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3章
刺し身の信用
しおりを挟む「寿司屋の売上はお父さんの予想以上で、とても良かったんですが……」
ジンが首をかしげる。
そうなんだよね。
「肝心の1階魚屋だろ」
「はい」
「売上50万ギル……」
今日の1階魚屋店舗の売上は、2階寿司屋の3分の1。
東商店街の1階魚屋が、だいたい1日40万ギルの売上ね。
勝ってはいるけど、こっちはオープン初日、
来店客数も倍以上あったのにだね。
「なぜだか分かるかい、ジン?」
「……う~ん」
さあ、どうだろう。
日頃から『地域で受け入れられる魚屋さん』という視点で考えていれば、推測できるけど、
ジンには作業面しか教えてないから難しいだろうなあ。
「サラダ刺し身を、298ギルで販売したからでは?」
「おお!」
「正解ですか! お父さん」
「……それで、どうなんだ? 298ギルで販売したからどうなんだ?」
「えっと、いや、なんとなく、そう思っただけで」
「そうか、そうか。
いいか、ゆっくり話すから付いて来てくれよ」
以前働いていた東商店街の魚屋店主から俺の新店(西表通り3町目)までは直線距離にして約10キロメートルあるよ。
間に巨大な内区が横たわっているから迂回して歩くと、15キロメートル近くあるんじゃないかな。
15キロメートルといえば、お客さんが歩いて買い物に来る距離じゃない。
内区に住む貴族婦人は別として、外区のお客さんは全員が徒歩で買い物をする。
つまり今日来た1階魚屋のお客さんは、ほぼ全員が新規のお客さん。
「そういや、今日はいつもの奥さんがいなかった……」
ジンのファン(ご婦人)は悠福な貴族だよ。
そもそも魚が目当てで来店していたわけじゃないから、混雑した、ジンに直接接客してもらえるかどうか分からないオープン日に来店するとは思えないよね。
(落ち着いたら来てくれるだろうけどね)
逆にランちゃんミキちゃんファンは、収入や身分に関係なく、15歳から40歳くらいまでの男性がほとんどで、例えるならアイドル歌手の追っかけだよ。
キキン国なら何処に店を出そうが、必ず来店すると思う。
「それで、その新規のお客さんが買っていたのは、元魚だね。
元魚とは、何も加工せず、そのまま裸で売っていた魚のこと。
オープンでも売価は前の店舗とほとんど変えなかったけど、40万ギル売り上げた。
前の店舗が元魚を1日20万ギル売るから、2倍の売上だね。
じゃあ、なにがダメだったのか」
「あ……」
「そう、刺し身。
平日価格398ギルを1パック298ギルのオープン特価にしても、330パックしか売れなかった。
前の店舗が398ギルで每日500パック平気で売れているのにね。
逆に売価を下げた分だけ、刺し身全体で10万ギルしか売れてない。
安売りしなきゃ良かった、と言っているわけじゃないよ。
刺し身の美味さを、知ってもらうにはセールは必要だし、するべきだと思うから。
じゃあ、なんだろう。
なんで刺し身が売れないんだろう」
「うーん……」
ジンが頭を抱えたね。
「この西表通り近辺の住人は、刺し身をあまり食べたことがないと思う」
「え……?
で、でも、お父さん。この地域にも魚屋はありますよね。それに居酒屋だって」
「そう、あちこちで刺し身を398ギルで提供しているね。
うちの両隣の宿屋のメニューにもサラダ刺し身がある、498ギルで売ってたよ」
「うちより高いじゃないですか、お父さん。
今日の298ギルなら、絶対に売れそうなのに……」
「だからなんだよ。
刺し身が売れないのは」
「……えっと、んん」
「分からない?」
「……はい」
ジン以外のラン、ミキも、東商店街から帰ってきたスーも分からないみたい。
「今日、刺し身をどうやって売ったか――。
刺し身をサルトリーフに包み、氷の上に並べたね。
サルトリーフは緑色の小皿のような葉っぱ。生でも食べれるし、薬用にもなる。
耐熱性があり焼いたピザもこれに包むから、この地域の人も馴染んでいるよ。
問題は中身が見えないこと。
お客さんが、中の刺し身が分からないことだね」
「でも、……値札に《アジの刺し身》とか、魚の名前をそれぞれ書いてますけど」
「そうだね。普通ならそれでバンバン売れる。
東商店街のお客さんならね」
「……あ……、そうか!」
分かったみたい。
「信用がないんだ」
「そう。その通り。
この地域の住人に、刺し身の信用がない。
言い換えれば、この地域で刺し身を提供している魚屋、居酒屋、宿屋の職人連中が、ろくな刺し身を作ってないわけ。
鮮度がぐずぐず(最悪ってことね)の魚で刺し身を造ったり、不衛生な状況で造ったりして、この地域の住民が一度食べて、二度と食べなくなっているわけ。
本当は美味しい食べ物なのに、「刺し身ってこの程度の食い物か」と思われているわけ。
冷蔵庫がないこの世界。
一般家庭に製氷猫がいるわけじゃないよ。
鮮度劣化は早いだろうし、菌も繁殖しやすい。
獲れたての魚を当日に刺し身にして、当日に食べてもらわないとダメだね。
とにかくまともなサラダ刺し身を提供していないから信用がなくなる。
今日の午前中、全然刺し身が売れなかったから、昼から人をつけて試食したよね。
どうだった?」
「……そういや、売れ始めたのは、昼からでしたね」
「そう。実際に自分の舌で味を確かめて、売値にも納得したからこそ、買ってくれた――。
じゃないのかな」
「うんうん」
「明日から刺し身をサルトリーフで包まないで売ろう。
包まず、サルトリーフの上に刺し身を盛りつけ、その上から透明なガラスコップをかぶせる」
「中が見えるようにですね」
「そう。この地域もアジが人気のようだ。鮮度がいいアジは身に透明感がある。
魚が分からない素人が見ても、はっきりと分かる。
それに盛りつけだ。
うちのスタッフはみんな刺し身を引くのも盛るのも上手。
まあ、前の魚屋で每日500パック作っていた連中だからね。
そこら辺の魚屋じゃあ、絶対真似できない刺し身を見せようじゃないか!」
「なるほど……」
「そして試食も一日中つける」
「えっ!? 一日中ですか……。そうなると、利益が……」
「良いって良いって、この店の刺し身は違うって思われるには、必要なことだって」
《損して得取れ》って言葉が日本にあるよね。
食べたら、感動するような刺し身を、
一度食べたら、また食べたくなるような刺し身を造り続け、一日でも早くお客さんに味わってもらう。
本物を食べてもらう。
「この地域に日本の刺し身が広まりさえすれば、もう試食は無用だから」
東商店街の魚屋みたいに、刺し身が売れてゆくよ。
「逆に、周囲の連中がまずい刺し身を作り続ければ、うちの刺し身と比較になりますね、お父さん!」
「……そうだね」
う~ん。
まあ、自然な発想ではあるよ。
あまり、関心しないけど。
言っておこうかな。後々のためにも。
「実はね、ジン」
売上回復の見込みがつき、やる気満々のジンが、「1ヵ月後に寿司の売上を抜いてやる」とランちゃんに挑発してる。
「はい?」
「商売は相手を倒すのが目的じゃないよ。
勝つとか負けるとかではない。
切磋琢磨って言葉があるんだけど、
むしろ、向こうがうちの真似をして技術や管理レベルが向上してくれた方が、地域の人にとって喜ばしいね。
どんどんレベルの高い魚屋がキキン国に増えてゆき、魚食文化が栄えてゆく。
そうなったら、嬉しい。俺はそういつも思っているんだけどね」
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