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38話 失踪
しおりを挟む「はふう……」
ヘイムダルの都の一角にある武具屋にて、兎耳がトレードマークの店主ミュリアが浮かない表情でカウンターに頬杖をついていた。
「――あぅっ?」
唐突におでこを指で突かれ、はっとした顔になる彼女の前にいたのは、同じ兎耳を持つ男クロードであった。
「お兄ちゃん、いつの間に……」
「ミュリア、元気ないぞ? そんなんじゃ客足も遠のくだろうよ」
「それは……心配なんだからしょうがないよ……」
「ん、何が心配なんだ?」
「とぼけちゃって~。カイン君のことだよ……」
「あぁ、カインが例の化け物を倒して王城まで招かれた件、か……」
薄笑いを浮かべるクロードに対し、さも不満げに頬を膨らましてみせるミュリア。
「わかってるのに、なんでそんなに余裕綽々なの~……」
「大丈夫だって。心配しすぎだ、ミュリア。そんなにカインのことが気になるのか?」
「だって、あそこには第四王女がいるし……」
「それはそうだが、やつは政には興味もなく中立な立場だから問題ない。それに、邪魔なやつはことごとく消してるしほとんどが【忘却】の海の中だ」
「それでもなんだか不安なの~……」
「それならミュリア、俺が今晩添い寝してやろうか?」
「遠慮しとくよ~」
「あーあ、お前の気持ちがカインのほうにあるってよくわかった。あいつにミュリアと寝たぜって言って驚かせたかったのに……」
「もぉ、お兄ちゃんの意地悪~……って、またいなくなってる……」
ミュリアの言う通り、クロードはまたしても忽然と姿を暗ましていたのであった……。
◆◆◆
「時間だ! 応答がなくば、これより強制的に入らせていただく――」
「――ちょっとくらいいいじゃないかっ」
「あ、い、いけません……」
「コ、コホンッ……お楽しみ中でしたか。これは失敬……」
足音が徐々に遠ざかっていくのがわかる。使用人のファランが察してくれたおかげで、僕たちは無事にこの場を乗り切ることができた。
「ファラン、協力できるかどうかはわからないけど、よかったら話の続きを」
「は、はい。ではまずその前に、二つの勢力についてお話します……」
ファランがゆっくりとした口調で語り始める。
「この国には、第一王子クロード、第一王女ダリア、第二王女ミュリア、第三王女アルウ、第四王女ソフィアという五人の後継者候補がおり、当初は立場上クロード様かダリア様が有力な後継者候補と目されていて、ミュリア様が仲の良いクロード様のためにと辞退し、ソフィア様も拒んだため、本人たちもそのつもりだったのでございますが……王様が選ばれたのは、なんとアルウ様だったのです……」
「……」
やっぱり情報量が多すぎて頭が真っ白になりそうだったので、僕は混乱状態を削除した。
クロードにミュリアって……。名前が同じだけかもしれないって一瞬思ったけど、実際兄妹ってはっきり言ってたよね。じゃあ、都で武具屋の店主なんてやってるのは、王位争いを少しでも有利に進めるためにカモフラージュしてるだけ……?
「カインさん、大丈夫でございますか?」
「あ、うん……続けて」
「はい。王様がアルウ様を後継者として指名したことで、泥沼の王位争いが始まってしまいました。ですが、ソフィア様に王位を継ぐ気がまったくなかった以上、あの中で相応しいのはどう見てもアルウ様でした……」
ファランの目元に涙が滲むのが見える。とても綺麗な涙で、まるで作り物みたいだった。気のせいかな……?
「アルウ様は誰にでも平等に接する方で、無能と蔑まれていた自分を重用してくださったのもあの方だったのでございます。自分よりもずっと有能な方がいますのでその方を雇ってくださいと拒んでも、『私にはあなたが必要だと思えるんだからそれでいいのよ。その時点であなたは有能だから』って、涙ぐみながら仰ってくださりました……」
「そっか……」
いかにもアルウらしいエピソードだと感じた。あの夢の中の光景もそうだ。
「アルウ様は、所持スキルにせよ教養にせよ、とにかく後継者としては相応しくないと執拗に二つの勢力から非難されましたが、それでも挫けずに敢然と立ち向かわれたのでございます。『王様らしくないなら、国民の目線に立った庶民的な王様になってみせるんだから!』と譲らなかったのです」
「あはは……」
思わず笑ってしまった。そういや、確か【商人】だっけ? スキルからして全然王様っぽくないんだよね。こう言ったらアルウから怒られるかもしれないけど。
「それからまもなくのこと……王様が病でお倒れになって王室が慌ただしくなり、アルウ様が自分にこう仰いました。『お父様の病を治すための手段を見つけたけど、あいつらに見返してやりたいし今持ってるお金は使わずに自分の力だけでやるわ』と。それからほどなくして、お出かけになられたアルウ様が失踪してしまわれたのでございます……」
「まさか……『鬼哭の森』……?」
「よくご存知ですね。アルウ様はそこで命を落とすわけでございますが、向こう見ずに見えてとても慎重な方です。誰もが警戒するような危険な森にむざむざ殺されに行くとは思えません」
「ってことは……」
「はい。ここからは推測でございますが、第一王子クロード様のスキル【忘却】によってあの森がどれだけ恐ろしいかという情報を含め、記憶を失ってしまったのでしょう。実際に自分は無性に心配になってアルウ様を追いかけたところ、クロード様とすれ違ったのです……」
「【忘却】……」
そういえば、僕はあのときアルウのことをクロードに話そうとして、彼女の声に阻まれたような気がした。
なるほど、そういうことだったのか……ってことは、ミュリアが僕にルーズダガーやヴァリアントメイルを薦めてくれたのも、いずれ王位争いに協力させるため……? 俄かには信じられない。あんなにいい子に見えたのに、どうして……。
権力争い――それも王位争いってことで、人格まで歪めてしまうんだろうか……。
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