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本編

決断した王女。

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 ローゼンヴァルト宮での生活は、ラウエンシュタインの屋敷でのものとそう変わらない。エージュは、基本的には大公妃としての神事や祭祀の勉強があるから、私と過ごせる時間は、実はあまりない。
 私は、神苑と呼ばれる、全く手入れのされていない、けれどとても美しい庭園に近い一室を与えられ、そこで過ごしている。ローランは隣室だ。

「アレクシア」

 宮に戻った私とエージュを、ローランが嬉しそうに出迎える。人見知りは未だに改善の傾向はない。

「ただいま戻りました、ローラン」
「お帰りなさい。王の姫も」
「はい、神竜王陛下」

 きゅっと私を抱き締めてくるローランを、エージュは優しく笑いながら見ている。私達の間にあるのは、まだ、恋というよりは保護者と子供、よくて姉と弟だ。それでも、ゆっくりと恋は育っている。

「王の姫。ドージェからの報告書だ」

 私を抱き締めたまま、ローランはエージュに書状を手渡した。エージュは丁寧にお礼を言って、それを通学用の鞄に入れた。

「見ないの?」
「部屋に戻ってからにするわ。――あ、今日は神事の勉学があるから、夕食は一緒に取れないの。ごめんなさいね、アリー」
「うん……」

 ここ数日、エージュは私を避けているような気がする。
 学園では、取っている講義が違うからいつも一緒というわけではない。できるだけ一緒にはいるけど。
 離れていた時間の分、ローゼンヴァルト宮に帰ってきたら話したいこともたくさんあるのに、大公妃としての勉強や修学の為と称して、お茶の時間さえ取れなくなっている。

 ……嫌われては、ないと思う。エージュは演技派だけど、私を嫌いになったなら、ラウエンシュタイン家に帰せばいいだけだ。だから、きっと――私の思い過ごしでないなら、何か、先のことを考えている。

「エージュ」
「なあに?」

 少し先を歩いて部屋に戻ろうとしていたエージュが、私の呼びかけに振り返った。

「無理は、しないでね?」
「……おかしなアリー。無理しなくては、大公妃としての務めを覚えきれないわ」

 私の言葉に茶化して答えると、エージュはそのまま部屋に向かった。――私を見た時、一瞬、瞳が揺れた。

「……ローラン」
「何?」
「ドージェからの報告書って、何が書いてあったかわかる?」

 私の問いに、ローランは不思議そうに首を傾げた。

「王の姫に聞けばいい」
「ん……だけど、答えてもらえない気がするの」
「魔法をかけていないから、遠方視で覗くならできるかもしれないけれど」

 それは、何だかやり過ぎな気がしたから、私は首を振った。
 ドージェは、オリヴィエと一緒に来るはずだ。
 その時に、ドージェ自身に訊いてみよう。
 何となく不穏なものを感じながら、私は、心配そうに私を見ているローランに、大丈夫よと笑ってみせた。




 休日。朝早くから、リヒト殿下、シルヴィス、カイン、オリヴィエ(とドージェ)が訪ねてきた。何故か、アトゥール殿下も同席している。
 挨拶や社交辞令もそこそこに、話を切り出したのはオリヴィエだった。

「国王陛下と宰相閣下は、女神召喚をなさるおつもりです」

 あ、やっぱり。でも、ミレイになり得る魂の私とアレクシアはそれぞれに生きてるし、美玲以外に転生したアレクシアを召喚できるとも思えない。
 そう考えて受け流そうとした私とは対照的に、エージュは真剣な眼差しをオリヴィエに向けた。

「……どのように?」
「――絡繰り仕掛けの召喚は、召喚ではない。大神官様のお言葉です」

 絡繰り仕掛けの召喚……? 召喚に、仕掛けなんて必要ない。必要なのは魔力、できるなら相手の真名。それだけだ。

「……オリヴィエ様。それは間違いなくレフィアス様のお言葉ですか?」
「はい。僕に聞かせる為の独り言でいらっしゃったと、推察しています」

 力強く断言し、オリヴィエはリヒト殿下に向き直った。

「既に、選考は始まっています。ドージェが探ったところ、クルムバッハ公爵令嬢が最有力候補かと」
「クルムバッハ公は、父上と癒着している」

 シルヴィスははっきり「癒着」と言った。
 えっと……絡繰り仕掛けの女神召喚が準備されていて、選考されるのは、宰相閣下と繋がりの深いクルムバッハ公爵令嬢?

「……それって」
「そうです。アレクシア姫。国王陛下と宰相閣下は、クルムバッハ公爵令嬢アルドンサ・レオノーラを「女神ミレジーヌ」として召喚した形を作ろうとしています」

 女神ミレジーヌ。神竜王を愛し、愛された古の女神。

 その女神が降臨したとなれば、少なくとも、神竜王であるローランに「命じる」ことはできなくても、「願う」ことはできる。偽者であっても、国が成した女神召喚を否定することは、私達にはできない。

「そうして、いずれはアレクシア姫から神竜王陛下を引き離す。その後は」
「戦であろうと交易であろうと、「神竜王」御本人がおいでの上、ヴェルスブルクを守護するとでも公言なさったら、他国への強力な牽制になる」

 リヒト殿下は蒼白な顔で呻いた。

「父上は――神なる者を、神竜王を、一体何だと思っておいでか! 世俗に関わってよい存在ではない!」
「リヒト」
「国の為と言うなら、神竜王陛下はアレクシアと共にこの国を守って下さったではないか! そのアレクシアを幽閉しようとした上、今度は女神召喚を偽ってまで、何をなさりたい!」
「覇王となられたいのでしょう。過去、神竜王が降臨した国は、すべて領土の拡大に成功している」

 アトゥール殿下は感情のない声で答えた。そして、リヒト殿下を宥めているシルヴィスを見つめた。

「ゆえに、私の姫が決意なさった」
「……え?」

 エージュは、何を決めたの?
 どうして、私はそのことを知らないのに、アトゥール殿下は知っているの?
 私は、取り残された子供のように狼狽した。ローランにもそれが移って、彼がひどく怯え、不安そうに私にしがみつく。

「エージュ……」

 私の声が聞こえないように、エージュは綺麗な声で、リヒト殿下に厳かに告げた。

「――兄上様。あなたが、王になられませ」
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