血染めの世界に花は咲くか

巳水

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25話:過ぎし夜闇と目覚め

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 ―― 赤が溢れる。

 砕けた尖塔や崩れかけた石造りの街並みを、空に浮かぶ赤い月が血色の光で照らす。風が吹くたび、瓦礫の間から死肉の匂いが立ち上り、言語ともつかない呻き声が街を満たす。

 俺はこの地で最も高い場所に立ち尽くし、壊れた世界を見下ろしていた。

 眼下には、引きちぎれた四肢を引きずるように歩く死者の群れ。おおよそ人とは言えなくなった者たちが、意味もなく蠢き、唸り、彷徨っている。
 焼け焦げた看板、ひび割れた噴水、倒れた像。そのすべてが、かつてここに「人々の営み」があったことを示していた。
 笑い声も、涙も、恋も、祈りも、嘆きも、美徳も、悪徳も――すべてがこの赤い月の下に朽ちている。

 ――――虚しい

 この胸の内から際限なく溢れていた、どす黒い激情に駆られてこれまで生きてきた。しかし今や、無限に溢れていた怨嗟は枯れ果ててしまい、何もなくなった心には虚しさだけが広がっていた。
 すべてを殺せば……仇討をすれば、歓喜に身も心も震わせると思っていたのだが、どうやら見当違いのようだった。
 愛しいモノはすべて奪われ、その報いとしてそれ以外のすべてを自分が破壊したのだ。残ったモノなど有るはずなどなかった。
 俺はゆっくりと息を吐いた。冷たい夜気が喉を焼く。

「こんなちからがなければ、奪われることはかったのだろうか……」

 誰にともなく呟いた声は、ただ風に流されていった。


***


「う……ここ、は?」

 目を覚めた俺の目に映ったのは自宅の天井ではなく、上質な木材を使った見慣れない天井であった。

「……起きた、の?」

 すぐ側で聞き慣れた声がした。視線をそちらへ向けると、心配そうな顔をしたフィリアがそこにいた。
 しかしなぜ彼女がここにいるのだろうか?

「ここは私の家よ。あなた、村に着いた途端に気絶しちゃったのよ……覚えてない?」
「あー、そういえば……」

 確か村に入ったあたりで体力の限界が来て、意識が遠のき始めたんだよな。目を閉じる寸前に夜警の兵士が駆け寄るのが見えて……そのまま気絶しちまったんだな。

「酷い怪我だったわ……お父様が修道院から人を呼んでくれなければ、危なかったわよ」
「あー、それで領主様の館に……それで、――ぃっ!」

 身体を起こそうと身じろぎしたら脇下に激痛が走り、その先の言葉を発することができなかった。

「あっ、駄目よ動いちゃ! まだ治りきっていないんだから!」

 慌てたフィリアに肩を押さえつけられ、そのままベッドに戻される。
 ……そういえばかなりの重傷を負わされたんだった。背骨と内臓も傷付いていたはずだが、そちらに痛みがないということは、魔術で治療されたか。まだ治療が終わっていないのは、あばらと腕か……。

「大人しくしてなさい……あなたが起きたことを皆に知らせてくるから」

 そう言うとフィリアは忙しなく部屋から出ていった。
 扉が閉まるのを確認してから、俺は痛みを落ち着けるために深く息を吐いて、軽く自身の状態を確認する。
 今の自分の恰好は、特殊な素材で織られた検診衣を着せられている。身体に巻いていた血染布は解かれているようで、すぐ側には俺の剣と、もともと身に着けていた衣服が畳まれて置いてあった。結構血で汚れていたはずだが、奇麗に洗濯されている。
 館の使用人の誰かがやってくれたのだろう。血の汚れは頑固だから大変だっただろうに。

「しかし、あいつのあんな顔初めて見たな……」

 フィリアには随分と心配をかけてしまったようだ。何とか化粧で誤魔化していたようだが、彼女の目元には隈ができていた。

「いや……俺もよく眠れたとは言えないか。まさかあの時の夢を見るとはな……」

 夢の中の光景は復讐に狂った俺が、国に住んでいた最後の一人を――グラディア皇帝を殺した直後に見た景色だ。
 俺が兵役した頃はまだグラディオン王国という名前だったが、周辺の国を三つ取り込んだ頃には既に国内では改名しようという案は流れており、七つ目の国を取り込んだ後「グラディア帝国」に変わったんだっけか……まあ、もう亡い国だし細かいことはどうでもいいか。

 俺こと「血塗ちまみ夜王やおう」が滅ぼしたのは、旧グラディオン王国の土地に限定しており、後から取り込まれた属国に対しては手を出さないようにしていた。しかしまさか七つの国が連合を組んで俺を討伐しに来たときには少し驚いたな。
 連合軍の中に先生も居たのはもっと驚いたが、そのおかげで前世の俺は死ねた。そう考えると属国を復讐の対象から外しておいて正解だったな。

「殺されたのに正解というのも、我ながらおかしい話ではあるがな……しかし、喰血哭ブラッドハウル。あいつはいったい何なんだ? 俺が死んだ以上、かつての死者たちが動き続けているはずがないんだが……」

 喰血哭ブラッドハウル……あいつは俺の命令に従わなかった。このことから「血塗れ夜王」がかつての大戦で生み出したものではないことが証明されたが、しかしまったくの無関係であると言い切るにはおかしな点があった。
 魔力で干渉した時、ヤツの身体の奥底で俺の魔力が共鳴した気配を感じた。そのせいで命令に従い止まるんじゃないかと思い込んでしまったのだが、結果ヤツは減速することもなく襲い掛かってきた。おかげでこのザマだ。

「コーネルの水魔術を食らった後に見えた身体の中身と血液の状態を見ても、正常な生物ではないのはわかるが……じゃあ何が俺の魔力に反応したんだ?」

 疑問は尽きないがしかし確実に言えることは、喰血哭ブラッドハウルは俺に関係する何かを持っているということだ。僅かにでも俺と関係があるのだとしたら、あいつを倒すのは俺の義務だ。
 もっとも無関係であったとしても、村に被害を及ぼす可能性がある以上放置はできない。

 そんな事を考えていると、フィリアが老齢の女性を連れて戻ってきた。
 彼女は村の修道院の修道長のエルミナさん。昔から村にいる人で、幼い頃は勉強を教えてもらったりと随分お世話になった人だ。
 修道院や教会には治癒に特化した特殊な魔術が伝わっており、今身に着けている検診衣はその魔術による治癒を効きやすくなる効果がある。
 病気に罹った時は俺も癒してもらったことがあるが、怪我の治療をしてもらうのは初めてだな。

「おはようございます、アゼル君。目が覚めて本当に良かったです……具合はどうですか?」
「気分は悪くありませんが、やはり折れた骨が痛みますね」
「それは……私の力不足ですね。あなたの怪我はとても酷くて、私の魔力では一度にすべての怪我を治すのはできなかったんです……」
「ああいえ、すみません。責めるつもりはなかったんです。もともと固有魔術ユニークマジック使いは属性魔術による治癒の効果が薄いですから……エルミナさんが居なければ俺は死んでたか、ともすれば酷い後遺症があったかもしれません……」

 属性魔術による治癒の魔術は固有魔術ユニークマジック使いに対して効果が低い。それは固有魔術ユニークマジック使いの身体を巡る瘴気に由来する魔力が、属性魔術使いの精気に由来する治癒の魔力を妨害してしまうためだ。まったく効果がないわけではないが、消費する魔力は通常の倍はかかってしまう。

「そう言ってくれると私も心が救われます。もっと精進しなければなりませんね……私もことで魔力も回復しましたし、今日こそ怪我を完治させて見せます」
「はい、よろしくお願いしま――待った、一日?」

 あれ? 俺が村に着いたのは朝日が昇る前だ。気絶してから館に運ばれすぐ治療を受けたとしても、かかった時間はせいぜい一、二時間程度だろう。
 さて、窓の外を見ると太陽は真上よりも少し西側に低い。昼過ぎから夕刻より前といったところだ。

「……なあフィリア。俺たちが森に行ったのはいつの話だ?」
「二日前よ。あなたは帰って来てから、丸一日眠っていたのよ」

 もう二度と目を覚まさないんじゃないかと思ったわ。そう言うフィリアの言葉には、安堵と呆れの溜息が混じっていた。
 マジか。まさかそんなに寝ていたとは……。
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