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本編
最後の最後、詰めが甘い。
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女神ミレジーヌの召喚を、こんな大勢の前でやるのかという驚きには、幾分の非難も込められている。宰相閣下は、それを一笑に付した。
「未来視の姫は、間違わぬ。ゆえ、この場に女神ミレジーヌ様がご降臨なさることは、定められしこと。その場に居合わせた事実を誇られよ」
女神召喚は、私の未来視だと繰り返す。――これで、成功しようと失敗しようと、それは私の未来視の責任だといえる。
でもね、宰相閣下。こちらも、手は打ってあるんです。
宰相閣下が一歩下がり、高位の神官達が現れ、祈りを捧げる。我が国を守ってくれとか、繁栄をもたらしてくれとか、そう言ったことを祈りながら――タイミングを計っている。
それがわかっていても、私も、エージュも、アトゥール殿下もリヒト殿下もシルヴィスも、何もしない。外苑に続く入口を護衛しているカインも、祈りを捧げる神官達を見遣っているレフィアス様も、何もしない。動いたのは、私達の中で一番、国王陛下と宰相閣下が注意を払わないオリヴィエだ。
神官達の祈りが重なり合っていく中、空中に光の塊がつくられていく。それは徐々に人の形を取っていき――一人の、少女になる。アルドンサ・レオノーラ・ルア・クルムバッハという少女に。なかなかに高度な魔法演出だわ。アルドンサ自身の魔力とも、うまく組み合わせてある。
「女神は降りられた! 皆、女神ミレジーヌ様の器となりし乙女に――……」
そこで、私が動いた。ローランも、すっと私の背後につく。
「――私の神竜王。このような、偽りの女神召喚を、あなたはよしとなさいますか」
「愚問だ。私は、ミレジーヌの配下ではない。神竜の王は、誰にも膝を折らない」
私達の声は、「拡声」の魔法に乗って――大広間を一瞬にして静まりかえらせた。
どういうことだ?と、貴族達が囁き合い、私や宰相閣下を見つめている時。第二段が来た。それは、室内楽団の音響装置に紛れさせていた「機械」から流れた。
――だから、アルドンサ。これはラウエンシュタイン家の姫が未来視したのだ。おまえが、女神の器を演じていると。あの姫の未来視は外れたことがない。
――お父様。
――わかるな? 確実な未来であり、王命でもあるのだからね。
――……は、い……
――そしておまえが女神であれば、王太子妃候補として優位に立てる。
――私、が……
――王太子妃には、未来視の姫などより、女神その人の方がいいとは思わないかね?
――はい、お父様!
――パラメデウス。例の準備は?
――すべて手筈通りに。クルムバッハ公が娘御を説得すれば、後は儀式の準備に取り掛かれます。
――間違いなく、何人の目にも、女神が降臨したように演出できような?
――過去の、神の降臨例の文献を当たっております。光や音などは魔法でいくらでも偽造できます。
――言葉を選べ。偽造ではなく、演出だ。
――は。申し訳ございませぬ。
――女神ミレジーヌが降臨したとなれば、神竜王も、ラウシュタインの娘ばかりに感けておられまい。己が一族の祖にあたる王を、無碍にはできぬからな。
――御意。
――女神が降臨し、神竜王を得た後なら、未来視はどうでもよいが……リヒトの妃にでもすれば、あの娘もこちらの手の裡になろうな。
――これはしたり。「女神ミレジーヌ」は如何なさいますのか。
――余の王妃として迎えよう。何せ「女神」たる娘だ。娶ってよいのは、王以外にあるまい。
――年若い王妃が、御子を懐妊なされば……?
――王子であれば……そうだな、リヒトを廃して王太子にしてもよい。同じ「嫡出」でも、母の身分差があるゆえな。伯爵家の娘の王子より、公爵家の娘の王子の方が、王太子にふさわしい。そなたには、甥の方が都合がよいか?
――王太子殿下は、私の甥ではあられません。また、幼い御子の方が、素直でありましょう。
大広間中に大音量で流れる会話に、貴族達が不穏にざわめく。
声の主は、最初はクルムバッハ公爵アルブレヒトとアルドンサ。後のものは、国王・ギルフォード陛下と、宰相であるナルバエス大公パラメデウス。魔法で似た音声を作ることはできるけれど、こうも滑らかに「会話」を編むことはできない。つまり、これは作られたものではなく、本物だということ。
私とエージュは、密かに視線を交わした。最高のタイミングだったわ、ありがとう、オリヴィエ。
この「会話録」は、ローランの特異能力を駆使して獲得したものだ。私がローランに説明し、彼の異界移で、私のスマホを召喚してもらった。
そして、それぞれの会話を過去視で覗いて録音したものを、流している。音声拡大機能も録音機能も完璧だ、スマホえらい、スマホ大活躍。ローランがスマホの代わりに宝石を残してこようとしたので、それは全力で止めた。
――まさか、空間越しに盗聴・録音されるとは思わなかったんでしょうね。特に国王陛下と宰相閣下の人払いは完璧だったけれど、そんなことに関係なく、ローランは見たいと思った相手の過去を覗けるのだ。
「静まれ!」
ざわめきが大きくなっていくことに焦ったのか、宰相閣下が大声で喚いている。国王陛下は微動だにしない。
そこに、オリヴィエは決定的なものを流した――動画だ。先程の会話を、今度は映像付にした。これもローランの遠方視と過去視を組み合わせて発動させ、召喚してもらったスマホで録画した。その動画を、どういった仕組みかはわからないけど、大広間の白い壁をスクリーン代わりに映し出している。
動画が流れたことで、貴族達のさざめく声は更に高まった。女神召喚を偽った上に、王太子の廃嫡まで画策していた証拠は、疑いようもなく流れている。何の非もない王太子の廃嫡を画策したのは、国王と、宰相だと。
実子すら簡単に廃嫡するなら、血縁のない臣下になどもっと冷淡に、残酷になれるだろう。落ち度もないリヒト殿下を「母の身分が低い」と、その方を王妃に迎えることを熱望した国王自身が、否定した。
リヒト殿下は、感情を完全に消して、冷めた瞳で父王を見ていた。そして、私達を貴族達の好奇の目から庇うように、静かに前に立ってくれる。その後に、シルヴィスが続く。カインがエージュの隣に、ローランは私の隣を守っている。
「父上」
氷のような声で、完璧に礼節を保った声で、リヒト殿下が呼びかけた。
「女神の降臨を偽り、その罪をラウエンシュタイン公爵令嬢に被せ――神竜王陛下を我が物とした上で、私を廃嫡なさるおつもりでしたか」
「…………」
リヒト殿下の問いかけに、国王陛下は何も答えない。
「己の権勢の為に、神を騙り、神を偽り、臣下を傷つけるおつもりでしたか」
断罪の神のように、冷徹に問いかけるリヒト殿下に、その場はゆっくり静まっていく。そして、固唾を飲んでその先を見守る。
「――そのような者は、王ではない。父上――いや、ギルフォード陛下。どうぞ、御退位を」
はっきりと退位を迫ったリヒト殿下に、大広間は一気に沸き立った。大広間だけじゃない、開け放たれた庭園に控えている、近衛兵達の歓声も聞こえる。
「あなたの権勢欲の為に、神竜王陛下のお怒りを買うことはできません。国を思うなら、御身、退かれよ」
「リヒト」
「紛いなりにも、王であり、父であった方を、罪人とはしたくありません。私からの最後の孝養です」
神を騙り、偽り、利用しようとした愚王として裁かれる前に、退位しろと言うリヒト殿下の言葉に、国王陛下は折れるしかない。
「……王位は、王太子に譲る。余は、サウローラの離宮に陰遁する」
サウローラの離宮。それは、エージュのお母様と過ごすということ……?
「いいえ、父上。サウローラではなく、ファルツの離宮でお過ごしを」
リヒト殿下の言葉に、国王陛下は息を呑んだ。
サウローラの離宮は、静かで景観の美しい場所だ。
ファルツは――表立って裁けない高貴な方々、つまり王族を幽閉する「牢宮」。外部とは完全に隔絶されている。例えば、書簡のやり取りなどは差出人から内容まで検分される。食料品や日用品なども、特別の手続きを踏んだ特定の商店の品しか通れない。
「リヒト……」
「静養なら、ファルツでもよろしいでしょう? サウローラでなくばならぬ理由がおありですか?」
ないだろう?と言わんばかりに、ひたすら冷ややかに、リヒト殿下は父王を幽閉することを宣告し、国王陛下は抗うことができない。居並ぶ貴族達も、誰一人、声を出すことができない。
その様子をじっと見ていたローランが、低い声で確認した。
「古き王。そなたは新しき王に叛くことなく、また何事も画策することなく、政務にも軍務にも――俗世に関わらずに生きよ」
「……神竜王……」
「我が命ある限り、新しき王の意志に叛くことは赦さない。――強制誓約」
神竜王の魔力で紡がれた、強制的な誓約は、ギルフォード陛下と――ナルバエス大公を包み込んだ。どうして自分まで、と言いたげな大公に、どうして自分だけ無事で済むと思ったのか聞きたいわよ。
ついでなので、シルヴィスの協力のもと、ローランがこつこつと集めてくれた「贈収賄の現場・音声付」の画像は、当人達に配布しておく。証拠を握っているというアピールです。ナルバエス大公だけでなく、汚いことに手を染めていた方々には牽制が必要だから。
「ここに、ヴェルスブルクの新たな王が誕生した。我、神竜王の名に於いて、若き王に祝福を」
朗々と、高らかに謳い上げるように寿いで――ローランは、ギルフォード陛下が静かに差し出した王冠を、リヒト殿下に被せた。いつの間にか近づいていたレフィアス様が、右手に王の錫杖を握らせている。素早い。
「――新たな王に、忠誠と祝福を」
シルヴィスがそう宣告して拝跪すると、貴族達は老若男女問わずに一斉に膝をついた。一番早かったのは贈賄現場を押さえられている家の当主達だった。機を見るには敏ですね。私とエージュも、それに倣う。拝跪していないのは、ローランだけだ。彼は神竜王。誰にも、膝を折ることはない。
「即位の式典などは、この老骨にお任せあれ。――断罪が必要な者も、同じように」
レフィアス様の言葉は、前半はあたたかく、後半は恐ろしいほどひんやりしていた。まあね、ギルフォード陛下とナルバエス大公だけじゃないものね。クルムバッハ公爵以外にも、協力者はいたはずだ。貴族だけでなく、神殿内にも。
それらすべてをまとめて任せろと言うレフィアス様に、リヒト殿下――陛下と呼ぶべきかな――は苦笑して頷いた。
「大叔父上にお任せ致します。――即位式までは、私は王ではない。父上も、既に王ではない。私の即位までは、ヴェルスブルクには王は不在だ。皆の協力を願いたい」
拝跪した貴族達に、真剣な声で告げて、リヒト殿下は頭を下げた。
「リヒト……っ」
頭を下げるな馬鹿!と続けたいのだろうけど、それができないシルヴィスの苛立った声。
「我ら王軍、新しき王に絶対の忠誠を誓います」
カインが告げ、兵士達が唱和する。
「新しき宰相には、シェーンベルク大公を。本来はあなたのものだから」
リヒト殿下の言葉に、アトゥール殿下は優雅に笑んだ。
「承りました。シェーンベルク大公家は、新しき王に忠誠を誓います」
「ナルバエス大公家も、同じく」
シルヴィスが即座に続ける。そして、お父様がそれに続く。格上から順に、すべての貴族がリヒト殿下に忠誠を誓った。見届けたローランが、「これも誓約」と厳重に脅しをかけた。本当は、人がたくさんいるから怖くて仕方ないだろうに、頑張ってくれている。
「殿下。――敢えて、今は殿下と申し上げますが」
レフィアス様が、リヒト殿下に声をかけた。エージュが小さく舌打ちする――よくない、こと?
「妃は、如何なさるおつもりか。未婚の王太子が即位する場合は、婚約者が必要ですぞ。意中の姫はおられましょうや」
その言葉に、反射的に、リヒト殿下が私を見た。
――見て、しまった。
「未来視の姫は、間違わぬ。ゆえ、この場に女神ミレジーヌ様がご降臨なさることは、定められしこと。その場に居合わせた事実を誇られよ」
女神召喚は、私の未来視だと繰り返す。――これで、成功しようと失敗しようと、それは私の未来視の責任だといえる。
でもね、宰相閣下。こちらも、手は打ってあるんです。
宰相閣下が一歩下がり、高位の神官達が現れ、祈りを捧げる。我が国を守ってくれとか、繁栄をもたらしてくれとか、そう言ったことを祈りながら――タイミングを計っている。
それがわかっていても、私も、エージュも、アトゥール殿下もリヒト殿下もシルヴィスも、何もしない。外苑に続く入口を護衛しているカインも、祈りを捧げる神官達を見遣っているレフィアス様も、何もしない。動いたのは、私達の中で一番、国王陛下と宰相閣下が注意を払わないオリヴィエだ。
神官達の祈りが重なり合っていく中、空中に光の塊がつくられていく。それは徐々に人の形を取っていき――一人の、少女になる。アルドンサ・レオノーラ・ルア・クルムバッハという少女に。なかなかに高度な魔法演出だわ。アルドンサ自身の魔力とも、うまく組み合わせてある。
「女神は降りられた! 皆、女神ミレジーヌ様の器となりし乙女に――……」
そこで、私が動いた。ローランも、すっと私の背後につく。
「――私の神竜王。このような、偽りの女神召喚を、あなたはよしとなさいますか」
「愚問だ。私は、ミレジーヌの配下ではない。神竜の王は、誰にも膝を折らない」
私達の声は、「拡声」の魔法に乗って――大広間を一瞬にして静まりかえらせた。
どういうことだ?と、貴族達が囁き合い、私や宰相閣下を見つめている時。第二段が来た。それは、室内楽団の音響装置に紛れさせていた「機械」から流れた。
――だから、アルドンサ。これはラウエンシュタイン家の姫が未来視したのだ。おまえが、女神の器を演じていると。あの姫の未来視は外れたことがない。
――お父様。
――わかるな? 確実な未来であり、王命でもあるのだからね。
――……は、い……
――そしておまえが女神であれば、王太子妃候補として優位に立てる。
――私、が……
――王太子妃には、未来視の姫などより、女神その人の方がいいとは思わないかね?
――はい、お父様!
――パラメデウス。例の準備は?
――すべて手筈通りに。クルムバッハ公が娘御を説得すれば、後は儀式の準備に取り掛かれます。
――間違いなく、何人の目にも、女神が降臨したように演出できような?
――過去の、神の降臨例の文献を当たっております。光や音などは魔法でいくらでも偽造できます。
――言葉を選べ。偽造ではなく、演出だ。
――は。申し訳ございませぬ。
――女神ミレジーヌが降臨したとなれば、神竜王も、ラウシュタインの娘ばかりに感けておられまい。己が一族の祖にあたる王を、無碍にはできぬからな。
――御意。
――女神が降臨し、神竜王を得た後なら、未来視はどうでもよいが……リヒトの妃にでもすれば、あの娘もこちらの手の裡になろうな。
――これはしたり。「女神ミレジーヌ」は如何なさいますのか。
――余の王妃として迎えよう。何せ「女神」たる娘だ。娶ってよいのは、王以外にあるまい。
――年若い王妃が、御子を懐妊なされば……?
――王子であれば……そうだな、リヒトを廃して王太子にしてもよい。同じ「嫡出」でも、母の身分差があるゆえな。伯爵家の娘の王子より、公爵家の娘の王子の方が、王太子にふさわしい。そなたには、甥の方が都合がよいか?
――王太子殿下は、私の甥ではあられません。また、幼い御子の方が、素直でありましょう。
大広間中に大音量で流れる会話に、貴族達が不穏にざわめく。
声の主は、最初はクルムバッハ公爵アルブレヒトとアルドンサ。後のものは、国王・ギルフォード陛下と、宰相であるナルバエス大公パラメデウス。魔法で似た音声を作ることはできるけれど、こうも滑らかに「会話」を編むことはできない。つまり、これは作られたものではなく、本物だということ。
私とエージュは、密かに視線を交わした。最高のタイミングだったわ、ありがとう、オリヴィエ。
この「会話録」は、ローランの特異能力を駆使して獲得したものだ。私がローランに説明し、彼の異界移で、私のスマホを召喚してもらった。
そして、それぞれの会話を過去視で覗いて録音したものを、流している。音声拡大機能も録音機能も完璧だ、スマホえらい、スマホ大活躍。ローランがスマホの代わりに宝石を残してこようとしたので、それは全力で止めた。
――まさか、空間越しに盗聴・録音されるとは思わなかったんでしょうね。特に国王陛下と宰相閣下の人払いは完璧だったけれど、そんなことに関係なく、ローランは見たいと思った相手の過去を覗けるのだ。
「静まれ!」
ざわめきが大きくなっていくことに焦ったのか、宰相閣下が大声で喚いている。国王陛下は微動だにしない。
そこに、オリヴィエは決定的なものを流した――動画だ。先程の会話を、今度は映像付にした。これもローランの遠方視と過去視を組み合わせて発動させ、召喚してもらったスマホで録画した。その動画を、どういった仕組みかはわからないけど、大広間の白い壁をスクリーン代わりに映し出している。
動画が流れたことで、貴族達のさざめく声は更に高まった。女神召喚を偽った上に、王太子の廃嫡まで画策していた証拠は、疑いようもなく流れている。何の非もない王太子の廃嫡を画策したのは、国王と、宰相だと。
実子すら簡単に廃嫡するなら、血縁のない臣下になどもっと冷淡に、残酷になれるだろう。落ち度もないリヒト殿下を「母の身分が低い」と、その方を王妃に迎えることを熱望した国王自身が、否定した。
リヒト殿下は、感情を完全に消して、冷めた瞳で父王を見ていた。そして、私達を貴族達の好奇の目から庇うように、静かに前に立ってくれる。その後に、シルヴィスが続く。カインがエージュの隣に、ローランは私の隣を守っている。
「父上」
氷のような声で、完璧に礼節を保った声で、リヒト殿下が呼びかけた。
「女神の降臨を偽り、その罪をラウエンシュタイン公爵令嬢に被せ――神竜王陛下を我が物とした上で、私を廃嫡なさるおつもりでしたか」
「…………」
リヒト殿下の問いかけに、国王陛下は何も答えない。
「己の権勢の為に、神を騙り、神を偽り、臣下を傷つけるおつもりでしたか」
断罪の神のように、冷徹に問いかけるリヒト殿下に、その場はゆっくり静まっていく。そして、固唾を飲んでその先を見守る。
「――そのような者は、王ではない。父上――いや、ギルフォード陛下。どうぞ、御退位を」
はっきりと退位を迫ったリヒト殿下に、大広間は一気に沸き立った。大広間だけじゃない、開け放たれた庭園に控えている、近衛兵達の歓声も聞こえる。
「あなたの権勢欲の為に、神竜王陛下のお怒りを買うことはできません。国を思うなら、御身、退かれよ」
「リヒト」
「紛いなりにも、王であり、父であった方を、罪人とはしたくありません。私からの最後の孝養です」
神を騙り、偽り、利用しようとした愚王として裁かれる前に、退位しろと言うリヒト殿下の言葉に、国王陛下は折れるしかない。
「……王位は、王太子に譲る。余は、サウローラの離宮に陰遁する」
サウローラの離宮。それは、エージュのお母様と過ごすということ……?
「いいえ、父上。サウローラではなく、ファルツの離宮でお過ごしを」
リヒト殿下の言葉に、国王陛下は息を呑んだ。
サウローラの離宮は、静かで景観の美しい場所だ。
ファルツは――表立って裁けない高貴な方々、つまり王族を幽閉する「牢宮」。外部とは完全に隔絶されている。例えば、書簡のやり取りなどは差出人から内容まで検分される。食料品や日用品なども、特別の手続きを踏んだ特定の商店の品しか通れない。
「リヒト……」
「静養なら、ファルツでもよろしいでしょう? サウローラでなくばならぬ理由がおありですか?」
ないだろう?と言わんばかりに、ひたすら冷ややかに、リヒト殿下は父王を幽閉することを宣告し、国王陛下は抗うことができない。居並ぶ貴族達も、誰一人、声を出すことができない。
その様子をじっと見ていたローランが、低い声で確認した。
「古き王。そなたは新しき王に叛くことなく、また何事も画策することなく、政務にも軍務にも――俗世に関わらずに生きよ」
「……神竜王……」
「我が命ある限り、新しき王の意志に叛くことは赦さない。――強制誓約」
神竜王の魔力で紡がれた、強制的な誓約は、ギルフォード陛下と――ナルバエス大公を包み込んだ。どうして自分まで、と言いたげな大公に、どうして自分だけ無事で済むと思ったのか聞きたいわよ。
ついでなので、シルヴィスの協力のもと、ローランがこつこつと集めてくれた「贈収賄の現場・音声付」の画像は、当人達に配布しておく。証拠を握っているというアピールです。ナルバエス大公だけでなく、汚いことに手を染めていた方々には牽制が必要だから。
「ここに、ヴェルスブルクの新たな王が誕生した。我、神竜王の名に於いて、若き王に祝福を」
朗々と、高らかに謳い上げるように寿いで――ローランは、ギルフォード陛下が静かに差し出した王冠を、リヒト殿下に被せた。いつの間にか近づいていたレフィアス様が、右手に王の錫杖を握らせている。素早い。
「――新たな王に、忠誠と祝福を」
シルヴィスがそう宣告して拝跪すると、貴族達は老若男女問わずに一斉に膝をついた。一番早かったのは贈賄現場を押さえられている家の当主達だった。機を見るには敏ですね。私とエージュも、それに倣う。拝跪していないのは、ローランだけだ。彼は神竜王。誰にも、膝を折ることはない。
「即位の式典などは、この老骨にお任せあれ。――断罪が必要な者も、同じように」
レフィアス様の言葉は、前半はあたたかく、後半は恐ろしいほどひんやりしていた。まあね、ギルフォード陛下とナルバエス大公だけじゃないものね。クルムバッハ公爵以外にも、協力者はいたはずだ。貴族だけでなく、神殿内にも。
それらすべてをまとめて任せろと言うレフィアス様に、リヒト殿下――陛下と呼ぶべきかな――は苦笑して頷いた。
「大叔父上にお任せ致します。――即位式までは、私は王ではない。父上も、既に王ではない。私の即位までは、ヴェルスブルクには王は不在だ。皆の協力を願いたい」
拝跪した貴族達に、真剣な声で告げて、リヒト殿下は頭を下げた。
「リヒト……っ」
頭を下げるな馬鹿!と続けたいのだろうけど、それができないシルヴィスの苛立った声。
「我ら王軍、新しき王に絶対の忠誠を誓います」
カインが告げ、兵士達が唱和する。
「新しき宰相には、シェーンベルク大公を。本来はあなたのものだから」
リヒト殿下の言葉に、アトゥール殿下は優雅に笑んだ。
「承りました。シェーンベルク大公家は、新しき王に忠誠を誓います」
「ナルバエス大公家も、同じく」
シルヴィスが即座に続ける。そして、お父様がそれに続く。格上から順に、すべての貴族がリヒト殿下に忠誠を誓った。見届けたローランが、「これも誓約」と厳重に脅しをかけた。本当は、人がたくさんいるから怖くて仕方ないだろうに、頑張ってくれている。
「殿下。――敢えて、今は殿下と申し上げますが」
レフィアス様が、リヒト殿下に声をかけた。エージュが小さく舌打ちする――よくない、こと?
「妃は、如何なさるおつもりか。未婚の王太子が即位する場合は、婚約者が必要ですぞ。意中の姫はおられましょうや」
その言葉に、反射的に、リヒト殿下が私を見た。
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随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
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※カクヨムさんにも掲載中
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