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リヒトが初めて魔法を使えるようになったのは、五歳を迎えたばかりの頃だった。
ただ何となく母親の見様見真似で調合をしてみた。
効果は母親の作るものより劣ってはいたものの、効果は初めてにしては十分すぎるほどに発揮された。
母親には一人で調合なんて危険すぎると叱られてしまったものの、リヒトはすっかり魔法に魅了されてしまった。
それからは母親が調合する様子を眺めながら、時に母親から許可が下りたら一緒に調合をしたり、森に薬草を探しに出かけたりした。
魔法薬ができたらそれを倉庫に運ぶ。
倉庫がいっぱいになったと思ったら、翌朝にはその魔法薬達は姿を消す。
幼かったリヒトには、それが不思議で仕方なかったが、母親曰く「あれは特別な人のためのお薬なの」と話してくれた。
あの時、特にリヒトは気にも留めなかった。
寧ろこの世界には自分と母親以外にも人間がいるのか、と思った程だ。
なにせ彼は森の奥深くの小さな家で母親と二人暮らしをしていた。そんな辺鄙な場所に訪れる人などいなかったからだ。
それにリヒトが八歳を迎える頃には、倉庫がいっぱいになる事など無くなったからだ。
そしてリヒトが十の時、母親が突然病に伏せた。
日に日に弱っていく母親を見た時、幼いなりに母親とのお別れの日が近づいてきている事が分かった。
医学の心得など勿論なく、どうしたらいいのか分からず、リヒトは混乱した。
後に流行り病であった事を知ったが、できる限りの看病を行った。
病気というものは、全部魔法薬で治るばかりと思っていた。なにせいつも風邪を引いた時、母親が魔法薬を使って治してくれていたからだ。
その時、リヒトは知った。
魔法は万能では無い、と。
何の役にも立たないものだと。
『ねぇ、リヒト』
弱弱しい声で自分の名を呼ぶ母親。
リヒトは駆け寄り、伸ばされた白く遅い骨ばった手をそっと握った。
『ごめんね。貴方が大きくなる日まで、一緒にいてあげられなくて...』
『母さんが謝る必要なんてないよ。悪いのは病気だ。母さんは悪くなんてない』
『......本当に貴方は優しい子ね。リヒトは、絶対に素敵な魔法使いになる。けどね......魔法は誰かを傷つける為には絶対に使ってはいけない。魔法は、便利な力だけど、凶器にもなり得るものなの。だからね、リヒト。魔法は、人を助けるために使いなさい』
瞬間、握っていた手に微かに力がこもった。
かと思えば、ニコリと母親は笑って____
『......リヒト。もう、貴方を守ってあげる事ができない。けど、どうかどうか……』
『かあ、さん...?』
離れていく手。
先程まで自分を見つめていた優しい眼差しも無い。何度何度呼んでも、返事は返ってこず、リヒトは脱力した。
何が魔法だ。
何の役にも立たないじゃないか。
その日以来、リヒトは魔法を使う事を辞めた。使えたとしても何の意味もない。そう実感したからだった。
そして母親を亡くした数日後のことだった。
何もする気がなくて……ただ、森の中を呆然と歩いていた。
これからどう生きていけばいいのか分からなくなった。
たった一人の家族を失った。
生きる意味を失ったのも同然だった。
足取りが重い。
行く宛てもどこにも無いが、ただただ歩いた。
母親と二人過ごしたあの家にいると涙が溢れてきてしまう。幸せだった空間だったはずなのに、今のリヒトにとっては苦痛でしかなかった。
だからただ歩いた。
心も身体も疲弊しきっているはずなのに。
そんな時だった。
『君、ここで一体何をしているんだ!』
『え……?』
初めて母親以外の人間と出会った。
男はリヒトを見るなり驚いた顔をしていたが、それはリヒトだって同じだった。
その男はケインと名乗った。
新米の騎士で、とある人を探して騎士団の他の騎士達と森に来たが、一人はぐれたと言う。
『僕、この森の奥に住んでいて……』
「森の奥に? 君一人でか?」
「……はい」
つい先日までは母と一緒に。
そう伝えようとも思ったが、辞めた。
彼は赤の他人だ。素直に伝える義理もないと思った。
しかし、ケインはリヒトの話を聞くなり、何か感じ取ったのだろう。
眉を下げ、表情を曇らせた。
『……もしかして君は、ミラーという女性の息子さんか?』
ミラー
それは確かに母の名前で、リヒトは目を見張った。そんなリヒトの反応に、ケインは「やはりか」と言葉を漏らした後、言葉を紡いだ。
『実は俺、ミラーさんを探してここに来たんだ』
話を聞けば、どうやらミラーの作った魔法薬……あれは病を治す特別な薬だったらしい。そしてそれのおかげで国王の命を難病から救ったらしい。
そして先日、王太子が同じ病を患い、病に伏せたという。それでまた同じ薬を求めてミラーを探しに来たという。
だが、もうミラーはこの世にはいない。
特別な薬を作れる魔法使いは、存在しないのだから。
それからケインはリヒトの家に通う様になった。幼い子どもを一人放っておくのが心配だったのだろう。
後にまさか王都に連れ出されるとも思わずに……。
それから、これも後に知ったことである。
母親と一緒に暮らしていたあの日々の中で人間と森で会わなかった理由は、母親が張った結界魔法のためであったこと。
魔法使いを狙う存在からリヒトを守るために施していたことを。
そしてそれは母親の死をきっかけに解除されてしまったこと。
__魔法は決して万能ではない。
解除の条件が揃ってしまえば、いとも簡単に解けてしまうのだ。
そう、正に今この瞬間も。
「プレセア、お前は騙されてる!そいつはお前の記憶を魔法で消したんだ! お前に近づくために! 目を覚ませ、プレセア!!」
「魔法? 記憶……? っ!!!」
突然プレセアに頭痛が襲った。
それも凄まじい程の痛みで、プレセアはその場に蹲る。
冷や汗が流れ始め、動悸が早くなる。
息が荒くなり初め、息も苦しくなってきた。
「私……私は、いやっ!!」
「プレセアさんっ!!」
一気に力が抜け、プレセアは崩れ落ちた。
ただ何となく母親の見様見真似で調合をしてみた。
効果は母親の作るものより劣ってはいたものの、効果は初めてにしては十分すぎるほどに発揮された。
母親には一人で調合なんて危険すぎると叱られてしまったものの、リヒトはすっかり魔法に魅了されてしまった。
それからは母親が調合する様子を眺めながら、時に母親から許可が下りたら一緒に調合をしたり、森に薬草を探しに出かけたりした。
魔法薬ができたらそれを倉庫に運ぶ。
倉庫がいっぱいになったと思ったら、翌朝にはその魔法薬達は姿を消す。
幼かったリヒトには、それが不思議で仕方なかったが、母親曰く「あれは特別な人のためのお薬なの」と話してくれた。
あの時、特にリヒトは気にも留めなかった。
寧ろこの世界には自分と母親以外にも人間がいるのか、と思った程だ。
なにせ彼は森の奥深くの小さな家で母親と二人暮らしをしていた。そんな辺鄙な場所に訪れる人などいなかったからだ。
それにリヒトが八歳を迎える頃には、倉庫がいっぱいになる事など無くなったからだ。
そしてリヒトが十の時、母親が突然病に伏せた。
日に日に弱っていく母親を見た時、幼いなりに母親とのお別れの日が近づいてきている事が分かった。
医学の心得など勿論なく、どうしたらいいのか分からず、リヒトは混乱した。
後に流行り病であった事を知ったが、できる限りの看病を行った。
病気というものは、全部魔法薬で治るばかりと思っていた。なにせいつも風邪を引いた時、母親が魔法薬を使って治してくれていたからだ。
その時、リヒトは知った。
魔法は万能では無い、と。
何の役にも立たないものだと。
『ねぇ、リヒト』
弱弱しい声で自分の名を呼ぶ母親。
リヒトは駆け寄り、伸ばされた白く遅い骨ばった手をそっと握った。
『ごめんね。貴方が大きくなる日まで、一緒にいてあげられなくて...』
『母さんが謝る必要なんてないよ。悪いのは病気だ。母さんは悪くなんてない』
『......本当に貴方は優しい子ね。リヒトは、絶対に素敵な魔法使いになる。けどね......魔法は誰かを傷つける為には絶対に使ってはいけない。魔法は、便利な力だけど、凶器にもなり得るものなの。だからね、リヒト。魔法は、人を助けるために使いなさい』
瞬間、握っていた手に微かに力がこもった。
かと思えば、ニコリと母親は笑って____
『......リヒト。もう、貴方を守ってあげる事ができない。けど、どうかどうか……』
『かあ、さん...?』
離れていく手。
先程まで自分を見つめていた優しい眼差しも無い。何度何度呼んでも、返事は返ってこず、リヒトは脱力した。
何が魔法だ。
何の役にも立たないじゃないか。
その日以来、リヒトは魔法を使う事を辞めた。使えたとしても何の意味もない。そう実感したからだった。
そして母親を亡くした数日後のことだった。
何もする気がなくて……ただ、森の中を呆然と歩いていた。
これからどう生きていけばいいのか分からなくなった。
たった一人の家族を失った。
生きる意味を失ったのも同然だった。
足取りが重い。
行く宛てもどこにも無いが、ただただ歩いた。
母親と二人過ごしたあの家にいると涙が溢れてきてしまう。幸せだった空間だったはずなのに、今のリヒトにとっては苦痛でしかなかった。
だからただ歩いた。
心も身体も疲弊しきっているはずなのに。
そんな時だった。
『君、ここで一体何をしているんだ!』
『え……?』
初めて母親以外の人間と出会った。
男はリヒトを見るなり驚いた顔をしていたが、それはリヒトだって同じだった。
その男はケインと名乗った。
新米の騎士で、とある人を探して騎士団の他の騎士達と森に来たが、一人はぐれたと言う。
『僕、この森の奥に住んでいて……』
「森の奥に? 君一人でか?」
「……はい」
つい先日までは母と一緒に。
そう伝えようとも思ったが、辞めた。
彼は赤の他人だ。素直に伝える義理もないと思った。
しかし、ケインはリヒトの話を聞くなり、何か感じ取ったのだろう。
眉を下げ、表情を曇らせた。
『……もしかして君は、ミラーという女性の息子さんか?』
ミラー
それは確かに母の名前で、リヒトは目を見張った。そんなリヒトの反応に、ケインは「やはりか」と言葉を漏らした後、言葉を紡いだ。
『実は俺、ミラーさんを探してここに来たんだ』
話を聞けば、どうやらミラーの作った魔法薬……あれは病を治す特別な薬だったらしい。そしてそれのおかげで国王の命を難病から救ったらしい。
そして先日、王太子が同じ病を患い、病に伏せたという。それでまた同じ薬を求めてミラーを探しに来たという。
だが、もうミラーはこの世にはいない。
特別な薬を作れる魔法使いは、存在しないのだから。
それからケインはリヒトの家に通う様になった。幼い子どもを一人放っておくのが心配だったのだろう。
後にまさか王都に連れ出されるとも思わずに……。
それから、これも後に知ったことである。
母親と一緒に暮らしていたあの日々の中で人間と森で会わなかった理由は、母親が張った結界魔法のためであったこと。
魔法使いを狙う存在からリヒトを守るために施していたことを。
そしてそれは母親の死をきっかけに解除されてしまったこと。
__魔法は決して万能ではない。
解除の条件が揃ってしまえば、いとも簡単に解けてしまうのだ。
そう、正に今この瞬間も。
「プレセア、お前は騙されてる!そいつはお前の記憶を魔法で消したんだ! お前に近づくために! 目を覚ませ、プレセア!!」
「魔法? 記憶……? っ!!!」
突然プレセアに頭痛が襲った。
それも凄まじい程の痛みで、プレセアはその場に蹲る。
冷や汗が流れ始め、動悸が早くなる。
息が荒くなり初め、息も苦しくなってきた。
「私……私は、いやっ!!」
「プレセアさんっ!!」
一気に力が抜け、プレセアは崩れ落ちた。
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