフ・マスター】という、他人のステータスを数%アップする力だった。
これを授かった時、外れスキルだと、みんなからバカにされた。
だけど、スキルは使い続けることで、スキルLvが上昇し、強力になっていく。
僕は自分を信じて、8年間、毎日スキルを使い続けた。
「……本当によろしいのですか? 僕のスキルは、バフ(強化)の対象人数3000人に増えただけでなく、効果も全ステータス10倍アップに進化しています。これが無くなってしまえば、大きな戦力ダウンに……」
「アッハッハッハッハッハッハ! 見苦しい言い訳だ! 全ステータス10倍アップだと? バカバカしい。そんな嘘八百を並べ立ててまで、この俺の最強騎士団に残りたいのか!?」
そうして追放された僕であったが――
自分にバフを重ねがけした場合、能力値が100倍にアップすることに気づいた。
その力で、敵国の刺客に襲われた王女様を助けて、新設された魔法騎士団の団長に任命される。
一方で、僕のバフを失ったバラン団長の最強騎士団には暗雲がたれこめていた。
「騎士団が最強だったのは、アベル様のお力があったればこそです!」
これは外れスキル持ちとバカにされ続けた少年が、その力で成り上がって王女に溺愛され、国の英雄となる物語。
追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい
桐山じゃろ
ファンタジー
魔王討伐を成し遂げた魔法使いのエレルは、勇者たちに裏切られて暗殺されかけるも、さくっと逃げおおせる。魔法レベル1のエレルだが、その魔法と魔力は単独で魔王を倒せるほど強力なものだったのだ。幼い頃には親に売られ、どこへ行っても「貧民出身」「魔法レベル1」と虐げられてきたエレルは、人間という生き物に嫌気が差した。「もう人間と関わるのは面倒だ」。森で一人でひっそり暮らそうとしたエレルだったが、成り行きで狐に絆され姫を助け、更には快適な生活のために行ったことが切っ掛けで、その他色々が勝手に集まってくる。その上、国がエレルのことを探し出そうとしている。果たしてエレルは思い描いた悠々自適な生活を手に入れることができるのか。※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています
勇者パーティーに追放された支援術士、実はとんでもない回復能力を持っていた~極めて幅広い回復術を生かしてなんでも屋で成り上がる~
名無し
ファンタジー
突如、幼馴染の【勇者】から追放処分を言い渡される【支援術士】のグレイス。確かになんでもできるが、中途半端で物足りないという理不尽な理由だった。
自分はパーティーの要として頑張ってきたから納得できないと食い下がるグレイスに対し、【勇者】はその代わりに【治癒術士】と【補助術士】を入れたのでもうお前は一切必要ないと宣言する。
もう一人の幼馴染である【魔術士】の少女を頼むと言い残し、グレイスはパーティーから立ち去ることに。
だが、グレイスの【支援術士】としての腕は【勇者】の想像を遥かに超えるものであり、ありとあらゆるものを回復する能力を秘めていた。
グレイスがその卓越した技術を生かし、【なんでも屋】で生計を立てて評判を高めていく一方、勇者パーティーはグレイスが去った影響で歯車が狂い始め、何をやっても上手くいかなくなる。
人脈を広げていったグレイスの周りにはいつしか賞賛する人々で溢れ、落ちぶれていく【勇者】とは対照的に地位や名声をどんどん高めていくのだった。
ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~
名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる