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しおりを挟む「ありがとうございました」
そう言って、私は檻の隙間から革袋を差し出した。
「どういたしまして」
ニッコリと微笑んで、彼はそれを受け取る。フードが邪魔でよくは見えないけれど。
その奥にある姿はどうなのだろう。恩人の姿を顔をよく見たくて、思わず体が前のめりになる。けれどそれでも隠されたままの様子に、何か事情があるのかもしれないと、これ以上は無礼になると身を引いた。
そんな私の様をクスリと笑って、彼は口を開いた。
「こんな狭い檻にか弱い女性を閉じ込めるなんて……この国は酷い事をするね」
ああ、彼はやはり旅人なのだと納得する。察するに来たばかりなのか。瞬く間に国中に広まった事件を、彼はまだ知らないと見える。
知ってしまったら……きっとこんな施しはしてくれなかっただろう。
悲しみが込み上げるが、私はギュッと唇を噛んで耐えた。
「私は……聖女を虐げた魔女ですので……」
消えるような声で言う。
けれど言わなければ。
そうでなければ、彼は私を同情し続けるだろう。
だが今そんなことをしようものなら、魔女を助けた罪に問われてしまう。
だから敢えて伝えた。伝えて、もう立ち去ってくれと願って。恩人を罪人にしたくなくて、伝えた。
私の言葉に息を呑む気配がした。
「魔女?きみが?」
驚愕の響きがこもった声に、知らず俯きギュッと手を握りしめた。無言で私は頷く。
しばしの沈黙。ややあって、靴音が耳に届く。
遠ざかる足音──そう思ったのに、それはなぜか近づいてくるようで。
フワリと優しい香がした。
そして頬に触れる温かな手の感触。
驚いて顔を上げれば。目の前には黄金の輝き。
檻の前すれすれにまでその人は近付き、手を伸ばして私の頬に触れてきたのだ。
「な、にを……」
こんな所を誰かに見られたら大変だ。
そう思うのに、体が動かなかった。
頬に触れる手がとても優しかったから……涙が出そうになるくらい、その瞳が優しさに溢れていたから。
「私にはそうは見えないな、キミが魔女なんて。こんなにも美しい瞳を、私は見た事がないよ」
そう言って、彼は微笑んだ。
「キミが魔女だなんてきっと何かの間違いだよ。私はキミを信じる」
その場しのぎの慰めなのかもしれない。
けれどその言葉は確かに私の心に響き。知らず、涙がこぼれた。先ほどの悲しみのそれではなく、嬉しくて。
「大丈夫」
涙を指ですくって、彼は手を離した。
「きっと大丈夫。キミは、必ず幸せになれる」
なんと嬉しい言葉か。これからこの身に起こる事を考えれば有り得ぬ話。けれど傷ついた今の私の心には、とてつもなく響いた。
彼がもう一度ニッコリと微笑んだその瞬間──
ザア……!
強い風が吹いた。
目も開けてられないほどのその風に、思わずギュッと目を閉じて。
そして開いたその時には……
「!?」
もう、彼はどこにも居なかった。
まるで風に攫われたかのように……風そのもののように。目を閉じたのは一瞬。その一瞬のうちに姿を消したのだ。
幻だったのかもしれない。
現実逃避が見せる白昼夢だったのかもしれない。
それでも私は忘れられなかった。
美しき金の瞳を持った彼を。
風が吹いた瞬間。目を閉じる直前。一瞬だったがフードがはだけて見えた……その、銀髪を。
それは私の目に焼き付いて、消える事は無かった。
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