妄想女医・藍原香織の診察室

Piggy

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妄想編

25話【off duty】 新條 浩平 20歳:自宅前(藍原編)

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 フフフフ~ン。フッフフ~ン。今ごろ楓ちゃん、うまくやってるかしら? 
 タクシーで無事うちについて……ふたりを酔わそうと思ったら、うっかり夜中になっちゃったわよ。ほろ酔い気分で~、計画通りで~、何だか楽しいわ、今夜は……。

 ガチャ。

 ん?

 ガチャ、ガチャ。

 ……あれれ? おうちの鍵が開かない。どうして?
 ドアノブを回してガタガタと引っ張ってみる。やっぱり開かない。なんで? あたしがいない間に、誰かが鍵を変えた!? 大家さんかしら!? す、ストーカーとか!?
 そのとき。ガチャン! と突然音がして、ドアが開いた。中から、ひょろっとした若い男の子が出てくる。

「……え!?」

 ななな、なに!? どういうこと!? 何であたしの家に、知らない男がいるの!?
 一気に酔いが醒める。

「……き……きゃああ――!」

 思わず悲鳴を上げたあたしの口を、あわてて男の人が押さえた。やだっ、あたし、襲われる!?

「んんんー、んんっ!」

 大きな手で鼻まで覆われて息ができない。だ、誰か……!

「ちょ、ちょっと! 急に悲鳴なんてあげないでくださいよ、俺が不審者みたいじゃないですか!」

 男の人が、妙に丁寧ないい方で、小声でいってきた。え、なに、不審者じゃないの!?

「勝手に人んちに入ってこようとして、あなたのほうが不審者じゃないですか」

 じたばたともがくあたしに、続けてそういう。……え、あたしが不審者? 人んちって、ここ、あたしンち……。あれ……あれれ?
 よくよく見ると。開け放たれたドアの奥に見える風景は、あたしの部屋じゃない。黒いカーテンとパイプベッドがあって、床は紙くずやらポテチの袋やら、散らかり放題。

「手、離すけど、さ、叫ばないでくださいね?」

 おずおずといった感じで男性がいう。あたしがうなずくと、やっと手が口から離れた。

「あ……あれ? ここ、あたしの部屋じゃ……?」
「ここ、俺んちですよ。3か月前から」
「え」
「部屋、間違えてません?」
「……あ」

 隣の部屋と見比べて、自分の間違いに気づく。う……うわー、やっちゃった! やっちゃったわよ、あたし! まさかの、部屋間違い! やだ、あたし、隣のおうちの鍵を開けようとしてたわけ!? 信じられない、ちょっといい気分で酔っぱらってたからって、こんな大失態!

「すすす、すみませんでした! こんな夜中に、不審者みたく、ホントすみませんっっ!」

 土下座してひたすら謝る。

「ははは、いいですよー。俺もまだ起きてましたし。泥棒かと思ってびっくりしましたけど」

 男性はニコニコ笑ってる。ああ、お隣さんがいい人で本当によかった……。
 半分涙目で見上げる。ほら、アパートなんて、誰も表札つけてないから、誰の部屋とかわからないし、生活時間が違うのか、お隣さんと会ったことなんて一度もなかったから、まさかこんな若い男性が隣に住んでるなんて、夢にも……。ん……? この人、どこかで見たことあるような……?

「……あれ」

 男性のほうも、あたしの顔をまじまじと見て、真剣な表情になる。

「……もしかして、先生ですか? 藍原先生」
「え」

 なんで、あたしの名前知ってるの……? しかも先生って……医者ってことも知ってるの? 医学部の後輩かな? 誰だっけ……?

「えっと、あの……あなたは……」

 うう、どうしても思い出せない。

「俺、新條です。新條浩平。以前、先生にお世話になりました」
「え」

 か、患者さん!? うっそ、隣の人が患者さんだったなんて。

「そそそ、そうでしたか!? す、すみません、よく覚えていなくて、あの、いつお会いしましたっけ、何でいらっしゃいました?」

 やばい、一気に医者モードにモードチェンジ。新條くんはうっすらと頬を赤らめた。

「あの、2週間くらい前に、……痔で」

 じ? ジ? ……痔! ああ、思い出した! あの子か!

「あああっ、そうでしたね! どうですか、その後、調子のほうは!?」
「あ、おかげさまで、すごく調子いいです」

 ああやばい、あたし今、挙動不審かしら? なんだってこんな、真夜中のアパートの共用廊下で、痔の話なんかしてるの!? ああでも、患者さんを前にすると医者モードになってしまうこのさが……しょうがないのよ、プライベートと仕事は分けてるんだから。……て、今は、どっちなの? プライベート? 仕事? ああ、もうよくわかんない。

「お、お酒も控えてます? 飲みすぎたら次は救急搬送じゃ済まないかもしれませんよ」
「あ、大丈夫です。……なんだか感激です、先生にそこまで覚えていてもらって」

 照れたように頭をかく新條くん。

「先生、今までお仕事だったんですか? お疲れ様です。俺、先生が隣に住んでるなんて全然知りませんでした」
「そりゃもう、私もですよ! そりゃもう本当に、びっくりしました。真夜中にホント、失礼しました。あの、以後、気をつけますので、あの、失礼します、ハイ。あの、お大事にしてください」

 ペコぺコと頭を下げまくって、後ずさりするように自分の部屋の鍵を開ける。

「おやすみなさい」

 新條くんが笑顔でお辞儀してくれた。

「お、おやすみなさい」

 急いでドアを閉めて、鍵をかける。
 ……うわー、やっちゃったなあ。それにまさか、隣が新條くんだったなんて……。うう、なんだかいやだなあ、仕事とプライベートは分けたいのに。隣に見知った患者さんがいるかと思うと、おちおちノーメイクでコンビニに行ったり寝巻でゴミ出ししたりとか、できないじゃないの……。そんな無防備なとこ、見られたくないし。友達とか未来の彼氏とか、家に入れたりするのも、見られたらいやだし……。こうなると、生活音とかも、気になるわよね。変な物音を聞かれてないかとか。家にいるか留守なのか、壁越しにわかっちゃうとか。まいったなあ。……引っ越し、しようかなあ……。でもこのアパート、家賃安いし、大家さんいい人だし、研修医のときからお世話になってるから離れたくないし。
 新條くん、3か月前から住んでるっていってたなあ。確か、救外に来たときは新歓コンパで飲まされたっていってたから、大学に受かって上京してきた感じなのかな? ……はあ、まいったわ。とにかく、お隣さんとはあまり、関わらないようにしなきゃ……。
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