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9.退屈凌ぎ2
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騒ぎに駆けつけた者たちが、惨状とメルナーゼの物言いに怒鳴り散らす。
「おまえ!殿下に向かって何たる不敬!」
「おまえのような者がお側にいられるだけでどれだけの幸運か知りもしないで!」
「これは不敬罪だ!殿下に対するその所業、到底赦されるものではないぞ!」
実力行使がない限り控えるよう言いつけられている執事は、学園に入ってからのメルナーゼへの誹謗中傷にも黙って耐えているが、そろそろ限界が近い。近いが、敬愛する主との約束を違えることなど出来ず、ギシギシと拳を握って耐えている。手袋越しにもかかわらず、血が滴り落ちるほどに。
「殿下?ああ、アレ、そう言えばどこかで見たことある気がするわね」
当のメルナーゼは、どこか馬鹿にするように周囲を煽るような言葉を重ねる。
「なっ?!王太子殿下であり貴様の婚約者だろう!」
「そうよ!殿下に謝罪なさい!到底赦されることではないけれどね!」
ピクリとメルナーゼの眉が動く。
「謝罪?それは、わたくしに言っているのかしら?」
表情の消えたメルナーゼに、周囲が一瞬戸惑う。しかし、集団心理からだろうか、すぐにあちらこちらからメルナーゼに罵声が飛ぶ。
「お黙りなさい、愚物共が」
怒りを隠そうともしないメルナーゼの声が、空気を重くした。容赦なく放たれる威圧に、口々に喚いていた者たちは自然、閉口していた。
「身分が上の者に対して、という話をしているのなら、なぜおまえたちが許されてわたくしが許されないのかしら」
罵声を飛ばしていた者たちは、メルナーゼの言葉が理解出来ないようだ。
「わたくし、公爵家の者よ。おまえたちは?わたくしより上なの?違うでしょう?おまえたちの言葉通りなら、おまえたちはなぜ罰を受けないのかしら」
その言葉に、周囲は青ざめる。
「まあ、身分などどうでもいいのよ。ただ」
風を切る音が鳴る勢いで扇を一閃させる。
「わたくしを下に見るなど言語道断」
その場にいた数名の者たちが倒れ、もう数名が、壁にめり込んだ。その者たちは、泡を吹いて白目を剥いている。倒れた者たちを、焦りを露わにして見回す女生徒。その女生徒の周りの者が倒れたのだ。何が起こっているのか理解出来ず、恐怖に震える女生徒の耳に届いた言葉。
「おまえ。このわたくしに、謝れ、と言ったの?」
謝罪は、下の者がする行為。自分より上の存在がいるなどあり得ないという思考の元に生きるメルナーゼにとって、これはとても屈辱的な言葉である。
女生徒は、尋常ではないほどの威圧を受け、あまりの息苦しさに意識を失いかけたが。執事に魔法で水をかけられ、意識を飛ばせない。震えが止まらず、歯がガチガチと耳障りな音を立てる。
「おまえのような愚物に価値などない」
透明な球体が女生徒を包んだ。
女生徒が何か叫びながら自身を包む球体を叩いているが、まったく音が聞こえない。そんな女生徒を放置し、メルナーゼはヤトラスを向いた。
「おまえ」
メルナーゼは、いっそ慈愛の込められているような声音だった。だがその目は、怒りに濡れている。
「愚物を制御できない愚物。生きている価値などないわね」
メルナーゼは控えていた執事の差し出す手を取り、倒れる者たちを躊躇うことなく踏みつけながら、真っ直ぐヤトラスに向かって歩く。その異様な光景に、みんな知らず少し後ろに下がる。
別人のようなメルナーゼに、誰もが混乱していた。
通常であれば、人は立場を考える。
上の者には服従を示し、下の者には服従させる。
けれど、上の者を服従させたい心理も働く。
気の弱い者が、立場だけが立派であった場合。人はどう動くか。
嫉妬から、その立場にある者を攻撃してやりたいと思う者は一定数いる。
また、嗜虐思考とまではいかなくとも、人は多かれ少なかれ、堕ちることに興味を覚える。それは自分ではなく、他の誰か。誰かの転落人生など、立場が上であればあるほど関心が向けられる。公爵令嬢であるだけではなく、王太子の婚約者という、数多の女性の中からたった一人の栄誉ある立場を手に入れた女性だ。故に、メルナーゼは狙われるに充分だった。
*つづく*
「おまえ!殿下に向かって何たる不敬!」
「おまえのような者がお側にいられるだけでどれだけの幸運か知りもしないで!」
「これは不敬罪だ!殿下に対するその所業、到底赦されるものではないぞ!」
実力行使がない限り控えるよう言いつけられている執事は、学園に入ってからのメルナーゼへの誹謗中傷にも黙って耐えているが、そろそろ限界が近い。近いが、敬愛する主との約束を違えることなど出来ず、ギシギシと拳を握って耐えている。手袋越しにもかかわらず、血が滴り落ちるほどに。
「殿下?ああ、アレ、そう言えばどこかで見たことある気がするわね」
当のメルナーゼは、どこか馬鹿にするように周囲を煽るような言葉を重ねる。
「なっ?!王太子殿下であり貴様の婚約者だろう!」
「そうよ!殿下に謝罪なさい!到底赦されることではないけれどね!」
ピクリとメルナーゼの眉が動く。
「謝罪?それは、わたくしに言っているのかしら?」
表情の消えたメルナーゼに、周囲が一瞬戸惑う。しかし、集団心理からだろうか、すぐにあちらこちらからメルナーゼに罵声が飛ぶ。
「お黙りなさい、愚物共が」
怒りを隠そうともしないメルナーゼの声が、空気を重くした。容赦なく放たれる威圧に、口々に喚いていた者たちは自然、閉口していた。
「身分が上の者に対して、という話をしているのなら、なぜおまえたちが許されてわたくしが許されないのかしら」
罵声を飛ばしていた者たちは、メルナーゼの言葉が理解出来ないようだ。
「わたくし、公爵家の者よ。おまえたちは?わたくしより上なの?違うでしょう?おまえたちの言葉通りなら、おまえたちはなぜ罰を受けないのかしら」
その言葉に、周囲は青ざめる。
「まあ、身分などどうでもいいのよ。ただ」
風を切る音が鳴る勢いで扇を一閃させる。
「わたくしを下に見るなど言語道断」
その場にいた数名の者たちが倒れ、もう数名が、壁にめり込んだ。その者たちは、泡を吹いて白目を剥いている。倒れた者たちを、焦りを露わにして見回す女生徒。その女生徒の周りの者が倒れたのだ。何が起こっているのか理解出来ず、恐怖に震える女生徒の耳に届いた言葉。
「おまえ。このわたくしに、謝れ、と言ったの?」
謝罪は、下の者がする行為。自分より上の存在がいるなどあり得ないという思考の元に生きるメルナーゼにとって、これはとても屈辱的な言葉である。
女生徒は、尋常ではないほどの威圧を受け、あまりの息苦しさに意識を失いかけたが。執事に魔法で水をかけられ、意識を飛ばせない。震えが止まらず、歯がガチガチと耳障りな音を立てる。
「おまえのような愚物に価値などない」
透明な球体が女生徒を包んだ。
女生徒が何か叫びながら自身を包む球体を叩いているが、まったく音が聞こえない。そんな女生徒を放置し、メルナーゼはヤトラスを向いた。
「おまえ」
メルナーゼは、いっそ慈愛の込められているような声音だった。だがその目は、怒りに濡れている。
「愚物を制御できない愚物。生きている価値などないわね」
メルナーゼは控えていた執事の差し出す手を取り、倒れる者たちを躊躇うことなく踏みつけながら、真っ直ぐヤトラスに向かって歩く。その異様な光景に、みんな知らず少し後ろに下がる。
別人のようなメルナーゼに、誰もが混乱していた。
通常であれば、人は立場を考える。
上の者には服従を示し、下の者には服従させる。
けれど、上の者を服従させたい心理も働く。
気の弱い者が、立場だけが立派であった場合。人はどう動くか。
嫉妬から、その立場にある者を攻撃してやりたいと思う者は一定数いる。
また、嗜虐思考とまではいかなくとも、人は多かれ少なかれ、堕ちることに興味を覚える。それは自分ではなく、他の誰か。誰かの転落人生など、立場が上であればあるほど関心が向けられる。公爵令嬢であるだけではなく、王太子の婚約者という、数多の女性の中からたった一人の栄誉ある立場を手に入れた女性だ。故に、メルナーゼは狙われるに充分だった。
*つづく*
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