61 / 71
60話:ギルドマスター
しおりを挟む
その姿を見た俺は、一目で苦手な相手だと感じた。
物腰は柔らかく、笑みからも穏やかな性格を伺えるが、同時に本心を隠すことに長けているような印象を受けた。
こういった相手は大抵、迂遠な言い回しをしてくる上に、こちらのふとした言葉を目ざとく取り上げては、何かと要求や約束事を取り付けてくるから苦手だ。
「お会いできて光栄ですモルテインさん。私はロスウェル子爵家の娘フィリア・ロスウェルと申します」
「これはこれは。こちらこそ、お会いできて光栄です。ああ、ブライトリスさんは数日ぶりですね。まさかご一緒だとは思いませんでした」
ブライトリス? 一瞬疑問を抱いたが、すぐにリアナが反応したことで、彼女の名字であることを理解した。今まで大して興味がなかったから気にもしなかったが、いざ名字を聞くと違和感を感じるな。
「前会った時に一回しか名乗っていないのに、よく覚えていたわね? 覚えてくれたのはありがたいんだけど、名字で呼ばれるの慣れてないからリアナって呼んでちょうだい。冒険者カードにも名前だけで登録しているし」
「これは失礼。冒険者は名字まで登録する人は存外少ないのでね。そしてあなたは――」
「……アゼルだ」
「アゼルさん、ですね。失礼ですが、そちらは名字ですか?」
「……それ、言う必要があるか?」
少し挑発的に返してみたが、統括者は表情を崩すことなく微笑むだけだった。ちょっとした探りを入れるための言葉だったが、統括者は特に気を悪くした様子はない。ただ無言で、俺の次の言葉を待っている。
しばらく黙ってみたが一向に次の言葉を発さないのを見て、俺はしぶしぶ質問に答えた。
「……名前だ。姓はノクス――アゼル・ノクスだ」
俺がそう名乗ると、統括者は満足げに笑みを深めた。
「はじめまして、ノクスさん。今話題の冒険者にお会いできて大変光栄です」
……昨日の試合のことを言っているのだろうか。まさか冒険者協会のトップの耳にまで届いているとは、一体どれほどの噂になっているのだか。
「さあさあ、立ち話もなんですし、どうぞそちらに腰を掛けてください。今紅茶をお入れしますね」
そう言う統括者に促されるまま、俺たちはソファに腰を下ろす。
ふむ、領主様の屋敷で見た物よりかはやや劣るが、よく手入れされており、座り心地も程良い。
周りの調度品もそれなりに高価な物を揃えていることから、この部屋が貴重な客を招くための重要な応接室であることが伺えた。
「さて――なにやら特定個人の情報をお求めとお聞きしましたが?」
俺たち三人分の紅茶を淹れた統括者は、対面に座るなり本題に入った。
「はい。Bランク冒険者のコーネルさんのことを調べておりまして。既にご存じとは思いますが、彼は我が家が依頼したお仕事の途中で、非常に身勝手な理由から持ち場を離れ、そのまま失踪しました。幸い、依頼そのものはこちらのリアナさんとCランク冒険者のカイルさん、エマさんによって解決されたのですが、なにぶんお仕事中は我が家で宿泊していただいていたので、彼が我が家に関わる重大な機密を持っている可能性があります。ああ、もちろんあくまで可能性ではあります。宿泊は我が家の善意からであり、また冒険者の皆様には依頼を途中放棄する権利がございますが、放置するにはいささか不安が残るかと……冒険者協会の方でなにか手がかりを得られないかと思い、こうして尋ねさせていただきました」
フィリアが非常に丁寧な言葉使いで、長々と説明を始める。
しかし悲しいかな。隣で聞いていた俺の脳は早くも飽きが来たようで、フィリアの言った言葉が左から右へと通り抜けているのがわかる。
顔を動かさず視線をフィリアの反対側へ向けると、リアナもどこか遠い目をして右から左へ聞き流しているのがわかる。
おそらく何らかの意味があってこんな風に迂遠な言い回しをしているのだと思うのだが、おかげで何を言いたいのかよくわからない。
ただ、わからないのは俺達だけのようで、言葉を向けられている統括者はどこか作り物めいた困り顔を浮かべて答える。
「我々が派遣した人員がご迷惑をおかけしたようで、誠に申し訳ございません。こちらとしても、まさかBランクの冒険者が途中で任務を放棄するとは考えてはおりませんでした。しかし、フィリア様。既に冒険者の一員としていくつかの依頼を受けたことでおわかりかもしれませんが、そういった問題はあくまで冒険者と依頼人の間に発生したことでございます。我々冒険者協会は、あくまで依頼人と冒険者を繋ぐ仲介機関です。加えて今回のご依頼は、詳しい調査内容や報酬の受け渡しに至るまで、すべてそちらで行われています。こういった形態の依頼は貴族の方に限らず、市井の方からの依頼にもございますが、こういった形態は問題も発生がしやすいものでして。非常に申し訳難いのですが、協会としては対処しかねるのです」
「あら、どうやら誤解させてしまったようですね。我が家としては冒険者協会への責任を追及するつもりは毛頭ございませんわ。結果として当初の依頼は達成されましたし、依頼を受けて村に来てくださった冒険者のお三方には、突発的に発生してしまった問題にも対処してくださいました。彼女たちを派遣してくださった冒険者協会には私も父も、そして村の者も感謝しております。コーネルさんとの間に発生した問題とその責任の所在についても、重々承知しておりますわ」
「それを聞いて、安心しました――」
「ですが。先も申し上げた通り、我が家の機密を掴んでいる可能性があるのもまた事実。放置するわけにはいかないと、どうかご理解くださいまし。とは言え、何も捜査に協力しろとは申しません。ただ、彼がどこへ行ったのかを掴めるだけの手がかり、ひいては彼の出身と普段活動していた場所の情報を教えて欲しいのです。それさえあれば、こちらとしても最低限足取りを掴めると思いますので。まさか、それすら協力できないなんてことありませんよね?」
フィリアと統括者は互いに笑顔を崩さないまま、言葉の応酬を繰り広げる。その言葉はとても丁寧で、礼節を尽くしているようだが、口調とは裏腹にどこか冷たく無機質にも感じる。
フィリアのこういった姿を見るのは初めてだが、こういったやり取り自体は前世で少し見たことがある。それも、グラディア帝国の宮殿で開かれたパーティーの門の警備をしていた時に遠目で見聞きした程度のものだ。
俺とリアナは途中から完全に理解するのを諦め、ぼーっと虚空を眺めるか視線を動かして調度品を眺めるかして、ともすれば眠りに落ちていきそうな思考を懸命に誤魔化している。
「フィリア様のおっしゃる通りです。もし本当にコーネルが機密情報を盗んで逃亡し、それをみだりに流布したのならこの国に存在する冒険者協会全体の信用にも関わってしまいます。それが本当であれば、ですが」
「あら。お疑いになられるので?」
「いえいえ、滅相もありません。そちらのリアナさんにたちの証言もありますし、コーネルが任務の途中で逃亡したのは事実でしょう。ですからこうしましょう。コーネルが冒険者である以上、必ずどこかの冒険者協会の建物で仕事を探すはずです。既に彼の個人実績にはロスウェル子爵様からの依頼の途中で任務を放棄した旨と、その違約金を支払っていないという旨が記録されており、その記録は世界中の冒険者協会に広まっております。もちろん彼が正しく違約金を支払えば、また次の依頼を受けることができますが、今回重要なのはそこではありません。彼がどこかの協会の建物に現れたら、すぐにロスウェル子爵家にお知らせいたします。より確かな証拠と法的に正当な理由があれば、協会側で彼の身柄を拘束することもできます。どうでしょう? これならばフィリア様も安心できるのではありませんか?」
「……それは」
……ん? フィリアが言葉に詰まったな? よし、眠りかけていた頭を働かせてさっきの会話を思い出してみよう。
フィリアの要求は、コーネルが活動していた場所の情報を開示しろということ。
うん。フィリアは「我が家の機密」という言葉を度々使っていたようだが、おそらくこれは統括者からの追求を避けるためだろう。機密という言葉を使えば、事情を細かく追及するのは失礼に当たるもんな。上手い事やりやがる。
だがそれに対し、統括者は個人情報の提示の代わりに世界中の冒険者協会の協力してコーネルを捕縛するという、聞きようによっては破格の提案をしてきた。
統括者の言葉を全面的に信じるならば――と言うか、奴の発言には嘘を吐いた者特有の嫌な臭いがしなかったから、おそらくこの発言自体はすべて本当だろうし反故にすることもないだろう――既にコーネルの業績には「貴族からの依頼を途中放棄した」という、大きすぎる瑕疵がついて世界中に伝わっていることになる。この数日でそれが可能なのかという疑問はあるが、冒険者協会の設備には俺の知らない魔道具がいくつもあったから、不可能と断じることもできない。
この提案により表面上では、俺たち側の要求は完全にクリアしたことになる。ただひとつの問題――コーネルが既に死んでいるという点を除けば。
「おや? あまり嬉しそうな様子ではありませんね。何か問題が?」
フィリア、もしくは俺かリアナの顔に出ていたのか、こちらの不都合を察知して統括者が疑問を投げかける。
「非常に有難い提案ですが、なにも冒険者協会の皆様にそこまでしてもらう必要は……先ほどモルテインさんが仰ったとおり、この問題が我が家とコーネルさん個人の間で起こったことです。ここだけならばともかく、冒険者協会全体を巻き込むわけには……」
「ははは、何をおっしゃいますか。それこそ先ほど私が言った通り、これは冒険者協会全体の信用に関わる問題でもあります。真偽はともかくとして、我々としても内部に犯罪者が紛れている可能性があるのならば、早急にその芽を摘んでおかなければなりません。それとも――全体に流布されて困るような事情があるとでも?」
「それは……」
おっと、これはマズそうだな。この一瞬のやり取りで、一気にフィリアの立場が不利になった。
こちらに後ろ暗いことは何ひとつ無いのだが、その事情を説明するには領主様の許可が必要になる。
そもそも俺たちがここに居るこの状況はフィリアの独断によるものが大きい。フィリアが領主様からどこまでの権限を持たされたか、あるいは持たされていないかは知らないが、勝手にロスウェル家まで巻き込んだとしたら、このままでは少し問題が生じる。
統括者の提案が実行されたらロスウェル家の国に対する信用に傷が入り、少しの問題では済まなくなってしまうだろう。
そもそもの話として、俺たちが欲しいのはコーネル自身のことではなく、血追いの徒の情報なのだ。こんなところで、しかも既に死んだ人間が原因で話を拗らせたくない。
つーか、面倒臭くなってきたな……よし。
「つまらん腹芸はもう止めにしないか? 回りくどいったらありゃしねえ」
自分の目の前に用意された紅茶を一気に飲み干して喉を潤すと、俺はこれまでの流れを断ち切るように言葉を発した。
唐突に乱暴に言葉を発した俺に、統括者もフィリアも驚いた様子を見せる。
「……ほう?」
「ちょっと、アゼルっ」
フィリアが焦ったように俺の名前を呼んだが、悪いが俺に止まる気持ちはない。
「この際はっきり言うが、俺たちが知りたいのはコーネルがどこに居るかではなく、どこから来て何をしていたか、だ。奴本人に関しては既にどうでもいい」
「……これはおかしな話ですね。フィリア様の説明では、コーネルはロスウェル家の機密を盗んだ疑いが……いいえ、盗んだとは言っていませんね。とにかく機密を流布する可能性があるから、彼を捕まえお話をしたい。そのために、出身やこれまでの活動履歴から手がかりを得たいということでしたね。それなのに、本人はどこに居るかはどうでもいいと?」
「要約してくれてどうも。こいつとは長い付き合いだが、実のところ何言ってたかわからなかったんだ」
隣に座るフィリアが怒りからか俺の口を止めるためか、何度も肩を叩いて来る。少なくとも焦りは感じるな。
「その質問に答える前に、こちらの質問に答えてもらう。あんた、俺たちの村の事情についてある程度知っているな?」
この部屋に入る前に、リアナは前に一回呼び出されたと言った。このことから詳しいことはわからないまでも、少なくともロスウェル村で何か大きな事が起こったことに察しがついているはずだ。
もちろん確信は無い、ただの予想と勘ではあるが。
「いいえ。私が把握していることは何も。だからこうして事情を聞こうと――」
統括者が言い切る前に、俺は少しばかりの殺気をぶつける。
すると統括者はびくりと身体を震わせたかと思うと、素早く組んでいた手を解いて腰を少し浮かせる。
へえ、見た目に反して随分と良い反応をするじゃないか。一瞬魔力が励起した気配もしたし、さてはこいつ魔術師だな? 魔力の淀みのなさから考えて、最低でも中級は扱えそうだ。
「悪い悪い。だが、こちらが先に隠し事をしたとは言え、嘘は良くないな」
殺気を放つのを止めると、俺は薄く笑みを浮かべてソファの背もたれに体重をかける。
そんな俺の様子に、統括者は笑みを消して俺を警戒する。
正直に言うと、統括者が嘘を吐いているかは、まったくわからなかった。俺が見破れるはせいぜい、敵意や殺意、それからこちらを利用しようとする欲に塗れた悪意からなる嘘だからな。
だがこの反応を見た限り、ロスウェル村で起こったことに関して統括者はある程度の情報を掴んでいるとみて間違いなさそうだ。
「俺はロスウェル子爵家に仕える人間じゃない。ただのロスウェル村に住む、いち村人に過ぎない――そこを念頭に置いて、俺と腹を割って話をしないか?」
フィリアのやる行儀の良い、つまらん腹の探り合いはもう止めだ。ここから先は、俺のやり方でやらせてもらう。
物腰は柔らかく、笑みからも穏やかな性格を伺えるが、同時に本心を隠すことに長けているような印象を受けた。
こういった相手は大抵、迂遠な言い回しをしてくる上に、こちらのふとした言葉を目ざとく取り上げては、何かと要求や約束事を取り付けてくるから苦手だ。
「お会いできて光栄ですモルテインさん。私はロスウェル子爵家の娘フィリア・ロスウェルと申します」
「これはこれは。こちらこそ、お会いできて光栄です。ああ、ブライトリスさんは数日ぶりですね。まさかご一緒だとは思いませんでした」
ブライトリス? 一瞬疑問を抱いたが、すぐにリアナが反応したことで、彼女の名字であることを理解した。今まで大して興味がなかったから気にもしなかったが、いざ名字を聞くと違和感を感じるな。
「前会った時に一回しか名乗っていないのに、よく覚えていたわね? 覚えてくれたのはありがたいんだけど、名字で呼ばれるの慣れてないからリアナって呼んでちょうだい。冒険者カードにも名前だけで登録しているし」
「これは失礼。冒険者は名字まで登録する人は存外少ないのでね。そしてあなたは――」
「……アゼルだ」
「アゼルさん、ですね。失礼ですが、そちらは名字ですか?」
「……それ、言う必要があるか?」
少し挑発的に返してみたが、統括者は表情を崩すことなく微笑むだけだった。ちょっとした探りを入れるための言葉だったが、統括者は特に気を悪くした様子はない。ただ無言で、俺の次の言葉を待っている。
しばらく黙ってみたが一向に次の言葉を発さないのを見て、俺はしぶしぶ質問に答えた。
「……名前だ。姓はノクス――アゼル・ノクスだ」
俺がそう名乗ると、統括者は満足げに笑みを深めた。
「はじめまして、ノクスさん。今話題の冒険者にお会いできて大変光栄です」
……昨日の試合のことを言っているのだろうか。まさか冒険者協会のトップの耳にまで届いているとは、一体どれほどの噂になっているのだか。
「さあさあ、立ち話もなんですし、どうぞそちらに腰を掛けてください。今紅茶をお入れしますね」
そう言う統括者に促されるまま、俺たちはソファに腰を下ろす。
ふむ、領主様の屋敷で見た物よりかはやや劣るが、よく手入れされており、座り心地も程良い。
周りの調度品もそれなりに高価な物を揃えていることから、この部屋が貴重な客を招くための重要な応接室であることが伺えた。
「さて――なにやら特定個人の情報をお求めとお聞きしましたが?」
俺たち三人分の紅茶を淹れた統括者は、対面に座るなり本題に入った。
「はい。Bランク冒険者のコーネルさんのことを調べておりまして。既にご存じとは思いますが、彼は我が家が依頼したお仕事の途中で、非常に身勝手な理由から持ち場を離れ、そのまま失踪しました。幸い、依頼そのものはこちらのリアナさんとCランク冒険者のカイルさん、エマさんによって解決されたのですが、なにぶんお仕事中は我が家で宿泊していただいていたので、彼が我が家に関わる重大な機密を持っている可能性があります。ああ、もちろんあくまで可能性ではあります。宿泊は我が家の善意からであり、また冒険者の皆様には依頼を途中放棄する権利がございますが、放置するにはいささか不安が残るかと……冒険者協会の方でなにか手がかりを得られないかと思い、こうして尋ねさせていただきました」
フィリアが非常に丁寧な言葉使いで、長々と説明を始める。
しかし悲しいかな。隣で聞いていた俺の脳は早くも飽きが来たようで、フィリアの言った言葉が左から右へと通り抜けているのがわかる。
顔を動かさず視線をフィリアの反対側へ向けると、リアナもどこか遠い目をして右から左へ聞き流しているのがわかる。
おそらく何らかの意味があってこんな風に迂遠な言い回しをしているのだと思うのだが、おかげで何を言いたいのかよくわからない。
ただ、わからないのは俺達だけのようで、言葉を向けられている統括者はどこか作り物めいた困り顔を浮かべて答える。
「我々が派遣した人員がご迷惑をおかけしたようで、誠に申し訳ございません。こちらとしても、まさかBランクの冒険者が途中で任務を放棄するとは考えてはおりませんでした。しかし、フィリア様。既に冒険者の一員としていくつかの依頼を受けたことでおわかりかもしれませんが、そういった問題はあくまで冒険者と依頼人の間に発生したことでございます。我々冒険者協会は、あくまで依頼人と冒険者を繋ぐ仲介機関です。加えて今回のご依頼は、詳しい調査内容や報酬の受け渡しに至るまで、すべてそちらで行われています。こういった形態の依頼は貴族の方に限らず、市井の方からの依頼にもございますが、こういった形態は問題も発生がしやすいものでして。非常に申し訳難いのですが、協会としては対処しかねるのです」
「あら、どうやら誤解させてしまったようですね。我が家としては冒険者協会への責任を追及するつもりは毛頭ございませんわ。結果として当初の依頼は達成されましたし、依頼を受けて村に来てくださった冒険者のお三方には、突発的に発生してしまった問題にも対処してくださいました。彼女たちを派遣してくださった冒険者協会には私も父も、そして村の者も感謝しております。コーネルさんとの間に発生した問題とその責任の所在についても、重々承知しておりますわ」
「それを聞いて、安心しました――」
「ですが。先も申し上げた通り、我が家の機密を掴んでいる可能性があるのもまた事実。放置するわけにはいかないと、どうかご理解くださいまし。とは言え、何も捜査に協力しろとは申しません。ただ、彼がどこへ行ったのかを掴めるだけの手がかり、ひいては彼の出身と普段活動していた場所の情報を教えて欲しいのです。それさえあれば、こちらとしても最低限足取りを掴めると思いますので。まさか、それすら協力できないなんてことありませんよね?」
フィリアと統括者は互いに笑顔を崩さないまま、言葉の応酬を繰り広げる。その言葉はとても丁寧で、礼節を尽くしているようだが、口調とは裏腹にどこか冷たく無機質にも感じる。
フィリアのこういった姿を見るのは初めてだが、こういったやり取り自体は前世で少し見たことがある。それも、グラディア帝国の宮殿で開かれたパーティーの門の警備をしていた時に遠目で見聞きした程度のものだ。
俺とリアナは途中から完全に理解するのを諦め、ぼーっと虚空を眺めるか視線を動かして調度品を眺めるかして、ともすれば眠りに落ちていきそうな思考を懸命に誤魔化している。
「フィリア様のおっしゃる通りです。もし本当にコーネルが機密情報を盗んで逃亡し、それをみだりに流布したのならこの国に存在する冒険者協会全体の信用にも関わってしまいます。それが本当であれば、ですが」
「あら。お疑いになられるので?」
「いえいえ、滅相もありません。そちらのリアナさんにたちの証言もありますし、コーネルが任務の途中で逃亡したのは事実でしょう。ですからこうしましょう。コーネルが冒険者である以上、必ずどこかの冒険者協会の建物で仕事を探すはずです。既に彼の個人実績にはロスウェル子爵様からの依頼の途中で任務を放棄した旨と、その違約金を支払っていないという旨が記録されており、その記録は世界中の冒険者協会に広まっております。もちろん彼が正しく違約金を支払えば、また次の依頼を受けることができますが、今回重要なのはそこではありません。彼がどこかの協会の建物に現れたら、すぐにロスウェル子爵家にお知らせいたします。より確かな証拠と法的に正当な理由があれば、協会側で彼の身柄を拘束することもできます。どうでしょう? これならばフィリア様も安心できるのではありませんか?」
「……それは」
……ん? フィリアが言葉に詰まったな? よし、眠りかけていた頭を働かせてさっきの会話を思い出してみよう。
フィリアの要求は、コーネルが活動していた場所の情報を開示しろということ。
うん。フィリアは「我が家の機密」という言葉を度々使っていたようだが、おそらくこれは統括者からの追求を避けるためだろう。機密という言葉を使えば、事情を細かく追及するのは失礼に当たるもんな。上手い事やりやがる。
だがそれに対し、統括者は個人情報の提示の代わりに世界中の冒険者協会の協力してコーネルを捕縛するという、聞きようによっては破格の提案をしてきた。
統括者の言葉を全面的に信じるならば――と言うか、奴の発言には嘘を吐いた者特有の嫌な臭いがしなかったから、おそらくこの発言自体はすべて本当だろうし反故にすることもないだろう――既にコーネルの業績には「貴族からの依頼を途中放棄した」という、大きすぎる瑕疵がついて世界中に伝わっていることになる。この数日でそれが可能なのかという疑問はあるが、冒険者協会の設備には俺の知らない魔道具がいくつもあったから、不可能と断じることもできない。
この提案により表面上では、俺たち側の要求は完全にクリアしたことになる。ただひとつの問題――コーネルが既に死んでいるという点を除けば。
「おや? あまり嬉しそうな様子ではありませんね。何か問題が?」
フィリア、もしくは俺かリアナの顔に出ていたのか、こちらの不都合を察知して統括者が疑問を投げかける。
「非常に有難い提案ですが、なにも冒険者協会の皆様にそこまでしてもらう必要は……先ほどモルテインさんが仰ったとおり、この問題が我が家とコーネルさん個人の間で起こったことです。ここだけならばともかく、冒険者協会全体を巻き込むわけには……」
「ははは、何をおっしゃいますか。それこそ先ほど私が言った通り、これは冒険者協会全体の信用に関わる問題でもあります。真偽はともかくとして、我々としても内部に犯罪者が紛れている可能性があるのならば、早急にその芽を摘んでおかなければなりません。それとも――全体に流布されて困るような事情があるとでも?」
「それは……」
おっと、これはマズそうだな。この一瞬のやり取りで、一気にフィリアの立場が不利になった。
こちらに後ろ暗いことは何ひとつ無いのだが、その事情を説明するには領主様の許可が必要になる。
そもそも俺たちがここに居るこの状況はフィリアの独断によるものが大きい。フィリアが領主様からどこまでの権限を持たされたか、あるいは持たされていないかは知らないが、勝手にロスウェル家まで巻き込んだとしたら、このままでは少し問題が生じる。
統括者の提案が実行されたらロスウェル家の国に対する信用に傷が入り、少しの問題では済まなくなってしまうだろう。
そもそもの話として、俺たちが欲しいのはコーネル自身のことではなく、血追いの徒の情報なのだ。こんなところで、しかも既に死んだ人間が原因で話を拗らせたくない。
つーか、面倒臭くなってきたな……よし。
「つまらん腹芸はもう止めにしないか? 回りくどいったらありゃしねえ」
自分の目の前に用意された紅茶を一気に飲み干して喉を潤すと、俺はこれまでの流れを断ち切るように言葉を発した。
唐突に乱暴に言葉を発した俺に、統括者もフィリアも驚いた様子を見せる。
「……ほう?」
「ちょっと、アゼルっ」
フィリアが焦ったように俺の名前を呼んだが、悪いが俺に止まる気持ちはない。
「この際はっきり言うが、俺たちが知りたいのはコーネルがどこに居るかではなく、どこから来て何をしていたか、だ。奴本人に関しては既にどうでもいい」
「……これはおかしな話ですね。フィリア様の説明では、コーネルはロスウェル家の機密を盗んだ疑いが……いいえ、盗んだとは言っていませんね。とにかく機密を流布する可能性があるから、彼を捕まえお話をしたい。そのために、出身やこれまでの活動履歴から手がかりを得たいということでしたね。それなのに、本人はどこに居るかはどうでもいいと?」
「要約してくれてどうも。こいつとは長い付き合いだが、実のところ何言ってたかわからなかったんだ」
隣に座るフィリアが怒りからか俺の口を止めるためか、何度も肩を叩いて来る。少なくとも焦りは感じるな。
「その質問に答える前に、こちらの質問に答えてもらう。あんた、俺たちの村の事情についてある程度知っているな?」
この部屋に入る前に、リアナは前に一回呼び出されたと言った。このことから詳しいことはわからないまでも、少なくともロスウェル村で何か大きな事が起こったことに察しがついているはずだ。
もちろん確信は無い、ただの予想と勘ではあるが。
「いいえ。私が把握していることは何も。だからこうして事情を聞こうと――」
統括者が言い切る前に、俺は少しばかりの殺気をぶつける。
すると統括者はびくりと身体を震わせたかと思うと、素早く組んでいた手を解いて腰を少し浮かせる。
へえ、見た目に反して随分と良い反応をするじゃないか。一瞬魔力が励起した気配もしたし、さてはこいつ魔術師だな? 魔力の淀みのなさから考えて、最低でも中級は扱えそうだ。
「悪い悪い。だが、こちらが先に隠し事をしたとは言え、嘘は良くないな」
殺気を放つのを止めると、俺は薄く笑みを浮かべてソファの背もたれに体重をかける。
そんな俺の様子に、統括者は笑みを消して俺を警戒する。
正直に言うと、統括者が嘘を吐いているかは、まったくわからなかった。俺が見破れるはせいぜい、敵意や殺意、それからこちらを利用しようとする欲に塗れた悪意からなる嘘だからな。
だがこの反応を見た限り、ロスウェル村で起こったことに関して統括者はある程度の情報を掴んでいるとみて間違いなさそうだ。
「俺はロスウェル子爵家に仕える人間じゃない。ただのロスウェル村に住む、いち村人に過ぎない――そこを念頭に置いて、俺と腹を割って話をしないか?」
フィリアのやる行儀の良い、つまらん腹の探り合いはもう止めだ。ここから先は、俺のやり方でやらせてもらう。
0
あなたにおすすめの小説
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
異世界で幸せに~運命?そんなものはありません~
存在証明
ファンタジー
不慮の事故によって異世界に転生したカイ。異世界でも家族に疎まれる日々を送るがある日赤い瞳の少年と出会ったことによって世界が一変する。突然街を襲ったスタンピードから2人で隣国まで逃れ、そこで冒険者となったカイ達は仲間を探して冒険者ライフ!のはずが…?!
はたしてカイは運命をぶち壊して幸せを掴むことができるのか?!
火・金・日、投稿予定
投稿先『小説家になろう様』『アルファポリス様』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる