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4.メルナーゼだった者
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護衛が呻き声を上げて地面に蹲っている。
何が起こったのか、誰にも理解が出来なかった。
メルナーゼの扇が、護衛の横腹を容赦なく打ったようではあるのだが。
簡易的ではあるものの体を覆う鎧がひしゃげ、肋がいくつか折れたであろう護衛が脇腹を押さえて蹲っている。
それは、女性が、それも鉄扇ですらない普通の扇で起こしたとは思えない状態だったため、脳が理解することを拒んでいるのかもしれない。
あり得ない光景に、誰もが動けずにいた。
「誰がわたくしの名を呼ぶ許可を与えたのかしら」
嫌悪を隠しもしない、心の底から気に入らないと露わにした声音が、ひどく恐ろしかった。
この場にいる全員の顔色が悪い。
ムーシャルアは無意識にヤトラスに縋り、またヤトラスも、無意識にムーシャルアを抱き締めていた。女官たちも身を寄せ合い、護衛たちの体は震えている。
そんな周囲の様子を気にすることなく、メルナーゼは溜め息を吐いた。
「本当に不快。でもわたくし、いろいろあって疲れましたわ」
それだけ言うと、女官から足を離すと何事もなかったかのように再び背を向け、その場を後にした。
もう、メルナーゼを呼び止める声はなかった。
メルナーゼの変化の理由を説明するには、少し時間を遡る。
気付けば、その女性は花畑に佇んでいた。
「まあ。死後の世界というものが、本当に存在していたのねぇ」
女性が感心していると、頭に直接響くような声が聞こえた。
『キミは、自我があるんだね』
女性は首を傾げて辺りを見回すと、少しして目の前に白い靄のようなものが集まり始めた。興味深く女性が見ていると、白い靄は、人の形を取った。ただ、人の輪郭をしているだけで、相変わらず白い靄のままではあるが。
白い人影は、言った。
『お願い、あの子を助けて』
「はあ。何故ですの?わたくしに、なんのメリットが?」
突然の出来事にも、さらには何の情報もないまま“あの子を助けて”などと話を振られてさえ、女性は動じることなく、自身のメリットを追求した。
『今、キミの生き方を見せてもらった。その傍若無人ッぷり、きっと彼女の助けになる』
「ふふふ。おかしいこと。わたくしの質問の答えになっておりませんわ。おまえはバカなのねぇ」
白い人影の頬らしき部分を容赦なく引っ張る。
『いだだだだだだいだあっ!』
「会話の意志がないならさっさとわたくしを解放なさい。不愉快でしてよ」
まったく目が笑っていない笑顔で、女性は人影の頬を千切る勢いで力を込めた。
『キミのやりたい放題やっていい!』
「あらあら、それは今までのわたくしと変わりないですわね」
容赦のない手を放すと、女性は自身の頬に手をあて、コロコロと笑って人影の提案を退ける。それはメリットではないと。
『キミの世界、魔法はなかったでしょ?!魔法が使えるんだ、その世界は!』
その言葉に、女性は悩むように首を傾げると、少ししてから言った。
「何の苦労もなくあらゆる魔法が使えるのなら考えてもいいかしら」
『そ、れで、いいよ』
「ふふ。ですが、気に入りませんわ」
『是非そうさせてください!』
「おバカさんねぇ。わたくしが気に入らないのは、おまえがそうまでしてその誰かを助けたい理由を明かさないことでしてよ」
人影は、少し躊躇った後、ポツポツと話し始めた。
『ボクの、ミスで、あの子は、メルナーゼは、ただ理不尽に、命を摘まれてしまう存在に、なってしまったんだ。このままでは、確実に、あの子は死んでしまう。何の幸せも、ないままに』
苦しそうな人影の声にも、女性は顔色一つ変えない。
「おまえはその世界の創造主なのかしら?」
人影は、ゆっくりと頷いた。
「おまえのような者が主ですと、大変ですわね」
『うっ、わかっている、未熟なのは。だから、少しでもみんなが幸せになることを』
「民草の話ではありませんわ。おまえ自身の話よ」
*つづく*
何が起こったのか、誰にも理解が出来なかった。
メルナーゼの扇が、護衛の横腹を容赦なく打ったようではあるのだが。
簡易的ではあるものの体を覆う鎧がひしゃげ、肋がいくつか折れたであろう護衛が脇腹を押さえて蹲っている。
それは、女性が、それも鉄扇ですらない普通の扇で起こしたとは思えない状態だったため、脳が理解することを拒んでいるのかもしれない。
あり得ない光景に、誰もが動けずにいた。
「誰がわたくしの名を呼ぶ許可を与えたのかしら」
嫌悪を隠しもしない、心の底から気に入らないと露わにした声音が、ひどく恐ろしかった。
この場にいる全員の顔色が悪い。
ムーシャルアは無意識にヤトラスに縋り、またヤトラスも、無意識にムーシャルアを抱き締めていた。女官たちも身を寄せ合い、護衛たちの体は震えている。
そんな周囲の様子を気にすることなく、メルナーゼは溜め息を吐いた。
「本当に不快。でもわたくし、いろいろあって疲れましたわ」
それだけ言うと、女官から足を離すと何事もなかったかのように再び背を向け、その場を後にした。
もう、メルナーゼを呼び止める声はなかった。
メルナーゼの変化の理由を説明するには、少し時間を遡る。
気付けば、その女性は花畑に佇んでいた。
「まあ。死後の世界というものが、本当に存在していたのねぇ」
女性が感心していると、頭に直接響くような声が聞こえた。
『キミは、自我があるんだね』
女性は首を傾げて辺りを見回すと、少しして目の前に白い靄のようなものが集まり始めた。興味深く女性が見ていると、白い靄は、人の形を取った。ただ、人の輪郭をしているだけで、相変わらず白い靄のままではあるが。
白い人影は、言った。
『お願い、あの子を助けて』
「はあ。何故ですの?わたくしに、なんのメリットが?」
突然の出来事にも、さらには何の情報もないまま“あの子を助けて”などと話を振られてさえ、女性は動じることなく、自身のメリットを追求した。
『今、キミの生き方を見せてもらった。その傍若無人ッぷり、きっと彼女の助けになる』
「ふふふ。おかしいこと。わたくしの質問の答えになっておりませんわ。おまえはバカなのねぇ」
白い人影の頬らしき部分を容赦なく引っ張る。
『いだだだだだだいだあっ!』
「会話の意志がないならさっさとわたくしを解放なさい。不愉快でしてよ」
まったく目が笑っていない笑顔で、女性は人影の頬を千切る勢いで力を込めた。
『キミのやりたい放題やっていい!』
「あらあら、それは今までのわたくしと変わりないですわね」
容赦のない手を放すと、女性は自身の頬に手をあて、コロコロと笑って人影の提案を退ける。それはメリットではないと。
『キミの世界、魔法はなかったでしょ?!魔法が使えるんだ、その世界は!』
その言葉に、女性は悩むように首を傾げると、少ししてから言った。
「何の苦労もなくあらゆる魔法が使えるのなら考えてもいいかしら」
『そ、れで、いいよ』
「ふふ。ですが、気に入りませんわ」
『是非そうさせてください!』
「おバカさんねぇ。わたくしが気に入らないのは、おまえがそうまでしてその誰かを助けたい理由を明かさないことでしてよ」
人影は、少し躊躇った後、ポツポツと話し始めた。
『ボクの、ミスで、あの子は、メルナーゼは、ただ理不尽に、命を摘まれてしまう存在に、なってしまったんだ。このままでは、確実に、あの子は死んでしまう。何の幸せも、ないままに』
苦しそうな人影の声にも、女性は顔色一つ変えない。
「おまえはその世界の創造主なのかしら?」
人影は、ゆっくりと頷いた。
「おまえのような者が主ですと、大変ですわね」
『うっ、わかっている、未熟なのは。だから、少しでもみんなが幸せになることを』
「民草の話ではありませんわ。おまえ自身の話よ」
*つづく*
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