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30話:反撃の兆し
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「燃え盛れ 紅き閃光
敵を貫き 灼炎を齎せ――【紅蓮の焔槍】!」
フィリアは早口で詠唱し、再び炎の槍を喰血哭に放つ。
彼女が唱えているのは火属性中級魔術の【紅蓮の焔槍】だが、練度が低いためかまだ詠唱なしでは魔術を放てないようだ。
「アゼル逃げて!」
「フィリア、なんでここにいる⁉」
あまりダメージにはなっていないようだが、それでも【紅蓮の焔槍】が鬱陶しかったのか、喰血哭の注意がフィリアに向かう。
「危ない⁉」
腕がフィリアに向かって伸びたのを見て、俺は【断紅障】をフィリアへ飛ばすが、盾が届くよりも喰血哭の腕の方が早い。
「――【小焔球】!」
「――【岩弾】!」
しかし喰血哭の腕が届くよりも、フィリアが逃げ出すよりも早く、どこからか飛来した無数の火球と岩石が喰血哭の腕を砕いた。
「二人とも、こっちだ!」
声がした方向に視線を向けると、そこには大勢の兵士の姿があった。先頭には隊長のバルドルさんの姿もある。
「早く来い、そこにいると巻き込まれるぞ!」
バルドルさんの言葉の意味に気付いた俺は、盾でフィリア身体を掬い上げて、自身も走り出す。
後方から喰血哭の追撃が迫るが、魔術を使える兵士の支援により難なく俺とフィリアは隊の下へ合流できた。
俺たちが到着したのを確認すると、魔術を使える前衛の一部の兵士たちが一斉に攻撃を始め、喰血哭に魔術の雨が降り注いだ。
「無事……ではないな。まったく兵でもないのに無茶をするものだ」
「緊急事態だったものでして……助けてくれてありがとうございます。あのままではこの程度の怪我では済まなかったでしょう」
「命があってなによりだ……しかし、何故フィリア様がここに……」
バルドルさんが厳しい目をフィリアに向けた。彼がフィリアをそんな風に見たことが、これまであっただろうか? とは言え、今回ばかりは俺も同じ気持ちだった。
しかしフィリアは俺たちの視線を受けても怯んだ様子もなく、それどころか何故か俺を睨み返した。
「アゼルがここに行っちゃったから、私も追いかける羽目になったんじゃない! あんなのと真正面から戦うなんて正気なの⁉」
「それは……俺だってあいつが出てくるなんて思ってなかったんだよ! ていうかお前がここにいて良い理由にはならないだろうが!」
「それを言ったらあなたも同じでしょ⁉ 兵士じゃないアゼルがあんな無茶をしていいわけないじゃない!」
確かにフィリアの言う通り、予備兵でもない俺が戦いに赴くのはおかしな話ではある。
そもそも最初は地穿鹿が何らかの理由で暴れているか、いるとしても夜狩熊とかのCランクの魔物くらいだろうと思っていた。
まさか喰血哭が出てくるとは思っていなかったが、こうして出てきてしまった以上、俺しかこいつを止められなかった。戦う理由を言えというのであれば、俺だけが喰血哭の足止めをしながら生き残れる可能性があったからだ。
それに対しフィリアは、魔術に多少の腕がある程度でそこまでの実力はない。この危険地帯に近付くのは、愚行としか言いようがない。
「ええい、いい加減にせんか!」
俺たちの言い合いに我慢の限界が来たのか、バルドルさんが怒声を上げる。その気迫に圧され、俺とフィリアは互いに次に言おうとしていた言葉を飲み込まされた。
……冷静になれ。バルドルさんの言う通り、今は不毛な言い争いをしている場合ではない。
「まったく。しかし……あれが喰血哭か? なんと悍ましい姿だ……あれだけ魔術を浴びせても効いた様子がまったくないぞ」
こうしている間にも絶え間なく魔術が放たれているが、どれも対生物に効果の高い火や土属性の魔術ばかりだ。数が多いから足止めには有効だが、あれではあまりダメージにはならないだろう。
その証拠に、喰血哭は背中の腕を前方で交差して大半の魔術を防いでしまった。
「バルドルさん、あいつの弱点は水だ。半端な魔術じゃ魔力を無駄にするだけだ!」
「そのようだな。既にエマ殿やカイル殿から聞いている。よし……水属性の魔術を使える者は準備を! 合図と共に一斉に放て!」
『――はっ!』
バルドルさんの指示により控えていた魔術で戦うことを専門とした魔術部隊が一斉に詠唱を始める。中には中級の魔術の詠唱も聞こえる。
「牽制止めっ――水魔術、放て!」
合図と共に火と土の魔術が止み、その後を追うように一斉に水魔術が放たれる。これが太陽の出ている昼間の光景だったなら、水弾が光を反射してさぞ美しかっただろうが、日がすっかり落ちてしまった夜空の下では水も暗く見えにくい。
だがその効果は絶大だった。
「ゲギャララァアァァッ⁉」
最初の水弾が着弾したとたんに交差した腕は瞬く間に溶け、後に続く攻撃によって完全に断たれ地面に落ちる。腕は地面に落ちると同時に弾け、大量の血液が喰血哭の足元に広がる。
粘度の下がった血溜まりを見るとやはり肉の類はなく、あるのは部位や種の異なる無数の骨ばかりだった。
「効いてる……!」
「このまま浴びせ続けろ! 行動の隙を与えるな!」
喰血哭は迫る水を食らうまいと回避行動を取るが、バルドルさんの的確な指揮により、逃げる方向に先んじて前衛から魔術を飛ばし喰血哭を逃さない。
初めは腕を増やして防いでいたが、次第に手の生成も追いつかなくなり、頭や身体にも魔術が命中し始める。
血の身体がみるみると崩れていく様を確認すると、隊の間に少し安堵した空気が流れる。
この雰囲気を見ると、隊の中にも喰血哭の異形を見て緊張していた者は少なくなかったようだが、自分たちの攻撃があのAランクの魔物にダメージを与えられていると知り、彼らも自信を持ち始めたようだ。
「順調だな……」
バルドルさんはそう呟くと、喰血哭から一時目を離し俺とフィリアに目を向ける。
「アゼル、フィリア様を連れてお前も避難しろ。他の皆は既に、村を出て東へと向かっている」
「いや、俺も戦います……治療師はいますか? 腕さえ治れば十全に戦えます」
兵士長としての責任感からの言葉だろうが、俺に引く意思はなかった。今は順調そうに見えるが、あのまま喰血哭を倒し切れるかと言われると疑問が残る。
俺の固有魔術があれば、喰血哭を抑えつつ、兵士たちへの被害を逸らすことができるだろう。
そう判断して戦闘の意思を伝えたが、バルドルさんは首を横に振った。
「不要だ。ここから先は俺たちの仕事だ。兵士ではないお前に頼ることはできない」
「立場とか建前とか、そんな事を言っている場合じゃないでしょう? さっきまであいつを抑えていたのは俺です……この程度の戦力で倒せるほど、Aランクの魔物というのは甘くはない」
「ならばなおさら、お前がいたところでどうにもならないだろう。我々ができることは、ひとりでも多くの人を救うことだ。その怪我を完治させることは難しいかもしれないが、軽い治療はしてやる。これ以上は言わせるな……フィリア様を頼むぞ」
彼の言葉に俺は歯痒い気持ちになり、思わず奥歯を噛み締める。
バルドルさんの主張は筋が通っている。おそらく喰血哭の危険度を正しく理解できているはずだし、それに比べて自分たちの力が不足していることも理解しているはずだ。今は抑えられているが、このまま倒せるとも思っていない。
しかし兵士長として、ひとりの兵士としての責任感からだろう。俺を守るべき対象として見定め、最後まで戦う覚悟を決めている。それこそ、今夜この場で命が尽きることになろうとも……。
俺にも村や兵士の皆を守りたいという気持ちはあるし、本当のことを言えばこの場にいる誰よりも戦闘経験は上なのだが……それを信用してもらうのは至難の業だろう。喰血哭相手に二回も重傷を負わされたことも、信用を下げている要因になっているのは痛い。
必死に弁明しようにも「油断していた」、なんて三下が言うレベルの言い訳しか出てこない。
悔しさを感じつつ、それでも諦めきれず俺が食い下がっている間に、気を利かせた兵士が呼んだのか治療師の男性が俺の傍まで来た。彼は修道院に勤める男性で、村の人に初歩的な魔術を教えている人でもあるため、俺たちもよく知っていた。
「バルドル隊長の言う通りですよ……それにここは危険すぎて、落ち着いて治療できません。アゼル君の気持ちはわかりますが、ひとまずは後方へ――」
「――――ガロロォォォ‼」
ここで喰血哭の咆哮が戦場に轟く。驚いてそちらを見れば、なにやら喰血哭の様子がおかしい。
今や喰血哭の身体は、水魔術による集中放射により前方の四本の腕は崩れ、頭も解けかけの雪だるまのように崩れている。そうなってもなお身体は泡立ち身体を形成しようとしているが、もはや起き上がることも難しそうだ。
そんな状態であるにもかかわらず、喰血哭は変わらず悍ましい声を上げて、ミミズのような血液を蠢かせている。
「……なに?」
フィリアが不安からか言葉を零した。
まともに動くこともできない状態の喰血哭は、一声上げるとその身体が小刻みに波打ち、徐々にその体積が縮まっていく。
「どんどんと、小さく……頭まで身体に埋まっちまったぞ?」
「攻撃の手を緩めるな! 何をするかは不明だが、ヤツに行動する隙を与えるな!」
水魔術の勢いは衰えてはいないが、嫌な予感を覚えたのかバルドルさんが念を押すように警告する。その間にも喰血哭の身体は縮まり続け、今や元の大きさよりも二回りほど小さくなっている。
上半身は元の形状を留めておらず、喰血哭は後ろ脚が生えた歪な球体の姿になった。
そこまできてようやく喰血哭の震えが止まり、一瞬の静止の時間が訪れた。
「――――もしや、まずいっ‼」
俺はほぼ反射的に鞘と血晶を両方用いて【赫槍陣璧】を展開した。
予兆のようなものはなく、自身の直感を愚直に信じたが故の行動であったが、この後に起こった事象がその行動が英断であったことを思い知った。
「ガアアァァァァッ!」
「なっ――総員、伏せろ!」
どこから発声しているのかもはやわからないが、喰血哭の咆哮と共に上半身の球体から無数の何かが、凄まじい速度で飛来してくる。
それに気づいたバルドルがすぐさま警戒を促すが、兵士の何人かが飛来物の餌食となってしまった。
「があっ!」
「うぐぅ……」
苦悶の声と共に倒れる兵士の身体には、血に濡れた牙や鋭い骨、木片や金属片などが刺さっていた。
「あいつ……体内の物を矢みたいに放出しやがった!」
おそらく喰血哭が持つ苦肉の策だろう。俺が展開した【赫槍陣璧】のおかげで俺やバルドルさんを中心に近くの兵士は飛来物から身を隠すことができたが、完全に守り切ることはできず僅かに隙間から漏れてしまった。
予想外の攻撃により兵士の間に少なくない動揺が広がり、一拍ほど魔術による集中放射が止んでしまった。
そしてそれが喰血哭狙いだったのだろう――
「しまっ、攻撃を再開しろ! 喰血哭が――」
バルドルさんが急いで指示を下すが、時既に遅し。
喰血哭は残った後ろ脚の力のみで跳躍し、一直線に隊へ突っ込んでくる。
俺は【赫槍陣璧】に魔力を流し何とか強度を上げようとしたが、範囲をカバーするために血の密度を下げてしまった盾では喰血哭の巨体は受け止めきれなかった。
喰血哭は【赫槍陣璧】の盾を砕き、前衛の兵士を巻き込みながら、隊の中心へ押し入った。
「う、うわああああ!」
「ああ、そんなっ――」
兵士の絶叫を聞いてフィリアの顔から血の気が引いていく。
喰血哭の前身は再び獣の形を取り戻し、その巨腕をがむしゃらに振るう。
先ほどまでの優勢はどこかへと消え去り、混乱と恐怖がこの場を支配する。兵士たちが巨大な爪に引き裂かれ、牙によってかみ砕かれ、轟音と共に叩き潰される。
もはや統率の取れなくなった隊を、血を狩る厄災は無慈悲に、無造作に蹂躙する。
敵を貫き 灼炎を齎せ――【紅蓮の焔槍】!」
フィリアは早口で詠唱し、再び炎の槍を喰血哭に放つ。
彼女が唱えているのは火属性中級魔術の【紅蓮の焔槍】だが、練度が低いためかまだ詠唱なしでは魔術を放てないようだ。
「アゼル逃げて!」
「フィリア、なんでここにいる⁉」
あまりダメージにはなっていないようだが、それでも【紅蓮の焔槍】が鬱陶しかったのか、喰血哭の注意がフィリアに向かう。
「危ない⁉」
腕がフィリアに向かって伸びたのを見て、俺は【断紅障】をフィリアへ飛ばすが、盾が届くよりも喰血哭の腕の方が早い。
「――【小焔球】!」
「――【岩弾】!」
しかし喰血哭の腕が届くよりも、フィリアが逃げ出すよりも早く、どこからか飛来した無数の火球と岩石が喰血哭の腕を砕いた。
「二人とも、こっちだ!」
声がした方向に視線を向けると、そこには大勢の兵士の姿があった。先頭には隊長のバルドルさんの姿もある。
「早く来い、そこにいると巻き込まれるぞ!」
バルドルさんの言葉の意味に気付いた俺は、盾でフィリア身体を掬い上げて、自身も走り出す。
後方から喰血哭の追撃が迫るが、魔術を使える兵士の支援により難なく俺とフィリアは隊の下へ合流できた。
俺たちが到着したのを確認すると、魔術を使える前衛の一部の兵士たちが一斉に攻撃を始め、喰血哭に魔術の雨が降り注いだ。
「無事……ではないな。まったく兵でもないのに無茶をするものだ」
「緊急事態だったものでして……助けてくれてありがとうございます。あのままではこの程度の怪我では済まなかったでしょう」
「命があってなによりだ……しかし、何故フィリア様がここに……」
バルドルさんが厳しい目をフィリアに向けた。彼がフィリアをそんな風に見たことが、これまであっただろうか? とは言え、今回ばかりは俺も同じ気持ちだった。
しかしフィリアは俺たちの視線を受けても怯んだ様子もなく、それどころか何故か俺を睨み返した。
「アゼルがここに行っちゃったから、私も追いかける羽目になったんじゃない! あんなのと真正面から戦うなんて正気なの⁉」
「それは……俺だってあいつが出てくるなんて思ってなかったんだよ! ていうかお前がここにいて良い理由にはならないだろうが!」
「それを言ったらあなたも同じでしょ⁉ 兵士じゃないアゼルがあんな無茶をしていいわけないじゃない!」
確かにフィリアの言う通り、予備兵でもない俺が戦いに赴くのはおかしな話ではある。
そもそも最初は地穿鹿が何らかの理由で暴れているか、いるとしても夜狩熊とかのCランクの魔物くらいだろうと思っていた。
まさか喰血哭が出てくるとは思っていなかったが、こうして出てきてしまった以上、俺しかこいつを止められなかった。戦う理由を言えというのであれば、俺だけが喰血哭の足止めをしながら生き残れる可能性があったからだ。
それに対しフィリアは、魔術に多少の腕がある程度でそこまでの実力はない。この危険地帯に近付くのは、愚行としか言いようがない。
「ええい、いい加減にせんか!」
俺たちの言い合いに我慢の限界が来たのか、バルドルさんが怒声を上げる。その気迫に圧され、俺とフィリアは互いに次に言おうとしていた言葉を飲み込まされた。
……冷静になれ。バルドルさんの言う通り、今は不毛な言い争いをしている場合ではない。
「まったく。しかし……あれが喰血哭か? なんと悍ましい姿だ……あれだけ魔術を浴びせても効いた様子がまったくないぞ」
こうしている間にも絶え間なく魔術が放たれているが、どれも対生物に効果の高い火や土属性の魔術ばかりだ。数が多いから足止めには有効だが、あれではあまりダメージにはならないだろう。
その証拠に、喰血哭は背中の腕を前方で交差して大半の魔術を防いでしまった。
「バルドルさん、あいつの弱点は水だ。半端な魔術じゃ魔力を無駄にするだけだ!」
「そのようだな。既にエマ殿やカイル殿から聞いている。よし……水属性の魔術を使える者は準備を! 合図と共に一斉に放て!」
『――はっ!』
バルドルさんの指示により控えていた魔術で戦うことを専門とした魔術部隊が一斉に詠唱を始める。中には中級の魔術の詠唱も聞こえる。
「牽制止めっ――水魔術、放て!」
合図と共に火と土の魔術が止み、その後を追うように一斉に水魔術が放たれる。これが太陽の出ている昼間の光景だったなら、水弾が光を反射してさぞ美しかっただろうが、日がすっかり落ちてしまった夜空の下では水も暗く見えにくい。
だがその効果は絶大だった。
「ゲギャララァアァァッ⁉」
最初の水弾が着弾したとたんに交差した腕は瞬く間に溶け、後に続く攻撃によって完全に断たれ地面に落ちる。腕は地面に落ちると同時に弾け、大量の血液が喰血哭の足元に広がる。
粘度の下がった血溜まりを見るとやはり肉の類はなく、あるのは部位や種の異なる無数の骨ばかりだった。
「効いてる……!」
「このまま浴びせ続けろ! 行動の隙を与えるな!」
喰血哭は迫る水を食らうまいと回避行動を取るが、バルドルさんの的確な指揮により、逃げる方向に先んじて前衛から魔術を飛ばし喰血哭を逃さない。
初めは腕を増やして防いでいたが、次第に手の生成も追いつかなくなり、頭や身体にも魔術が命中し始める。
血の身体がみるみると崩れていく様を確認すると、隊の間に少し安堵した空気が流れる。
この雰囲気を見ると、隊の中にも喰血哭の異形を見て緊張していた者は少なくなかったようだが、自分たちの攻撃があのAランクの魔物にダメージを与えられていると知り、彼らも自信を持ち始めたようだ。
「順調だな……」
バルドルさんはそう呟くと、喰血哭から一時目を離し俺とフィリアに目を向ける。
「アゼル、フィリア様を連れてお前も避難しろ。他の皆は既に、村を出て東へと向かっている」
「いや、俺も戦います……治療師はいますか? 腕さえ治れば十全に戦えます」
兵士長としての責任感からの言葉だろうが、俺に引く意思はなかった。今は順調そうに見えるが、あのまま喰血哭を倒し切れるかと言われると疑問が残る。
俺の固有魔術があれば、喰血哭を抑えつつ、兵士たちへの被害を逸らすことができるだろう。
そう判断して戦闘の意思を伝えたが、バルドルさんは首を横に振った。
「不要だ。ここから先は俺たちの仕事だ。兵士ではないお前に頼ることはできない」
「立場とか建前とか、そんな事を言っている場合じゃないでしょう? さっきまであいつを抑えていたのは俺です……この程度の戦力で倒せるほど、Aランクの魔物というのは甘くはない」
「ならばなおさら、お前がいたところでどうにもならないだろう。我々ができることは、ひとりでも多くの人を救うことだ。その怪我を完治させることは難しいかもしれないが、軽い治療はしてやる。これ以上は言わせるな……フィリア様を頼むぞ」
彼の言葉に俺は歯痒い気持ちになり、思わず奥歯を噛み締める。
バルドルさんの主張は筋が通っている。おそらく喰血哭の危険度を正しく理解できているはずだし、それに比べて自分たちの力が不足していることも理解しているはずだ。今は抑えられているが、このまま倒せるとも思っていない。
しかし兵士長として、ひとりの兵士としての責任感からだろう。俺を守るべき対象として見定め、最後まで戦う覚悟を決めている。それこそ、今夜この場で命が尽きることになろうとも……。
俺にも村や兵士の皆を守りたいという気持ちはあるし、本当のことを言えばこの場にいる誰よりも戦闘経験は上なのだが……それを信用してもらうのは至難の業だろう。喰血哭相手に二回も重傷を負わされたことも、信用を下げている要因になっているのは痛い。
必死に弁明しようにも「油断していた」、なんて三下が言うレベルの言い訳しか出てこない。
悔しさを感じつつ、それでも諦めきれず俺が食い下がっている間に、気を利かせた兵士が呼んだのか治療師の男性が俺の傍まで来た。彼は修道院に勤める男性で、村の人に初歩的な魔術を教えている人でもあるため、俺たちもよく知っていた。
「バルドル隊長の言う通りですよ……それにここは危険すぎて、落ち着いて治療できません。アゼル君の気持ちはわかりますが、ひとまずは後方へ――」
「――――ガロロォォォ‼」
ここで喰血哭の咆哮が戦場に轟く。驚いてそちらを見れば、なにやら喰血哭の様子がおかしい。
今や喰血哭の身体は、水魔術による集中放射により前方の四本の腕は崩れ、頭も解けかけの雪だるまのように崩れている。そうなってもなお身体は泡立ち身体を形成しようとしているが、もはや起き上がることも難しそうだ。
そんな状態であるにもかかわらず、喰血哭は変わらず悍ましい声を上げて、ミミズのような血液を蠢かせている。
「……なに?」
フィリアが不安からか言葉を零した。
まともに動くこともできない状態の喰血哭は、一声上げるとその身体が小刻みに波打ち、徐々にその体積が縮まっていく。
「どんどんと、小さく……頭まで身体に埋まっちまったぞ?」
「攻撃の手を緩めるな! 何をするかは不明だが、ヤツに行動する隙を与えるな!」
水魔術の勢いは衰えてはいないが、嫌な予感を覚えたのかバルドルさんが念を押すように警告する。その間にも喰血哭の身体は縮まり続け、今や元の大きさよりも二回りほど小さくなっている。
上半身は元の形状を留めておらず、喰血哭は後ろ脚が生えた歪な球体の姿になった。
そこまできてようやく喰血哭の震えが止まり、一瞬の静止の時間が訪れた。
「――――もしや、まずいっ‼」
俺はほぼ反射的に鞘と血晶を両方用いて【赫槍陣璧】を展開した。
予兆のようなものはなく、自身の直感を愚直に信じたが故の行動であったが、この後に起こった事象がその行動が英断であったことを思い知った。
「ガアアァァァァッ!」
「なっ――総員、伏せろ!」
どこから発声しているのかもはやわからないが、喰血哭の咆哮と共に上半身の球体から無数の何かが、凄まじい速度で飛来してくる。
それに気づいたバルドルがすぐさま警戒を促すが、兵士の何人かが飛来物の餌食となってしまった。
「があっ!」
「うぐぅ……」
苦悶の声と共に倒れる兵士の身体には、血に濡れた牙や鋭い骨、木片や金属片などが刺さっていた。
「あいつ……体内の物を矢みたいに放出しやがった!」
おそらく喰血哭が持つ苦肉の策だろう。俺が展開した【赫槍陣璧】のおかげで俺やバルドルさんを中心に近くの兵士は飛来物から身を隠すことができたが、完全に守り切ることはできず僅かに隙間から漏れてしまった。
予想外の攻撃により兵士の間に少なくない動揺が広がり、一拍ほど魔術による集中放射が止んでしまった。
そしてそれが喰血哭狙いだったのだろう――
「しまっ、攻撃を再開しろ! 喰血哭が――」
バルドルさんが急いで指示を下すが、時既に遅し。
喰血哭は残った後ろ脚の力のみで跳躍し、一直線に隊へ突っ込んでくる。
俺は【赫槍陣璧】に魔力を流し何とか強度を上げようとしたが、範囲をカバーするために血の密度を下げてしまった盾では喰血哭の巨体は受け止めきれなかった。
喰血哭は【赫槍陣璧】の盾を砕き、前衛の兵士を巻き込みながら、隊の中心へ押し入った。
「う、うわああああ!」
「ああ、そんなっ――」
兵士の絶叫を聞いてフィリアの顔から血の気が引いていく。
喰血哭の前身は再び獣の形を取り戻し、その巨腕をがむしゃらに振るう。
先ほどまでの優勢はどこかへと消え去り、混乱と恐怖がこの場を支配する。兵士たちが巨大な爪に引き裂かれ、牙によってかみ砕かれ、轟音と共に叩き潰される。
もはや統率の取れなくなった隊を、血を狩る厄災は無慈悲に、無造作に蹂躙する。
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