乙女ゲームに転生したので、推しの悲恋EDを回避します〜愛され令嬢は逆ハーはお断りです!

神城葵

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本編

閑話休題~エルウィージュ。

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 ――初めて、アレクシア・クリスティン・ルア・ラウエンシュタインに会った日のことは、正直覚えていない。
「今」の彼女に出会った時は、なんて馬鹿な子だろうと呆れた。そんな内心を押し隠して過ごす内に育まれたこの想いは、恋なんて甘やいだものではない。




 ――物心ついた頃から、不思議だった。お兄様はお父様と同じ色の髪、お母様と同じ色の瞳なのに、どうしてわたくしは、お父様ともお母様とも違う色なのか。
 王家に近い血を持つ者ほど、纏う色素が薄くなる国。突発的になら、庶民にも貴族にも、等しい割合で金や銀の髪、薄い蒼や翠や紫の瞳を持つ者は生まれる。けれど、となると、それは王家か大公家くらいのものだ。
 そんな中で、わたくしの銀髪と薄い水色の瞳は、王家と縁戚関係の少ない侯爵家の娘としては、際立って異質だった。



 十歳を過ぎた頃から、療養中の母の代理として、わたくしは父、あるいは兄のパートナーとして宮廷に出るようになった。そして、貴婦人や令嬢達からの洗礼を受けた。

 ――エルウィージュ様は、本当に恵まれておいでですわね。銀の髪に淡い蒼の瞳ですもの。高貴なお血筋だと、一目でわかりますわ。
 ――本当に。こんなにも高貴なお姿なら、公爵家どころか大公家に嫁がれても遜色はありませんわね。
 ――羨ましいこと。我が公爵家にも、それほどに高貴な色合いの者はおりませんわ。
 ――ねえお母様、わたしもエルウィージュ様のような色がいいわ。
 ――まあ、それは無理よ、××××。だってあなたの母は伯爵家の娘で、お父様は侯爵。銀の髪になれるほど高貴な御方の血筋ではないもの。
 ――エルウィージュ様は、大変に高貴な御方のお血筋だとわかりますものね。

 高貴なお血筋と繰り返す、彼女達の意図しているところは明白だった。母は、既婚の身で国王陛下の寵を受けた。そして、わたくしを身籠った。だからわたくしは、侯爵家の娘なのに、王太子であるリヒト殿下よりも薄い色彩を持っているのだと。

 リヒト殿下の母上は、レーエンス伯爵家の令嬢で、王妃となるには少しばかり身分が低い御方だった。けれど国王陛下が強く望み、またその双子の姉姫がナルバエス大公に嫁いだことで、義兄でもある大公が後見となって、王妃になられた。
 だから、リヒト殿下は、王太子でありながら白金髪プラチナブロンドであって、銀髪ではない。



 わたくしの母は、没落しかけたシェイエルン公爵家の姫で、一時は現国王・ギルフォード陛下の妃候補ともなった人だけれど、国王陛下はレーエンス伯爵令嬢を選んだ。
 王妃となれなかった母は、格下のバシュラール侯爵家に、納采と引き換えるように嫁いだ。要は、売られた。だから、お兄様はわたくしほどではないにせよ、侯爵家の子息にしては色素が薄い。

 妃候補の筆頭として挙げられながら(当時、シェーンベルク家にもナルバエス家にも適齢の姫はいなかった)、国王陛下が選ばなかった女。その母に、何故国王陛下は寵を与えたのか。

 簡単なことだ。母は、美しすぎた。生き写しだと言われるわたくしが言うのもおかしいけれど、母の美しさは、わたくしとは異質だ。どこまでも頼りなく儚く繊細で、一人では立っていられまいと思わせるほど、弱々しい美しさの、庇護欲をかきたてる人だった。

 貴族達がわたくしを「魔性の姫君」と、あたかも男を誑かす女のように綽名したのは、母――ルチア・ジビュレゆえだ。

 母は、シェイエルン公爵家の貧窮が原因で、社交界に出ないまま、納采の多寡で祖父が夫を選んだ。結婚後、バシュラール侯爵夫人として初めて宮廷に現れた母を見て、国王陛下は絶句し、宰相となっていたナルバエス大公は扇を落とし、数多の男性貴族が侯爵を嫉視したという。

 それ以降、国王陛下は、あれほど熱望して迎えた王妃陛下との間は微妙になり、リヒト殿下の誕生までかなりの期間が空いた。王妃陛下は石女うまずめではないかと噂されたほどだ。
 そして、父――バシュラール侯爵は、待っていた。国王陛下からの要求を。
「妻を差し出せ」という恥知らずな王命を。

 ――結果、わたくしが生まれる。




 そんなことは、十を過ぎたらどの貴族の子息も令嬢も、皆知っている。だから、わたくしが王太子妃候補として挙げられても、令嬢方はわたくしに敵意を示さなかった。異母の兄妹の婚姻が、この国で認められるはずはないからだ。

 けれど、嫉妬はされる。王太子妃とはなれない身分――子爵、男爵の令嬢方から、憧れの殿方、恋仲の殿方が、わたくしを見た、ただそれだけで。
 これ見よがしに泣きながら、わたくしが許嫁を誘惑しただとか、恋人を奪われただとか、そういったことを周囲に訴える――何と、わたくしは恋多き女にされていることか。

 うんざりしていた。
 アリー――元のアレクシアは、わたくしに普通に接してくれてはいたけれど、それは彼女が恋をしていないからだ。恋をして、もしその相手がわたくしに恋したら、彼女もまた、わたくしを非難するのだろう。不実な恋人ではなく、その男の顔も知らないわたくしを責めるのだ。

 そう思っていた相手から、突然「会いたい」と手紙が来た時は驚いた。臥せっていると聞いたから、社交辞令で送った見舞いに「会いたい」とは、彼女の周囲は優しいものだけでつくられているらしい。

 嘲笑したいような荒んだ気持ちで、ラウエンシュタイン公爵家を訪れたわたくしは、何故か一目でわかった。ここにいるのは、アレクシアではないと。

 ――姿は変わらない。
 淡い金髪のふわふわした巻き毛、澄んだ薄蒼の、大きな瞳。「公爵家」の姫として過不足ない色素の、愛らしい美しさ。
 けれど、瞳の光が違った。わたくしを見た瞬間の、「やっと知っている人に会えた」と言わんばかりの、安堵しきった瞳。同時に、「信じてもらえるだろうか」という不安に満ちた瞳。
 こんな不安定な瞳は、アレクシアは見せなかった。貴族の令嬢らしく、自分を律することに長けていた。

 ――ヴェルスブルクの未婚の姫達すべての恋敵と言われるわたくしに、こんな姿を見せるなんて、アレクシアなら、あり得ない。
 だから、その後の彼女の言葉は、さほど驚かずに受け入れられたのだけれど。




 繰り返すけれど、最初は、本当に馬鹿な子だと思っていた。
 この世界のことを知っているなら、それを利用して好きなように世界を弄ればいい。都合のいい展開にすればいい。簡単なはずだ。だって、彼女の言葉が本当なら、彼女はこの先――一年ほど先の未来を、何十回と繰り返しているのだから。
 そんなことは思いつきもしない様子なのに、わたくしが時折投げる疑問には的確に答えた。
 そして、わたくしをじっと見つめて言ったのだ。

「協力してくれるなら、私も、エージュの願いが叶うように努力する」

 わたくしが秘めていた、尼僧院に入りたいという願いを言い当てた彼女は、真剣な瞳だった。
 何としても、ローランという神竜王を幸せにしたいのだと――幸せになりたいのではなく、幸せになってほしいのだと思っていることは、はっきりわかった。本人は、その違いに気づいていないようだったけれど。

 奪いたいのでも受けたいのでもない、ただ与えたい。
 そんな願いを、真剣に口にする馬鹿が、わたくしの目の前にいる。
 おかしくてどうしようもなくて、協力を約束したわたくしは、出生の秘密が明かされるという未来を教えられた。それは想定の範囲内だからいいけれど――リヒト殿下に溺愛されるというのは、ぞっとしなかった。
 ともあれ、その場で泣いてみせたわたくしに、アレクシア――アリーは、信頼を寄せたようだった。




 ――ねえ、アリー。
 わたくしは、最初からあなたを愛していたわけではないの。そんな、熱病のような想いではないの。
 わたくしは、奪い尽くす気だった。あなたの優しさも、知識も、何もかも。利用するだけ利用して、お別れするつもりだったわ。
 あなたは、そんなことも知らずに、「今後の展開」を教えてくれた。自分だけが知っておけばどれほど有利なことか、全く考えもしないで。

 それを利用しようと思わなかったと言えば、嘘になる。
 あなたは、まるで小さな子供のような純粋さでわたくしを信じてくれたから、騙すなんて簡単なこと。わたくしを信頼させて、知る限りの情報を引き出すのも、きっと容易い。
 ――なのに、できなかった。

 よく考えれば、わたくしの願いは叶わないのよね。王女が尼僧院に入るなんて、よほどの信心を認められた上で、王の勅許がなくては無理だもの。次代の王族が王太子一人しかいない今、庶出であっても、「王女」は役に立つ。勅許が出る可能性は、限りなく低い。

 最初は、そう言い訳していたわ。あなたを裏切ったところで、わたくしに利はないのだから、もう少し様子を見ようと。でも、それは、裏切っても損はないのに、あなたに付き合っていたということ。――あなたと、いたかったということ。協力を乞うと言いながら、純粋に、無償の信頼をわたくしにくれるあなたが、ただ愛しくて、苦しかった。

 自殺未遂を画策したわたくしの為に、輝石の力だけでなく自身の魔力も使って「完全治癒ヒーリング」の魔法を紡いだアリー。わかっていなかったでしょうけれど、「完全治癒」は、失敗したら詠唱者に跳ね返るのよ。

 ――でも、あなたならきっと、知っていても「完全治癒」を唱えるだろうからと、猛毒なわりに苦痛のない灼光毒ではなく、手に入れたばかりの、効果の知れないカンタレラにしたわたくしは、あの頃からあなたに惹かれていたのだわ。

 優しいアリー。ご執心の神竜王陛下を召喚して、恋をしたいと言われたのに、元のアレクシアや、今ここにいないミレイとやらを案じて、自分のことは後回しにするアリー。
 あなたがそんな風だから、わたくしがあなたを最優先するしかないでしょう。
 あの、魔力と攻撃力は最強でも、人の悪意に怯える神竜王陛下だけでは、あなたを守りきれない。
 でも、戦場ではわたくしはあなたを守れない。

 戦線になど出したくなかった。わたくしが守れる限りで、笑っていてほしかったのに。
 あなたときたら、シルハークの新王――容姿は端麗、けれど性情はそれに反して血を好むと言われる男まで、誑し込んで。
 気に入らない。腹立たしい。わたくしのアリー、他の国になんてあげるものですか。

 あなたは気づいていなかったけれど、わたくしは知っていたわ。リヒト殿下、シルヴィスがあなたに惹かれていること。カインとオリヴィエは、あなたと過ごした時間が短いから、まだだけれど――このまま過ごせば、陥落するでしょうね。

 ――あなたは、いちばん大切な時には、偽らないから。

 いつもは悪役令嬢だったり、深窓の令嬢だったり、いろいろと仮面をつけているけれど。
 その時に、その人がいちばん欲しい答えをくれるから。
 言葉ではなく、想いをくれるから。
 ――だから、あなたに惹かれるの。

 それをいい加減、自覚してほしいのよ。でないと、アリー。わたくしこそが、あなたの言うところのヤンデレとやらになりそうだわ。このまま、神竜王陛下と結託して、ローゼンヴァルト宮の神苑に閉じ込めておきたいの。

 学園? どうでもいいわ。貴族の子息令嬢が親交を深める為のものだもの。あなたがいるから、わたくしには必要ない。

 女神召喚? できるわけがないもの。だって、その女神の器になり得るのはあなたとアレクシアで、あなたはここにいて、アレクシアは転生の輪に割り込んで、どこかで生きている。生身の人間から魂を引き剥がすことはできないし、できるというなら、あなたの魂は奪われないよう、神竜王陛下に阻止していただくわ。

 ヴェルスブルク? ――そうね、あなたに危険を冒させた「父上様」には、何らかの対応をしなくてはね。ナルバエス大公にも。一番いいのは――。




 わたくしは、こみあげてくる笑いを堪えきれなかった。

 ――アリーには見せられないわね、こんなわたくし。
 あなたの瞳に映る間だけでも、綺麗で優しいわたくしでいたいのよ。
 そんなわたくしに応えるように、アリーにかけている「漏洩」の魔法が新しい情報をもたらした。

 ――今日、アリーを一番傷つけたのは、ナミュール侯爵令嬢ジュヌヴィエーヴ、ね。

 わたくしは、アリー曰く「デスノート」にその名前を記録しながら、アリーとの待ち合わせ場所に向かった。

 ――こんなわたくしを知っているのは、あの神竜王陛下と、アトゥール殿下だけ。前者とは目的が一致している。後者には、協力を得る為に明かすしかなかった。けれど、二人とも、アリーには言わずにいてくれた。

 だから、神竜王陛下。あなたになら、アリーを奪われても我慢しますわ。
 だけど、アトゥール殿下。わたくしのこの気持ちは、恋ではないのです。そんなやさしい、きれいであたたかなものではないの。

 完璧に無表情を保って待ち合わせ場所に行くと、そこには、貴族の令嬢にしては少し短い――ああ、わたくし、あの巻き毛が大好きだったのに――ふんわりした金の巻き毛の少女が、わたくしを待っている。
 ――そういえば、あの髪が短いことをクスクス笑っていた令嬢バカが、何人かいた。わたくしがあの巻き毛を大好きなことを知った上での侮辱だもの、デスノートの最上位、書き換えなくてはならないわ。

「アリー」

 待ち合わせ時間ぴったりに呼びかけると、わたくしが一番愛している蒼の瞳が、わたくしを認めた瞬間、花開くように笑ってくれた。
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