美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛

らがまふぃん

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番外編

今の自分に出来ること

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お気に入り登録700を超えたことに、多大なる感謝を込めて、一話お届けいたします。
本当にありがとうございます。

前回の番外編、“まだ知らぬ感情”に続き、激甘になる前のエル様です。「場合によっては殺さず」のエル様になるきっかけの話になります。溺愛発展途上のエル様登場です。ご注意ください。


*∽*∽*∽*∽*


 ディレイガルドは、筆頭公爵家という立場から、いろいろな意味で狙われることがある。
 それは、ディレイガルドを理解しない愚か者の貴族であったり、国であったり。
 ディレイガルドを理解しない者が雇える者など、たかがしれている。
 今回は、どこぞの貴族がエリアストを攫い、その娘との間に子を成してディレイガルド家に入り込もうと画策したらしい。
 深夜、一人眠るエリアストの部屋に侵入者が四人。
 この国の筆頭公爵家、ディレイガルドの数々の噂は知っている。だから、
 ディレイガルド邸に侵入できた。
 自分たちは、思っている以上に優秀なのではないか。
 そう、侵入者たちは顔を見合わせ、ニヤリと笑うと頷き合った。
 ディレイガルド邸に侵入できたこと自体が罠だと気付けない程レベルの低いやからだと気付けないまま、エリアストに近付いた。
 エリアストに触れようとして、気付けば四人は地面に転がっていた。
 最初に触れようとした男は、エリアストの部屋の窓を突き破り、そのガラスと共に地面に落下。残る三人も殴り飛ばされ、壊れた窓から落ちていた。
 エリアストもその窓から飛び出すと、男の一人の頭を容赦なく踏み潰した。みるみる血に染まる地面と、その返り血で足元を赤く染めたエリアスト。その酷く冷たい双眸に見下ろされ、最早三人に戦意などあるはずもなく。
 ゆらり、近付くエリアストから、逃れる術などない。

 「やめ…もぅ、ころ、して…」
 命乞いではない、死を願う男の言葉に、エリアストの殴っていた手が止まる。
 エリアストは、以前アリスに邪な感情を持った学園生三人を始末したときに、父であるライリアストに言われたことを思い出す。

………
……


 「エリアスト、もう少し考えなさい」
 あの日、アリスをファナトラタ家へ送り届けて邸に帰ると、エリアストは父親に呼ばれた。腕を組み、執務机に軽く座るように立つ父、ディレイガルド当主ライリアストが眉をひそめながらそう言った。
 「私のものに手を出そうとした者には当然の末路だ」
 アリスで妄想話を繰り広げたのだ。間違えたことなどしていないと殺気立つエリアストに、ライリアストの背中に冷たい汗が流れる。我が息子ながら、本当に恐ろしい。これ程までのモノを持っていたとは、想定の範疇はんちゅうを超えている。しかし、伝えるべき大事なことを伝えねばならない。
 「そうだね。それはもちろんそうなんだけど、その場の感情に支配されすぎだよ」
 殺したことを咎めるでもない、むしろ、彼らが殺されたことは当然のことであり、赦される道理はないと肯定している。温和な印象を受けるライリアストもまた、間違いなくディレイガルドなのだ。
 そんなライリアストが苦笑いを浮かべながらそう言うと、エリアストは殺気を緩めて冷たく見た。
 「優先順位を考えるべきだよ。おまえは馬車で、どこに向かう予定だった?」
 「エルシィを迎えに決まっている」
 即答するエリアストに、ライリアストは頷いた。
 「そう。ならば、優先順位は?」
 エリアストは黙った。ライリアストは薄く笑う。
 「アリス嬢を放置して、愚か者に時間を使ったわけだ、おまえは」
 大切な存在を大切に出来なかったのか。
 言外の言葉に、エリアストの感情のないガラス玉の瞳が、揺れた。
 「考えろ、エリアスト。目先の感情に振り回されるな」
 ライリアストは机から離れ、エリアストの前に立つ。まだ、頭ひとつ分低いエリアストの顔を覗き込むと、ディレイガルドの当主然とした空気を纏う。
 「おまえは正しい。だが、間違えたんだ」
 エリアストは、黙ってライリアストの言葉を刻み込んだ。

………
……


 殺す方が親切なのかもしれない。
 「ふむ」
 胸ぐらを掴んでいた手を放すと、男は重力に身を委ねた。
 エリアストは、残る二人を見る。
 二人は今にも倒れそうなほど真っ白な顔をしており、身を寄せ合って震えていた。あまりに容赦のない暴力に、腰が抜けて動けない。躊躇いもなく命を奪う残酷さが、恐ろしくて仕方ない。
 エリアストの視線を受け、震えに拍車がかかる二人の使い途を思う。
 
 エリアストは、既に息絶えた男は放置し、虫の息の男と、震えて身を寄せ合う二人の男を、ディレイガルド邸の地下へ引きずって行った。
 どこからともなく現れた影たちが、放置された男の体をどこかへ持ち去り、散った残骸を綺麗に片付けると、また闇に消えるように姿を消した。

 
 人の体は、どこまで耐えられるかを見極めるために。
 愚か者に絶望を与えるのは、生と死、どちらが有効か見極めるために。
 アリスとの時間を奪われないためには、さっさと始末してしまった方がいいという考えと、万が一にもアリスに不届きなことをする者がいた場合、深く絶望させるという考えで揺れる。葛藤の中、どちらに転んでもいいように、結婚前のアリスといられない時間を有効に使おうと動いているエリアスト。

 今、アリスに会えない時間は、未来のアリスとの時間を作るために使う。

 愚か者に時間を費やし、アリスとの時間が減るなどあり得ない。
 だから、効率的に絶望を与えられるように。
 僅かな時間で最大の効果を。
 絶望を与える機会などない方がいいに決まっている。それは、アリスが関わってしまったということだから。
 けれど、過信してはいけない。
 いつだって、想像を遥かに超える愚か者はいるのだ。
 だから、備える。

………
……


 「エル様、今日もお迎え、ありがとうございます」
 「ああ。何事もなかったか、エルシィ」
 アリスの顔を見ると、途端に全身が喜びに満たされる。
 アリスが笑うと、ここが温かくなると知った。その笑顔に、自然、自分の顔が綻ぶようになっていた。
 「はい、何事もなく過ごしておりましたわ、エル様。エル様は、今日は学園ではなく、公爵様について領地経営でしたね」
 「ああ。今回は少し視察に行って来た」
 驚く顔に、衝動的に抱き締める。アリスの色々な顔を見たい。それを見せてくれたとき、堪らない衝動が、全身を襲う。見せてくれた表情で襲われる衝動は違うが、すべて自分のものだという気持ちは変わらない。
 「無理は、なさらないでくださいね、エル様」
 日帰りできる距離ではないと知っているからこその驚きと、今の言葉なのだろう。
 「エルシィと会えない時間を我慢すること以外に無理はしていない」
 離れている時間以外、何が無理だというのだろう。
 「エル様」
 照れて胸に顔を埋めるアリスに、自分の全身がさらに大きな喜びに満たされる。これが、愛しいということだと、もう気付いている。
 「エルシィ」
 その頭に、愛しくくちづけを落としていく。恥ずかしそうに身動ぐ姿も、耳まで真っ赤になって震える姿も、くちづけるたびに漏れ出る小さな声も。
 「エルシィ」
 そっと頬に触れ、その顔を上げさせる。可哀相なほどに真っ赤になったその顔に、ゆっくり自身の顔を近付ける。
 「エル、さま」
 「エルシィ」
 その行動すべてで、愛を教えてくれる人。
 ああ、本当に、何という存在だろう。
 これほどまでの存在と共にあるためなら、あらゆる努力も当然のこと。
 だから、備えるのだ。

 アリスとの時間を、アリスを、奪わせないために。



*おしまい*

最後までお読みいただき、ありがとうございます。
結婚したら愚か者の対応は基本影たちに任せ、アリスに予定があるときだけ(茶会や孤児院訪問)、その憂さ晴らしをするために仕事の合間で自分が直々に手を下す、というスタイルへ。アリスに危害を加えそうな者には死を、実際アリスに手を出した者には絶望を、と使い分けるようになります。この時点でのエル様は、そこまで具体的に考えられてはいません。
お気に入り登録をして下さる方が歳月を重ねてゆっくりと増えていくことがとても嬉しいです。
長いこと見守っていてくださるみなさま、新たにこの物語をみつけて読んでくださったみなさま、すべての読者様に多大なる感謝を。
これからも、よろしくお願いいたします。R7.3/29
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