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番外編~箱庭の姫君と闇の公主と光の王~

箱庭の王女。

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「闇華公主?」

 白金髪プラチナブロンドに、淡い翡翠の双眸。事前に聞いていた通りの怜悧な美貌。具えた雰囲気が、にいさまに、少し似ている。
 問いかけてきたということは、この青年がリヒト・カール・ルア・カイザーリングなのだろう。調べたところ、ヴェルスブルクの宮廷では、身分が下の者が上の者に話しかけてはならないそうだから。王太子の婚約者である闇華に声をかけられるのは、王も王妃も不在の現在は、王太子本人だけだ。

「如何にも、この身はシルハークの国王たる梨樹の妹、闇華に相違ない。そちらは、リヒト・カール・ルア・カイザーリングか?」

 闇華の返答に、王太子であろう青年は簡単に頷いたのだが、同席している青年が全身の毛を逆立てた猫のように威嚇してきた。

「……闇華公主。ここはヴェルスブルク。王太子に対し、そのような言葉遣いは」
「ほう。妾が答えた相手が王太子であるなら、妾の許しもなく話しかけているそなたは何者か?」

 銀髪の青年は、言葉に詰まった。売られた喧嘩は、相手の言い値の倍で買う。その上で、こちらからも売りつけるのがシルハーク王家の慣習だ。

「妾は、王太子の許嫁としてここに来たはずだが。許嫁は、王太子の妃となるまでは、臣下の下に置かれるのか?」
「そんなことはない。あなたは、今日この日より、この国で最も身分の高い女性として遇される。シルヴィ――従兄の無礼は、私がお詫びする」

 王太子――リヒトが、丁寧に頭を下げて謝罪する。その様に、「シルヴィ」と呼ばれた青年が悔しげに口唇を噛んだので、闇華は鷹揚に頷いた。

「妾は争いは好まぬ。ゆえに、許そう。だが、二度目はない」
「闇華公主。私的な場では、許してやってほしいのだが」
「私的な場? 王太子の妃となる者が、臣下と私的な場など持つのか」
「まさに今がその場だ」

 これは私的な場であったのか。公の対面式だと思っていたのに。

「そうか。では、先程は妾が誤っていたな。シルヴィ……シルヴィス、か。すまなかった」

 記憶を辿って、「シルヴィ」に該当する名前を引き出した。――シルヴィス・ソール・ルア・ナルバエス。ナルバエス大公家の当主にして、王太子の従兄だ。
 謝罪した闇華に、シルヴィスは目を瞠った。リヒトもだ。
 失礼な。闇華は、傲岸不遜な王族ではない。そんなものは、民に疎まれるし臣にも恨まれる。にいさまのように、民に愛され臣に敬されてこその王家なのだから。

「……いえ。私の無礼は事実。公主の御寛恕、ありがたくお受け致します」
「妾はこの国に疎い。誤った言動をした時は、そう指摘してほしい」

 その言葉に、リヒトとシルヴィスは困惑したように視線を交わし合う。そんな中で、軽やかな笑い声が響いた。

「兄上様も、シルヴィスも、何を戸惑っていらっしゃいますの? 公主のお言葉は、異国に嫁ぐ者なら当然のことですのに」

 天上の調べか、迦陵頻伽かりょうびんがの歌声か。うっとりと聞き惚れそうな美しい声は、女神の如き麗姿の少女から発せられていた。透きとおって流れる銀髪、水のように薄く淡い蒼の瞳。にいさまが危惧していた、「大公の妃になる王妹」だろうことは、その凄まじい美貌から推察できた。

「エルウィージュ」

 リヒトが名を呼んだ。――エルウィージュ。リヒトの異母妹、つまり王女にして王妹である。

「御挨拶が遅れました。エルウィージュ・フルール・ルア・カイザーリングと申します」

 優雅をそのまま形にしたような礼をして、にっこりと微笑んでいるエルウィージュは、大抵の同性が憧れ、こう生まれたかったとそねむだろう美しさだ。だが、闇華はこの美貌は別段羨ましくない。ただし、ヴェルスブルクの王女という立場は、とても羨ましい――だって、にいさまの妃になれる身分だから。

「闇華だ。そなたは、妾の義妹ということになるのか?」
「そうなりましょうね、あなた様が兄上様の妃となられるのなら」

 微妙な言い回しをした後、エルウィージュは微笑みをやや剣呑なものに変えた。

「もちろん、そうであっていただかなくては、御足労願った意味がありませんけれど」

 闇華は、心の中で警戒を高めた。この王女は、何をどこまで知っている? 母と聖にしか明かしていない闇華の野望を、どこまで勘づいている?

「……エルウィージュは、妾に何を言いたい?」
「わたくしは、ただ、両国の繋がりを強固にしていただきたいだけですわ。無駄な戦ほど、国を疲弊させるものもありませんから」

 だから、とエルウィージュはまっすぐに闇華を見た。

「国を疲弊させるおつもりの妃などは、不要ですの」
「エージュ!」

 窘めるように、リヒトが彼女の愛称を口にした瞬間、エルウィージュは、それまでの闇華への敵意を兄にぶつけた。

「わたくしは、エルウィージュです。エージュではありません!」

 苛烈なほどの怒りは、半ば八つ当たりに近いものだ。闇華は、直観的にそれを悟った。

「……すまない。だが、エルウィージュ。公主に対しての非礼は――」

 叱られた子犬のように謝罪したリヒトから視線を逸らし、エルウィージュは闇華に向き直った。薄い水色の双眸は、苛立ちからか、仄かに色を濃くしている。

「公主。欲しいものは御自分で手にお入れなさいませ。御自分のお力だけで。この国を利用されるのは、とても迷惑ですの。――下がります」

 闇華の心を抉るように言うと、エルウィージュは、姿だけは丁寧に礼をして退室した。
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