24 / 27
23、
しおりを挟むゴボゴボと泡の音だけが耳につく。勢いよく入ったせいか無数の泡で視界が遮られる。
私の手を握ったままのメリッサがもがいてるのが分かり、それが余計に泡立ててしまって。
落ち着いていれば泡が上に向かう方が水面だと分かるのだけど、暴れるメリッサのせいで泡の方向が定まらず、それも不可能となる。着くはずの足は、プールの底は、まるで存在しないかのように感じる事がない。
纏わり付く服のせいで思うように手足が動かせない。そうでなくても片手はメリッサに掴まれたまま。泳ぐことが出来ない。
大きく息を吸って水に入ったわけではないので、肺の酸素はすぐに尽きた。
苦しみの中で、私はどこか別世界のようだと感じていた。
泡が、生きてるようだ。
ひょっとして私はこのまま泡のように消えるのかもしれないと思った。
まるで物語の人魚姫のように──
それもいいと思った。
あの日、最初に罪を犯したのは誰あろう私なのだから。
溺れた王子を助け、けれど最後まで面倒見ないで妹に押し付けた。
怒られるのが恐くて真実を隠した。
妹が大切だと自分に言い聞かせ、自分の恋心に蓋をした。
恋に狂っていく妹を止められなかった。
ずっとずっと苦しかった。
真実を隠しておきながら、その罪に耐えられなかった。
そして真実に王子が辿り着いた時。心底安堵したんだ。
自分だけ、安堵した。
王子は傷ついた事だろう。悲しかった事だろう。
王子が真実に辿り着いた事を妹は知らずにこの数日を過ごした。王子が知ってしまった事を黙っていた私を、妹はずっと恨むだろう。
それも罪。
やっぱり黙っていた私の罪。妹が烈火の如く怒りを爆発させるのが恐ろしくて。
嫌われたくなかったんだ。
結局、私は自分可愛さに動いていたんだ。
王子が大切で。
妹が大切で。
そんな言い訳をしながら、つまるところは自分が大事だっただけ。
そんな罪深い私は、このまま泡となって消えるのが相応しいのかもしれない。
最後まで真実を隠して泡となった芯の強い人魚姫は、私にはなんと遠い存在なことか──
「私は、人魚姫にはなれないわ……」
水の中で話せるわけもなく。
声に出てるわけでもないけれど、口だけを動かした私の呟き。
知られたくない。
知って欲しい。
その罪の重さに耐えられず逃げ続けた私の人生は。
ここで終わるのかな。
と、その時だった。
いつの間にかメリッサの手が外れていた腕を。
誰かが掴む。
掴まれ、グイと引き寄せられ。
唇に触れる柔らかい感触。
入ってくる酸素に、飛びかけた意識が戻る。
次いで、体が一気に浮上するのを感じた。
ザ……!
再びの水音と共に感じる陽の光。
水上に出たのだと、感じた。
「……は……ごほっごほっ!?」
一気に肺に酸素が満たされ、その苦しさにむせる。
そんな私を抱きしめる存在に気付いて、私は顔を上げた。
ギリギリ足がつくかどうかの私と違って、随分余裕のあるその人は。私の両脇に腕を通し、私を抱きかかえるようにして。
紺碧の髪から水を滴らせ、紫紺の目を細めて私を見つめていた。
「ア……ンドリュー、様……」
「大丈夫?」
そう言って、彼は心配そうに私の顔を覗き込むのだった。
どうやら彼が助けてくれたようだ。
「え、え……ええっと?」
抱きかかえられ、足が地面に付かない事を心もとなく思い、居心地悪く彼の顔を見上げる。
制服のせいで泳ぐのは難しいけれど、落ち着いた今ならどうにか歩いていけそうだ。だから降ろして欲しい。そう言えば。
「え、身長ギリギリでしょ?危ないし、俺が連れってあげるよ」
「や、いえ……そこまでしていただかなくても」
いいんですけど。
そう言いかけた口は動かせなかった。
なぜってアンドリュー様の口で塞がれてしまったから。
「!?!?!?!?!?」
「あれ、まだ酸素不足なのかと思ったんだけど、違った?」
「どこをどう見れば!?」
そう見えるんですか!?
反論しようにも突然のことすぎて声にならない。
口をパクパクさせていたら
「ん?まだ酸素不足かな?もう少し空気あげようか?」
「えええ!いや、結構です、大丈夫です、もう頭ハッキリしてます!」
「まあそう言わずに」
人の話聞いてます!?
その叫びも、またも落とされる唇によって、遮られてしまうのだった──
「死なせないから」
「?」
ようやく唇が解放された私は、もう抵抗する力も無くなり。クタリとアンドリュー様に体を預ける形になっていた。
そんな私にポツリと呟くように言う。
「あの日、俺は後悔したんだ。エドを一人にしたことを……」
「……」
「あんな思いはもうたくさんだ。俺は二度と大切な人を危険な目に合わせたりはしない。俺が守る……キミのことは俺が守る」
離さないから。
そう言って、アンドリュー様は私を抱き締める力を強くする。
強く、強く……
私は何と言えばいいのか分からず。
今にも生まれ出そうな、甘くむず痒い感情に戸惑って。
彼を無言で抱き締め返した。
そうやって、水の冷たさを思い出すまで、私達は抱き締め合っていたのだった。
87
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?
いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー
これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。
「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」
「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」
冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。
あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。
ショックで熱をだし寝込むこと1週間。
目覚めると夫がなぜか豹変していて…!?
「君から話し掛けてくれないのか?」
「もう君が隣にいないのは考えられない」
無口不器用夫×優しい鈍感妻
すれ違いから始まる両片思いストーリー
愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました
海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」
「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」
「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」
貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・?
何故、私を愛するふりをするのですか?
[登場人物]
セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。
×
ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。
リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。
アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?
幼馴染と夫の衝撃告白に号泣「僕たちは愛し合っている」王子兄弟の関係に私の入る隙間がない!
佐藤 美奈
恋愛
「僕たちは愛し合っているんだ!」
突然、夫に言われた。アメリアは第一子を出産したばかりなのに……。
アメリア公爵令嬢はレオナルド王太子と結婚して、アメリアは王太子妃になった。
アメリアの幼馴染のウィリアム。アメリアの夫はレオナルド。二人は兄弟王子。
二人は、仲が良い兄弟だと思っていたけど予想以上だった。二人の親密さに、私は入る隙間がなさそうだと思っていたら本当になかったなんて……。
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
短編 一人目の婚約者を姉に、二人目の婚約者を妹に取られたので、猫と余生を過ごすことに決めました
朝陽千早
恋愛
二度の婚約破棄を経験し、すべてに疲れ果てた貴族令嬢ミゼリアは、山奥の屋敷に一人籠もることを決める。唯一の話し相手は、偶然出会った傷ついた猫・シエラル。静かな日々の中で、ミゼリアの凍った心は少しずつほぐれていった。
ある日、負傷した青年・セスを屋敷に迎え入れたことから、彼女の生活は少しずつ変化していく。過去に傷ついた二人と一匹の、不器用で温かな共同生活。しかし、セスはある日、何も告げず姿を消す──
「また、大切な人に置いていかれた」
残された手紙と金貨。揺れる感情と決意の中、ミゼリアはもう一度、失ったものを取り戻すため立ち上がる。
これは、孤独と再生、そして静かな愛を描いた物語。
【完結】小さなマリーは僕の物
miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。
彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。
しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。
※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)
母が病気で亡くなり父と継母と義姉に虐げられる。幼馴染の王子に溺愛され結婚相手に選ばれたら家族の態度が変わった。
佐藤 美奈
恋愛
最愛の母モニカかが病気で生涯を終える。娘の公爵令嬢アイシャは母との約束を守り、あたたかい思いやりの心を持つ子に育った。
そんな中、父ジェラールが再婚する。継母のバーバラは美しい顔をしていますが性格は悪く、娘のルージュも見た目は可愛いですが性格はひどいものでした。
バーバラと義姉は意地のわるそうな薄笑いを浮かべて、アイシャを虐げるようになる。肉親の父も助けてくれなくて実子のアイシャに冷たい視線を向け始める。
逆に継母の連れ子には甘い顔を見せて溺愛ぶりは常軌を逸していた。
姉の婚約者に愛人になれと言われたので、母に助けてと相談したら衝撃を受ける。
佐藤 美奈
恋愛
男爵令嬢のイリスは貧乏な家庭。学園に通いながら働いて学費を稼ぐ決意をするほど。
そんな時に姉のミシェルと婚約している伯爵令息のキースが来訪する。
キースは母に頼まれて学費の資金を援助すると申し出てくれました。
でもそれには条件があると言いイリスに愛人になれと迫るのです。
最近母の様子もおかしい?父以外の男性の影を匂わせる。何かと理由をつけて出かける母。
誰かと会う約束があったかもしれない……しかし現実は残酷で母がある男性から溺愛されている事実を知る。
「お母様!そんな最低な男に騙されないで!正気に戻ってください!」娘の悲痛な叫びも母の耳に入らない。
男性に恋をして心を奪われ、穏やかでいつも優しい性格の母が変わってしまった。
今まで大切に積み上げてきた家族の絆が崩れる。母は可愛い二人の娘から嫌われてでも父と離婚して彼と結婚すると言う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる