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学園編
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「ねぇ、あなた」
入学式が終わり、それぞれが教室で担任との顔合わせと連絡事項の受け取りを終わらせて解散した直後のこと。アリスは、憧れと畏怖から、遠巻きに眺められていた。エリアストを待つ間、本を読もうと開いて少しすると、声をかけられた。周りがざわめく。
「はい、いかがいたしましたか」
見知らぬ女子生徒に上から声をかけられているにもかかわらず、アリスは穏やかに返事をした。制服を見ると、彼女は平民のようだ。
ちなみに貴族の制服と平民の制服は異なる。貴族は白を基調とし、平民は黒を基調としている。
「あなた、」
「あああああタリ嬢ごきげんよう少々お話がございますのよろしいかしらああ」
「ファナトラタ伯爵令嬢様申し訳ありませんが彼女お借りしますわあああ」
子爵令嬢と男爵令嬢が、ルシア・タリの両脇をガッチリホールドし、有無を言わさずアリスの前から連れ去った。
魔王様を降臨させない掟、ひとつ。
バカにかかわらせるな。
荒波なんて欲しくない。凪のように穏やかな学園生活を。を皆が心に掲げている。今年の要注意人物は二人。ウィシス・ナーギヤとルシア・タリ。在学中の注意人物の対応は心得ているが、新入生はまだ勝手がわからない。とにかく引き離す。徹底的に近付かせない。アリス・コーサ・ファナトラタと、エリアスト・カーサ・ディレイガルドには。特にアリス・コーサ・ファナトラタ。全身全霊を持ってアリス姫を守らねば、エリアスト王子が魔王と化す。ソレ、ダメ。絶対。
エリアストという爆弾のおかげで、学園はかつてないほど一丸となり、仲が良い。
二人の令嬢の咄嗟の行動に、クラス一同、心でサムズアップをした。
その直後。
「エルシィ」
ブリザードを連想させるはずの声が、春の日だまりのような優しさに溢れた声で愛しい人の名前を呼んだ。間一髪であったことに安堵しながら、周囲は真っ赤な顔で、見ざる言わざる聞かざるの三猿となる。
「エル様」
美しい声が喜色に染まる。
「大丈夫だったか。何かされなかったか。不快な思いはしていないか。心配なことはないか。疲れていないか」
そう言ってアリスに視線を合わせ、頬に手を添える。アリスの顔は赤く染まる。
「お気遣いありがとうございます。何事もなく過ごせました。みなさまもとてもお気遣いくださって、ありがたいことです」
そうか、とエリアストは微笑んだ。
三猿、三猿、とクラス一同呪文を唱えながら、二人が仲睦まじく帰っていくのを見守った。
二人が馬車に乗り込み出発するまでを、教室の窓からしっかり見送ったクラスメイトたちは。
「あああああ、もう、もうなんですの、あれは!」
はしたなくも声を上げた令嬢に追随すべく、声が上がる。
「ディレイガルド公爵令息様の美しさ、聞きしに勝るものでしたわ!」
「あんなに甘い殿方だなんて、ああ、もう!」
「騙されるな!」
「ファナトラタ伯爵令嬢様がいらっしゃるからこそだと忘れてはいけない」
「入学式の前日の事前説明会でもあっただろう。先輩方の苦悩の日々を忘れてはダメだ」
「わかってはおりますのよ」
「そう、ですがあのお姿を見てしまいますと、先輩方のお話が信じ難くなるのも無理からぬことではございませんの」
「だからと言って魔王様を降臨させるようなことは避けるべきだろう」
「私には一つ上の兄がいる。学年が違うにもかかわらず、公爵令息様の話には怯える。噂を聞いた、という感じではなく、実感した、という感じだ」
「わたくしには三つ上の兄が。公爵令息様には絶対に関わるな、と恐ろしいほど釘を刺されていますわ」
喧々囂々の中、勢いよく扉が開いた。
「キミたち、よくやった!」
貴族にあるまじき行動、扉を豪快な音で開け放つエリアストのクラスメイトたちが涙目でそこにいた。
「ファナトラタ伯爵令嬢様を魔の手から守ったと伺いましたわ」
はらはらと涙を流す先輩方に、新入生たちは目を見開く。
「ディレイガルド公爵令息様のままでいさせてくれてありがとう」
「本当にありがとう」
先輩方が新入生たちに次々と握手をしていく。
「あの、そんな風に見えませでしたが」
新入生の言葉に、先輩方はピタリと動かなくなった。そして、発言をした生徒の方へ、油の切れたロボットのように、ギギギ、と顔を向けた。異様な光景に、新入生たちは喉を鳴らす。
「……思わないでくれ」
最初が聞き取れなかった。
「え?」
「魔王様を、見たいと、思わないでくれ」
先輩方が崩れ落ちる。
「あの、あの冷気に晒されるなんて」
「一日、あの冷気に晒されるくらいなら、いっそ」
「一日で済めば御の字じゃないか、なあ」
くすくすと淀んだ目で低く笑う先輩方に、新入生たちの背筋が凍る。
「そうよ、本当にファナトラタ伯爵令嬢様には感謝しかないわ」
「そう、だ。そうだよ。ファナトラタ伯爵令嬢様、万歳」
「ああ、伯爵令嬢様のおかげで、学園って息をしていいんだって思い出せたんだ」
怖い発言が飛び出し始めた。新入生たちはその光景に涙目になり、魔王様を降臨させないよう固く誓った。
けれど、入学から三月も経つと、人間、気が緩む。
*つづく*
入学式が終わり、それぞれが教室で担任との顔合わせと連絡事項の受け取りを終わらせて解散した直後のこと。アリスは、憧れと畏怖から、遠巻きに眺められていた。エリアストを待つ間、本を読もうと開いて少しすると、声をかけられた。周りがざわめく。
「はい、いかがいたしましたか」
見知らぬ女子生徒に上から声をかけられているにもかかわらず、アリスは穏やかに返事をした。制服を見ると、彼女は平民のようだ。
ちなみに貴族の制服と平民の制服は異なる。貴族は白を基調とし、平民は黒を基調としている。
「あなた、」
「あああああタリ嬢ごきげんよう少々お話がございますのよろしいかしらああ」
「ファナトラタ伯爵令嬢様申し訳ありませんが彼女お借りしますわあああ」
子爵令嬢と男爵令嬢が、ルシア・タリの両脇をガッチリホールドし、有無を言わさずアリスの前から連れ去った。
魔王様を降臨させない掟、ひとつ。
バカにかかわらせるな。
荒波なんて欲しくない。凪のように穏やかな学園生活を。を皆が心に掲げている。今年の要注意人物は二人。ウィシス・ナーギヤとルシア・タリ。在学中の注意人物の対応は心得ているが、新入生はまだ勝手がわからない。とにかく引き離す。徹底的に近付かせない。アリス・コーサ・ファナトラタと、エリアスト・カーサ・ディレイガルドには。特にアリス・コーサ・ファナトラタ。全身全霊を持ってアリス姫を守らねば、エリアスト王子が魔王と化す。ソレ、ダメ。絶対。
エリアストという爆弾のおかげで、学園はかつてないほど一丸となり、仲が良い。
二人の令嬢の咄嗟の行動に、クラス一同、心でサムズアップをした。
その直後。
「エルシィ」
ブリザードを連想させるはずの声が、春の日だまりのような優しさに溢れた声で愛しい人の名前を呼んだ。間一髪であったことに安堵しながら、周囲は真っ赤な顔で、見ざる言わざる聞かざるの三猿となる。
「エル様」
美しい声が喜色に染まる。
「大丈夫だったか。何かされなかったか。不快な思いはしていないか。心配なことはないか。疲れていないか」
そう言ってアリスに視線を合わせ、頬に手を添える。アリスの顔は赤く染まる。
「お気遣いありがとうございます。何事もなく過ごせました。みなさまもとてもお気遣いくださって、ありがたいことです」
そうか、とエリアストは微笑んだ。
三猿、三猿、とクラス一同呪文を唱えながら、二人が仲睦まじく帰っていくのを見守った。
二人が馬車に乗り込み出発するまでを、教室の窓からしっかり見送ったクラスメイトたちは。
「あああああ、もう、もうなんですの、あれは!」
はしたなくも声を上げた令嬢に追随すべく、声が上がる。
「ディレイガルド公爵令息様の美しさ、聞きしに勝るものでしたわ!」
「あんなに甘い殿方だなんて、ああ、もう!」
「騙されるな!」
「ファナトラタ伯爵令嬢様がいらっしゃるからこそだと忘れてはいけない」
「入学式の前日の事前説明会でもあっただろう。先輩方の苦悩の日々を忘れてはダメだ」
「わかってはおりますのよ」
「そう、ですがあのお姿を見てしまいますと、先輩方のお話が信じ難くなるのも無理からぬことではございませんの」
「だからと言って魔王様を降臨させるようなことは避けるべきだろう」
「私には一つ上の兄がいる。学年が違うにもかかわらず、公爵令息様の話には怯える。噂を聞いた、という感じではなく、実感した、という感じだ」
「わたくしには三つ上の兄が。公爵令息様には絶対に関わるな、と恐ろしいほど釘を刺されていますわ」
喧々囂々の中、勢いよく扉が開いた。
「キミたち、よくやった!」
貴族にあるまじき行動、扉を豪快な音で開け放つエリアストのクラスメイトたちが涙目でそこにいた。
「ファナトラタ伯爵令嬢様を魔の手から守ったと伺いましたわ」
はらはらと涙を流す先輩方に、新入生たちは目を見開く。
「ディレイガルド公爵令息様のままでいさせてくれてありがとう」
「本当にありがとう」
先輩方が新入生たちに次々と握手をしていく。
「あの、そんな風に見えませでしたが」
新入生の言葉に、先輩方はピタリと動かなくなった。そして、発言をした生徒の方へ、油の切れたロボットのように、ギギギ、と顔を向けた。異様な光景に、新入生たちは喉を鳴らす。
「……思わないでくれ」
最初が聞き取れなかった。
「え?」
「魔王様を、見たいと、思わないでくれ」
先輩方が崩れ落ちる。
「あの、あの冷気に晒されるなんて」
「一日、あの冷気に晒されるくらいなら、いっそ」
「一日で済めば御の字じゃないか、なあ」
くすくすと淀んだ目で低く笑う先輩方に、新入生たちの背筋が凍る。
「そうよ、本当にファナトラタ伯爵令嬢様には感謝しかないわ」
「そう、だ。そうだよ。ファナトラタ伯爵令嬢様、万歳」
「ああ、伯爵令嬢様のおかげで、学園って息をしていいんだって思い出せたんだ」
怖い発言が飛び出し始めた。新入生たちはその光景に涙目になり、魔王様を降臨させないよう固く誓った。
けれど、入学から三月も経つと、人間、気が緩む。
*つづく*
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