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障害編
14話【daily work】内科部長 西園寺 すみれ 42歳:「付き合いなさい」(藍原編)
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「藍原さん。来週のセミナーの件だけど、うちが当番教室でしょ? お弁当の手配とか、大丈夫? ……藍原さん。藍原さん?」
何度も名前を呼ばれて、はっとして椅子から飛び上がった。
「ハイッ、すみません、聞いてませんでした! 何の話でしたっけ」
医局のソファでくつろぎながら、西園寺先生が怪訝な顔をしてあたしを見る。
「……珍しいわね。いつも能天気な藍原さんが、悩みごと? 心ここにあらず」
「あ、す、すみません……ちょっと、疲れてて……」
適当にごまかす。本当のことなんて、いえるわけない。でも……。
西園寺先生が、キャスターつきの椅子に座り替えて、あたしの横にすすーっと滑ってきた。そして、耳元で囁く。
「……彼氏と、うまく行ってないの?」
だから、どうしてわかるんだろう、この人は。
……新條くんとは、あの日以降、気まずくて会ってない。すべてはあたしが煮え切らないせいだ。先輩とはもう会わないことにした。あれ以来、連絡だって来ない。でもあたしは、まだ新條くんの目を見て話せないでいる。ずっと、後ろめたいままだ。理由はわかってる。あたしが、新條くんだけを好きだっていう気持ちに、自信が持てないからだ……。
「……診療業務に支障が出ると、困るんだけど」
「あっ、それは、大丈夫です。ちゃんとやってます、病棟も外来も」
むしろ、仕事に集中できる時間が救いというか。今みたいに、ちょっとした合間に医局で休んだりしてると、すぐ神沢先輩と新條くんのことが頭に浮かんで、溜め息しか出なくなる。
西園寺先生がじーっとあたしを見つめてから、ぱちんと手を叩いた。
「決めた。あなた、今夜私に付き合いなさい」
「え……?」
西園寺先生が意味ありげな笑みを浮かべた。
「行きつけのお店があるの。付き合いなさい」
「えっと、それはあの、ふたりきりということでしょうか……」
「そうよ。あなたの悩み、ぜーんぶ聞いてあげる」
うわっ、やっぱりそういうことね。あたしのプライベートを酒の肴にして楽しもうって魂胆だわ。そしてあわよくばあたしをからかい倒して、そして……
「あ、あの、そのお店は、個室とかではないですよね……?」
「あら何、警戒してるの? 大丈夫よ、お店で襲ったりはしないから」
それは、お店じゃないところで、襲うということでしょうか……。こ、怖くて聞けないわ……。
ためらうあたしの心中を察してか、西園寺先生はびしっとあたしに人差し指を突き付けた。
「あなたに拒否権はないのよ。ほら、覚えてるでしょ? 私、あなたに、貸しふたつ、あったわよねえ?」
「そ、それをこんな形で行使しますか!?」
「うふふ。楽しい話が聞けそうだもの。それに、よーく考えてみなさい」
先生はまたずいっとあたしの耳元に顔を寄せた。
「あなたの悩み、私以外に相談できる相手がいて? あなたの体がどうしようもなくエロくて、恋愛に支障をきたしてるってこと、私しか知らないんでしょ……?」
ギクッとする。と同時に、ゾクッとする。
いけない、ついうっかり、先生の色っぽい囁き声に心臓が跳ねあがってしまったわ! こんなに真剣に悩んでるときですら、あたしの体はバカみたいに簡単に反応してしまう。もう、泣けるのを通り越して、呆れてくるわ。でも……。
西園寺先生の、いうとおりかもしれない。こんな悩み、ほかの誰にも相談できない。お店で食事する分には、先生に襲われることもないわけだし、警戒するほどのことでもないか……。
「じゃ、今夜7時に、病院前のタクシー乗り場で」
西園寺先生は軽やかな足取りで医局を出ていった。
何度も名前を呼ばれて、はっとして椅子から飛び上がった。
「ハイッ、すみません、聞いてませんでした! 何の話でしたっけ」
医局のソファでくつろぎながら、西園寺先生が怪訝な顔をしてあたしを見る。
「……珍しいわね。いつも能天気な藍原さんが、悩みごと? 心ここにあらず」
「あ、す、すみません……ちょっと、疲れてて……」
適当にごまかす。本当のことなんて、いえるわけない。でも……。
西園寺先生が、キャスターつきの椅子に座り替えて、あたしの横にすすーっと滑ってきた。そして、耳元で囁く。
「……彼氏と、うまく行ってないの?」
だから、どうしてわかるんだろう、この人は。
……新條くんとは、あの日以降、気まずくて会ってない。すべてはあたしが煮え切らないせいだ。先輩とはもう会わないことにした。あれ以来、連絡だって来ない。でもあたしは、まだ新條くんの目を見て話せないでいる。ずっと、後ろめたいままだ。理由はわかってる。あたしが、新條くんだけを好きだっていう気持ちに、自信が持てないからだ……。
「……診療業務に支障が出ると、困るんだけど」
「あっ、それは、大丈夫です。ちゃんとやってます、病棟も外来も」
むしろ、仕事に集中できる時間が救いというか。今みたいに、ちょっとした合間に医局で休んだりしてると、すぐ神沢先輩と新條くんのことが頭に浮かんで、溜め息しか出なくなる。
西園寺先生がじーっとあたしを見つめてから、ぱちんと手を叩いた。
「決めた。あなた、今夜私に付き合いなさい」
「え……?」
西園寺先生が意味ありげな笑みを浮かべた。
「行きつけのお店があるの。付き合いなさい」
「えっと、それはあの、ふたりきりということでしょうか……」
「そうよ。あなたの悩み、ぜーんぶ聞いてあげる」
うわっ、やっぱりそういうことね。あたしのプライベートを酒の肴にして楽しもうって魂胆だわ。そしてあわよくばあたしをからかい倒して、そして……
「あ、あの、そのお店は、個室とかではないですよね……?」
「あら何、警戒してるの? 大丈夫よ、お店で襲ったりはしないから」
それは、お店じゃないところで、襲うということでしょうか……。こ、怖くて聞けないわ……。
ためらうあたしの心中を察してか、西園寺先生はびしっとあたしに人差し指を突き付けた。
「あなたに拒否権はないのよ。ほら、覚えてるでしょ? 私、あなたに、貸しふたつ、あったわよねえ?」
「そ、それをこんな形で行使しますか!?」
「うふふ。楽しい話が聞けそうだもの。それに、よーく考えてみなさい」
先生はまたずいっとあたしの耳元に顔を寄せた。
「あなたの悩み、私以外に相談できる相手がいて? あなたの体がどうしようもなくエロくて、恋愛に支障をきたしてるってこと、私しか知らないんでしょ……?」
ギクッとする。と同時に、ゾクッとする。
いけない、ついうっかり、先生の色っぽい囁き声に心臓が跳ねあがってしまったわ! こんなに真剣に悩んでるときですら、あたしの体はバカみたいに簡単に反応してしまう。もう、泣けるのを通り越して、呆れてくるわ。でも……。
西園寺先生の、いうとおりかもしれない。こんな悩み、ほかの誰にも相談できない。お店で食事する分には、先生に襲われることもないわけだし、警戒するほどのことでもないか……。
「じゃ、今夜7時に、病院前のタクシー乗り場で」
西園寺先生は軽やかな足取りで医局を出ていった。
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