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14話:謎の生物と逃走劇
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――ア”ァァアア”ァ”ァァ…………
森の奥、はるか遠くから異様な鳴き声が響く。
獲物の心臓を喰らった後の獣のようにも、溺れた人間の最後の悲鳴にも似た、甲高く引き裂かれるような咆哮。聞いた者に十分な怖気を与える程に不気味で異質な鳴き声を聞いた俺たちは、しばし黙したまま顔を見合わせる。
「――走れ!」
カイルの鋭い指示と共に、俺たちは森の出口へ向かって駆けだした。
「ねぇ! さっきの鳴き声が渡り鳥のものって可能性はない⁉︎」
「おめでたい発想だな! 立ち止まって確かめてみるか⁉︎」
「イヤよ! 死んでもごめんなんだから!」
そりゃあ出会ったら死ぬだろうよ。
こちらに向かっているのだろう。地面からわずかな振動が届き、同時に遠くから木々が折れるような音が薄っすらと聞こえてくる。
「無駄話をしてないで黙って走れ!」
カイルの叱責が飛ぶが、その声に余裕は感じられない。かく言う俺も、さして親しくもない人間と軽口を言い合ってしまう程度には焦っていた。
今の咆哮には俺でさえ危機感を抱くほどの圧力があった。
これでも俺は前世でそれなり以上の戦闘経験を積んだ身だ。そんじょそこらの魔物と――たとえBランクの魔物と相対しても余裕で勝てる。
そんな俺を本能的に警戒させるような相手なら、その脅威度はAランク以上だ。
(威圧感は薄れていないが、かといって縮まっている感じもない……鳴き声の響き方から察するに、距離は三〇〇……いや五〇〇メートルは離れているかな。追ってはいるが、そこまで速くない? そうならありがたいが、それだけ離れているのに追ってきているというのがマズイ。振り切れるならいいが、村までついて来ちまうのは何としてでも避けなきゃならん)
周りを見ると、冒険者の皆は余裕そうだが、フィリアは服装も相まってやや辛そうだ。さすがのおてんばお嬢様も、この緊迫した状況での走行は体力的に厳しいか。
……冒険者がいる手前使いたくはないが、フィリアと村のためだ。
俺は足を止めて極力周りから見えないよう、懐から何枚かの血染布を握りこんで取り出した。
カイルが「立ち止まるな!」と叫ぶがそれを無視して【血濡魔術(ブラッティー・マジック)】を使用する。
「【朱弦】【紅穿】」
魔力を流すと、左手に握りこんだ包帯の血栓布は手の中でひとりでに伸び、即座に一張の大弓になった。
右手には一本の矢ができあがったが、こちらは一枚ではなく複数の血染布を束ねて作った特別な矢だ。当然そこに込められた血の量は多くなり、この矢に込めた魔術はより強い効果を発揮する。
「頼むからうまく釣られてくれよ……【飢魔招香】」
自身の身体も強化して、矢を天に放った。鋭い風切り音と共に飛んで行き、やがて弧を描きながら森の奥へと消えてった。
効果を確認する間もなく大弓を戻し、血染布を再びしまう。
「い、今のはいったい……何をしたんだ?」
「獣を引き寄せる香りを持った特別製の矢だ。落ちるまでしばらくかかるし、効果があるからわからんがな。だがうまくいけば追跡を振り切れる……ちょっと失礼」
「はあ……はあ……え、きゃ!」
息も絶え絶えなフィリアを両腕で抱え上げて、呆然とする彼らの前に出て再び走り出す。童話で言うところのいわゆるお姫様抱っこという状態だ。
……いやしかし、身体強化しているからスピードが落ちることはないが、それはそれとして――
「重いな……」
「乙女に向かってなんてこと言うのよ!」
小声だったにも関わらず、平手で頭を叩かれた。まあ顔の位置が近いから当たり前か。こうなるなら、フィリアにちゃんとした服に着替えさせるんだった……。
しばらく走り続けていると背後から迫る地面の振動も木々が折れる音も少しずつ遠ざかっていき、川を渡ったころにはもう無くなっていた。
どうやら【飢魔招香】が効いたようだ。弓にした物と予備に残した一枚を除いて、持ってきた血染布の血はすべて矢に込めた。しばらくはあの森から離れることはないはずだ。
謎の生き物の追跡を逃れたことで、この場の者はほぼ同時に安堵の息を漏らした。
フィリアを地面に降ろして念のため周囲の安全を確認すると、カイルが礼を言ってきた。
「……いろいろと気になることはあるが、まずは礼を言わせてくれ。もし何も知らずに鳴き声の主に遭遇していたら、俺たちは無事では済まなかったかもしれない」
「互いに運が良かっただけだ、礼はいらない。それよりも……アレがあんたらの探していたものか?」
「確証はないが、おそらく……これまで痕跡くらいしか見つけられなかったが、ようやく核心に迫れそうだ」
ここで会話は終わり、その後の道中では魔物に襲われることなく村に帰ることができた。
俺は詰所へ帰還報告をしに行き、フィリアと冒険者の一団はそのまま領主の館へ帰って行った。
報告を済ませ家に入る直前、なんとはなしに南の森がある方角へ目を向ける。日が沈み燃えるような赤と夜の闇が迫った空はどこか不穏で、これから何かが起こるような予感を抱かせた。
「今回も受け身でいるわけにはいかないか……」
誰に聞かせるわけでもなくそう言葉を発し、俺は自身の家の扉を閉めた。
森の奥、はるか遠くから異様な鳴き声が響く。
獲物の心臓を喰らった後の獣のようにも、溺れた人間の最後の悲鳴にも似た、甲高く引き裂かれるような咆哮。聞いた者に十分な怖気を与える程に不気味で異質な鳴き声を聞いた俺たちは、しばし黙したまま顔を見合わせる。
「――走れ!」
カイルの鋭い指示と共に、俺たちは森の出口へ向かって駆けだした。
「ねぇ! さっきの鳴き声が渡り鳥のものって可能性はない⁉︎」
「おめでたい発想だな! 立ち止まって確かめてみるか⁉︎」
「イヤよ! 死んでもごめんなんだから!」
そりゃあ出会ったら死ぬだろうよ。
こちらに向かっているのだろう。地面からわずかな振動が届き、同時に遠くから木々が折れるような音が薄っすらと聞こえてくる。
「無駄話をしてないで黙って走れ!」
カイルの叱責が飛ぶが、その声に余裕は感じられない。かく言う俺も、さして親しくもない人間と軽口を言い合ってしまう程度には焦っていた。
今の咆哮には俺でさえ危機感を抱くほどの圧力があった。
これでも俺は前世でそれなり以上の戦闘経験を積んだ身だ。そんじょそこらの魔物と――たとえBランクの魔物と相対しても余裕で勝てる。
そんな俺を本能的に警戒させるような相手なら、その脅威度はAランク以上だ。
(威圧感は薄れていないが、かといって縮まっている感じもない……鳴き声の響き方から察するに、距離は三〇〇……いや五〇〇メートルは離れているかな。追ってはいるが、そこまで速くない? そうならありがたいが、それだけ離れているのに追ってきているというのがマズイ。振り切れるならいいが、村までついて来ちまうのは何としてでも避けなきゃならん)
周りを見ると、冒険者の皆は余裕そうだが、フィリアは服装も相まってやや辛そうだ。さすがのおてんばお嬢様も、この緊迫した状況での走行は体力的に厳しいか。
……冒険者がいる手前使いたくはないが、フィリアと村のためだ。
俺は足を止めて極力周りから見えないよう、懐から何枚かの血染布を握りこんで取り出した。
カイルが「立ち止まるな!」と叫ぶがそれを無視して【血濡魔術(ブラッティー・マジック)】を使用する。
「【朱弦】【紅穿】」
魔力を流すと、左手に握りこんだ包帯の血栓布は手の中でひとりでに伸び、即座に一張の大弓になった。
右手には一本の矢ができあがったが、こちらは一枚ではなく複数の血染布を束ねて作った特別な矢だ。当然そこに込められた血の量は多くなり、この矢に込めた魔術はより強い効果を発揮する。
「頼むからうまく釣られてくれよ……【飢魔招香】」
自身の身体も強化して、矢を天に放った。鋭い風切り音と共に飛んで行き、やがて弧を描きながら森の奥へと消えてった。
効果を確認する間もなく大弓を戻し、血染布を再びしまう。
「い、今のはいったい……何をしたんだ?」
「獣を引き寄せる香りを持った特別製の矢だ。落ちるまでしばらくかかるし、効果があるからわからんがな。だがうまくいけば追跡を振り切れる……ちょっと失礼」
「はあ……はあ……え、きゃ!」
息も絶え絶えなフィリアを両腕で抱え上げて、呆然とする彼らの前に出て再び走り出す。童話で言うところのいわゆるお姫様抱っこという状態だ。
……いやしかし、身体強化しているからスピードが落ちることはないが、それはそれとして――
「重いな……」
「乙女に向かってなんてこと言うのよ!」
小声だったにも関わらず、平手で頭を叩かれた。まあ顔の位置が近いから当たり前か。こうなるなら、フィリアにちゃんとした服に着替えさせるんだった……。
しばらく走り続けていると背後から迫る地面の振動も木々が折れる音も少しずつ遠ざかっていき、川を渡ったころにはもう無くなっていた。
どうやら【飢魔招香】が効いたようだ。弓にした物と予備に残した一枚を除いて、持ってきた血染布の血はすべて矢に込めた。しばらくはあの森から離れることはないはずだ。
謎の生き物の追跡を逃れたことで、この場の者はほぼ同時に安堵の息を漏らした。
フィリアを地面に降ろして念のため周囲の安全を確認すると、カイルが礼を言ってきた。
「……いろいろと気になることはあるが、まずは礼を言わせてくれ。もし何も知らずに鳴き声の主に遭遇していたら、俺たちは無事では済まなかったかもしれない」
「互いに運が良かっただけだ、礼はいらない。それよりも……アレがあんたらの探していたものか?」
「確証はないが、おそらく……これまで痕跡くらいしか見つけられなかったが、ようやく核心に迫れそうだ」
ここで会話は終わり、その後の道中では魔物に襲われることなく村に帰ることができた。
俺は詰所へ帰還報告をしに行き、フィリアと冒険者の一団はそのまま領主の館へ帰って行った。
報告を済ませ家に入る直前、なんとはなしに南の森がある方角へ目を向ける。日が沈み燃えるような赤と夜の闇が迫った空はどこか不穏で、これから何かが起こるような予感を抱かせた。
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