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番外編
滅びの序章
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らがまふぃん投稿開始三周年記念 第七弾
アルファポリス様にて投稿させていただき、みなさまに支えられながら活動して三年が経ちました。いつも楽しく活動出来ているのは、優しく見守ってくださるみなさまのおかげです。これからもほそぼそ頑張って参りますので、これまで同様、温かい目で見守って、お付き合いくださいませ。
相変わらず残酷表現ありますのでご注意を。
*∽*∽*∽*∽*
メルナーゼの側には、必ず壮年の男の姿があった。
カーマイン公爵家の執事だという。
執事を筆頭に、その後ろに従えているのは、この国の第二王子リグラスと、第一王女ユラス。リグラスは、顔半分を火傷の痕が覆う有り様だが、隠す気がサラサラない。それは、愛してやまないメルナーゼがつけてくれた痕だからだ。名前を呼んだというだけで、不敬だと躊躇いもなくリグラスの顔を魔法で焼いたメルナーゼに、罪悪感など欠片もない、己の欲望にのみ忠実なメルナーゼに、完全に心を囚われたリグラスとユラス。側で仕える栄誉に、二人は至福の時を過ごしている。
だが、執事のメルナーゼへの理解度が、二人の嫉妬心を煽る。それでも、執事の仕事ぶりは、確かに否応なく称賛に値するのだ。
二人は知る由もないが、前世から長く共にいたのだ。一朝一夕で身につくはずもない。昨日今日側に仕えることになった者など、役立たずもいいところ。しかし、誠心誠意仕えたい気持ちは本物だと認められるため、執事が側にいられないときの臨時の側仕えくらいにはなれるだろう。何も出来ないメイドたちの使えなさに後悔したのはつい最近。だから、側にいるのは執事、自分だけでいいと思っているが、そのような理由から、予備を置いておこうと考えを改めた。
そしてもう一人。
耳の下で髪を切り揃えた、恐ろしく美しい少女がいた。
しかしその少女は、その小柄な体に似合わない無骨な首輪を着けており、それは何やら禍々しい気を放っているように感じる。事実、それは呪具である。隷属の首輪、とでも言えばよいだろうか。首輪には主がおり、それを着けた者は、主に逆らえなくなる。不気味な血の色をした首輪は、それを身に着ける者が主の意に沿わないことをすると、全身を痛みが襲う仕様だ。だが、この少女が着けるモノは、上位互換と言えばいいのか、下位互換と言えばいいのか。痛みどころではない、四肢のいずれか、もしくは、内臓の一部が弾け飛ぶ。しかも、主の意に沿う沿わないは関係ない。主の胸三寸で、発動するのだ。
「あら、わたくし、おまえには感謝していてよ?」
そんな危険極まりないものを着けられた少女に、主であるメルナーゼはそう言った。
「おまえが創造主のお気に入りに手を出さなかったら、今わたくしはここにいないもの」
そう。この少女は、前身のメルナーゼことセリュレエンの魂を地上に堕とした元凶の悪魔だった。
神々の世界と悪魔たちの世界は表裏一体。年に何度か、行き来が出来る。そんな時に見つけた、大切にされていた魂。悪魔の悪戯心から始まった今回の騒動の代償は、悪魔にとってだけでなく、世界にとってもあまりにも大きかった。
時々神と茶会をしているメルナーゼは、何度目かの時に尋ねてみた。元凶の悪魔を貸してくれないかと。神は少し考える素振りを見せた後、いくつかの条件付きで悪魔を一時メルナーゼに委ねた。
その条件とは、メルナーゼが生きている間だけであることと、首輪を着けさせること、そして名を与えないこと、その三つ。
前二つはいいとして、名に関して疑問を口にすると、名を与えた者に少なからず影響を受けてしまい、神からの“永遠の責め苦の術”が解けてしまう可能性があると言う。誰かが軽々しく名を付けてしまったらどうするのかと問うと、悪魔より強い魔力を保持した者のみに適用される理だと言う。この世界でこの悪魔より強い魔力持ちは、メルナーゼと執事のみだから、二人が気を付けていればいいということだった。
ちなみに、途中でいらなくなったら心臓を破壊すれば、あの部屋に戻されることになっている。
そんな悪魔に、メルナーゼは笑って言った。
「だから、わたくしはおまえに優しくしてあげているでしょう?」
どこがだ。優しさの欠片もない、失敗作のような首輪を嵌められ、少しでも気に入らないと、容赦なく首輪を発動させる。悪魔だからなかなか死なないのね、と、どこまで生きていられるかと笑って繰り返し首輪を発動させるメルナーゼは、悪魔よりも悪魔らしい。創造主である神から、永遠の責め苦を受ける術をこの体に組み込まれている事を知っているのに。死ぬことはない、死ねない、神の気が済むまで。そう、知っているのに。
「創造主の元から、あの部屋から解放してあげただけでも、わたくしのおまえへの感謝が伝わるのではなくて?」
それは確かにそうだと最初は思った。
終わらない拷問が繰り返される、狂気の部屋から解放されただけ、痛みのない時間があるだけ、天と地ほどの差がある。永遠に苦しませるため、正気を失うことも出来ない日々に、突然終止符が打たれた。
手を差し伸べたのは、目の前の美しい人間。けれど、神と同じニオイのする人間だった。
その手を取るのは、別の地獄への招待状。わかっていても、神よりはマシだと思ったのだ。
そう、その時は、確かにそう思えたのだ。
常時与えられるものと、油断をしている時に与えられるものと。
どちらの痛みが残酷だろう。
悪魔には納得いくものではないだろうが、メルナーゼは本当に感謝しているのだ。メルナーゼなりに。悪魔は頑丈であることや、神の術によって殺すことは出来ないということは差し置き、命を奪うことまでは考えていない。それこそが、メルナーゼの感謝の表れだった。
そんな、この世界にとって過剰戦力である一行は、本日戯れに王の生誕を祝う夜会に出席していた。
各国の王族・重鎮が揃うこの場でも、もちろんメルナーゼは通常運転。
そして、噂でしか危険性を耳にしていなかった諸外国の者たちは、メルナーゼたち美しい集団に見とれていた。
容姿の美しさだけで言えば、他にもっと美しい者はいる。だが、その威風堂々たる振る舞いが、人々の目を奪ってやまない。
そんな中、メルナーゼたちから三、四歩ほど離れて従う悪魔に目を奪われた男がいた。
「ねえ、キミ、美しいキミ。名前を教えてくれないか?」
悪魔に目をつけた男が、その手を無礼にも掴んだ。悪魔は驚き、周囲もざわめく。不可侵の領域に踏み込んだ男の蛮勇に、少なくない好奇心の目を向けている。
「そんな首輪なんかより、もっとキミに相応しい首輪を僕が贈ってあげるよ」
ボン
男が言い終わるや否や、何かが軽く爆発したような音がした。
目の前の少女が痛みに悲鳴を上げ、肩を押さえて床に転がっている。
「は?」
男は少女の手を掴んでいたはずだ。いや、今も掴んでいる。それなのに。何故、少女は床に転がっているのだろう。
男は自分の手が掴んでいるものを見た。間違いなく、少女の手。だが。肩から先、と言うより、肩より向こうがない。少女の体から離れた腕が、自分の手にぶら下がっている。
メルナーゼは、僅かながら悪魔に寛容であっても、どこまで生きていられるかと冗談で繰り返し首輪を発動させる程度には、自分の欲望の方が当然優先される。
故に、今起こっていることは、メルナーゼの苛立ちからのもの、つまり悪魔にとっては完全にとばっちりだった。
「そんな首輪なんか?わたくしが贈ったものが?」
メルナーゼが笑う。正確には神から渡された物だが、メルナーゼ手ずからその首につけてやった物だ。
それを、何という言い草か。
執事は怒りから目の前が真っ赤に染まったが、当然勝手な行動など出来るはずもなく。夜会の前にメルナーゼから許可があれば、男の言葉は言い終わらない内に首と胴がお別れしていたことだろう。
尻餅をついて震えるしか出来ない惨めな男は、声にならない声を漏らしている。
「おまえ。いつまで寝ているの」
冷たく悪魔を見下ろすメルナーゼに、悪魔は怒りと恐怖で全身を震わせながら立ち上がる。弾けた肩を押さえながら、荒い呼吸と屈辱に塗れた顔でメルナーゼの前に来ると、膝をついて頭を下げた。
「あらあら可哀相に。ねえおまえ。わたくしのものにこんなことをして、謝って済むだなんて思っておりませんわよね?」
男に微笑むメルナーゼの目は、まったく笑っていない。あまりの恐ろしさに男は腰を抜かして失禁しつつも、壊れた人形のようにガクガクと首を縦に振った。決して、“メルナーゼがやったことで自分ではない”、などと言えるはずがない。
「そうねぇ。では、わたくしを楽しませなさい」
その言葉を受け、執事は男に告げる。先日降臨した創造主、神の逆鱗に触れた悪魔であること、その悪魔を一時的に預けられていることを。
その言葉を聞いた周囲は、美しい少女が悪魔であることに戦き、その悪魔を従えることが出来るメルナーゼに恐怖しつつ、創造主たる神と交流できることに畏れた。
「貴様、国と年齢は」
唐突な執事の質問に、何故そんなことを聞かれるのかわからないながら、震える声で男は答えた。
「ああ、また、この国の人間か」
王太子ヤトラスをチラリと見て、執事は鼻で嗤う。王族の顔色は非常に悪い。
執事はそんな周囲の反応など気にすることなく、男の首に悪魔と同じ首輪を着けた。
「創造主が作った物と比べて質は落ちるが、まあ問題ない」
悪魔の体を傷つけられるほどの殺傷能力の高さは、人間ではひとたまりもない。だから、あえて殺傷能力を落としている。まあ問題ない、と言ったが、落とさない方が問題なのだ。
男は、何が始まるのか、何をさせられるのか、ガチガチと歯の根が噛み合わないほど震えている。執事はそれに構わず、これから始まるゲームの内容を説明した。
ルールは至ってシンプル。
一時間以内に隷属の首輪を外せ
「さて、ゲームをクリアできなかった場合の話をしよう」
一呼吸置き、執事は薄く笑って告げた。
「外せなかった場合、世界の都市、町、村をランダムに男の歳の数だけ消し去る」
会場中が息をのみ、やがて騒ぎ出す。
姫様を楽しませるためのゲームを考えるのは執事。ゲームの盤上に乗るのは、愚か者たち。
「さあ、存分に姫様を楽しませろ」
………
……
…
「あらあら、残念ね。滅びの一助となるゲームでしたのに。攻略されてしまったわ、宰相」
楽しそうに笑うメルナーゼが、執事に声をかける。
「姫様のお気に召したようで何よりです」
差し出した手をメルナーゼが取ると、恭しく立ち上がらせ、ゆっくり出口へとエスコートをする。
残念だと口にしているが、メルナーゼが満足していることをわかっている執事はそう返す。
葛藤、偽善、偽悪、道徳、絶望、大義。
結果ではなく、過程を楽しむものを執事はゲームとして提供したのだから。
隷属の首輪は、契約が終了するまで外すことは出来ない。一生隷属させるものから期限付きで隷属させるもの、何かしらの条件を達成させるためのものまで、その契約内容は様々である。
共通していることは、途中で外すことは出来ない、または途中で外さなくてはならない場合は主の血を首輪に付着させる、ということだ。或いは、主の魔力よりも強い者に強制的に外してもらう。
会場の者たちは頭を抱えた。男に着けられた首輪の主は、執事。執事の魔力を超える者など、いるはずがない。いや、一人いる。しかし、それは望める相手ではない。このゲームを楽しみにしている張本人だから。
あの手この手で奮闘し、期待しては絶望し。無情にも時間は過ぎていく。
このままでは、世界中のたくさんの命が失われる。
このままでは。
会場中の意見が一致した。
「そもそもおまえがあの一団に近付かなければ良かったのだ。悪く思うなよ」
隷属の首輪を外す方法は、もう一つ。
「さすが国王陛下ですわ。国を背負う者は、時に冷酷な決断を迫られますもの。王太子殿下は、このような重要な場面に立ち会えて良うございましたわねぇ。貴重な経験をした次代の国王陛下に期待いたしますわ」
皮肉とも揶揄とも判断がつかないメルナーゼの言葉に、何も言い返せず俯くしか出来ないヤトラス。それはかつて、お茶会の度に見せていたメルナーゼの姿のようで。
そんなヤトラスなど目にも入らないまま、メルナーゼは挨拶をした。
「それではみなさん、ごきげんよう。また、お会いしましょうね」
美しく笑うメルナーゼとその一団が消えた扉を、会場中が見つめていた。
あんな厄災と、二度と会いたくない。
次は、誰がこうなるのか。
床に転がる隷属の首輪と、その側にある首と胴が離れたそれを、見ないようにした。
世界が、メルナーゼの危険性を認知した。
メルナーゼは美しく微笑む。
「さあ、次は、何をして遊びましょう」
*おしまい*
らがまふぃん三周年記念にお付き合いくださり、ありがとうございます。
これにて、三周年記念シリーズ終了です。
三周年記念といたしまして、
第一弾 R7.10/29 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 番外編
第二弾 R7.10/30 美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛 番外編
第二弾 R7.10/31 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 番外編
第四弾 R7.11/1 新作 麗しき双子の、秘めることのない愛 ―ダリア編―
第五弾 R7.11/2 新作 麗しき双子の、秘めることのない愛 ―ノアリアスト編―
第六弾 R7.11/3 婚約破棄?思い通りにはさせなくてよ 後日談
第七弾 R7.11/4 願いの代償 番外編
以上のスケジュールでお届けいたしました。
お時間の都合のつく方は、是非のぞいていただけると嬉しいです。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。R7.11/4
アルファポリス様にて投稿させていただき、みなさまに支えられながら活動して三年が経ちました。いつも楽しく活動出来ているのは、優しく見守ってくださるみなさまのおかげです。これからもほそぼそ頑張って参りますので、これまで同様、温かい目で見守って、お付き合いくださいませ。
相変わらず残酷表現ありますのでご注意を。
*∽*∽*∽*∽*
メルナーゼの側には、必ず壮年の男の姿があった。
カーマイン公爵家の執事だという。
執事を筆頭に、その後ろに従えているのは、この国の第二王子リグラスと、第一王女ユラス。リグラスは、顔半分を火傷の痕が覆う有り様だが、隠す気がサラサラない。それは、愛してやまないメルナーゼがつけてくれた痕だからだ。名前を呼んだというだけで、不敬だと躊躇いもなくリグラスの顔を魔法で焼いたメルナーゼに、罪悪感など欠片もない、己の欲望にのみ忠実なメルナーゼに、完全に心を囚われたリグラスとユラス。側で仕える栄誉に、二人は至福の時を過ごしている。
だが、執事のメルナーゼへの理解度が、二人の嫉妬心を煽る。それでも、執事の仕事ぶりは、確かに否応なく称賛に値するのだ。
二人は知る由もないが、前世から長く共にいたのだ。一朝一夕で身につくはずもない。昨日今日側に仕えることになった者など、役立たずもいいところ。しかし、誠心誠意仕えたい気持ちは本物だと認められるため、執事が側にいられないときの臨時の側仕えくらいにはなれるだろう。何も出来ないメイドたちの使えなさに後悔したのはつい最近。だから、側にいるのは執事、自分だけでいいと思っているが、そのような理由から、予備を置いておこうと考えを改めた。
そしてもう一人。
耳の下で髪を切り揃えた、恐ろしく美しい少女がいた。
しかしその少女は、その小柄な体に似合わない無骨な首輪を着けており、それは何やら禍々しい気を放っているように感じる。事実、それは呪具である。隷属の首輪、とでも言えばよいだろうか。首輪には主がおり、それを着けた者は、主に逆らえなくなる。不気味な血の色をした首輪は、それを身に着ける者が主の意に沿わないことをすると、全身を痛みが襲う仕様だ。だが、この少女が着けるモノは、上位互換と言えばいいのか、下位互換と言えばいいのか。痛みどころではない、四肢のいずれか、もしくは、内臓の一部が弾け飛ぶ。しかも、主の意に沿う沿わないは関係ない。主の胸三寸で、発動するのだ。
「あら、わたくし、おまえには感謝していてよ?」
そんな危険極まりないものを着けられた少女に、主であるメルナーゼはそう言った。
「おまえが創造主のお気に入りに手を出さなかったら、今わたくしはここにいないもの」
そう。この少女は、前身のメルナーゼことセリュレエンの魂を地上に堕とした元凶の悪魔だった。
神々の世界と悪魔たちの世界は表裏一体。年に何度か、行き来が出来る。そんな時に見つけた、大切にされていた魂。悪魔の悪戯心から始まった今回の騒動の代償は、悪魔にとってだけでなく、世界にとってもあまりにも大きかった。
時々神と茶会をしているメルナーゼは、何度目かの時に尋ねてみた。元凶の悪魔を貸してくれないかと。神は少し考える素振りを見せた後、いくつかの条件付きで悪魔を一時メルナーゼに委ねた。
その条件とは、メルナーゼが生きている間だけであることと、首輪を着けさせること、そして名を与えないこと、その三つ。
前二つはいいとして、名に関して疑問を口にすると、名を与えた者に少なからず影響を受けてしまい、神からの“永遠の責め苦の術”が解けてしまう可能性があると言う。誰かが軽々しく名を付けてしまったらどうするのかと問うと、悪魔より強い魔力を保持した者のみに適用される理だと言う。この世界でこの悪魔より強い魔力持ちは、メルナーゼと執事のみだから、二人が気を付けていればいいということだった。
ちなみに、途中でいらなくなったら心臓を破壊すれば、あの部屋に戻されることになっている。
そんな悪魔に、メルナーゼは笑って言った。
「だから、わたくしはおまえに優しくしてあげているでしょう?」
どこがだ。優しさの欠片もない、失敗作のような首輪を嵌められ、少しでも気に入らないと、容赦なく首輪を発動させる。悪魔だからなかなか死なないのね、と、どこまで生きていられるかと笑って繰り返し首輪を発動させるメルナーゼは、悪魔よりも悪魔らしい。創造主である神から、永遠の責め苦を受ける術をこの体に組み込まれている事を知っているのに。死ぬことはない、死ねない、神の気が済むまで。そう、知っているのに。
「創造主の元から、あの部屋から解放してあげただけでも、わたくしのおまえへの感謝が伝わるのではなくて?」
それは確かにそうだと最初は思った。
終わらない拷問が繰り返される、狂気の部屋から解放されただけ、痛みのない時間があるだけ、天と地ほどの差がある。永遠に苦しませるため、正気を失うことも出来ない日々に、突然終止符が打たれた。
手を差し伸べたのは、目の前の美しい人間。けれど、神と同じニオイのする人間だった。
その手を取るのは、別の地獄への招待状。わかっていても、神よりはマシだと思ったのだ。
そう、その時は、確かにそう思えたのだ。
常時与えられるものと、油断をしている時に与えられるものと。
どちらの痛みが残酷だろう。
悪魔には納得いくものではないだろうが、メルナーゼは本当に感謝しているのだ。メルナーゼなりに。悪魔は頑丈であることや、神の術によって殺すことは出来ないということは差し置き、命を奪うことまでは考えていない。それこそが、メルナーゼの感謝の表れだった。
そんな、この世界にとって過剰戦力である一行は、本日戯れに王の生誕を祝う夜会に出席していた。
各国の王族・重鎮が揃うこの場でも、もちろんメルナーゼは通常運転。
そして、噂でしか危険性を耳にしていなかった諸外国の者たちは、メルナーゼたち美しい集団に見とれていた。
容姿の美しさだけで言えば、他にもっと美しい者はいる。だが、その威風堂々たる振る舞いが、人々の目を奪ってやまない。
そんな中、メルナーゼたちから三、四歩ほど離れて従う悪魔に目を奪われた男がいた。
「ねえ、キミ、美しいキミ。名前を教えてくれないか?」
悪魔に目をつけた男が、その手を無礼にも掴んだ。悪魔は驚き、周囲もざわめく。不可侵の領域に踏み込んだ男の蛮勇に、少なくない好奇心の目を向けている。
「そんな首輪なんかより、もっとキミに相応しい首輪を僕が贈ってあげるよ」
ボン
男が言い終わるや否や、何かが軽く爆発したような音がした。
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「は?」
男は少女の手を掴んでいたはずだ。いや、今も掴んでいる。それなのに。何故、少女は床に転がっているのだろう。
男は自分の手が掴んでいるものを見た。間違いなく、少女の手。だが。肩から先、と言うより、肩より向こうがない。少女の体から離れた腕が、自分の手にぶら下がっている。
メルナーゼは、僅かながら悪魔に寛容であっても、どこまで生きていられるかと冗談で繰り返し首輪を発動させる程度には、自分の欲望の方が当然優先される。
故に、今起こっていることは、メルナーゼの苛立ちからのもの、つまり悪魔にとっては完全にとばっちりだった。
「そんな首輪なんか?わたくしが贈ったものが?」
メルナーゼが笑う。正確には神から渡された物だが、メルナーゼ手ずからその首につけてやった物だ。
それを、何という言い草か。
執事は怒りから目の前が真っ赤に染まったが、当然勝手な行動など出来るはずもなく。夜会の前にメルナーゼから許可があれば、男の言葉は言い終わらない内に首と胴がお別れしていたことだろう。
尻餅をついて震えるしか出来ない惨めな男は、声にならない声を漏らしている。
「おまえ。いつまで寝ているの」
冷たく悪魔を見下ろすメルナーゼに、悪魔は怒りと恐怖で全身を震わせながら立ち上がる。弾けた肩を押さえながら、荒い呼吸と屈辱に塗れた顔でメルナーゼの前に来ると、膝をついて頭を下げた。
「あらあら可哀相に。ねえおまえ。わたくしのものにこんなことをして、謝って済むだなんて思っておりませんわよね?」
男に微笑むメルナーゼの目は、まったく笑っていない。あまりの恐ろしさに男は腰を抜かして失禁しつつも、壊れた人形のようにガクガクと首を縦に振った。決して、“メルナーゼがやったことで自分ではない”、などと言えるはずがない。
「そうねぇ。では、わたくしを楽しませなさい」
その言葉を受け、執事は男に告げる。先日降臨した創造主、神の逆鱗に触れた悪魔であること、その悪魔を一時的に預けられていることを。
その言葉を聞いた周囲は、美しい少女が悪魔であることに戦き、その悪魔を従えることが出来るメルナーゼに恐怖しつつ、創造主たる神と交流できることに畏れた。
「貴様、国と年齢は」
唐突な執事の質問に、何故そんなことを聞かれるのかわからないながら、震える声で男は答えた。
「ああ、また、この国の人間か」
王太子ヤトラスをチラリと見て、執事は鼻で嗤う。王族の顔色は非常に悪い。
執事はそんな周囲の反応など気にすることなく、男の首に悪魔と同じ首輪を着けた。
「創造主が作った物と比べて質は落ちるが、まあ問題ない」
悪魔の体を傷つけられるほどの殺傷能力の高さは、人間ではひとたまりもない。だから、あえて殺傷能力を落としている。まあ問題ない、と言ったが、落とさない方が問題なのだ。
男は、何が始まるのか、何をさせられるのか、ガチガチと歯の根が噛み合わないほど震えている。執事はそれに構わず、これから始まるゲームの内容を説明した。
ルールは至ってシンプル。
一時間以内に隷属の首輪を外せ
「さて、ゲームをクリアできなかった場合の話をしよう」
一呼吸置き、執事は薄く笑って告げた。
「外せなかった場合、世界の都市、町、村をランダムに男の歳の数だけ消し去る」
会場中が息をのみ、やがて騒ぎ出す。
姫様を楽しませるためのゲームを考えるのは執事。ゲームの盤上に乗るのは、愚か者たち。
「さあ、存分に姫様を楽しませろ」
………
……
…
「あらあら、残念ね。滅びの一助となるゲームでしたのに。攻略されてしまったわ、宰相」
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残念だと口にしているが、メルナーゼが満足していることをわかっている執事はそう返す。
葛藤、偽善、偽悪、道徳、絶望、大義。
結果ではなく、過程を楽しむものを執事はゲームとして提供したのだから。
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共通していることは、途中で外すことは出来ない、または途中で外さなくてはならない場合は主の血を首輪に付着させる、ということだ。或いは、主の魔力よりも強い者に強制的に外してもらう。
会場の者たちは頭を抱えた。男に着けられた首輪の主は、執事。執事の魔力を超える者など、いるはずがない。いや、一人いる。しかし、それは望める相手ではない。このゲームを楽しみにしている張本人だから。
あの手この手で奮闘し、期待しては絶望し。無情にも時間は過ぎていく。
このままでは、世界中のたくさんの命が失われる。
このままでは。
会場中の意見が一致した。
「そもそもおまえがあの一団に近付かなければ良かったのだ。悪く思うなよ」
隷属の首輪を外す方法は、もう一つ。
「さすが国王陛下ですわ。国を背負う者は、時に冷酷な決断を迫られますもの。王太子殿下は、このような重要な場面に立ち会えて良うございましたわねぇ。貴重な経験をした次代の国王陛下に期待いたしますわ」
皮肉とも揶揄とも判断がつかないメルナーゼの言葉に、何も言い返せず俯くしか出来ないヤトラス。それはかつて、お茶会の度に見せていたメルナーゼの姿のようで。
そんなヤトラスなど目にも入らないまま、メルナーゼは挨拶をした。
「それではみなさん、ごきげんよう。また、お会いしましょうね」
美しく笑うメルナーゼとその一団が消えた扉を、会場中が見つめていた。
あんな厄災と、二度と会いたくない。
次は、誰がこうなるのか。
床に転がる隷属の首輪と、その側にある首と胴が離れたそれを、見ないようにした。
世界が、メルナーゼの危険性を認知した。
メルナーゼは美しく微笑む。
「さあ、次は、何をして遊びましょう」
*おしまい*
らがまふぃん三周年記念にお付き合いくださり、ありがとうございます。
これにて、三周年記念シリーズ終了です。
三周年記念といたしまして、
第一弾 R7.10/29 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 番外編
第二弾 R7.10/30 美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛 番外編
第二弾 R7.10/31 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 番外編
第四弾 R7.11/1 新作 麗しき双子の、秘めることのない愛 ―ダリア編―
第五弾 R7.11/2 新作 麗しき双子の、秘めることのない愛 ―ノアリアスト編―
第六弾 R7.11/3 婚約破棄?思い通りにはさせなくてよ 後日談
第七弾 R7.11/4 願いの代償 番外編
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これからも、どうぞよろしくお願いいたします。R7.11/4
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スカッとしました‼️
ななし様、感想ありがとうございます。
爽快気分を味わっていただけたようで何よりです!
また何かスカッとするネタが思い浮かびましたら
投稿していきたいと思います。