美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛

らがまふぃん

文字の大きさ
59 / 72
番外編

囚われの身の上 1

しおりを挟む
 ディレイガルド監獄。この国で、この監獄に入れられるということは、死に等しい。殺人などの重罪を犯した者が収監される、この世の地獄と名高い監獄だ。だが、囚人の中にヒエラルキーが存在し、トップに君臨する者にとっては、天国のような場所であった。
 看守はもちろん存在する。しかし、看守の囚人に対する役割は、脱走を防ぐことと、決められた時間に檻に入っていることの確認のみ。殺人のみが御法度ごはっと。それ以外は無法地帯と同じ。これが、この監獄が地獄たる所以ゆえんだった。
 囚人に男女の別はない。あるのはいくつかの派閥と抗争、ケンカに裏切り。少ない女は派閥のボスのもの。綺麗な女が入ってきたときなどは、必ず抗争が勃発する。勝利した派閥のボスのものになる。新入りの女囚人に、拒否権などありはしない。
 囚人はまず、取調室で身元や罪状などを確認され、簡単に施設の説明を受けて、牢を割り当てられる。入り口から取調室へ向かう際、囚人たちの衆目に晒される。そこで品定めをされるのだ。
 毎日二十三時から翌八時までは、必ず檻にいなければならない。それからサイレンが鳴ったとき。サイレンが鳴って十分以内に檻にいなければならない。これらが守られないと、懲罰ちょうばつの対象となる。この懲罰が、かなり厳しい。看守の憂さ晴らしのようなものだ。だが、懲罰を請け負うのが看守ならまだいい。監獄のトップ、矯正監きょうせいかんが出て来たら最悪だ。どんなに酷い傷を負っても、手当てなどされない。いっそ死んだ方がマシだと思えるほどの地獄を味わう。殺してくれと懇願しても、絶対に殺さない。死の淵ギリギリで責め立てる。滅多に矯正監は出てこないが、絶対に出てこないわけではない。だから囚人たちは、懲罰対象にだけはならないよう細心の注意を払う。
 以前は、この懲罰を利用していたこともある。目に余るほどの生意気な新入りが入ったときだ。新入りの檻から一番遠い檻の囚人が、自分は檻に入ったまま檻の外にいる新入りを捕まえておく。時間に間に合わないようにするのだ。そして懲罰を受けさせる。懲罰は囚人たちに見えるよう行う。それを見た囚人たちに、規律を守ろうと思わせるのだ。それを逆手にとって、懲罰を受ける新入りを嗤って、囚人たちは留飲を下げていた。
 ある日のことだ。生意気な新人に、その洗礼を受けさせた。偶々、その日見回りに来たのが矯正監だった。
 「二十三時から翌八時までは、必ず檻にいなければならない。サイレンが鳴ったら十分以内に檻にいなければならない。たった二つの規則も守れないのか」
 新人は邪魔をされたんだと喚く。矯正監はサーベルで容赦なく新人の頬を打つ。皮膚が裂け、血が流れる。
 「私が聞きたいのはそんな言葉ではない。反省の言葉だ」
 返す手で反対の頬も打つ。やめろ、ふざけるなと新人は尚も盾突く。矯正監はサーベルを振り上げ、容赦なく振り下ろす。何かが飛んだ。一拍置いて、新人が叫び、耳を押さえてのたうち回る。押さえた手からは血が溢れている。囚人たちは飛んだ物を確認する。耳だ。
 「聞こえない耳は不要だろう」
 腹を蹴り上げ、うずくまる新人のもう片方の耳を掴む。
 「申し訳ありません!申し訳ありません!規則を守らず、矯正監に刃向かって申し訳ありませんでした!」
 反省の言葉を口にするが、矯正監の力は緩まない。掴まれた耳が、ミチミチと音を立てている。
 「二度と規則を破りません!二度と矯正監に逆らいません!赦して!助けて!」
 泣いて懇願する。矯正監の手が離れた。ホッとしたのもつか、顎を蹴り上げられ、骨が砕けた。絶叫が響き渡る。
 「番号からして新入りか。今回はこれで赦してやる。次はない」
 囚人服の胸元についた番号を見て、矯正監はそう言った。
 「さて、貴様」
 矯正監は、新人を押さえていた囚人の檻の前に立つ。囚人は青ざめる。
 「じ、自分は、規則を、破っていません、です」
 二つの規則さえ守れれば、後は自由。そのはずだ。
 「私の手を煩わせたな」
 囚人はガタガタと震え出す。
 「派閥があることは知っている」
 矯正監の言葉に、囚人の派閥の者たちの背筋が伸びる。顔色は悪い。サーベルの一振りで耳を削ぎ落とす男だ。武器の扱いに長けている。何をされるかわかったものではない。
 「だが私は貴様らのことなど知らん」
 目深に被った帽子で表情は見えない。そのため、派閥の者たちはその言葉に油断した。仕置きはその男一人で済む、と。続く言葉に囚人全員の血の気が引いた。
 「連帯責任だ」
 その時投獄されていたのは二百九十一人。全員が、四肢のいずれかの機能を失った。切り落とすと後処理が面倒だと、その機能を担う神経を、的確に切りつけた。矯正監は顔色一つ、表情一つ変えずに実行した。どこを失うか、選ばせてやるだけ優しいだろう。そう言って。
 「首を落とせれば楽なんだがな。貴様らの面倒を見ずに済む」
 最後にその言葉を言ったときだけ、僅かに口角が上がった。
 それから、懲罰をわざとさせるようなことはなくなった。


*~*~*~*~*


 ある日、サイレンが鳴った。囚人たちは急いで自分の檻を目指す。サイレンが鳴ったときは、殆どが新人が来るとき。どんな人物が来るのか。刺激に飢えた囚人たちは、新しいオモチャに胸を躍らせる。看守たちがやって来て、囚人たちを点呼する。
 「異常なし!」
 その言葉を合図に、別の看守が入ってきた。その後ろには、期待通りの新人。しかし、看守の後ろを楚々そそと歩く女に、囚人たちは静まり返る。そして、一気に騒ぎ立てた。
 「女だ!すげぇ美人じゃねぇか!」
 「見ろ!女が来た!」
 「すげぇぞ!貴族だ!貴族の女だ!」
 大興奮で牢の鉄格子にしがみつき、下品な言葉を投げつける。看守は注意をすることもなく、黙々と女を連れて歩く。女は青ざめつつも、毅然と背筋を伸ばして看守について行った。その凜とした姿もまた美しく、囚人たちの欲望を誘った。女の姿が見えなくなっても、囚人たちの興奮は冷めない。
 だが。
 次に入り口から入ってきた人物に気付いた者たちから、波が引くように喧噪けんそうが収まっていく。その人物は、コツコツと硬質な音を立てて囚人たちの前を通り過ぎていく。一分いちぶの隙もない制服姿は、その人物の近寄りがたい雰囲気をますます強固なものにしている。目深まぶかに被った帽子で表情は見えない。だが、彼が出て来たということは、先程の女は間違いなく高位貴族。男は囚人に一瞥いちべつもくれることなく、取調室へ続く廊下の扉の向こうへと消えていった。その姿が見えなくなり、足音さえ聞こえなくなると、囚人たちはようやく詰めていた息を吐き出した。
 凶悪な囚人たちでさえ怯えさせる男、エリアスト・カーサ・ディレイガルド矯正監。ディレイガルド監獄の若きトップであり、悪魔の化身と言われている。たぐまれな美貌と容赦ない性格から、そう呼ばれている。


 *2へつづく*
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

あなたの愛が正しいわ

来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~  夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。  一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。 「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

処理中です...