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デビュタント編
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マージは眩暈がした。
なぜ、ここにファナトラタ家の令嬢がいるのか。侍女が抱き締め庇うようにしているのは、なぜだ。ファナトラタ家の令嬢が同じ空間にいると知っていて、なぜ私は殿下の側を離れたのか。呼吸が荒くなる。
「で、殿下、なに、を」
「王女殿下の女官とお見受けいたします。僭越ながらわたくしが説明させていただきますが、その前に水と氷の用意を!」
修道女が急ぎ水と氷を持って戻ってくる。素早くアリスの手を冷やして応急処置を施す。
ルタがことの流れを説明すると、院長は倒れた。修道女が慌てて長椅子に横にする。マージはガクガクと全身を震わせ、子どもたちはアリスを守るように立ちはだかり、サーフィアに非難の言葉を投げつける。
「リズ様が魔女とは、どういう意味でしょうか。事と次第によっては王家を糾弾させていただくことになります」
ルタが強くそう言うと、サーフィアは嗤った。
「魔女を魔女と言って何が悪いのかしら。現にエリアストを我が物にしようと魔法で誑かしているじゃないの!」
「サーフィア殿下!お止めください!」
顔色をなくして必死に主を止めるマージを見て、誰もが王女の勝手な思い込みによる暴走だと知る。
「何よ!あなたもこの魔女に誑かされているのね!」
「殿下、どうか、もうお止めください!お願いです、誰か、護衛を、護衛を呼んで来てください!」
「邪魔は赦さなくてよ!離しなさい、マージ!」
「ファナトラタ伯爵令嬢様、どうか、どうかお赦し下さい!殿下を止められなかった愚かなわたくしの命でしたら差し上げます!どうかこの場は、何卒、何卒っ!」
マージがサーフィアを抑えながら必死に懇願していると、慌てた護衛たちが入ってきて、無理矢理サーフィアを連れ帰った。残された者たちは、呆然とするしかなかった。
「あれが、王族だなんて」
誰の言葉だっただろう。アリスは自分の手に残る火傷を見て、涙が溢れそうになる。
ルタはアリスを抱きかかえるように立ち上がらせると、床に平伏す。
「リズ様、お側にいたのに守ることが出来ず、申し訳ございませんでしたっ」
「ダメよ、ルタ。子どもたちが怖がる。止めなさい」
アリスの言葉にハッとし、慌てて立ち上がる。
「みんな、ありがとう」
不安そうに立ち尽くしていた子どもたち一人一人の頭を撫でる。
「守ってくれて、ありがとう」
アリスの柔らかな言葉と優しい笑顔に、子どもたちはパッと明るい表情を取り戻す。
「アリスねーちゃんは弱いからな!オレたちが守ってやるんだ!」
リーダー格の男の子の言葉に、みんな口々にアリスを守ると言ってくれた。院長や修道女たちも、アリスに頭を下げていた。
帰り道、ルタは濡らして氷を挟んだタオルをアリスの手に当て、ボタボタと落ちる涙を止められないでいた。申し訳ありませんと謝り続けるルタの涙を、空いた右手で拭い続けていた。
サーフィアと遭遇した時、嫌な予感がした。だからアリスは予定を早めに切り上げて帰るつもりだった。子どもたちに、また来るからと予定を早めて帰ることを詫びながら、帰り支度をしているときに、院長に呼ばれた。用事があるとやんわり断ると、王女殿下が呼んでいると言う。余計に行きたくないが、何かをされたわけではなく、まして相手は王族。仕方がないので、少しの時間なら、と頷いたらこの様だ。
今アリスたちは王城に向かっている。王女を追いかけているわけではない。エリアストの元へ行くためだ。
「エル様」
ポツリとその名を呼ぶ。
早まらないといいのだけれど。
*~*~*~*~*
「なぜこうも次から次へと」
エリアストは呆れて溜め息を吐く。
「私は言った。エルシィに関わるな、と」
手にした剣が妖しく光る。
「エルシィを傷つけたのはその手か」
ただの動作のように剣が閃く。トン、とサーフィアの右腕が落ちた。
*つづく*
なぜ、ここにファナトラタ家の令嬢がいるのか。侍女が抱き締め庇うようにしているのは、なぜだ。ファナトラタ家の令嬢が同じ空間にいると知っていて、なぜ私は殿下の側を離れたのか。呼吸が荒くなる。
「で、殿下、なに、を」
「王女殿下の女官とお見受けいたします。僭越ながらわたくしが説明させていただきますが、その前に水と氷の用意を!」
修道女が急ぎ水と氷を持って戻ってくる。素早くアリスの手を冷やして応急処置を施す。
ルタがことの流れを説明すると、院長は倒れた。修道女が慌てて長椅子に横にする。マージはガクガクと全身を震わせ、子どもたちはアリスを守るように立ちはだかり、サーフィアに非難の言葉を投げつける。
「リズ様が魔女とは、どういう意味でしょうか。事と次第によっては王家を糾弾させていただくことになります」
ルタが強くそう言うと、サーフィアは嗤った。
「魔女を魔女と言って何が悪いのかしら。現にエリアストを我が物にしようと魔法で誑かしているじゃないの!」
「サーフィア殿下!お止めください!」
顔色をなくして必死に主を止めるマージを見て、誰もが王女の勝手な思い込みによる暴走だと知る。
「何よ!あなたもこの魔女に誑かされているのね!」
「殿下、どうか、もうお止めください!お願いです、誰か、護衛を、護衛を呼んで来てください!」
「邪魔は赦さなくてよ!離しなさい、マージ!」
「ファナトラタ伯爵令嬢様、どうか、どうかお赦し下さい!殿下を止められなかった愚かなわたくしの命でしたら差し上げます!どうかこの場は、何卒、何卒っ!」
マージがサーフィアを抑えながら必死に懇願していると、慌てた護衛たちが入ってきて、無理矢理サーフィアを連れ帰った。残された者たちは、呆然とするしかなかった。
「あれが、王族だなんて」
誰の言葉だっただろう。アリスは自分の手に残る火傷を見て、涙が溢れそうになる。
ルタはアリスを抱きかかえるように立ち上がらせると、床に平伏す。
「リズ様、お側にいたのに守ることが出来ず、申し訳ございませんでしたっ」
「ダメよ、ルタ。子どもたちが怖がる。止めなさい」
アリスの言葉にハッとし、慌てて立ち上がる。
「みんな、ありがとう」
不安そうに立ち尽くしていた子どもたち一人一人の頭を撫でる。
「守ってくれて、ありがとう」
アリスの柔らかな言葉と優しい笑顔に、子どもたちはパッと明るい表情を取り戻す。
「アリスねーちゃんは弱いからな!オレたちが守ってやるんだ!」
リーダー格の男の子の言葉に、みんな口々にアリスを守ると言ってくれた。院長や修道女たちも、アリスに頭を下げていた。
帰り道、ルタは濡らして氷を挟んだタオルをアリスの手に当て、ボタボタと落ちる涙を止められないでいた。申し訳ありませんと謝り続けるルタの涙を、空いた右手で拭い続けていた。
サーフィアと遭遇した時、嫌な予感がした。だからアリスは予定を早めに切り上げて帰るつもりだった。子どもたちに、また来るからと予定を早めて帰ることを詫びながら、帰り支度をしているときに、院長に呼ばれた。用事があるとやんわり断ると、王女殿下が呼んでいると言う。余計に行きたくないが、何かをされたわけではなく、まして相手は王族。仕方がないので、少しの時間なら、と頷いたらこの様だ。
今アリスたちは王城に向かっている。王女を追いかけているわけではない。エリアストの元へ行くためだ。
「エル様」
ポツリとその名を呼ぶ。
早まらないといいのだけれど。
*~*~*~*~*
「なぜこうも次から次へと」
エリアストは呆れて溜め息を吐く。
「私は言った。エルシィに関わるな、と」
手にした剣が妖しく光る。
「エルシィを傷つけたのはその手か」
ただの動作のように剣が閃く。トン、とサーフィアの右腕が落ちた。
*つづく*
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