美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛

らがまふぃん

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結婚編

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 カリスはご機嫌だった。大切な優しく可愛い妹と、久しぶりにお出かけをしているからだ。ずっとエリアストに独占されていて、会話が出来るのもアリスが家にいるひとときだけ。一緒に出掛けるなんて、アリスが婚約を結んでからただの一度もなかった。学園を卒業して昼間の空き時間が少し出来るようになってから、カリスの休みとアリスの空き時間が初めて重なったので、護衛兼荷物持ちとして買い物に出て来た。例え目的が、エリアストに贈るための刺繍糸やらハンカチやらでも一向に構わない。
 「リズ、次はどうする?」
 ニコニコとご機嫌に問いかけるカリスに、アリスも微笑む。
 「お兄様、お疲れではありませんか?よろしかったら休憩を兼ねて、お兄様のお好きなカフェへはいかがですか?」
 アリスの心遣いに、一層笑みが深くなる。
 「リズと一緒ならより美味しくなるね。よし、決まりだ」
 カリスはアリスの手を取ると、急げ急げと小走りし出す。
 「まあ、お兄様ったら」
 楽しそうに笑うアリスに、カリスも子どものように笑った。
 「まあ、カリス様、アリス様。お二人揃ってなんて珍しい」
 カフェに着くと、馴染みの店員が満面の笑みで迎えてくれた。
 「ああ、久しぶりにリズと休みが合ったんだ」
 嬉しそうに話すカリスに、店員は微笑ましいものを見るように優しく笑うと、いつもの席に案内してくれた。
 その時だ。
 「うわ、やばい。レンフィ、女神だよ」
 その言葉に、カリスとアリスが声の主を見る。騎士服に身を包んだ青年が二人と、カッチリと淑女のかがみのような服装をした壮年の女性が一人。
 「はー、間近で見ると破壊力すごい。この前こっそり見たのと訳が違う」
 「ララ様」
 淑女がたしなめるような声を出す。名前からして、騎士服の一人は女性のようだ。見ると、なるほど、男装の麗人であった。
 「あれ、女神様。連れてる男が違うよ」
 「ララ様!」
 淑女の咎める響きを含む声にも、ララと呼ばれた女性は動じない。
 「失礼ですが、私の妹をご存じで?」
 カリスがアリスを背中に庇うように、警戒した声を出す。
 「大変申し訳ございません。わたくし」
 「妹?そうか、女神の兄か。これは失礼した」
 淑女の言葉を遮り、ララは立ち上がった。
 「クロバレイス国第二王女ララと言う。以後、お見知りおきを」
 周りに聞こえないよう、ララは声を潜めて身分を明かす。カリスとアリスは驚きに目を丸くする。淑女ともう一人の騎士も立ち上がり、身分を証明するように、淑女はクロバレイス王家の家紋入りペンダントを、騎士は腰に差した剣の柄をクイ、と持ち上げて、王家の紋を見せた。
 「これは、失礼いたしました。ファナトラタ伯爵家嫡男、カリス・コーサ・ファナトラタにございます」
 「同じく長女、アリスにございます」
 お忍びのようなので、軽いお辞儀で済ませる。
 「ねえ、何かの縁だよ。同席してもいいかな?」
 ララの提案に、カリスたちが断れるはずがない。お忍びとは言え、一国の王女。外交問題になりかねないことなど、出来ようはずもない。
 「ララ様。兄妹水入らずを邪魔してはなりません」
 淑女がそう言って窘めてくれるが、はいそうですか、とは言えない。
 「ええ?だってこんなチャンスないって。神の計らいだって。いや、女神の計らい?」
 カリスは内心がっかりしていた。アリスにあーんしたり、頬に付いたクリームを取ってあげたり、自分があーんしてもらったり、あらあらお兄様ったらなんて言われながら零してしまったソースを拭いてもらったりしたかったのに。
 「私たちは構いませんよ。ね、リズ?」
 アリスは慎ましく微笑み、はい、と言った。

 カリスからすると、この王女は“変”のひと言だった。
 ちっとも王族らしくなく、かしこまった態度を好まない。女官のレンフィも、遠慮なく王女に突っ込んでいるし、第一騎士隊隊長シャールも友だちのように接している。そして何より、同性のアリスに隙あらば触ったり口説いたりしている。可愛い、素晴らしい、女神、という言葉には激しく同意だが。
 そもそもこの国に来た理由がおかしい。アリスの結婚式。まだ三ヶ月も先なんですけど。本当の理由を言っているかはわからないが、表向きはそうらしい。政治には関わりたくないから深くは突っ込まない。
 「ねぇ、アリス嬢、ホントに結婚しちゃうの?人妻になっちゃうの?私の国においでよ。ずっと一緒にいようよ。アリス嬢をディレイガルドが独り占めなんてずるいよ。だったら私も独り占めしたい。ずっと女神を愛でていたい」
 「ララ様、ファナトラタ嬢が困っております。もう少しお控えください」
 「え、無理。だってこんなに女神だよ?なんでおまえたちそんなに冷静なの?バカなの?」
 「いやいや、ララ様みたいに本能で生きてたら国滅ぶでしょ。理性持ってくださいよ、そろそろ」
 「私ほど冷静な人間はいない。ね、アリス嬢。これ食べて。ほら、あーんして。その可愛いお口に入れて」
 「え、ララ様、何真っ昼間からいかがわしい発言してるんです?外交問題ですよ」
 「食事に外交を持ち出すな。そもそもいかがわしいとは何だ。脳内花畑か」
 悪い人ではない。残念な人なだけだ。
 「カリス殿、貴殿は妹がディレイガルドのものになってもいいのか?私の方がいいと思わないか?」
 まったく思わない。エリアストのものになるのも嫌だが、他国に行く方があり得ない。
 「そんな質問答えられるわけないでしょう」
 レンフィが額に青筋を浮かべながら笑っている。ディレイガルドの噂は聞いている。どこで何があるかわからないのだから、滅多なことを口にしないで欲しい。
 「まあいいか。ねぇアリス嬢。結婚してもずっと友だちだよね?」
 初対面。初対面だよ、殿下。
 「初対面のご令嬢をこれ以上混乱させることはお控えください」
 「ララ様のその図々しさを見習いたい」
 カリスの心の声と、臣下二人の発言が重なった。


 *つづく*
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