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29話:血濡れの獣と血塗れの刃
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森の奥から重い足音と、木々を薙ぎ倒す音が響き、それが次第に大きくなっていく。
俺は急いで兵士から血晶を奪い取り【飢魔招香】を解いたがすでに後の祭りだった。
「ゲルルゥゥ……アァァアアァァァッ‼」
木々を根元から吹き飛ばして、轟音と共に喰血哭がその姿を現した。
「な、なんだよこいつは⁉」
喰血哭を初めて目にした兵士たちは、その異形と威圧感に恐怖し顔を歪ませる。
あまりの恐怖に動物的な本能が働いたのか、兵の中には武器を捨てて逃走した者がいたが、そちらはまだ良い方だと言えた。兵士としては失格かもしれないが、少なくとも生存するための正しい行動をその者は選択できたのだから。
反対に、喰血哭の威圧に抗えなかった者は悲惨な状態となっていた。
ある者は握っていた武器を落として呆然と立ち尽くし、またある者は腰を抜かして地面に座り込む。酷い者は、頭を抱えて蹲り、現実から目を逸らしている有様だ。
戦場でそのような状態に陥った者を俺は数多く見てきたが、そうなった者は無為に死ぬ道しか残されていない。
「おい、しかりしろ! 立て、立つんだ‼」
ただこの場における唯一の救いは、発狂せずに戦意が残っている者が半数以上いたことだ。
喰血哭と戦うには役不足ではあるが、動かなくなってしまった兵士を引きずって避難させることはできそうだ。
「動かなくなったやつを連れて逃げろ! 喰血哭に近付くな!」
俺は兵士にそう言い放ち、彼らから距離を離すために喰血哭へ駆け出す。
【赫籠陣牢】に使った血染布こそ無いが、大量の血を凝固させた血晶がここに有るおかげで出来ることが増えた。血をふんだんに吸着させた鞘もあることだし、少なくとも、喰血哭と一対一で戦うための武器としては申し分ない。
一つ不安があるとしたら防具や搦め手のための材料が、この二つ以外に何もないということだ。血染布があれば前回のように拘束したり、身体に巻き付けて鎧にすることもできるのだが……こうなるなら家にある血染布を一枚だけでも持ってくれば良かったな。
周囲には地穿鹿の死体と、そこから流れた血溜まりが残っている。しかし死体の表面には少ししか血が付着しておらず、あれを【血濡魔術】の制御下に置くには少なくない時間と手間が必要だった。
逆に流れ出た血を取り込むことも考えたが、喰血哭の吸血能力のことを考えると、血を奪われた時の補給用として温存しておきたい。
「無いものをねだっても仕方がない――集まれ【鎌首】!」
方々に散っていた大鎌を集め、ひとつに纏める。
血が集ったことにより、切れ味、威力共に上がった大鎌を、別の形状に変えていく。
喰血哭の弱点は俺の魔術と同様「水」であることは前回でわかったが、残念なことにこの場に水場はない。
だが俺は昨晩の戦闘を思い出して、水以外にも効果があるものが一つだけあったことに気付いていた。
「【血織刃:崩嚇潰】!」
【鎌首】の刃が丸まり大きく膨張し、次の瞬間には岩をも破壊し得る巨大な戦槌へと変化する。
それを大きく振りかぶり喰血哭の横面に全力で叩きつけた。
――ダッバキャァ……という水面に物を叩きつけたような音の中に、何か脆い物が砕けるような音を轟かせて、喰血哭の頭が大きく仰け反る。
「ギャオゥ――⁉」
「ぐぅ――」
エマの放っていた【風裂刃】では一切の反応を示していなかったが、リアナが使用していた【振土】だけはダメージにはならずとも嫌がるような反応を示していた。
そのことから水以外にも土魔術、もしくは振動も効くのではないかと予想した。俺の【血織刃】でも苦しんでいるのを見るに、どうやら後者のようだな。
衝撃が腕に響き無視できない痛みが広がったが、その甲斐もあって喰血哭の顔は大きくひしゃげて、原型を留めていなかった。
しかし――
「ギョ……ギ、ゲッ……」
「ちっ、そう上手くはいかないと思っていたが、それにしたって不死身が過ぎるだろ……手応えも妙な感じだったしよ」
崩れた顔がボコボコと盛り上がり、やがて何事もなかったかのように元に戻る。再生するのは想定内だが、どうやら頭部には魔物が持つ魔石は存在していないようだ。
だが僅かにダメージが入ったのか、喰血哭は敵意を持って俺を睨みつけた。
「ゲルルゥゥアァァアアァァァッ‼」
「来いよ喰血哭。村の皆に手を出せると思うなよ」
喰血哭が腕を大きく振り上げて、その鉤爪を叩きつける。それらの攻撃を躱しながら、俺はお返しとばかりに【崩嚇潰】を次々と叩きつける。
腕による攻撃はできるだけギリギリで躱し、擦れ違いざまに攻撃を当てる。牙による咬撃は、高いダメージが期待できるため避けずに向かい打つ形で戦槌を振り抜く。
腕や頭だけでなく、臀部や脚、背にも【崩嚇潰】を当て、よりダメージが与えられそうなところを探る。
それを繰り返しているうちに、俺を捉えられないことに業を煮やしたのか、喰血哭は前回見せた巨大な人間の腕が背中から生やし攻撃の間隔を狭めていく。
「くっ、厄介だが……腕が四本に増えたくらいで、俺を捉えられると思うなよっ」
得意の吸血能力も触れ続けていないと効果が発揮できないのか、鞘や血晶から血が減った感覚がない。
背中の長い腕を使って少し離れた位置から攻撃されると厄介だが、腕や指の隙間を潜り抜けて接近すれば容易に懐まで接近できる。巨大な手を紙一重で避けるのはリスクがあるが、それを超えれば避けた腕が追撃の邪魔となって、次の攻撃までに僅かな時間ができる。
そうした隙を縫って何度か攻撃を叩きつけたことでわかったが、当てる部位によって喰血哭の反応が大きく違う。
腕や脚への攻撃は転ばせるのには有効だが、ダメージを与えるという点ではあまり効果はない。頭や尻も手足よりかはマシだが、反応は鈍い。しかし、胸や腹への攻撃はかなり嫌がる様子を見せた。特に腹が急所なのか、当てれば確実に苦悶の鳴き声を上げる。
そこに魔石か、あるいは別の何かがあるのか。何回か【崩嚇潰】で叩いて以降、俺が腹に近付くと全力で回避行動をするようになった。
手応えは他の部位よりも遥かに固く、そこに装甲を集中させているのは明らかだった。何があるかはわからないが、おそらく喰血哭にとって重要な物だろう。
さしずめ装甲は、人体における肋骨や頭蓋骨といったところか。
ただ【崩嚇潰】では何度叩いても体内の装甲を砕くことはできないようだった。鉄板でも仕込んでいるんじゃないかと思うほどの硬さだが、しかし固い装甲を突破する方法はいくつかある。
「ちょっとばかし血を取られるだろうが、これで致命傷を与えられれば――あわよくば魔石ごとぶち抜いて、死んでくれれば問題ない!」
右前脚の攻撃を躱し滑り込むように接近すると、血晶を巨大な釘に変形させて、それを喰血哭の腹に軽く突き立てる。腹に違和感を感じた喰血哭が回避行動を取り始めるがもう遅い。
俺は全身を使って【崩嚇潰】を振りかぶり、腹に刺さった釘を全力で打ちつけた。
――――ガアァァン!
金属同士がぶつかったような大きな音を立てて、血晶の釘が喰血哭の腹に深く刺さる。
「ギィッ、ギャルルゥゥアアッ⁉」
喰血哭の身体がビクリと跳ねて絶叫を上げた。
仕留めるとまではいかなかったが、これまでとは比べ物にならないダメージを与えられたようで、思わず俺はほくそ笑む。
俺の筋力だけでなく、衝突の瞬間に魔力操作で【崩嚇潰】自体を操作して、更なる加速を加えた強烈な一撃だ。よく効くだろう?
「もう一度――なんだ?」
再び釘を打ち付けようと刺さった血晶を抜こうとしたが、釘の向こう側から何者かに引っ張られる感覚があり、僅かに抜くのに手間取った。
釘自体は再び手の平大に縮めることで簡単に抜けたのだが、抵抗によるほんの一瞬の硬直がこの場では命取りとなった。
「ゲルルァア!」
「な――うぐっ⁉」
喰血哭の腹が泡立つと、そこから鋭い棘が無数に飛び出してきた。
とっさに身体を引き、頭などの急所が貫かれるのは避けられはしたが、血晶を回収するために喰血哭に接触していたため、左肩は貫かれ、腕も無数の刺し傷をつけられてしまった。
コイツ、腕を生やすだけじゃなくこんなことまでしてくるのかよ⁉ ――いや、腕を生やせるのだから、それ以外の物も生やせて不思議ではない。
知能が低いから器用なことはできないと高を括り、警戒していたつもりでどこか侮っていた俺の落ち度だ。
「しかもよく見ればその棘、俺から奪った血染布じゃねえか……ふざけやがって」
腹から生えた棘は血染布以外にも、真っ赤に染まった動物の牙や骨でできていた。
体内に取り込んだ物を攻撃に利用したり、自由な変形を見せられるとリアナが最初に言っていた通り、粘魔のように思えてくる。まさか本当に喰血哭の正体は、粘魔のような不定形生物なのか?
「いや、この禍々しい気配は間違いなく「瘴気」の魔力……そもそも粘魔が、こんなにも自在に形を変えることができたか?」
魔物の多くは固有魔術と同じ「瘴気」に由来する魔力を持って産まれるが、中には属性魔術と同じ「精気」に由来する魔力を持って産まれる魔物もいる。粘魔はその数少ない、精気由来の魔力を持った魔物だ。
瘴気から産まれた粘魔など聞いたことがない……だから選択肢から外していたのだが、ここまで自由な変形を見せられると自信が無くなる。
「ゲルルゥウ!」
「くっ――【断紅障】!」
再び突き出された棘を盾で防いだが、そこからの喰血哭の攻撃はより多彩なものへと変化する。
四つの腕や牙を用いた元の攻撃に加え、身体のいたるところから棘や小さな腕が生えて細かい攻撃をしてくるようになった。果ては獣の頭まで生えて噛みついてくるため、こちらが攻撃をする隙が減っていく。
対する俺は治りきっていない右腕に加えて、左腕まで負傷してしまい、思ったように武器を振るえない。
血に濡れた左袖を肩から破き、【血濡魔術】で腕の補強具として活用することができるようになったが、せいぜいその場しのぎでしかない。
痛みを食いしばって武器を振るったところで、本来のパフォーマンスには及ばない。次第にこちらから攻撃をする余裕すら失い、盾で防ぐことしかできなくなってくる。
往々にして、そういった攻めのない戦法では、そう長くは生きられない……。
「しまった⁉」
回避した左腕の側面から生えた棘により、【断紅障】が俺の手から弾き飛ばされる。
すぐに魔力操作で盾を引き寄せるが、一瞬の無防備な姿を見逃すほど喰血哭は愚鈍ではなかった。
「ゲルルゥゥ!」
背中から生えた二本の腕が、俺の頭上と左から挟み込むように迫る。
苦し紛れに引き寄せた【断紅障】を構えるも、立木を折り地面を砕く力を持つ腕から身を守れる自信はなかった。
防げないと判断した俺は、覚悟を決め自身の首の右側に手を添えた。
「――【紅蓮の焔槍】!」
しかし次に来たのは死を覚悟するほどの衝撃ではなく、どこからか飛来した炎の槍によってその巨腕が弾かれる光景だった。
「今の声……まさか!」
そんなはずはないと思いながら声がした方向を見ると、そこには肩で息をしながら両手を突き出して立つフィリアの姿があった。
俺は急いで兵士から血晶を奪い取り【飢魔招香】を解いたがすでに後の祭りだった。
「ゲルルゥゥ……アァァアアァァァッ‼」
木々を根元から吹き飛ばして、轟音と共に喰血哭がその姿を現した。
「な、なんだよこいつは⁉」
喰血哭を初めて目にした兵士たちは、その異形と威圧感に恐怖し顔を歪ませる。
あまりの恐怖に動物的な本能が働いたのか、兵の中には武器を捨てて逃走した者がいたが、そちらはまだ良い方だと言えた。兵士としては失格かもしれないが、少なくとも生存するための正しい行動をその者は選択できたのだから。
反対に、喰血哭の威圧に抗えなかった者は悲惨な状態となっていた。
ある者は握っていた武器を落として呆然と立ち尽くし、またある者は腰を抜かして地面に座り込む。酷い者は、頭を抱えて蹲り、現実から目を逸らしている有様だ。
戦場でそのような状態に陥った者を俺は数多く見てきたが、そうなった者は無為に死ぬ道しか残されていない。
「おい、しかりしろ! 立て、立つんだ‼」
ただこの場における唯一の救いは、発狂せずに戦意が残っている者が半数以上いたことだ。
喰血哭と戦うには役不足ではあるが、動かなくなってしまった兵士を引きずって避難させることはできそうだ。
「動かなくなったやつを連れて逃げろ! 喰血哭に近付くな!」
俺は兵士にそう言い放ち、彼らから距離を離すために喰血哭へ駆け出す。
【赫籠陣牢】に使った血染布こそ無いが、大量の血を凝固させた血晶がここに有るおかげで出来ることが増えた。血をふんだんに吸着させた鞘もあることだし、少なくとも、喰血哭と一対一で戦うための武器としては申し分ない。
一つ不安があるとしたら防具や搦め手のための材料が、この二つ以外に何もないということだ。血染布があれば前回のように拘束したり、身体に巻き付けて鎧にすることもできるのだが……こうなるなら家にある血染布を一枚だけでも持ってくれば良かったな。
周囲には地穿鹿の死体と、そこから流れた血溜まりが残っている。しかし死体の表面には少ししか血が付着しておらず、あれを【血濡魔術】の制御下に置くには少なくない時間と手間が必要だった。
逆に流れ出た血を取り込むことも考えたが、喰血哭の吸血能力のことを考えると、血を奪われた時の補給用として温存しておきたい。
「無いものをねだっても仕方がない――集まれ【鎌首】!」
方々に散っていた大鎌を集め、ひとつに纏める。
血が集ったことにより、切れ味、威力共に上がった大鎌を、別の形状に変えていく。
喰血哭の弱点は俺の魔術と同様「水」であることは前回でわかったが、残念なことにこの場に水場はない。
だが俺は昨晩の戦闘を思い出して、水以外にも効果があるものが一つだけあったことに気付いていた。
「【血織刃:崩嚇潰】!」
【鎌首】の刃が丸まり大きく膨張し、次の瞬間には岩をも破壊し得る巨大な戦槌へと変化する。
それを大きく振りかぶり喰血哭の横面に全力で叩きつけた。
――ダッバキャァ……という水面に物を叩きつけたような音の中に、何か脆い物が砕けるような音を轟かせて、喰血哭の頭が大きく仰け反る。
「ギャオゥ――⁉」
「ぐぅ――」
エマの放っていた【風裂刃】では一切の反応を示していなかったが、リアナが使用していた【振土】だけはダメージにはならずとも嫌がるような反応を示していた。
そのことから水以外にも土魔術、もしくは振動も効くのではないかと予想した。俺の【血織刃】でも苦しんでいるのを見るに、どうやら後者のようだな。
衝撃が腕に響き無視できない痛みが広がったが、その甲斐もあって喰血哭の顔は大きくひしゃげて、原型を留めていなかった。
しかし――
「ギョ……ギ、ゲッ……」
「ちっ、そう上手くはいかないと思っていたが、それにしたって不死身が過ぎるだろ……手応えも妙な感じだったしよ」
崩れた顔がボコボコと盛り上がり、やがて何事もなかったかのように元に戻る。再生するのは想定内だが、どうやら頭部には魔物が持つ魔石は存在していないようだ。
だが僅かにダメージが入ったのか、喰血哭は敵意を持って俺を睨みつけた。
「ゲルルゥゥアァァアアァァァッ‼」
「来いよ喰血哭。村の皆に手を出せると思うなよ」
喰血哭が腕を大きく振り上げて、その鉤爪を叩きつける。それらの攻撃を躱しながら、俺はお返しとばかりに【崩嚇潰】を次々と叩きつける。
腕による攻撃はできるだけギリギリで躱し、擦れ違いざまに攻撃を当てる。牙による咬撃は、高いダメージが期待できるため避けずに向かい打つ形で戦槌を振り抜く。
腕や頭だけでなく、臀部や脚、背にも【崩嚇潰】を当て、よりダメージが与えられそうなところを探る。
それを繰り返しているうちに、俺を捉えられないことに業を煮やしたのか、喰血哭は前回見せた巨大な人間の腕が背中から生やし攻撃の間隔を狭めていく。
「くっ、厄介だが……腕が四本に増えたくらいで、俺を捉えられると思うなよっ」
得意の吸血能力も触れ続けていないと効果が発揮できないのか、鞘や血晶から血が減った感覚がない。
背中の長い腕を使って少し離れた位置から攻撃されると厄介だが、腕や指の隙間を潜り抜けて接近すれば容易に懐まで接近できる。巨大な手を紙一重で避けるのはリスクがあるが、それを超えれば避けた腕が追撃の邪魔となって、次の攻撃までに僅かな時間ができる。
そうした隙を縫って何度か攻撃を叩きつけたことでわかったが、当てる部位によって喰血哭の反応が大きく違う。
腕や脚への攻撃は転ばせるのには有効だが、ダメージを与えるという点ではあまり効果はない。頭や尻も手足よりかはマシだが、反応は鈍い。しかし、胸や腹への攻撃はかなり嫌がる様子を見せた。特に腹が急所なのか、当てれば確実に苦悶の鳴き声を上げる。
そこに魔石か、あるいは別の何かがあるのか。何回か【崩嚇潰】で叩いて以降、俺が腹に近付くと全力で回避行動をするようになった。
手応えは他の部位よりも遥かに固く、そこに装甲を集中させているのは明らかだった。何があるかはわからないが、おそらく喰血哭にとって重要な物だろう。
さしずめ装甲は、人体における肋骨や頭蓋骨といったところか。
ただ【崩嚇潰】では何度叩いても体内の装甲を砕くことはできないようだった。鉄板でも仕込んでいるんじゃないかと思うほどの硬さだが、しかし固い装甲を突破する方法はいくつかある。
「ちょっとばかし血を取られるだろうが、これで致命傷を与えられれば――あわよくば魔石ごとぶち抜いて、死んでくれれば問題ない!」
右前脚の攻撃を躱し滑り込むように接近すると、血晶を巨大な釘に変形させて、それを喰血哭の腹に軽く突き立てる。腹に違和感を感じた喰血哭が回避行動を取り始めるがもう遅い。
俺は全身を使って【崩嚇潰】を振りかぶり、腹に刺さった釘を全力で打ちつけた。
――――ガアァァン!
金属同士がぶつかったような大きな音を立てて、血晶の釘が喰血哭の腹に深く刺さる。
「ギィッ、ギャルルゥゥアアッ⁉」
喰血哭の身体がビクリと跳ねて絶叫を上げた。
仕留めるとまではいかなかったが、これまでとは比べ物にならないダメージを与えられたようで、思わず俺はほくそ笑む。
俺の筋力だけでなく、衝突の瞬間に魔力操作で【崩嚇潰】自体を操作して、更なる加速を加えた強烈な一撃だ。よく効くだろう?
「もう一度――なんだ?」
再び釘を打ち付けようと刺さった血晶を抜こうとしたが、釘の向こう側から何者かに引っ張られる感覚があり、僅かに抜くのに手間取った。
釘自体は再び手の平大に縮めることで簡単に抜けたのだが、抵抗によるほんの一瞬の硬直がこの場では命取りとなった。
「ゲルルァア!」
「な――うぐっ⁉」
喰血哭の腹が泡立つと、そこから鋭い棘が無数に飛び出してきた。
とっさに身体を引き、頭などの急所が貫かれるのは避けられはしたが、血晶を回収するために喰血哭に接触していたため、左肩は貫かれ、腕も無数の刺し傷をつけられてしまった。
コイツ、腕を生やすだけじゃなくこんなことまでしてくるのかよ⁉ ――いや、腕を生やせるのだから、それ以外の物も生やせて不思議ではない。
知能が低いから器用なことはできないと高を括り、警戒していたつもりでどこか侮っていた俺の落ち度だ。
「しかもよく見ればその棘、俺から奪った血染布じゃねえか……ふざけやがって」
腹から生えた棘は血染布以外にも、真っ赤に染まった動物の牙や骨でできていた。
体内に取り込んだ物を攻撃に利用したり、自由な変形を見せられるとリアナが最初に言っていた通り、粘魔のように思えてくる。まさか本当に喰血哭の正体は、粘魔のような不定形生物なのか?
「いや、この禍々しい気配は間違いなく「瘴気」の魔力……そもそも粘魔が、こんなにも自在に形を変えることができたか?」
魔物の多くは固有魔術と同じ「瘴気」に由来する魔力を持って産まれるが、中には属性魔術と同じ「精気」に由来する魔力を持って産まれる魔物もいる。粘魔はその数少ない、精気由来の魔力を持った魔物だ。
瘴気から産まれた粘魔など聞いたことがない……だから選択肢から外していたのだが、ここまで自由な変形を見せられると自信が無くなる。
「ゲルルゥウ!」
「くっ――【断紅障】!」
再び突き出された棘を盾で防いだが、そこからの喰血哭の攻撃はより多彩なものへと変化する。
四つの腕や牙を用いた元の攻撃に加え、身体のいたるところから棘や小さな腕が生えて細かい攻撃をしてくるようになった。果ては獣の頭まで生えて噛みついてくるため、こちらが攻撃をする隙が減っていく。
対する俺は治りきっていない右腕に加えて、左腕まで負傷してしまい、思ったように武器を振るえない。
血に濡れた左袖を肩から破き、【血濡魔術】で腕の補強具として活用することができるようになったが、せいぜいその場しのぎでしかない。
痛みを食いしばって武器を振るったところで、本来のパフォーマンスには及ばない。次第にこちらから攻撃をする余裕すら失い、盾で防ぐことしかできなくなってくる。
往々にして、そういった攻めのない戦法では、そう長くは生きられない……。
「しまった⁉」
回避した左腕の側面から生えた棘により、【断紅障】が俺の手から弾き飛ばされる。
すぐに魔力操作で盾を引き寄せるが、一瞬の無防備な姿を見逃すほど喰血哭は愚鈍ではなかった。
「ゲルルゥゥ!」
背中から生えた二本の腕が、俺の頭上と左から挟み込むように迫る。
苦し紛れに引き寄せた【断紅障】を構えるも、立木を折り地面を砕く力を持つ腕から身を守れる自信はなかった。
防げないと判断した俺は、覚悟を決め自身の首の右側に手を添えた。
「――【紅蓮の焔槍】!」
しかし次に来たのは死を覚悟するほどの衝撃ではなく、どこからか飛来した炎の槍によってその巨腕が弾かれる光景だった。
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