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26話:コーネルの噂
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エルミナさんの尽力のおかげで、一番辛かった肋骨の負傷が治った。
俺は彼女にお礼を言い、ようやくベッドから身体を起こすことができた。ただ右腕は完治とまではいかず、まだ少し痛みが残っている。
人より魔力保有量が多く骨折すら直ぐに治せるほどの治癒の魔術を使いこなす彼女でも、俺を一日で治すことは難しいようだった。元々、表面の傷を治すのに比べて、骨折や病気などの内面の治療は難易度が高いから無理もない。
とはいえ軽い罅が入ったくらいの状態まで治療されたため、あとは腕を添え木などで固定すれば半月もすれば治る。酷使さえしなければ日常生活を送るのにも支障はないだろう。
治療している間に、話を聴きつけたカイルとリアナが部屋を訪れた。
カイルの傷は既に完治しており、昨日からいろいろ動いていたようだ。カイルには先日の件で何度も感謝され、宥めるのが大変だった。
反対に、リアナには無茶しすぎだと怒られた。どうやら喰血哭の突進を避けずに正面から受け止めようとしたのが、彼女の目には蛮勇に映ったらしい。あれは俺の命令が効くを確かめたかったが故の行動だったのだが、まあ傍から見たらそうにしか見えないよなあ。
エマは村の警備強化の手伝いをしているそうで今はこの場にはいないが、作業が終わり次第顔を見せに来るだろう。
喰血哭については既に報告しており、領主様は緊急連絡用に飼っている鳥の魔物――迅風雀でこの国の王に軍隊の救援要請を出しているようだ。
だがそれで安心はできない。どれだけ国が迅速に軍を編成して向かわせたとしても、最速で十日以上の時間がかかる。軍の派遣を受理するかどうかの協議や行軍速度によってはその倍、もしくは三倍の時間がかかることもある。
相手は「血塗れ夜王」に並ぶ伝説の魔物だ。こちらがどれだけ急いでほしくとも、そう簡単にはいかないだろう。
大量の血を用いて全力で効力を上げた【飢魔招香】の効果は、何もなければ七日は持つ。また【赫籠陣牢】も形を固定してある状態なので、俺が解くか物理的に破壊されない限り永久的にあそこに存在し続ける。
だがそれは不可能なことであることを、誰よりも俺自身がわかっていた。
【血濡魔術】で変形した物は、それが最初からその形であったかのように残り続ける。また劣化に強く、魔術的、物理的な破壊にもある程度耐えることができるが、致命的な弱点が一つある。
それが水だ。特に流水を浴びれば、【血濡魔術】は成す術なく無力化される。
その理由は至極単純で、物体に付いた血が水により洗い流されるからだ。少量であれば血が薄まる程度で済み、支配力や効力は落ちるもののギリギリ魔術が解かれることはない。
しかし物に付着した血液が離れ、流されてしまえば、その物体は【血濡魔術】の効果対象外になり、変形させた物であっても、元の状態に戻されてしまう。
前世でも、戦場に降る雨には何度頭を悩ませたことか……。
この時期はまだ頻繁に雨が降ることは少ないが、まったくないわけではない。加えて、あと二十日もすれば雨期に入る。そうなれば俺に喰血哭を繋ぎ留める術はなくなってしまう。
もっとも、喰血哭自身も水に弱いみたいだから、動けなくなるのはあちらも同じか。
「そういえば……カイル、コーネルは帰ってきたか?」
俺の問いにカイルは首を横に振る。どうやらコーネルは、あの夜から行方をくらましているようだ。
あの危機的な状況で、仲間を見捨てて逃走したんだ。彼に対する信頼が地に落ちることは避けられないが、生死がかかった場では命惜しさに逃げる者は別に少なくない。
見捨てられた側からしたらたまったものではないが、結局は生きたもの勝ちなので俺個人としては悪し様に罵ることはできない。
先に村に着いていたなら彼を裏切者と謗るだけで話は終わっていた。しかし、出てこないとなると話は変わる。臆病風に吹かれて見捨てたのではなく、もしかしたら別の目的があってその場を離れたのではないかと俺は考えている。
根拠は何もないが、出会ったときに感じていた奇妙な気配や、領主様の前で話を聞いたときに見せた意味深な表情……それらを踏まえて今回の裏切りを見ると、そう思わずにはいられない。
初めから目的があって村に来たのか? いや初めて接触した時には彼から悪意の類は感じられなかった。思えばコーネルの様子が変わったのは喰血哭を見た瞬間だったような……。
「今でも信じられないわ……コーネルさんが私たちを見捨てるなんて……」
そう言うリアナの声は失望に沈んでいる。Bランクという冒険者協会の中でも上位に位置する人物が、そんな卑劣なことをしたことが信じられないのだろう。
しかしカイルは何か思い当たることがあるのか、少し悩んだ様子を見せた後こんなことを言い出した。
「……実は――コーネルには、いくつか噂があったんだ。それも、あまり良くない噂がな」
「そうだったの?」
「随分前の話だから、リアナが知らないのも無理はない。コーネルが討伐者として名を上げた人なのは、リアナも前に言ったな。彼は偶然遭遇したBランクの魔物を討伐して帰還したことにより昇格したんだ」
カイルの話によると、コーネルは普段は単独で動いているが、今回のようにパーティーを組んで依頼を受けることがたまにあるらしい。
当時まだCランクだったコーネルは、Dランクのパーティーが受けた魔物の討伐依頼に後輩に対する手伝いという名目で同行した。依頼自体はDランクの冒険者が受けられるレベルの、そこまで難しい任務ではなかったのだが、そこへ運悪くBランクの魔物と遭遇してしまったそうだ。
組んでいたDランクのパーティーは全滅し、コーネルだけがその魔物の討伐部位と魔石を持ってきて帰還した。
「持って帰った討伐部位は鏡爪虎の爪と魔石だったらしい。Cランクのパーティーであっても全滅してしまうような相手だ。帰れなかったDランクの冒険者には悪いが、彼らが何かできるような相手では到底無かったと思う。だからコーネルが一人で帰ってきたことはほぼ奇跡で、討伐したとなるとそれはもう偉業の類で間違いなかった。だからこそ協会に腕前を認められて、Bランクの冒険者に昇格されたんだが……同じCランク冒険者中から、そのことを気に入らないやつが出ていてな……」
カイルが言うには、Bランクの壁は相当高いらしく、長年Cランクで燻る者は多いのだとか。そのため、コーネルがDランクのパーティーを囮にしたという考えが、Cランク帯の連中を筆頭に冒険者の間で流れていたそうだ。
突然Bランクに上がったからとは言え、災難に嫉妬するとはいかがなものかと思うが、まあ想像はできる。
「当時の俺はまだDランクだったし、見苦しい嫉妬だろうと考えて信じてはいなかったんだが……こうなってしまうと噂は本当だったのかと思ってしまうな」
話し終えたカイルは肩をすくめて落胆した様子を見せる。
なるほど、コーネルがBランクだと聞いたとき疑問に感じていたが、どうやら俺が初見の時に抱いた感想は間違っていなさそうだ。
だが不思議な事に、コーネルは確かに鏡爪虎とやらの討伐部位を持ち帰っている様子。俺の感覚ではコーネルはBランクの魔物を倒せるほどの実力はないと判断しているが、逃げ帰ったのではなく確かに討伐しているようだ。
魔物はBランク以上からは、ランクが上がる程にその脅威度は段違いに変わる。そもそもBランクの魔物というのは、一定の戦闘訓練を受けた者が集団で相対するのが大前提の脅威度だ。まぐれなどで倒せるような生物じゃない。
それを単独で討伐できる者は、常人の領域から足を踏み外していると言える。
コーネルの威圧感、雰囲気から判断して、その実力はCランク程度のはずだ。俺の感覚での判断でしかないが、前世で多くの敵と死闘を繰り広げ、多くの殺意と敵意に晒されて培ってきこの感覚を俺は信用している。
ではどうやって倒したのだろうか。協力者、特殊な毒か魔道具……いろいろな可能性が考えられるが、真相は誰にもわからない。突き止めるにはやはり、コーネルを見つけるしかない。
「……コーネルのことは気になるが、目下なんとかしなければならないのは喰血哭だ。村の警備を強化しているって言っていたな。どうなっている?」
コーネルの話は脇に退けて、喰血哭の話に戻す。俺の質問に、今度はフィリアが答える。
「正直あまり良くはないわね。お父様も他の領地に戦力支援を求めているけど、芳しくないみたい……バルドルたち兵士の皆も尽力して防壁を立てているようだけど……実際に攻め込まれたら足止めにもならなそう。間に合わせもいいところよ」
無理もない、か。ロスウェル村は国の辺境にあり、他国からの侵攻の可能性が一応はある。またロスウェル子爵が住んでいることもあり、兵士の数はそれなりに充実している。
だが実際は、西にある険しい山々のおかげで他国からの侵攻の心配はほとんどなく、そのために村の外周には防壁と呼べるものがない。
魔物が村に近寄ってくることもあるが、ほとんどの場合は人間を直接襲うことのないFランクの魔物ばかりで、本当に危険な魔物は恵まれた森の奥から出てくることはない。
それ故に防壁がなくても全く問題なかったが、今回はそれが災いとなってしまったか。
軍が到着したらこの村は一時的に駐屯地になるため、 村の住人は避難場所が決まり次第すぐに動けるように、各々が準備を進めているようだ。
騒ぎが大きくならないようにと領主様はこれまで裏でいろいろと手を回していたが、相手がAランクの魔物が近くにいるとなれば、変に隠してしまっては却って不安や不信感が大きくなるというものだ。そのため領主様は避難命令を発令すると同時に喰血哭の存在を大きく広めたそうだ。
「あ、それからアゼル。今回の喰血哭の発見で今回の任務は完遂したことにする、って子爵様が言っていたわ。アンタの案内人の仕事も終わりよ」
リアナがわかりやすく思い出したと言う顔をして、領主様の連絡を伝えた。
「なんだって? まだ喰血哭が……いや、そうだったな」
もともと領主様が出していた依頼内容は、変死体とそれを生み出した者の調査だった。その仕事に原因自体の排除は含まれていない。
異変の背後に吸血鬼がいる可能性があったから領主様は依頼内容を調査に限定した上で、Cランク以上の冒険者に任せたのだ。それが今や吸血鬼を超える怪物が出たことに加えて、頼りだったBランクの冒険者も失踪した。
唯一の救いは喰血哭という驚異を早期に発見できたことと、一連の異変がヤツの仕業であると断定されたこと。
喰血哭がいつどのように動くかは予測がつかないが、少なくとも今こうして対策に動くことができている。
「アタシとしてはここで終わるのは不本意なんだけど……」
「気持ちはわかるが、これ以上は俺たちの手に余る。既にロスウェル子爵から依頼完遂の証明書にサインを貰って、報酬も受け取っている。冒険者として俺たちができるのはここまでだ」
「それもわかっているけど……」
理解しているが納得はいっていないのか、 聴いていたリアナとそれを言ったカイルも口惜しそうな表情をする。
俺の考えとしては、冒険者としての任務は完了したと見てもなんら文句は出ない。
彼らがいてくれれば村の戦力になるだろうが、Aランクの魔物が相手では再び相対した時命を落とす可能性が高い。村とは関係のない彼らに、命を懸けてくれとは頼めない。
「……十分だろう。あんたたちが頑張って調査してくれたおかげで、喰血哭を見つけることができた。村の皆もこうして避難することができるし、何も知らずに村が襲われるという事態にならずに済んだ。そういう意味では俺たちを見捨てたコーネルも、しっかりと仕事をしたと言える」
この場にエマがいないのが少し惜しいが、俺は彼らに向き直り深々と頭を下げた。
「ありがとな。あんたらのおかげで村の皆が助かる」
俺が誰かに対し頭を下げる人間だとは思っていなかったのか、フィリアも含めてこの場にいる全員が面食らった気配を感じた。
自分が不愛想かつ失礼な自覚はあるが、しかるべき場での礼節を弁えているように、俺だって誰かに対し頭を下げて感謝することもあるさ。
俺は彼女にお礼を言い、ようやくベッドから身体を起こすことができた。ただ右腕は完治とまではいかず、まだ少し痛みが残っている。
人より魔力保有量が多く骨折すら直ぐに治せるほどの治癒の魔術を使いこなす彼女でも、俺を一日で治すことは難しいようだった。元々、表面の傷を治すのに比べて、骨折や病気などの内面の治療は難易度が高いから無理もない。
とはいえ軽い罅が入ったくらいの状態まで治療されたため、あとは腕を添え木などで固定すれば半月もすれば治る。酷使さえしなければ日常生活を送るのにも支障はないだろう。
治療している間に、話を聴きつけたカイルとリアナが部屋を訪れた。
カイルの傷は既に完治しており、昨日からいろいろ動いていたようだ。カイルには先日の件で何度も感謝され、宥めるのが大変だった。
反対に、リアナには無茶しすぎだと怒られた。どうやら喰血哭の突進を避けずに正面から受け止めようとしたのが、彼女の目には蛮勇に映ったらしい。あれは俺の命令が効くを確かめたかったが故の行動だったのだが、まあ傍から見たらそうにしか見えないよなあ。
エマは村の警備強化の手伝いをしているそうで今はこの場にはいないが、作業が終わり次第顔を見せに来るだろう。
喰血哭については既に報告しており、領主様は緊急連絡用に飼っている鳥の魔物――迅風雀でこの国の王に軍隊の救援要請を出しているようだ。
だがそれで安心はできない。どれだけ国が迅速に軍を編成して向かわせたとしても、最速で十日以上の時間がかかる。軍の派遣を受理するかどうかの協議や行軍速度によってはその倍、もしくは三倍の時間がかかることもある。
相手は「血塗れ夜王」に並ぶ伝説の魔物だ。こちらがどれだけ急いでほしくとも、そう簡単にはいかないだろう。
大量の血を用いて全力で効力を上げた【飢魔招香】の効果は、何もなければ七日は持つ。また【赫籠陣牢】も形を固定してある状態なので、俺が解くか物理的に破壊されない限り永久的にあそこに存在し続ける。
だがそれは不可能なことであることを、誰よりも俺自身がわかっていた。
【血濡魔術】で変形した物は、それが最初からその形であったかのように残り続ける。また劣化に強く、魔術的、物理的な破壊にもある程度耐えることができるが、致命的な弱点が一つある。
それが水だ。特に流水を浴びれば、【血濡魔術】は成す術なく無力化される。
その理由は至極単純で、物体に付いた血が水により洗い流されるからだ。少量であれば血が薄まる程度で済み、支配力や効力は落ちるもののギリギリ魔術が解かれることはない。
しかし物に付着した血液が離れ、流されてしまえば、その物体は【血濡魔術】の効果対象外になり、変形させた物であっても、元の状態に戻されてしまう。
前世でも、戦場に降る雨には何度頭を悩ませたことか……。
この時期はまだ頻繁に雨が降ることは少ないが、まったくないわけではない。加えて、あと二十日もすれば雨期に入る。そうなれば俺に喰血哭を繋ぎ留める術はなくなってしまう。
もっとも、喰血哭自身も水に弱いみたいだから、動けなくなるのはあちらも同じか。
「そういえば……カイル、コーネルは帰ってきたか?」
俺の問いにカイルは首を横に振る。どうやらコーネルは、あの夜から行方をくらましているようだ。
あの危機的な状況で、仲間を見捨てて逃走したんだ。彼に対する信頼が地に落ちることは避けられないが、生死がかかった場では命惜しさに逃げる者は別に少なくない。
見捨てられた側からしたらたまったものではないが、結局は生きたもの勝ちなので俺個人としては悪し様に罵ることはできない。
先に村に着いていたなら彼を裏切者と謗るだけで話は終わっていた。しかし、出てこないとなると話は変わる。臆病風に吹かれて見捨てたのではなく、もしかしたら別の目的があってその場を離れたのではないかと俺は考えている。
根拠は何もないが、出会ったときに感じていた奇妙な気配や、領主様の前で話を聞いたときに見せた意味深な表情……それらを踏まえて今回の裏切りを見ると、そう思わずにはいられない。
初めから目的があって村に来たのか? いや初めて接触した時には彼から悪意の類は感じられなかった。思えばコーネルの様子が変わったのは喰血哭を見た瞬間だったような……。
「今でも信じられないわ……コーネルさんが私たちを見捨てるなんて……」
そう言うリアナの声は失望に沈んでいる。Bランクという冒険者協会の中でも上位に位置する人物が、そんな卑劣なことをしたことが信じられないのだろう。
しかしカイルは何か思い当たることがあるのか、少し悩んだ様子を見せた後こんなことを言い出した。
「……実は――コーネルには、いくつか噂があったんだ。それも、あまり良くない噂がな」
「そうだったの?」
「随分前の話だから、リアナが知らないのも無理はない。コーネルが討伐者として名を上げた人なのは、リアナも前に言ったな。彼は偶然遭遇したBランクの魔物を討伐して帰還したことにより昇格したんだ」
カイルの話によると、コーネルは普段は単独で動いているが、今回のようにパーティーを組んで依頼を受けることがたまにあるらしい。
当時まだCランクだったコーネルは、Dランクのパーティーが受けた魔物の討伐依頼に後輩に対する手伝いという名目で同行した。依頼自体はDランクの冒険者が受けられるレベルの、そこまで難しい任務ではなかったのだが、そこへ運悪くBランクの魔物と遭遇してしまったそうだ。
組んでいたDランクのパーティーは全滅し、コーネルだけがその魔物の討伐部位と魔石を持ってきて帰還した。
「持って帰った討伐部位は鏡爪虎の爪と魔石だったらしい。Cランクのパーティーであっても全滅してしまうような相手だ。帰れなかったDランクの冒険者には悪いが、彼らが何かできるような相手では到底無かったと思う。だからコーネルが一人で帰ってきたことはほぼ奇跡で、討伐したとなるとそれはもう偉業の類で間違いなかった。だからこそ協会に腕前を認められて、Bランクの冒険者に昇格されたんだが……同じCランク冒険者中から、そのことを気に入らないやつが出ていてな……」
カイルが言うには、Bランクの壁は相当高いらしく、長年Cランクで燻る者は多いのだとか。そのため、コーネルがDランクのパーティーを囮にしたという考えが、Cランク帯の連中を筆頭に冒険者の間で流れていたそうだ。
突然Bランクに上がったからとは言え、災難に嫉妬するとはいかがなものかと思うが、まあ想像はできる。
「当時の俺はまだDランクだったし、見苦しい嫉妬だろうと考えて信じてはいなかったんだが……こうなってしまうと噂は本当だったのかと思ってしまうな」
話し終えたカイルは肩をすくめて落胆した様子を見せる。
なるほど、コーネルがBランクだと聞いたとき疑問に感じていたが、どうやら俺が初見の時に抱いた感想は間違っていなさそうだ。
だが不思議な事に、コーネルは確かに鏡爪虎とやらの討伐部位を持ち帰っている様子。俺の感覚ではコーネルはBランクの魔物を倒せるほどの実力はないと判断しているが、逃げ帰ったのではなく確かに討伐しているようだ。
魔物はBランク以上からは、ランクが上がる程にその脅威度は段違いに変わる。そもそもBランクの魔物というのは、一定の戦闘訓練を受けた者が集団で相対するのが大前提の脅威度だ。まぐれなどで倒せるような生物じゃない。
それを単独で討伐できる者は、常人の領域から足を踏み外していると言える。
コーネルの威圧感、雰囲気から判断して、その実力はCランク程度のはずだ。俺の感覚での判断でしかないが、前世で多くの敵と死闘を繰り広げ、多くの殺意と敵意に晒されて培ってきこの感覚を俺は信用している。
ではどうやって倒したのだろうか。協力者、特殊な毒か魔道具……いろいろな可能性が考えられるが、真相は誰にもわからない。突き止めるにはやはり、コーネルを見つけるしかない。
「……コーネルのことは気になるが、目下なんとかしなければならないのは喰血哭だ。村の警備を強化しているって言っていたな。どうなっている?」
コーネルの話は脇に退けて、喰血哭の話に戻す。俺の質問に、今度はフィリアが答える。
「正直あまり良くはないわね。お父様も他の領地に戦力支援を求めているけど、芳しくないみたい……バルドルたち兵士の皆も尽力して防壁を立てているようだけど……実際に攻め込まれたら足止めにもならなそう。間に合わせもいいところよ」
無理もない、か。ロスウェル村は国の辺境にあり、他国からの侵攻の可能性が一応はある。またロスウェル子爵が住んでいることもあり、兵士の数はそれなりに充実している。
だが実際は、西にある険しい山々のおかげで他国からの侵攻の心配はほとんどなく、そのために村の外周には防壁と呼べるものがない。
魔物が村に近寄ってくることもあるが、ほとんどの場合は人間を直接襲うことのないFランクの魔物ばかりで、本当に危険な魔物は恵まれた森の奥から出てくることはない。
それ故に防壁がなくても全く問題なかったが、今回はそれが災いとなってしまったか。
軍が到着したらこの村は一時的に駐屯地になるため、 村の住人は避難場所が決まり次第すぐに動けるように、各々が準備を進めているようだ。
騒ぎが大きくならないようにと領主様はこれまで裏でいろいろと手を回していたが、相手がAランクの魔物が近くにいるとなれば、変に隠してしまっては却って不安や不信感が大きくなるというものだ。そのため領主様は避難命令を発令すると同時に喰血哭の存在を大きく広めたそうだ。
「あ、それからアゼル。今回の喰血哭の発見で今回の任務は完遂したことにする、って子爵様が言っていたわ。アンタの案内人の仕事も終わりよ」
リアナがわかりやすく思い出したと言う顔をして、領主様の連絡を伝えた。
「なんだって? まだ喰血哭が……いや、そうだったな」
もともと領主様が出していた依頼内容は、変死体とそれを生み出した者の調査だった。その仕事に原因自体の排除は含まれていない。
異変の背後に吸血鬼がいる可能性があったから領主様は依頼内容を調査に限定した上で、Cランク以上の冒険者に任せたのだ。それが今や吸血鬼を超える怪物が出たことに加えて、頼りだったBランクの冒険者も失踪した。
唯一の救いは喰血哭という驚異を早期に発見できたことと、一連の異変がヤツの仕業であると断定されたこと。
喰血哭がいつどのように動くかは予測がつかないが、少なくとも今こうして対策に動くことができている。
「アタシとしてはここで終わるのは不本意なんだけど……」
「気持ちはわかるが、これ以上は俺たちの手に余る。既にロスウェル子爵から依頼完遂の証明書にサインを貰って、報酬も受け取っている。冒険者として俺たちができるのはここまでだ」
「それもわかっているけど……」
理解しているが納得はいっていないのか、 聴いていたリアナとそれを言ったカイルも口惜しそうな表情をする。
俺の考えとしては、冒険者としての任務は完了したと見てもなんら文句は出ない。
彼らがいてくれれば村の戦力になるだろうが、Aランクの魔物が相手では再び相対した時命を落とす可能性が高い。村とは関係のない彼らに、命を懸けてくれとは頼めない。
「……十分だろう。あんたたちが頑張って調査してくれたおかげで、喰血哭を見つけることができた。村の皆もこうして避難することができるし、何も知らずに村が襲われるという事態にならずに済んだ。そういう意味では俺たちを見捨てたコーネルも、しっかりと仕事をしたと言える」
この場にエマがいないのが少し惜しいが、俺は彼らに向き直り深々と頭を下げた。
「ありがとな。あんたらのおかげで村の皆が助かる」
俺が誰かに対し頭を下げる人間だとは思っていなかったのか、フィリアも含めてこの場にいる全員が面食らった気配を感じた。
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