王子を助けたのは妹だと勘違いされた令嬢は人魚姫の嘆きを知る

リオール

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 ゴボゴボと泡の音だけが耳につく。勢いよく入ったせいか無数の泡で視界が遮られる。

 私の手を握ったままのメリッサがもがいてるのが分かり、それが余計に泡立ててしまって。

 落ち着いていれば泡が上に向かう方が水面だと分かるのだけど、暴れるメリッサのせいで泡の方向が定まらず、それも不可能となる。着くはずの足は、プールの底は、まるで存在しないかのように感じる事がない。

 纏わり付く服のせいで思うように手足が動かせない。そうでなくても片手はメリッサに掴まれたまま。泳ぐことが出来ない。

 大きく息を吸って水に入ったわけではないので、肺の酸素はすぐに尽きた。

 苦しみの中で、私はどこか別世界のようだと感じていた。

 泡が、生きてるようだ。
 ひょっとして私はこのまま泡のように消えるのかもしれないと思った。

 まるで物語の人魚姫のように──

 それもいいと思った。
 あの日、最初に罪を犯したのは誰あろう私なのだから。

 溺れた王子を助け、けれど最後まで面倒見ないで妹に押し付けた。
 怒られるのが恐くて真実を隠した。
 妹が大切だと自分に言い聞かせ、自分の恋心に蓋をした。
 恋に狂っていく妹を止められなかった。

 ずっとずっと苦しかった。
 真実を隠しておきながら、その罪に耐えられなかった。

 そして真実に王子が辿り着いた時。心底安堵したんだ。

 自分だけ、安堵した。

 王子は傷ついた事だろう。悲しかった事だろう。

 王子が真実に辿り着いた事を妹は知らずにこの数日を過ごした。王子が知ってしまった事を黙っていた私を、妹はずっと恨むだろう。
 それも罪。
 やっぱり黙っていた私の罪。妹が烈火の如く怒りを爆発させるのが恐ろしくて。

 嫌われたくなかったんだ。
 結局、私は自分可愛さに動いていたんだ。

 王子が大切で。
 妹が大切で。

 そんな言い訳をしながら、つまるところは自分が大事だっただけ。

 そんな罪深い私は、このまま泡となって消えるのが相応しいのかもしれない。

 最後まで真実を隠して泡となった芯の強い人魚姫は、私にはなんと遠い存在なことか──

「私は、人魚姫にはなれないわ……」

 水の中で話せるわけもなく。
 声に出てるわけでもないけれど、口だけを動かした私の呟き。

 知られたくない。
 知って欲しい。

 その罪の重さに耐えられず逃げ続けた私の人生は。

 ここで終わるのかな。

 と、その時だった。
 いつの間にかメリッサの手が外れていた腕を。
 誰かが掴む。

 掴まれ、グイと引き寄せられ。

 唇に触れる柔らかい感触。
 入ってくる酸素に、飛びかけた意識が戻る。

 次いで、体が一気に浮上するのを感じた。



ザ……!



 再びの水音と共に感じる陽の光。
 水上に出たのだと、感じた。

「……は……ごほっごほっ!?」

 一気に肺に酸素が満たされ、その苦しさにむせる。
 そんな私を抱きしめる存在に気付いて、私は顔を上げた。

 ギリギリ足がつくかどうかの私と違って、随分余裕のあるその人は。私の両脇に腕を通し、私を抱きかかえるようにして。

 紺碧の髪から水を滴らせ、紫紺の目を細めて私を見つめていた。

「ア……ンドリュー、様……」
「大丈夫?」

 そう言って、彼は心配そうに私の顔を覗き込むのだった。
 どうやら彼が助けてくれたようだ。

「え、え……ええっと?」

 抱きかかえられ、足が地面に付かない事を心もとなく思い、居心地悪く彼の顔を見上げる。
 制服のせいで泳ぐのは難しいけれど、落ち着いた今ならどうにか歩いていけそうだ。だから降ろして欲しい。そう言えば。

「え、身長ギリギリでしょ?危ないし、俺が連れってあげるよ」
「や、いえ……そこまでしていただかなくても」

 いいんですけど。
 そう言いかけた口は動かせなかった。

 なぜってアンドリュー様の口で塞がれてしまったから。

「!?!?!?!?!?」
「あれ、まだ酸素不足なのかと思ったんだけど、違った?」
「どこをどう見れば!?」

 そう見えるんですか!?

 反論しようにも突然のことすぎて声にならない。
 口をパクパクさせていたら

「ん?まだ酸素不足かな?もう少し空気あげようか?」
「えええ!いや、結構です、大丈夫です、もう頭ハッキリしてます!」
「まあそう言わずに」

 人の話聞いてます!?

 その叫びも、またも落とされる唇によって、遮られてしまうのだった──



「死なせないから」
「?」

 ようやく唇が解放された私は、もう抵抗する力も無くなり。クタリとアンドリュー様に体を預ける形になっていた。

 そんな私にポツリと呟くように言う。

「あの日、俺は後悔したんだ。エドを一人にしたことを……」
「……」
「あんな思いはもうたくさんだ。俺は二度と大切な人を危険な目に合わせたりはしない。俺が守る……キミのことは俺が守る」

 離さないから。
 そう言って、アンドリュー様は私を抱き締める力を強くする。

 強く、強く……

 私は何と言えばいいのか分からず。
 今にも生まれ出そうな、甘くむず痒い感情に戸惑って。
 彼を無言で抱き締め返した。

 そうやって、水の冷たさを思い出すまで、私達は抱き締め合っていたのだった。


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