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66話:猫探しは冒険者の嗜み? そして再会
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先ほどの騒動があったためか、袋を受け取る職員は躊躇う素振りを見せたがそれ以上の問題は無く、討伐証明のネズミを提出して依頼達成の報告を済ませる。依頼書にも報酬金額を決める際のやり取りを備考として書いて貰っていたため、先程の一件で俺たちの仕事に対する評価が下がる心配も無い。
その後は予定通り脱走した飼い猫探しの依頼を始めたのだが、これが想定よりもかなり苦労した。
この依頼を手に取ったフィリアは猫を見つける方法に自信があったようで、だからこそこの依頼を選んだようだったがこの方法が上手くいかなかった。
と言うのも、彼女は最初【風の道標】で猫を探そうとしていたのだ。以前にも何度か使っていた風属性中級の探索系魔術である【風の道標】ならば、猫一匹程度簡単に見つけられると思っていたのだろう。
依頼主から猫の特徴を聞いて意気揚々と魔術を使ったフィリアだったが、しかし結果は魔術の不発という形で終わった。
魔術の不発。あるいは失敗。これは魔術が発動する条件を満たさないときか、対象者が魔術の妨害を行ったときにおこる現象だ。もちろん魔物ですらないただの猫が、魔術を妨害するなんてできるはずがない。
ならば当然問題は使い手であるフィリアにあると考えらるわけだが、ここで【風の道標】という魔術の効果を振り返ってみよう。
【風の道標】は風に問いかけて特定の人物などがいる方角を示す魔術だ。この「特定の」というのはつまり、術者が顔をはっきりと覚えている存在と言い換えることができるのだが、当然フィリアは依頼主の猫を実際に見たことはない。
精巧な似顔絵などがあればまた話は別なのだろうが、話を聞いただけでは魔術を発動させられるだけの正確な造形をイメージするには足りず、不発という結果に繋がったのだ。
「ふーん。それは大変だったわね。それでどうなったの? 見つける手段無くなっちゃったから、諦めちゃった?」
冒険者協会の酒場で外から帰ってきたリアナと夕食をとりながら、フィリアと共に今日あった出来事を彼女に教える。
「いや、そこはなんとか頑張った。俺はともかく、この手の話でフィリアが中途半端に放棄することはないからなあ」
当てにしていた魔術が使い物にならないと早々に悟らされたフィリアはショックを受けたものの、何とか気持ちを立て直して依頼主に改めて猫の特徴を聞き直した。今度は姿かたちだけでなく、好みの食べ物や好んでいる場所なども。
その情報をもとに、俺たちはこの町のありとあらゆる場所を探し回った。小麦の焼ける香りを漂わせるパン屋や、常に日陰になっているような狭い路地裏、温かな日の当たる屋根の上まで、町の隅から隅まで探し回ったと思う。
「とにかくフィリアの気合が凄くてなあ。別の猫を追いかけて停まった馬車の下に潜りこんだときは,
流石の俺も面食らったな」
「あー、それでフィリアの恰好がそんなに汚れているのね」
「あ、あはは……」
上等な服をすっかり土塗れにしたフィリアが気恥ずかし気に笑う。
まあそんなこんなで探し回っていた俺たちだったが、その終わりは何とも拍子抜けするものだった。
日が沈み始めてもまだ見つからず明日に回そうかという話になったところで、ふとフィリアが何かを思いついたように動きを止めたかと思うと、俺の【飢魔招香】で見つけ出せないかと言い出した。
この提案には俺も驚愕した。まさに目から鱗が落ちる思いだったからだ。
確かに飼われていた猫が急に外に放り出されてまともに狩りができるとは思えないし、その状態なら【飢魔招香】の香りを嗅げば一直線にこちらに来ることは予想できた。
しかし俺は、フィリアに言われるまでこの発想は出なかった。と言うのも、【飢魔招香】は今まで獲物を狩るか肉食性の害獣駆除の目的でしか使ってはおらず、生かしたまま捕獲するために使えるなんて考えもしなかったのだ。
この案が出た後はとても速かった。まずいつものように【飢魔招香】を発動して、血染布を持ったまま町中を適当に走り回る。
日も落ち始めて道も人通りが多くなっていたため、我ながら不審人物だなと思いつつ家の屋根を人目が付かないように走り回って【飢魔招香】の香りを町に潜む動物たちに届けた。
流石にこの町すべての猫を一か所に集めては大騒ぎになる。いや香りに反応するのは野犬やネズミなども一緒なので、集まってくる生き物の数は膨大になる。
区画毎に止まっては集まった動物を見まわして、該当する猫を探す。いなければ一時【飢魔招香】を解いて動物たちを解放し、また別の別の区画で探すの繰り返し。
その結果はもはや言うまでもない。二、三回繰り返したところで、ついに目的の猫を見つけ出すことに成功した。予想通り空腹だったのか俺たちが近付くと非常に興奮した様子を見せたが、予め依頼主から貰っていた餌を与えると満腹になり落ち着いた。
「猫ちゃんを届けたら、依頼人もすごく喜んでくれたわ。こんなに早く見つけてくれるなんて、てね。当初の予定と比べてかなり苦労したけど、報酬も少し上乗せして貰っちゃったし、あの笑顔を見たら疲れなんて吹っ飛んじゃった」
そう言ってフィリアは満足そうに笑った。確かに報酬は少しだけ増えたが、もともとの額が安かったし労力に見合ったかといわれると疑問が残るが……それでも今回の依頼は彼女にとって十分にやりがいを感じた良い仕事だったようだ。
「ま、それはそれとして。お前は魔術の効果を再確認するべきだな。今回みたいに使えると思い込んで実は使えませんでした、ってのは危険すぎる。これが魔物との戦闘だったら、どれだけのリスクが発生するか……」
「ゔっ……わかった、わかったってば。悪かったわよ! ちゃんと帰ったら勉強し直すからー」
説教は聞きたくないとばかりに、フィリアは少しすねた様子で安いワインを一気に飲み干す。
まったくこいつときたら……明日の戦闘訓練は少し厳しくしなけりゃ駄目みたいだな。
「そ、それよりリアナの方は? どんな依頼を受けていたの?」
「アタシが受けたのはEランクの討伐依頼よ。小悪鬼が街道付近で見られるようになったから、少し数を減らそうとね。運良く集団を見つけたからいい運動になったわ」
「小悪鬼か……協会の方は何か言っていたか?」
ロスウェル村付近にも出現していた小悪鬼だが、魔物としてのランクはEと武器を持っていれば素人でも対応できる程の力しかない。なにせ成体でも子ども程度の背丈しかないからな。腕の力も長さも基本的には人間には及ばないため、駆け出しの冒険者でも簡単に対処できる。
ただ厄介な点があり、人間のような群れを作り組織的に行動するということだ。これが十数体程度の集団ならば脅威度は低いが、生存に適した土地に住み着き安定した生活できるようになると、人間の倍以上の出産スピードで群れの数を増やしていくのだ。
数を増やした小悪鬼は集団の中にいるという安心感からか強気な行動をする傾向があり、こうなった群れは時に人間の村を襲い食料を奪うこともするようになる。
そうならないよう、冒険者協会は持ちろん各領地の領主も小悪鬼には大なり小なり注意しているのだ。
「今のところ大きな巣は発見されてないみたい。どこかの瘴気溜まりから発生したか、引っ越し途中で街道近くに迷い出た群れが見つかったんじゃないかしら?」
「そうか。まあ、デカい群れが見つかったらもうちょっと騒ぎになるはずか」
「確かにそうね。アタシが討伐したヤツの中に雌も居たし、やっぱり大きな群れがあるとは思えないわね」
「ん? 雌も居たのか。なら少し話が変わるな」
小悪鬼の雌は小悪鬼の雄たちにとって重要な存在だ。なにせ群れを大きくするための要だからな。
小悪鬼の雌は雄と比べて身体が一回り大きくまた丈夫なのだが、これはより多くの出産に耐えきれるように進化したのだと考えられる。そのため雌が戦闘に出ることは基本的に無く、通常は巣に籠もって出産や育児を担い、狩りはもっぱら雄の仕事となっている。
そんな雌が雄と一緒に行動しているなら、少なくとも近くに巣はないだろう。とは言え、それはそれでまた別の疑問が生じる。
「ふうむ、どっかの魔物に巣でも追われたか? 雌の小悪鬼を見るなんて余程珍しいぞ?」
「アタシもそこは気になったから、このことは協会に報告しといたわ。近い内にあそこら辺の生態調査依頼が出されるかもね」
リアナはそう締め括り、ジョッキに注がれたエールを呷った。
しかし、生態調査ねえ。思えばリアナたちがロスウェル村に来たのも、調査依頼が原因だったな。元々は俺が放置していた野党の死体から喰血哭が血液を全部吸い取って、それを見たバルドルさんたち捜索隊が吸血鬼の仕業だと勘違いしたのがきっかけだったな。
それがどういうわけか、こうして冒険者と縁ができて、血追いの徒を追いかけて、前世の後始末をするという使命までついて来てしまった。まったく、よくもまあここまで拗れに拗れたものだな。因果というものは本当にわからんものだ。
「……そういえば。この町に来てからカイルとエマの姿を一度も見てないな?」
「そういえばそうね? リアナと違ってもう別の町へ行ってしまったのかしら? 村でのこと改めてお礼を言いたかったんだけどなあ」
なんだかんだで冒険者登録してからは毎日冒険者協会で依頼を受けていたが、未だカイルたちとは会えていない。冒険者協会に通っていればリアナ同様、その内に再会できると踏んでいたのだがな。
「んぐっ……ぷはぁ。カイルとエマ? あの人たちならまだこの町にいるはずよ。大方調査依頼を受けて、森の奥に籠もっているんじゃないかしら?」
「そうなの?」
「カイルたち「ステップトレイル」は主に採取や生態調査の依頼を専門に活動している探索者パーティーだって前に教えてもらってね。特に魔物の調査をするとなると、町に帰らず何日も野営するんだって」
「ああ、そういえば西の森で野営する時もかなり手慣れていたな」
冒険者は皆慣れていたのだろうと思っていたが、カイルたちはその中でも専門家とも言える人材だったというわけか。
「あれから結構経ったから、もうそろそろ帰って来てもいい頃合いだと思うけど――っと、噂をすれば影ね」
そう言うとリアナはチョイチョイと指で入り口の方を示して見せた。俺たちが振り返るとそこには見知った二人の顔があった。
「カイルさん! エマさん!」
フィリアが喜色に弾んだ声を上げながら彼らの下へ駆け寄ると、俺たちに気付いたカイルたちも驚きの表情を浮かべた。
「え、フィリア様? それにアゼルまで! はは、どうしてカルディナに?」
「知り合いなのカイル?」
カイルとエマの側にはもうひとり身長の低い女性が立っており、彼女は不思議そうにカイルに尋ねていた。明らかに戦士とわかるカイルとエマと違って深緑色のワンピースの上に膝下まである淡い茶色のローブを羽織った格好をしており、見るからに前衛で戦うタイプではない。十中八九魔術師だろう。
「ああ。ほら、この前俺とエマが言ったロスウェル村の話をしただろ? その時の奴らだよ」
カイルがそう説明すると女性は瞬時に理解したのか、嬉しそうにぱっと表情を明らめた。
「まあ、あの人たちがそうなのね。いつかお礼をしたいと思ってたの!」
「ああ。だがどうしてここに……って今はまず報告が先だな。申し訳ございませんフィリア様。積もるお話もあるでしょうが、先に私たちの用事を済ませてもよろしいでしょうか?」
「ああ、ごめんなさい! 私ったらまた会えたのが嬉しくってつい。あそこの席でアゼルと一緒に待っていますので、報告が済んだらぜひ来てください!」
そんなやり取りを済ませると、カイルたちは軽く会釈した後まっすぐに「依頼受注・報告窓口」の方へ向かって行った。しかし、受付で何言か話すとすぐに隣の「調査・情報・物資支援窓口」へ移動した。
ふむ、何かあったのだろうか?
「ありゃ。あの様子じゃあ、森で何かあったわね」
「わかるのか?」
「まあね。さっきアタシ、カイルたちは調査依頼を受けてるんじゃないかって言ったでしょ? 多分それは当たりで、調査結果によってはああやって別の窓口に移動させられることがあるんだ。何もなければ「異常なし」って報告して調査書なりなんなり提出すれば終わるけど、そうじゃない場合はどうしても報告が長くなっちゃうからね」
なるほど。繁忙期から少し人が少なくなってきたが、未だ受付前には受けた依頼の報告を待っている冒険者が並んでいる。同じ仕事の報告には違いないが、長話をして後ろを待たせるわけにはいかないか。
……しかし気になるのは、報告をしているカイルたちの表情がやや真剣なところだろうか。危機感やら焦りやらは見受けられず、どちらかと言えば「少し心配だ」程度の物だから大事ではないのだろうが。
まあ、だからリアナは何かあったんだと考えたのだろうな。
そんな事を考えながら、戻ってきたフィリアを交えて俺たちは適当に食事をつまみながらカイルたちが報告を終えるのを待った。
その後は予定通り脱走した飼い猫探しの依頼を始めたのだが、これが想定よりもかなり苦労した。
この依頼を手に取ったフィリアは猫を見つける方法に自信があったようで、だからこそこの依頼を選んだようだったがこの方法が上手くいかなかった。
と言うのも、彼女は最初【風の道標】で猫を探そうとしていたのだ。以前にも何度か使っていた風属性中級の探索系魔術である【風の道標】ならば、猫一匹程度簡単に見つけられると思っていたのだろう。
依頼主から猫の特徴を聞いて意気揚々と魔術を使ったフィリアだったが、しかし結果は魔術の不発という形で終わった。
魔術の不発。あるいは失敗。これは魔術が発動する条件を満たさないときか、対象者が魔術の妨害を行ったときにおこる現象だ。もちろん魔物ですらないただの猫が、魔術を妨害するなんてできるはずがない。
ならば当然問題は使い手であるフィリアにあると考えらるわけだが、ここで【風の道標】という魔術の効果を振り返ってみよう。
【風の道標】は風に問いかけて特定の人物などがいる方角を示す魔術だ。この「特定の」というのはつまり、術者が顔をはっきりと覚えている存在と言い換えることができるのだが、当然フィリアは依頼主の猫を実際に見たことはない。
精巧な似顔絵などがあればまた話は別なのだろうが、話を聞いただけでは魔術を発動させられるだけの正確な造形をイメージするには足りず、不発という結果に繋がったのだ。
「ふーん。それは大変だったわね。それでどうなったの? 見つける手段無くなっちゃったから、諦めちゃった?」
冒険者協会の酒場で外から帰ってきたリアナと夕食をとりながら、フィリアと共に今日あった出来事を彼女に教える。
「いや、そこはなんとか頑張った。俺はともかく、この手の話でフィリアが中途半端に放棄することはないからなあ」
当てにしていた魔術が使い物にならないと早々に悟らされたフィリアはショックを受けたものの、何とか気持ちを立て直して依頼主に改めて猫の特徴を聞き直した。今度は姿かたちだけでなく、好みの食べ物や好んでいる場所なども。
その情報をもとに、俺たちはこの町のありとあらゆる場所を探し回った。小麦の焼ける香りを漂わせるパン屋や、常に日陰になっているような狭い路地裏、温かな日の当たる屋根の上まで、町の隅から隅まで探し回ったと思う。
「とにかくフィリアの気合が凄くてなあ。別の猫を追いかけて停まった馬車の下に潜りこんだときは,
流石の俺も面食らったな」
「あー、それでフィリアの恰好がそんなに汚れているのね」
「あ、あはは……」
上等な服をすっかり土塗れにしたフィリアが気恥ずかし気に笑う。
まあそんなこんなで探し回っていた俺たちだったが、その終わりは何とも拍子抜けするものだった。
日が沈み始めてもまだ見つからず明日に回そうかという話になったところで、ふとフィリアが何かを思いついたように動きを止めたかと思うと、俺の【飢魔招香】で見つけ出せないかと言い出した。
この提案には俺も驚愕した。まさに目から鱗が落ちる思いだったからだ。
確かに飼われていた猫が急に外に放り出されてまともに狩りができるとは思えないし、その状態なら【飢魔招香】の香りを嗅げば一直線にこちらに来ることは予想できた。
しかし俺は、フィリアに言われるまでこの発想は出なかった。と言うのも、【飢魔招香】は今まで獲物を狩るか肉食性の害獣駆除の目的でしか使ってはおらず、生かしたまま捕獲するために使えるなんて考えもしなかったのだ。
この案が出た後はとても速かった。まずいつものように【飢魔招香】を発動して、血染布を持ったまま町中を適当に走り回る。
日も落ち始めて道も人通りが多くなっていたため、我ながら不審人物だなと思いつつ家の屋根を人目が付かないように走り回って【飢魔招香】の香りを町に潜む動物たちに届けた。
流石にこの町すべての猫を一か所に集めては大騒ぎになる。いや香りに反応するのは野犬やネズミなども一緒なので、集まってくる生き物の数は膨大になる。
区画毎に止まっては集まった動物を見まわして、該当する猫を探す。いなければ一時【飢魔招香】を解いて動物たちを解放し、また別の別の区画で探すの繰り返し。
その結果はもはや言うまでもない。二、三回繰り返したところで、ついに目的の猫を見つけ出すことに成功した。予想通り空腹だったのか俺たちが近付くと非常に興奮した様子を見せたが、予め依頼主から貰っていた餌を与えると満腹になり落ち着いた。
「猫ちゃんを届けたら、依頼人もすごく喜んでくれたわ。こんなに早く見つけてくれるなんて、てね。当初の予定と比べてかなり苦労したけど、報酬も少し上乗せして貰っちゃったし、あの笑顔を見たら疲れなんて吹っ飛んじゃった」
そう言ってフィリアは満足そうに笑った。確かに報酬は少しだけ増えたが、もともとの額が安かったし労力に見合ったかといわれると疑問が残るが……それでも今回の依頼は彼女にとって十分にやりがいを感じた良い仕事だったようだ。
「ま、それはそれとして。お前は魔術の効果を再確認するべきだな。今回みたいに使えると思い込んで実は使えませんでした、ってのは危険すぎる。これが魔物との戦闘だったら、どれだけのリスクが発生するか……」
「ゔっ……わかった、わかったってば。悪かったわよ! ちゃんと帰ったら勉強し直すからー」
説教は聞きたくないとばかりに、フィリアは少しすねた様子で安いワインを一気に飲み干す。
まったくこいつときたら……明日の戦闘訓練は少し厳しくしなけりゃ駄目みたいだな。
「そ、それよりリアナの方は? どんな依頼を受けていたの?」
「アタシが受けたのはEランクの討伐依頼よ。小悪鬼が街道付近で見られるようになったから、少し数を減らそうとね。運良く集団を見つけたからいい運動になったわ」
「小悪鬼か……協会の方は何か言っていたか?」
ロスウェル村付近にも出現していた小悪鬼だが、魔物としてのランクはEと武器を持っていれば素人でも対応できる程の力しかない。なにせ成体でも子ども程度の背丈しかないからな。腕の力も長さも基本的には人間には及ばないため、駆け出しの冒険者でも簡単に対処できる。
ただ厄介な点があり、人間のような群れを作り組織的に行動するということだ。これが十数体程度の集団ならば脅威度は低いが、生存に適した土地に住み着き安定した生活できるようになると、人間の倍以上の出産スピードで群れの数を増やしていくのだ。
数を増やした小悪鬼は集団の中にいるという安心感からか強気な行動をする傾向があり、こうなった群れは時に人間の村を襲い食料を奪うこともするようになる。
そうならないよう、冒険者協会は持ちろん各領地の領主も小悪鬼には大なり小なり注意しているのだ。
「今のところ大きな巣は発見されてないみたい。どこかの瘴気溜まりから発生したか、引っ越し途中で街道近くに迷い出た群れが見つかったんじゃないかしら?」
「そうか。まあ、デカい群れが見つかったらもうちょっと騒ぎになるはずか」
「確かにそうね。アタシが討伐したヤツの中に雌も居たし、やっぱり大きな群れがあるとは思えないわね」
「ん? 雌も居たのか。なら少し話が変わるな」
小悪鬼の雌は小悪鬼の雄たちにとって重要な存在だ。なにせ群れを大きくするための要だからな。
小悪鬼の雌は雄と比べて身体が一回り大きくまた丈夫なのだが、これはより多くの出産に耐えきれるように進化したのだと考えられる。そのため雌が戦闘に出ることは基本的に無く、通常は巣に籠もって出産や育児を担い、狩りはもっぱら雄の仕事となっている。
そんな雌が雄と一緒に行動しているなら、少なくとも近くに巣はないだろう。とは言え、それはそれでまた別の疑問が生じる。
「ふうむ、どっかの魔物に巣でも追われたか? 雌の小悪鬼を見るなんて余程珍しいぞ?」
「アタシもそこは気になったから、このことは協会に報告しといたわ。近い内にあそこら辺の生態調査依頼が出されるかもね」
リアナはそう締め括り、ジョッキに注がれたエールを呷った。
しかし、生態調査ねえ。思えばリアナたちがロスウェル村に来たのも、調査依頼が原因だったな。元々は俺が放置していた野党の死体から喰血哭が血液を全部吸い取って、それを見たバルドルさんたち捜索隊が吸血鬼の仕業だと勘違いしたのがきっかけだったな。
それがどういうわけか、こうして冒険者と縁ができて、血追いの徒を追いかけて、前世の後始末をするという使命までついて来てしまった。まったく、よくもまあここまで拗れに拗れたものだな。因果というものは本当にわからんものだ。
「……そういえば。この町に来てからカイルとエマの姿を一度も見てないな?」
「そういえばそうね? リアナと違ってもう別の町へ行ってしまったのかしら? 村でのこと改めてお礼を言いたかったんだけどなあ」
なんだかんだで冒険者登録してからは毎日冒険者協会で依頼を受けていたが、未だカイルたちとは会えていない。冒険者協会に通っていればリアナ同様、その内に再会できると踏んでいたのだがな。
「んぐっ……ぷはぁ。カイルとエマ? あの人たちならまだこの町にいるはずよ。大方調査依頼を受けて、森の奥に籠もっているんじゃないかしら?」
「そうなの?」
「カイルたち「ステップトレイル」は主に採取や生態調査の依頼を専門に活動している探索者パーティーだって前に教えてもらってね。特に魔物の調査をするとなると、町に帰らず何日も野営するんだって」
「ああ、そういえば西の森で野営する時もかなり手慣れていたな」
冒険者は皆慣れていたのだろうと思っていたが、カイルたちはその中でも専門家とも言える人材だったというわけか。
「あれから結構経ったから、もうそろそろ帰って来てもいい頃合いだと思うけど――っと、噂をすれば影ね」
そう言うとリアナはチョイチョイと指で入り口の方を示して見せた。俺たちが振り返るとそこには見知った二人の顔があった。
「カイルさん! エマさん!」
フィリアが喜色に弾んだ声を上げながら彼らの下へ駆け寄ると、俺たちに気付いたカイルたちも驚きの表情を浮かべた。
「え、フィリア様? それにアゼルまで! はは、どうしてカルディナに?」
「知り合いなのカイル?」
カイルとエマの側にはもうひとり身長の低い女性が立っており、彼女は不思議そうにカイルに尋ねていた。明らかに戦士とわかるカイルとエマと違って深緑色のワンピースの上に膝下まである淡い茶色のローブを羽織った格好をしており、見るからに前衛で戦うタイプではない。十中八九魔術師だろう。
「ああ。ほら、この前俺とエマが言ったロスウェル村の話をしただろ? その時の奴らだよ」
カイルがそう説明すると女性は瞬時に理解したのか、嬉しそうにぱっと表情を明らめた。
「まあ、あの人たちがそうなのね。いつかお礼をしたいと思ってたの!」
「ああ。だがどうしてここに……って今はまず報告が先だな。申し訳ございませんフィリア様。積もるお話もあるでしょうが、先に私たちの用事を済ませてもよろしいでしょうか?」
「ああ、ごめんなさい! 私ったらまた会えたのが嬉しくってつい。あそこの席でアゼルと一緒に待っていますので、報告が済んだらぜひ来てください!」
そんなやり取りを済ませると、カイルたちは軽く会釈した後まっすぐに「依頼受注・報告窓口」の方へ向かって行った。しかし、受付で何言か話すとすぐに隣の「調査・情報・物資支援窓口」へ移動した。
ふむ、何かあったのだろうか?
「ありゃ。あの様子じゃあ、森で何かあったわね」
「わかるのか?」
「まあね。さっきアタシ、カイルたちは調査依頼を受けてるんじゃないかって言ったでしょ? 多分それは当たりで、調査結果によってはああやって別の窓口に移動させられることがあるんだ。何もなければ「異常なし」って報告して調査書なりなんなり提出すれば終わるけど、そうじゃない場合はどうしても報告が長くなっちゃうからね」
なるほど。繁忙期から少し人が少なくなってきたが、未だ受付前には受けた依頼の報告を待っている冒険者が並んでいる。同じ仕事の報告には違いないが、長話をして後ろを待たせるわけにはいかないか。
……しかし気になるのは、報告をしているカイルたちの表情がやや真剣なところだろうか。危機感やら焦りやらは見受けられず、どちらかと言えば「少し心配だ」程度の物だから大事ではないのだろうが。
まあ、だからリアナは何かあったんだと考えたのだろうな。
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