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番外編~箱庭の姫君と闇の公主と光の王~
女の子は不安定。
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「申し訳ない。妹は――その、最近、いろいろと機嫌がよくなくて」
心の支えだった親友の不在が、彼女の精神を乱していると、リヒトが言い訳めいた説明をした。
「今日、この場に出ることも嫌がっていたんだ。だが、王太子妃となるあなたがいらっしゃる場に、私の妹が不在というのは、非礼が過ぎるからと……」
「言い聞かせて出席させた結果、もっと非礼を働いたということか。面白い妹御だな、王太子殿下」
嘲りではなく、からかうような笑みを含んだ闇華の声に、リヒトは顔を上げた。「光」という意味の名らしいこの王太子は、本当に裏表がない性格だとわかる。そういう者は、闇華は好ましく思っている。にいさまがそうだから。
「大事ない。婚儀の前の女は、気難しくなるそうな。妾は他国に嫁ぐ身、そうであってはならぬと兄に言い含められたが、妹御はこの国の家臣に嫁ぐとか。であれば、あなた様が言い聞かせているはずもない」
リヒトが異母妹にひどく甘いということは、にいさまからも聞いている。不本意だが、アレクシアからも。
「未来視の姫が、あなた様の妹姫に、妾のことはよろしく頼むと言っておくとおっしゃったのだが、妹御は聞く耳を持たぬか?」
「未来視――アレクシアが?」
頷いた闇華に、リヒトはきょとんとした無防備な顔になった。途端、十八だという歳より、幾分幼く見える。年齢より大人びて見られる闇華と並べば、おそらく闇華が年嵩だと思われるだろう。
「あり得ない。アレクシアの願いを、エージュ……エルウィージュが断るはずはない」
首を振って否定し、シルヴィスを見遣った。シルヴィスも、リヒトの無言の問いかけに頷いた。
「エルウィージュ王女は、アレクシアの言葉なら必ず聞き入れます。他は聞かずとも、彼女の願いを無にすることだけは絶対にない」
確信している口調に、今度は闇華が首を傾げる番だ。
「そうは言うが。先程の王女の態度は、とても「お願いされた」ものとは思えぬ」
そのことは二人も同意見らしく、異論は出てこなかった。だから闇華は、何気なく続けた。
「それとも、妾にそう言っただけで、未来視の姫は王女には何も言うておらぬのか?」
「それはない。アレクシアは、相手を謀ることはしない」
「できない、と言った方が正確です。公主。アレクシアは、あなたに何と申し上げたのですか? 正確に……覚えている限り正確に、お答えいただければ」
何とか解釈してみると言うシルヴィスを信じたわけではないが、エルウィージュの敵意の理由は知っておきたい。闇華は、記憶を辿った。
「再現」
魔力と意志を込めた一言で、アレクシアの言葉が再現される。
――要するに、エージュに、アンファをよろしくねって書けばいいのね? エージュは、理由もなくアンファを苛めたりしないのに
――私、エージュにあなたのことお願いしてきます!
「………………」
「………………」
「……よろしくねと書けばいいのかと前半で問いながら、後半では「お願いしてくる」になっているな……リヒト。おそらく、アレクシアは」
「闇華公主のことをお願いする、としか言っていないだろうな……」
リヒトも溜息をついた。
アレクシアは、鈍いのだという。エルウィージュが愛しみ、心を許しているのは、アレクシアだけだという自覚が薄い。「お願いする」には、好意的な「気にかけてやってね」だけでなく、警戒を含んだ「注意してね」もあることを、全く考慮していない。
「お願いされただけのエルウィージュは、可能な限り、あなたについて調べ尽くしたはずだ」
それはもう徹底的にやっただろう。他ならぬアレクシアに「お願い」されているのだから。
「その際に、何かを知ったのだと思う。非礼の言い訳にはならないが」
「……聞かぬのか? 妹が知った「何か」とは、如何なるものかと」
闇華の問いに、リヒトは軽く頷いた。
「聞いて、答えてくれる方とも思えない」
つまり、闇華を信頼していないということだ。お互い様ではあるのだが、ここが母国である分、リヒトの方が有利だ。臣下も民も、何かあれば闇華ではなくリヒトを優先するのが当然なのだから。
「エルウィージュが何も言わないということは、「何か」とやらは、あの子が片づけられることなのだと思う。ならば、私が耳に入れる必要はない。後で、顛末を聞かせてもらうことにはなるかもしれないが」
――ヴェルスブルクとシルハーク、ふたつの国を支配する。
その野望を、「あの子が片づけられること」で済まされてしまった。腹が立つが、かといって口に出して抗議することもできない。
「……王太子殿下。妹御と話す機会を設けてもらいたい」
「それは、近いうちに。あの子は人嫌いだから、なかなか口実を見つけにくい」
たった一人の王女が「人嫌いだから」と、王太子妃となる姫との親睦すら無視していいものなのか。そう思ったが、確かあの王女は、ごく最近になって認知された庶出の姫だ。王族の義務などは教育されていないのかもしれない。やや強引に好意的解釈をして、闇華はもう一度求めた。
「義理とはいえ、姉妹となるのだから。誤解は解いておきたいし、胸襟を開いて話し合いたい」
「リヒト。公主のおっしゃることは当然だぞ。おまえはエルウィージュを甘やかし過ぎだ。彼女にも、王女としての義務は果たさせるべきだ」
「そうは言うが、シルヴィ。強制したら、エルウィージュは王女の身分を返上しかねない」
「させればいいだろう」
「嫌だ。たった一人の妹だ」
……これは、アレか。未来視の姫が言っていた「妹への溺愛を拗らせている状態」か。兄への親愛を拗らせている闇華が言う義理ではないが、大丈夫か、この王太子は。
「王太子殿下。妹御を案じる気持ちもわからぬではない。だが、妾にだけならともかく、他国からの賓客に対してもあのように接していては、妹御が困ることになるのではないか」
「あ、私のことはリヒトと呼んでもらって構わない。あなたのことはアンファでいいだろうか」
――人の話を聞け。
そう言いたいのを堪えて、闇華は一応頷いた。
「では、リヒト様」
「リヒトでいい」
「婚儀の後は、そうさせていただく」
闇華の答えに、リヒトは少し渋っていたが、シルヴィスが宥めた。その様子を眺め、落ち着いた頃を見計らって、言葉を重ねた。
「リヒト様。妾は、王女と話したい。機会を設けてほしい。それとも、正式に、シルハークを通じて王女との会話を願った方がよいか?」
「その方が、エルウィージュを説得しやすくはある」
嫌味で言ったのに、真顔で頷かれて、闇華は少し怯んだ。それほどに、あの王女は人嫌いなのか。
「……公主。公主は、兄王に直接連絡する手段はおありですか?」
「にいさまに?」
不意の問いかけに、つい、子供っぽい呼称で反応してしまった。「え?」という顔になっているシルヴィスに、小さく咳払いして「忘れろ」と合図した。
「にいさま、か……そういう呼ばれ方もいいな」
「リヒト」
「兄上様もいいが、にいさまの方が近しい感じがしないか、シルヴィ」
「リヒト……頼むから」
「近しいというか、幼子のようで愛らしい。だが、今のエルウィージュには……」
たぶん今、闇華は羞恥と怒りで震えている。真っ赤になっているかもしれない。
「アンファ? 顔が赤い。熱があるのか?」
「……リヒト。少し、黙っていろ」
従弟には激甘だというシルヴィスが、頭痛と眩暈に耐えるように懇願した。妹が妹なら、兄も兄だと闇華は思った。どちらも、徹底的に空気を読まない。前者は意図的に、後者は無意識に。
「……兄に連絡を取る手段はあるが、直接のものはない。妾はヴェルスブルクに嫁ぐ身。兄上には、この身以外は持ち入ってはならぬと言われた」
身に宿る魔力と、人間離れた膂力はどうしようもないが。
「賢明であられるが……それでは、仕方ない。こちらから、シルハークに依頼しましょう」
「何を?」
「……アレクシアを、一時的にこちらに帰してほしいと。あなたが正式に王太子妃となられる日まで」
彼女がいれば、エルウィージュも我儘は言わなくなる、と言いさしたシルヴィスの言葉は、殆ど聞こえなかった。
「いらぬ! 未来視の姫に頼らねばならぬなら、王女との対話は求めぬわ!」
唾棄したい気持ちに駆られながら拒絶した闇華を、リヒトとシルヴィスは茫然と見つめ――「女ってわからない……」と言いたげに溜息をついた。
心の支えだった親友の不在が、彼女の精神を乱していると、リヒトが言い訳めいた説明をした。
「今日、この場に出ることも嫌がっていたんだ。だが、王太子妃となるあなたがいらっしゃる場に、私の妹が不在というのは、非礼が過ぎるからと……」
「言い聞かせて出席させた結果、もっと非礼を働いたということか。面白い妹御だな、王太子殿下」
嘲りではなく、からかうような笑みを含んだ闇華の声に、リヒトは顔を上げた。「光」という意味の名らしいこの王太子は、本当に裏表がない性格だとわかる。そういう者は、闇華は好ましく思っている。にいさまがそうだから。
「大事ない。婚儀の前の女は、気難しくなるそうな。妾は他国に嫁ぐ身、そうであってはならぬと兄に言い含められたが、妹御はこの国の家臣に嫁ぐとか。であれば、あなた様が言い聞かせているはずもない」
リヒトが異母妹にひどく甘いということは、にいさまからも聞いている。不本意だが、アレクシアからも。
「未来視の姫が、あなた様の妹姫に、妾のことはよろしく頼むと言っておくとおっしゃったのだが、妹御は聞く耳を持たぬか?」
「未来視――アレクシアが?」
頷いた闇華に、リヒトはきょとんとした無防備な顔になった。途端、十八だという歳より、幾分幼く見える。年齢より大人びて見られる闇華と並べば、おそらく闇華が年嵩だと思われるだろう。
「あり得ない。アレクシアの願いを、エージュ……エルウィージュが断るはずはない」
首を振って否定し、シルヴィスを見遣った。シルヴィスも、リヒトの無言の問いかけに頷いた。
「エルウィージュ王女は、アレクシアの言葉なら必ず聞き入れます。他は聞かずとも、彼女の願いを無にすることだけは絶対にない」
確信している口調に、今度は闇華が首を傾げる番だ。
「そうは言うが。先程の王女の態度は、とても「お願いされた」ものとは思えぬ」
そのことは二人も同意見らしく、異論は出てこなかった。だから闇華は、何気なく続けた。
「それとも、妾にそう言っただけで、未来視の姫は王女には何も言うておらぬのか?」
「それはない。アレクシアは、相手を謀ることはしない」
「できない、と言った方が正確です。公主。アレクシアは、あなたに何と申し上げたのですか? 正確に……覚えている限り正確に、お答えいただければ」
何とか解釈してみると言うシルヴィスを信じたわけではないが、エルウィージュの敵意の理由は知っておきたい。闇華は、記憶を辿った。
「再現」
魔力と意志を込めた一言で、アレクシアの言葉が再現される。
――要するに、エージュに、アンファをよろしくねって書けばいいのね? エージュは、理由もなくアンファを苛めたりしないのに
――私、エージュにあなたのことお願いしてきます!
「………………」
「………………」
「……よろしくねと書けばいいのかと前半で問いながら、後半では「お願いしてくる」になっているな……リヒト。おそらく、アレクシアは」
「闇華公主のことをお願いする、としか言っていないだろうな……」
リヒトも溜息をついた。
アレクシアは、鈍いのだという。エルウィージュが愛しみ、心を許しているのは、アレクシアだけだという自覚が薄い。「お願いする」には、好意的な「気にかけてやってね」だけでなく、警戒を含んだ「注意してね」もあることを、全く考慮していない。
「お願いされただけのエルウィージュは、可能な限り、あなたについて調べ尽くしたはずだ」
それはもう徹底的にやっただろう。他ならぬアレクシアに「お願い」されているのだから。
「その際に、何かを知ったのだと思う。非礼の言い訳にはならないが」
「……聞かぬのか? 妹が知った「何か」とは、如何なるものかと」
闇華の問いに、リヒトは軽く頷いた。
「聞いて、答えてくれる方とも思えない」
つまり、闇華を信頼していないということだ。お互い様ではあるのだが、ここが母国である分、リヒトの方が有利だ。臣下も民も、何かあれば闇華ではなくリヒトを優先するのが当然なのだから。
「エルウィージュが何も言わないということは、「何か」とやらは、あの子が片づけられることなのだと思う。ならば、私が耳に入れる必要はない。後で、顛末を聞かせてもらうことにはなるかもしれないが」
――ヴェルスブルクとシルハーク、ふたつの国を支配する。
その野望を、「あの子が片づけられること」で済まされてしまった。腹が立つが、かといって口に出して抗議することもできない。
「……王太子殿下。妹御と話す機会を設けてもらいたい」
「それは、近いうちに。あの子は人嫌いだから、なかなか口実を見つけにくい」
たった一人の王女が「人嫌いだから」と、王太子妃となる姫との親睦すら無視していいものなのか。そう思ったが、確かあの王女は、ごく最近になって認知された庶出の姫だ。王族の義務などは教育されていないのかもしれない。やや強引に好意的解釈をして、闇華はもう一度求めた。
「義理とはいえ、姉妹となるのだから。誤解は解いておきたいし、胸襟を開いて話し合いたい」
「リヒト。公主のおっしゃることは当然だぞ。おまえはエルウィージュを甘やかし過ぎだ。彼女にも、王女としての義務は果たさせるべきだ」
「そうは言うが、シルヴィ。強制したら、エルウィージュは王女の身分を返上しかねない」
「させればいいだろう」
「嫌だ。たった一人の妹だ」
……これは、アレか。未来視の姫が言っていた「妹への溺愛を拗らせている状態」か。兄への親愛を拗らせている闇華が言う義理ではないが、大丈夫か、この王太子は。
「王太子殿下。妹御を案じる気持ちもわからぬではない。だが、妾にだけならともかく、他国からの賓客に対してもあのように接していては、妹御が困ることになるのではないか」
「あ、私のことはリヒトと呼んでもらって構わない。あなたのことはアンファでいいだろうか」
――人の話を聞け。
そう言いたいのを堪えて、闇華は一応頷いた。
「では、リヒト様」
「リヒトでいい」
「婚儀の後は、そうさせていただく」
闇華の答えに、リヒトは少し渋っていたが、シルヴィスが宥めた。その様子を眺め、落ち着いた頃を見計らって、言葉を重ねた。
「リヒト様。妾は、王女と話したい。機会を設けてほしい。それとも、正式に、シルハークを通じて王女との会話を願った方がよいか?」
「その方が、エルウィージュを説得しやすくはある」
嫌味で言ったのに、真顔で頷かれて、闇華は少し怯んだ。それほどに、あの王女は人嫌いなのか。
「……公主。公主は、兄王に直接連絡する手段はおありですか?」
「にいさまに?」
不意の問いかけに、つい、子供っぽい呼称で反応してしまった。「え?」という顔になっているシルヴィスに、小さく咳払いして「忘れろ」と合図した。
「にいさま、か……そういう呼ばれ方もいいな」
「リヒト」
「兄上様もいいが、にいさまの方が近しい感じがしないか、シルヴィ」
「リヒト……頼むから」
「近しいというか、幼子のようで愛らしい。だが、今のエルウィージュには……」
たぶん今、闇華は羞恥と怒りで震えている。真っ赤になっているかもしれない。
「アンファ? 顔が赤い。熱があるのか?」
「……リヒト。少し、黙っていろ」
従弟には激甘だというシルヴィスが、頭痛と眩暈に耐えるように懇願した。妹が妹なら、兄も兄だと闇華は思った。どちらも、徹底的に空気を読まない。前者は意図的に、後者は無意識に。
「……兄に連絡を取る手段はあるが、直接のものはない。妾はヴェルスブルクに嫁ぐ身。兄上には、この身以外は持ち入ってはならぬと言われた」
身に宿る魔力と、人間離れた膂力はどうしようもないが。
「賢明であられるが……それでは、仕方ない。こちらから、シルハークに依頼しましょう」
「何を?」
「……アレクシアを、一時的にこちらに帰してほしいと。あなたが正式に王太子妃となられる日まで」
彼女がいれば、エルウィージュも我儘は言わなくなる、と言いさしたシルヴィスの言葉は、殆ど聞こえなかった。
「いらぬ! 未来視の姫に頼らねばならぬなら、王女との対話は求めぬわ!」
唾棄したい気持ちに駆られながら拒絶した闇華を、リヒトとシルヴィスは茫然と見つめ――「女ってわからない……」と言いたげに溜息をついた。
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