乙女ゲームに転生したので、推しの悲恋EDを回避します〜愛され令嬢は逆ハーはお断りです!

神城葵

文字の大きさ
63 / 93
番外編~箱庭の姫君と闇の公主と光の王~

女の子は不安定。

しおりを挟む
「申し訳ない。妹は――その、最近、いろいろと機嫌がよくなくて」

 心の支えだった親友の不在が、彼女の精神きもちを乱していると、リヒトが言い訳めいた説明をした。

「今日、この場に出ることも嫌がっていたんだ。だが、王太子妃となるあなたがいらっしゃる場に、私の妹が不在というのは、非礼が過ぎるからと……」
「言い聞かせて出席させた結果、もっと非礼を働いたということか。面白い妹御だな、王太子殿下」

 嘲りではなく、からかうような笑みを含んだ闇華の声に、リヒトは顔を上げた。「光」という意味の名らしいこの王太子は、本当に裏表がない性格だとわかる。そういう者は、闇華は好ましく思っている。にいさまがそうだから。

「大事ない。婚儀の前の女は、気難しくなるそうな。妾は他国に嫁ぐ身、そうであってはならぬと兄に言い含められたが、妹御はこの国の家臣に嫁ぐとか。であれば、あなた様が言い聞かせているはずもない」

 リヒトが異母妹にひどく甘いということは、にいさまからも聞いている。不本意だが、アレクシアからも。

「未来視の姫が、あなた様の妹姫に、妾のことはよろしく頼むと言っておくとおっしゃったのだが、妹御は聞く耳を持たぬか?」
「未来視――アレクシアが?」

 頷いた闇華に、リヒトはきょとんとした無防備な顔になった。途端、十八だという歳より、幾分幼く見える。年齢より大人びて見られる闇華と並べば、おそらく闇華が年嵩としかさだと思われるだろう。

「あり得ない。アレクシアの願いを、エージュ……エルウィージュが断るはずはない」

 首を振って否定し、シルヴィスを見遣った。シルヴィスも、リヒトの無言の問いかけに頷いた。

「エルウィージュ王女は、アレクシアの言葉なら必ず聞き入れます。他は聞かずとも、彼女の願いを無にすることだけは絶対にない」

 確信している口調に、今度は闇華が首を傾げる番だ。

「そうは言うが。先程の王女の態度は、とても「お願いされた」ものとは思えぬ」

 そのことは二人も同意見らしく、異論は出てこなかった。だから闇華は、何気なく続けた。

「それとも、妾にそう言っただけで、未来視の姫は王女には何も言うておらぬのか?」
「それはない。アレクシアは、相手をたばかることはしない」
「できない、と言った方が正確です。公主。アレクシアは、あなたに何と申し上げたのですか? 正確に……覚えている限り正確に、お答えいただければ」

 何とか解釈してみると言うシルヴィスを信じたわけではないが、エルウィージュの敵意の理由は知っておきたい。闇華は、記憶を辿った。

再現ツァイズィー

 魔力と意志を込めた一言で、アレクシアの言葉が再現される。

 ――要するに、エージュに、アンファをよろしくねって書けばいいのね? エージュは、理由もなくアンファを苛めたりしないのに
 ――私、エージュにあなたのことお願いしてきます!

「………………」
「………………」
「……よろしくねと書けばいいのかと前半で問いながら、後半では「お願いしてくる」になっているな……リヒト。おそらく、アレクシアは」
「闇華公主のことをお願いする、としか言っていないだろうな……」

 リヒトも溜息をついた。
 アレクシアは、鈍いのだという。エルウィージュが愛しみ、心を許しているのは、アレクシアだけだという自覚が薄い。「お願いする」には、好意的な「気にかけてやってね」だけでなく、警戒を含んだ「注意してね」もあることを、全く考慮していない。

「お願いされたのエルウィージュは、可能な限り、あなたについて調べ尽くしたはずだ」

 それはもう徹底的にやっただろう。他ならぬアレクシアに「お願い」されているのだから。

「その際に、何かを知ったのだと思う。非礼の言い訳にはならないが」
「……聞かぬのか? 妹が知った「何か」とは、如何なるものかと」

 闇華の問いに、リヒトは軽く頷いた。

「聞いて、答えてくれる方とも思えない」

 つまり、闇華を信頼していないということだ。お互い様ではあるのだが、ここが母国である分、リヒトの方が有利だ。臣下も民も、何かあれば闇華ではなくリヒトを優先するのが当然なのだから。

「エルウィージュが何も言わないということは、「何か」とやらは、あの子が片づけられることなのだと思う。ならば、私が耳に入れる必要はない。後で、顛末を聞かせてもらうことにはなるかもしれないが」

 ――ヴェルスブルクとシルハーク、ふたつの国を支配する。
 その野望を、「あの子が片づけられること」で済まされてしまった。腹が立つが、かといって口に出して抗議することもできない。

「……王太子殿下。妹御と話す機会を設けてもらいたい」
「それは、近いうちに。あの子は人嫌いだから、なかなか口実を見つけにくい」

 たった一人の王女が「人嫌いだから」と、王太子妃となる姫との親睦すら無視していいものなのか。そう思ったが、確かあの王女は、ごく最近になって認知された庶出の姫だ。王族の義務などは教育されていないのかもしれない。やや強引に好意的解釈をして、闇華はもう一度求めた。

「義理とはいえ、姉妹となるのだから。誤解は解いておきたいし、胸襟を開いて話し合いたい」
「リヒト。公主のおっしゃることは当然だぞ。おまえはエルウィージュを甘やかし過ぎだ。彼女にも、王女としての義務は果たさせるべきだ」
「そうは言うが、シルヴィ。強制したら、エルウィージュは王女の身分を返上しかねない」
「させればいいだろう」
「嫌だ。たった一人の妹だ」

 ……これは、アレか。未来視の姫が言っていた「妹への溺愛を拗らせている状態」か。兄への親愛を拗らせている闇華が言う義理ではないが、大丈夫か、この王太子は。

「王太子殿下。妹御を案じる気持ちもわからぬではない。だが、妾にだけならともかく、他国からの賓客に対してもあのように接していては、妹御が困ることになるのではないか」
「あ、私のことはリヒトと呼んでもらって構わない。あなたのことはアンファでいいだろうか」

 ――人の話を聞け。
 そう言いたいのを堪えて、闇華は一応頷いた。

「では、リヒト様」
「リヒトでいい」
「婚儀の後は、そうさせていただく」

 闇華の答えに、リヒトは少し渋っていたが、シルヴィスが宥めた。その様子を眺め、落ち着いた頃を見計らって、言葉を重ねた。

「リヒト様。妾は、王女と話したい。機会を設けてほしい。それとも、正式に、シルハークを通じて王女との会話を願った方がよいか?」
「その方が、エルウィージュを説得しやすくはある」

 嫌味で言ったのに、真顔で頷かれて、闇華は少し怯んだ。それほどに、あの王女は人嫌いなのか。

「……公主。公主は、兄王に直接連絡する手段はおありですか?」
「にいさまに?」

 不意の問いかけに、つい、子供っぽい呼称で反応してしまった。「え?」という顔になっているシルヴィスに、小さく咳払いして「忘れろ」と合図した。

「にいさま、か……そういう呼ばれ方もいいな」
「リヒト」
「兄上様もいいが、にいさまの方が近しい感じがしないか、シルヴィ」
「リヒト……頼むから」
「近しいというか、幼子のようで愛らしい。だが、今のエルウィージュには……」

 たぶん今、闇華は羞恥と怒りで震えている。真っ赤になっているかもしれない。

「アンファ? 顔が赤い。熱があるのか?」
「……リヒト。少し、黙っていろ」

 従弟には激甘だというシルヴィスが、頭痛と眩暈に耐えるように懇願した。妹が妹なら、兄も兄だと闇華は思った。どちらも、徹底的に空気を読まない。前者は意図的に、後者は無意識に。

「……兄に連絡を取る手段はあるが、直接のものはない。妾はヴェルスブルクに嫁ぐ身。兄上には、この身以外は持ち入ってはならぬと言われた」

 身に宿る魔力と、人間離れた膂力はどうしようもないが。

「賢明であられるが……それでは、仕方ない。こちらから、シルハークに依頼しましょう」
「何を?」
「……アレクシアを、一時的にこちらに帰してほしいと。あなたが正式に王太子妃となられる日まで」

 彼女がいれば、エルウィージュも我儘は言わなくなる、と言いさしたシルヴィスの言葉は、殆ど聞こえなかった。

「いらぬ! 未来視の姫に頼らねばならぬなら、王女との対話は求めぬわ!」

 唾棄したい気持ちに駆られながら拒絶した闇華を、リヒトとシルヴィスは茫然と見つめ――「女ってわからない……」と言いたげに溜息をついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...